お披露目会
ドミナス様の笑顔に、私とノーラさんは思わず見とれてしまってた。
いやでも、これはもっとどや顔していいとこだよ、ほんと。
こんなことができるなんて……うん? こんなことができるなら?
「あの、ちょっとドミナス様、ノーラさん。
こんなの作れたりしません?」
私は、思いついたことを二人に相談する。
二人は、ちょっとだけ考えて。
「可能」
「そりゃぁ、やってみせるさね、先生の頼みとあらば!」
と、とても頼もしい返答が返ってきた。
これできたら、革命的なんじゃないだろうか。
いや、もうとっくに革命的ではあるんだけど、それ以上に。
私は、ドキドキしてくるのを止められなかった。
そして、やっぱりノーラさんにかかればガラス台くらい朝飯前。
さらに機械的な調整を色々加えて……とりあえず当面の完成には至った、と思う。
そこにもう一つ、できないか、と思いついたことの調整もして……目途が立ったところで魔王様にお時間をいただいた。
さらにお会いする前に、機械を設置させてもらう部屋をいただけないかお願いしたら、それはもう目をキラキラと輝かせて。
「もちろんじゃ、ああすぐに部屋は空けさせるゆえ、すぐに運び込むがよいぞ!」
「陛下。お気持ちはわかりますが、もう少し自重してください」
「す、すまぬ……」
即座にドロテアさんに窘められるなんて一幕もあったりはしたけど。
ともあれ段取りはできて、後は実施あるのみ。
打ち合わせや調整を入念に行って、当日。
「……は??」
魔王様が度肝を抜かれた顔をしていた。
グレース様は言葉を失い、固まっている。
魔王様に字を書いていただいて、それをガラス台で読み取り、印刷機の版へ転写。
両面の版ができたところで、サイクロプスさん達が機械を動かし、印刷が始まった。
ちなみに、普段よりおめかししてきてる。そういうところ、ちょっと可愛い。
しかし、繰り広げられる光景は可愛いどころじゃなかった。
ゴウンゴウンと唸りを上げる歯車、どんどん送られ、くるりと翻り、両面に印刷されていく紙。
あれから改良を重ね、1分間に30枚、2秒に一枚のペースで印刷されていく速度は、圧巻の一言。
あっというまに30枚以上印刷され、一旦そこで止めた。
「ということで、こちらが印刷されたものになります。
陛下に書いていただきましたものとお比べいただければ」
そう言いながら、私は魔王様へと二枚の紙を差し出した。
元の原稿には、わかるように印をつけて。
魔王様は無言で二枚を見比べて。ふぅ……と深いため息を吐いた。
「のぉ、アーシャ」
「はい、いかがいたしましたか」
「よもや妾が二の句を継げなくなるなぞ、考えもせなんだわ」
「お褒めに預かり、恐悦至極でございます。
これも全てはドミナス様とノーラさんの技術力の賜物でございます」
私は恭しく頭を下げ、魔王様の呆れかえったような言葉に返答する。
魔王様は明らかに苦笑しており、グレース様は、やっと硬直から戻ってきて、目を何度も瞬かせていた。
それから、陛下が手にしていた紙に気が付いたのか、そこに目をやって。
「陛下、私にも見せていただけますか?」
「ああ、もちろんじゃ。しかと見るがよい」
魔王様が差し出した紙を、グレース様は震える手で受け取る。
うん、衝撃的だろうなぁ……段階的に見てきた私でさえ、どうしてこうなったって言いたいくらいだもの。
何度も見比べたグレース様も、やっぱりため息を吐いた。
「原理は説明してもらいましたが、それでも信じがたいものがありますね……。
陛下の原稿を受け取ってから数分で、これだけの枚数が写し取れるなど……」
「うむ、妾も俄かには信じがたい、が……こうして実際に手に取るとのぉ……」
多分、お二人のこんな顔は滅多に見られるものじゃないと思う。
これだけでもやった甲斐があったなぁ、なんて思うのは意地が悪いだろうか。
こっそり、ノーラさんと顔を見合わせてにんまりしたりしつつ。
印刷されたものをしげしげと眺めていた魔王様が、急にこちらを振り返ったので、慌てて姿勢を正す。
「のぉ、アーシャや。
先程受けた説明からすれば、これは普通のインクで書かれたものでも写し取れるということじゃな?」
「さようでございます。当初は特殊なインクでないとだめでしたが、ドミナス様の提案で、そこは解消されました」
「ということは、すでにある本や書類の写しも容易に作れる、と。
例えば、どこぞの王家に伝わる書物だとかも」
「ええと、借り受けることができれば、可能です。
ただ、その場合ですと、一度本をばらすですとか、開き過ぎて本を傷める可能性が生じるですとかの問題もございますが」
「なるほど、その問題はまた考えるとして、じゃ」
私にいくつか質問してきた魔王様は、何やら考え込んだ。
多分魔王様の意図がわかったのだろうグレース様が、魔王様の顔を見つめている。
ちなみに、私には全くわからない。この様子だとグレース様のいた国に関係あるのかな? くらいだ。
確かに王家の書物だったら、写しを残しておくに越したことはないだろう。
羊皮紙の書物だろうから、劣化も怖いしね。
もしかしたら、何年毎とかに手書きで写す作業とかしてたのかも知れない。
「いやすまぬ、話を戻そう。
これならば、原稿さえ用意できれば大量に写し取ることができるわけじゃな」
「はい、左様でございます」
魔王様が何も言わないなら、詮索はしない。
多分、聞いていいことなら、いつか相談を持ちかけられるのだろうし。
「そうしますと、これからは文字や計算の練習用原稿を用意すれば、こうして大量の用紙を作ることができるわけですね」
「はい、これでグレース様の負担も多少は軽減するかと」
私の返答に、グレース様は頷き……魔王様は苦笑した。
「グレースや、そなた、浮いた時間で教科書やら書物やら書くつもりじゃろ」
「流石陛下、おわかりでしたか。
こんなものを見せられてしまっては、浮いた時間で休むなどできません。
教育を任された者として、仮令腕が折れようとも私の知識を全て書き留めなければ」
「やれやれ、ほどほどに、と言うても聞かぬじゃろうからなぁ」
魔王様は若干諦めの混じったため息を吐く。
ああ、やっぱりそういう方だよなぁ、グレース様。
ちらり、ドミナス様、ノーラさんと視線を交わし、うん、と頷きあう。
「陛下、少しよろしいでしょうか」
グレース様と会話していた魔王様が、こちらへと向いて、頷いてくださった。
「うむ、何でも申すがよい」
「ありがとうございます。
実はこんなこともあろうかと、文字を書く道具を用意しておりまして」
……真面目な顔で言いながら、私は内心でガッツポーズをしていた。
『こんなこともあろうかと』って一度は言ってみたい台詞じゃない!?
とか思ってる私の内心など知らず、魔王様は不思議そうな顔を小首を傾げた。
「……何? 文字を書く道具?
ペンのことではないのか?」
「はい、それよりももっと、腕にかかる負担の少ない道具がございまして」
私がそう言うと、ノーラさんが機械の影から、小さな箱のようなものを取り出してきた。
それは、文字の書かれたキーが配置され、その後ろには例の板。
さらに少し大きめの板も配置されていた。
「……なんじゃ、この道具は。いや、まさか……?」
「ふふふ、そのまさかでございます。
では、少々失礼いたしまして……」
私はその箱の前に座ると、軽く指を解して、深呼吸。
キーに指を添えると……パタタタタと指を高速で動かした。
これぞ、オタク特有の高速タッチタイピングってやつよ!
などと、一人でテンション上げつつ。
私がキーを叩く度にその文字が書かれた小さなスタンプが板へと打ち込まれていく。
実はこのスタンプには『魔力吸収』の魔術が込められており、板は既に帯電させた状態。
この板にスタンプが触れると、原版となる板はちょうど左右反転した文字の形で帯電が解除されていくんだ。
一行文章を書き終わったら、自動的に改行が入る。
自分で改行することもできるよう改行キーもつけた。
そして大きめの板にはそれを更に反転させた、つまり普通の文字が転写され、表示されるようにドミナス様が調整してくれた。
理屈としてはあれよ、砂鉄が中に入ってて、磁石のついたペンで書いた文字が見えるようになるおもちゃというか道具というか。あれを転写用の板と印刷用の粉で再現。
こうすることで、打ち込んだ文字、文章が確認できるわけだ。
ちなみに、打ち間違えた時はそれ用のレバーを動かすと再度帯電させられる……つまり、打ち込んだ文字を消すこともできるようにしている。
これらは、『魔力吸収』で回収した魔力の再利用と使用者本人の魔力消費によって動作するようにできた。
魔力消費といっても、微弱な帯電を維持するだけのものだ、本当にちょっとしか消費しないけど。
言うまでもなく、これらの機構はノーラさんとドミナス様の合わせ技。
で、これで文章が完成したら、原版の板から延びてるケーブルを印刷機の版に触れさせて転写して、印刷準備完了となる。
当初は板を外して触れさせていたのだが、色々試行錯誤したら伝達できるケーブルが作れてしまったので、こういう形に改良した。
ということで。
言わば魔力式タイプライター、もしくはワードプロセッサーと言うべきものができてしまったのである。
いやぁ、ドミナス様があの板を発明してくれなかったら、絶対こんなこと考えつかなかったなぁ。
当然、ノーラさんじゃなかったらこんな複雑な機構は作れないし、『魔力吸収』が付与されたスタンプなんてドミナス様じゃないと作れないだろう。
「……なんじゃ今の、気味が悪い程の指の動き」
「そこですか!? いや、確かにそう、見えますよね……」
考えてみれば、タッチタイピングなんてこっちの人は見たことないんだから、そう見えても仕方ないよね。
「と、ともかく、この道具を使ったら文字を書くよりも早く、楽に、一定の文字で記すことができるわけです。
まあ、早くなるまでには練習が必要ですけど……」
「なるほど……そういうことですか」
試し、ということで印刷された紙を手にしたグレース様が、微笑む。
「アーシャ、つまりあなたは、私の手を気遣ってくれたのですね?
少しでも私の手が楽であるように、と」
「その、差し出がましいかとも思いましたが……これも、手首などを傷める前の予防の一環、ということで」
私の言葉に、グレース様は微笑みを返してくださった。
そして、そっとタイプライターに指を触れて、かしゃん、かしゃん、と一つ二つ、キーを押す。
「感謝します、アーシャ。
もしよければ、練習の仕方も教えてもらえますか?」
「はい、もちろんでございます!」
グレース様の目は、輝いていた。
この新しい道具への興味もあるだろうけれど、何よりも。
存分に自分の知識を書き記せるのだ、という喜びに輝いていたように思う。
なにせその後、私がちょっと教えただけであっという間にタッチタイピングを習得し、気が付いたら私よりも早くなってしまったのだから……。
ちなみに、ずっとタイピングしているため構ってもらえる時間が減ったと魔王様が拗ねる事件が後日発生するのだが、それはまた別のお話である。




