哀愁の魔王様
「ところでアーシャや。
ここまで尽力した理由はなんじゃ?」
グレース様に一通りタイピングの仕方をお教えしたところで、唐突に魔王様が問いかけてきた。
私は……うん、正直にいうと、やっぱり勘付かれたか、と思ったりもしたんだけど。
「え、そんな滅相もない、私が何か企んでいるかのようなことを」
「ふ、妾の眼にはお見通しよ!
などと言いたいところじゃが、あまり遊んで時間を浪費してもなんじゃからのぉ。
そなたのことじゃ、今回の件も何某か薬師の業務に関係があるのじゃろ?」
それはもう確信を持った笑顔で、でも一応質問の形で聞かれた。
まあ、ここまで読まれちゃっては変に勿体つけても仕方ないだろう。
「流石のご賢察、おっしゃる通りでございます。
実は、いくつかお願いしたいことがございまして……」
「この流れで妾が拒否できるはずもなかろう。
許可する、言うがよい」
魔王様が苦笑しながら発言を促してくる。
多分、恩着せがましいことを言わなくても許可はしてくださったと思うんだけどさ。
でも、お願いしたいことを実現できるテクノロジーが無かったら仕方ないし。
ということで、今回は色々頑張ってみたんだ。
……まさか、ここまで凄いことになるとは想像もしてなかったけどさ!
「では、申し上げます。
まず一つ目ですが……こうして、同じものが書かれた紙を大量に作ることができるようになったのですから、統一した書式で、患者さんの覚書も作らせていただけたらな、と思っておりまして」
「ふむ? ……ほう、なるほど、な」
私の一言で考え込み、すぐに理解したのか、魔王様は納得した顔になった。
……未知の話をここまですぐ理解するのか~そうか~。さすがを通り越してちょっと怖い。
これが本当の魔王様の怖さなのか!?
いや、それは一旦置いといて。
今まで、患者さんの問診票はキーラにその場で聞きとって書いてもらっていた。
回数をこなすごとにどんどん聞いて欲しいことが聞き出せるようになってきたけど、でもまだブレがある。
それに何より、今や化学工業プラントの工場長になったキーラに、いつまでも雑用じみたことはさせていられない。
……本人の感情はともかく。
というわけで、誰でも使える、なんなら患者さん本人が渡されたら即書ける問診票を作れたら、と思ってたんだ。
「診察の最初に聞きとるのもそうなんですけど、それぞれの患者さんごとに、最初の状態からどう良くなっていったかという経過を纏めておける書式が欲しかったんです」
こっちは要するに、カルテだ。
恐ろしいことに、ディアさんはカルテだとかそういうのなしに、患者さん全員の治療経過を記憶してたみたい。
逆に言えば、とても残念なことに、メモとかそういう類のものは残ってなかった。
そして、申し訳ないけど、私にはそこまでの記憶力はない。
また、私に何かあった時、あるいは今後薬師が送り込まれることがあった時に、ある程度の患者さんは引継ぎの必要が生じる。その可能性は考えておかないといけないことだ。
なので、今のうちからできてたらいいな~とは思ってたのだ。
今ならまだ、普通の人間でもなんとか書き写せる量だしね。
「なるほどの、そして、この機械であれば、大量に同じ書類を作ることができるというわけじゃの」
「左様でございます」
うん、最初に持ってた、自分の手でグリグリ、っていうイメージからは大分どころでなくかけ離れたけどね!
私が遠い目になっていた間に何か考えていたグレース様が、ふと口を開いた。
「陛下、同じ書類が大量に作れる、ということであれば、役場の仕事にも使えるのでは?」
「……確かに、申請書じゃとかそういった類を統一すれば、その後の処理も統一されて早く片付けられるであろうの」
さすがグレース様と魔王様、提言しようと思ってたことに自分で気付かれた。
そうなんだよね、役所とかの業務を考えたら、同じ形式の書類を大量に作れるっていうのはとても大事だと思うんだ。
考えたくないけど、納税の処理だって随分としやすいと思うんだ。考えたくないけど。
こういう書類が欲しい、ああいうのも欲しい、とか魔王様とグレース様が意見を交わしていたところに、ドロテアさんが口を開いた。
「確かに、統一書式で住民情報を纏められたら、とても仕事がしやすいですね」
と、とてもにこやかに。
そして、魔王様とグレース様はピシッと音がするような勢いで動きを止めた。
あ~……さすがドロテアさん、気付いちゃったか。
多分魔王様とグレース様も、気付いてたけど敢えて触れないでいたと思うんだよね。
「う、うむ、それは確かにそうじゃな。
情報を纏めなおすのに時間がかかるじゃろうから」
「左様でございますね」
若干震えた声の魔王様、にこやかに返すドロテアさん。
魔王様は、まだ警戒している。そして、その警戒は正解だった。なんの救いもなかったけど。
「では、既に纏めた情報をお持ちの方が書き出されたら、とても効率的ということですね?」
「ド、ドロテアァァァァァ!!
そなた、言うてはならんことを、ようも言うたなぁぁぁぁぁ!!」
そうなんだよね……今の住民情報を、魔王様が書き出されるのが、一番効率がいいんだ。
少なくとも、全住民のヒアリングをして書き出していく、とかよりもよっぽど。
ただ一点、魔王様の負荷が半端ないっていうことを除いて。
「お言葉ですが陛下、それが一番効率的ということはおわかりですよね?」
「くっ、そ、それは、そうなのじゃが……いや、妾一人でやるなど、どう考えても時間がかかりすぎるじゃろう!」
それは確かにそうなんだ。
魔王様一人で仮に1分に一人の割合で書けたとして、千人で1,000分。16時間弱。
約二日の業務量だ。それが15万人、150倍。300日。
……あれ? 人間だけなら100日でいける……?
「まてアーシャ、その顔はやめよ。
無理じゃからな、妾一人でなど、無理じゃからな?」
「そう、ですよね、さすがに……」
それはそうだ。いくら魔王様と言えど、休憩なしで作業を続けることなどできるわけがない。
むしろここで強硬な意見を言って機嫌を損ねても、と思っていたのだが。
「陛下。『妾は風の王、速さに置いて比肩しうるものなし!』とおっしゃっておられたのは、嘘だったのですか……?」
「まてドロテア、それは若気の至りというものじゃ、真に受けるでない!」
ドロテアさんの追い打ちに、魔王様は覿面に慌てる。
そ、そうなんだ、魔王様意外に厨二病的な黒歴史持ってたんだ……。
だったらなおさら、触れないであげてほしい! でも私には止められない!
そして、ドロテアさんは、こう、なんというか……さすがとしか言いようがなくて。
「しかし陛下。あの日の思い出は、私の心の中で今も燦然たる輝きを持っております。
まさか、あの輝きは嘘だったとおっしゃるのですか……?」
そう言いながら、ドロテアさんは悲し気な表情を作った。どんな女優も真っ青なほどの自然さで。
これが有能秘書の実力か! さすが有能秘書、汚い!(誉め言葉)
「ま、まさか、妾が嘘など吐くわけがあるまい!」
はい、ドツボにはまるの決定。
あ、グレース様が苦笑しながらため息吐いた。お気持ちは、すっごくわかります。
だが流石魔王様、ただ押し切られるだけじゃなかった。
「しかしじゃな、いかな妾とて物理的な限界はある。
ここは一つ、ドミナスに口述筆記してもらってじゃな」
と、妥協案を提示した。
確かに、ドミナス様は凄い速さで地図書いたらしいし、速記も得意だそうだ。だが。
「え。できれば拒否したい」
「ドミナスゥゥゥ!! そなた自由過ぎじゃろぉぉぉぉ!!」
ドミナス様、まさかの拒否。
うん、魔王様が叫んじゃう気持ちもわかる。でも、ドミナス様の気持ちもわかる。
これが板挟みってやつ!? ……うん、違うのはわかってる。
「でも、印刷機の改良とかいろいろあるし」
「くっ、それは、確かにそうなのじゃが……」
「後、グレース様のタイプライターの調整はこまめにしたい」
「ドミナスゥゥゥゥ!!」
まって、やめてドミナス様。吹き出しそうになるから、そういうのやめて!
そして、私が噴き出すのを堪えているのに気づいて、ぐっと親指立てるのやめて!!
やばいから、決壊するから!
そんな、色んな意味で極限的な状況の中、魔王様はふと何かに気づいたように顔を上げた。
「そ、そうじゃ、タイプライターじゃ!
ドミナスの口述筆記がダメなのであれば、妾もタイプライターを要求する!」
ああ、確かに、と思わず納得。
間違いなく手書きより速いし、魔王様なら程なくして習熟されるだろう。
と、思ったんだけど。
「え。面倒」
「ドミナスゥゥゥゥゥ!!」
やめて、ほんとに吹き出すからやめて!!
なんなのこのコント、ノーラさんもぷるぷる肩を震わせてるじゃない!
私? とっくにいろんなところが痙攣してるよ!
このままだと、私もノーラさんもヤバい! ついでに魔王様もピンチ!
ということで、助け舟を出すことにした。
「ド、ドミナス様、それくらいで……実際必要なことですし、ここは一つ、ね?」
「アーシャが言うなら仕方ない」
「ドミナスゥゥゥゥゥ!!」
私の言葉にあっさりと頷いたドミナス様に、魔王様が再度突っ込む。
うん、お気持ちはわかります。でも、うん、ごめんなさい、ちょっとだけ優越感感じました。ほんとごめんなさい。
ともあれ。
住民情報台帳、つまり戸籍の整備のために、魔王様専用タイプライターを制作することが決定したのだった。




