やらかしたのは、誰だろう
それからしばらく時間が流れて、ノーラさんと打ち合わせてから一週間後の事。
うん、たった一週間後。
「アーシャ先生、大体のものは出来上がったよ」
「うそでしょ!?」
ノーラさんの言葉に、私は思わず声を上げてしまった。
だって、今回お願いしたものって結構どころでなく複雑なものだったよ!?
でも……ことモノヅクリに関して、ノーラさんが嘘吐くわけないしなぁ……。
「なんだい、ご挨拶だね。
あたしの作ったものが信じられないってのかい?」
「いや、それはもう、信じてますけども。間違いがないことも良く知ってますし」
「へへ、そうだろそうだろ? あたしが作る物は間違いがないだろ?」
ちょっと拗ねた口調だったのに、私が素直に信頼を口にした途端に照れ照れとし始めた。
……まって? 年齢的にはお姉さんのはずなのに、こんなに可愛いのずるくない?
ちくせう、流石ドワーフ、こんなところでもチートを発揮するだなんて!
……ごめんなさい、私が萌えやすいだけです、ほんっとごめんなさい。
ともあれ。
私はノーラさんに連れられて、工場へと向かった。
うん。予想はしていた。
あまりに予想通り過ぎて、乾いた笑いしかでなかった。
「誰がここまでしてくれと言いました!?」
「え、気が付いたらこうなってたんだけど」
これだよ、これだからドワーフは!!
もう、何度目かわからない。
化学プラントの第六工場横、もはや第七工場としか言えない存在が、そこにはあった。
あ~……これ、ほんっきで産業革命起こそうかなぁ……なんて思ってしまう。
ともあれ。ここで茫然としていても話は始まらない。ということで、中に入っていく。
そして、一歩踏み込んだだけでも良くわかる。
ドワーフと巨人族が組んだら、本気でチートだと。
何をどうやったら、ここまでの物を、こんな短期間で作れるというのだ……。
「なんでこれ、一週間で作れたんですか?」
「や、アーシャ先生のお願いだからって言ったら、結構集まってくれたよ?」
「あ、はい、そうですか……」
恥ずかしい。照れくさい。穴があったら入って踊りたい。
そんな気分を能面のような表情で誤魔化しながら、私はそれらが動いているのを確認していた。
ゴウンゴウンと凄い音を立てながら、回転する刃で木材が砕かれていく。
そして次に、ある程度形の揃った細かさに砕かれたところで、ゴガガガガと音を立てながら大きな釜に入れられ、水酸化ナトリウム水溶液内で高温高圧状態で煮る工程。
この辺りは、ドミナス様の協力も大きい。
水酸化ナトリウム水溶液で樹脂やらいろいろ溶かされて、繊維質だけが取り出された。
これを、次亜塩素酸ナトリウム水溶液で漂白、白くしてしまう。
この時取れた樹脂成分は燃料としても使える、はず。キーラが脱水してくれたら。
その後ちょっとだけ塩酸を加えて、phを調整。
そして生成された、繊維質が溶けた液体に糊成分を混ぜて、目が細かい網に吹き付けていく。
この液体の中には、松脂や膠を混合して、滲み防止剤としても使える成分が入っていたりする。
そのスペシャルブレンドな液体は、均等に網の上に乗せられていく。
……見た目、ほんっと均一に見えるんだけど……これもまた、ドワーフクオリティ、か……。
というか、何よりも。
「……ねえ、どうやったらこんな細い糸でこんな目の細かい網が作れるんですか……?」
「ああ、知り合いにアラクネーがいてね。そいつが糸を出してくれて、そいつとあたしらで編んだ」
「なるほど。……なるほど?? なんか、なんかおかしい……」
思わず、そうぼやく。
アラクネーは、下半身が蜘蛛、上半身が女性という身体を持った魔物だ。
当然蜘蛛だから、糸を吐き出すことができる。
動物性たんぱく質によって構成された糸。……絹糸に近い性質があるのかも知れない。
また、ねばねばするかと思ったらそうでもなく、粘着性の高い糸とそうでない糸と、自在に出せるそうだ。
そういえば、普通の蜘蛛だって粘着性の高い横糸と低い縦糸と使い分けてるもんなぁ。
……あれ。もしかして、アラクネーの方々と縁が持てたら、色々できたりするのかしらん。
「ねえ、ノーラさん、今度アラクネーの方に紹介してもらえません?」
「もちろん、構わないよ。……また何か考えついたのかい?」
「や、まだほんと、思い付き程度なんですけどね?」
うん、これができたら、また一歩進むと思うんだけど……。
色々実験しないといけないことが多いから、まだ不確定、としか言えないなぁ。
でも、一つだけ、比較的容易に確かめられることがある。
「それでも構わないからさ、何か作るってんならあたしも混ぜてくれよ?」
「あ、はい、もちろん。というか、それ絡みでちょっと変わった針を作って欲しいんですけど」
「へぇ、いいよ、あたしお手製のを作ってあげようじゃないか」
それはもうニッコニコとした笑顔で、即応じてくれる。
ノーラさんは、ほんっと物を作るのが好きなんだろうなぁ。
特に、新しい物を作るって言うチャレンジを好んでいるように思う。
そういう性格だからこそ、ドワーフのリーダーなんてできているのかも知れない。
ともあれ、これで針ができて、アラクネーの糸も調達できたら……縫合して大丈夫かの実験ができる。
これは、私の身体を使えば簡単にできるし、確認できたら即使えるようになるから、かなり大きい。
……キーラやゲルダさん、それに作るノーラさんからは、バレたらめっちゃ怒られるだろうけど。
いや、多分ドロテアさんも魔王様もグレース様も、エルマさんにクリスも怒るだろうなぁ……もしかしたらナスティさんにドミナス様も。
……あれ。もしかして私、今、かなり幸せ??
や、やっぱり自重はしよう、大事にしよう、自分を。
そんなことを思いながら、次の工程へと進んでいく。
「……注文しといてなんですけど……なんでこうも、スムーズに絞れてますかね?」
「ああ、ここは結構苦労したんだよねぇ、圧力強すぎても弱すぎてもだめだし」
とか、事も無げにノーラさんは語るけどさぁ……。
網の上に敷き詰められた繊維が、ローラーによって水気を搾り取られていく。
何の抵抗もないかのようにスムーズに、かつ、十分に絞られて。
どうやったらここまでの微細な調整ができるのか、まったくわからない。
その後は火炎石と風鳴石を組み合わせた巨大ドライヤーでさらに乾燥させていく。
この工程、キーラに頼もうかとも思ったんだけど、これ以上負荷をかけるのもなんだと思ってね……。
いやまあ、何かキーラがいる中央乾燥室につなごうと思えばつなげるようにはしてるらしいんだけど。
っていうか、中央乾燥室ってなんだ。
ともあれ、乾燥させた後、何度かローラーを通して平らに、均一に伸ばしていって。
ほんとはこの後コーティングやらしてたはずだけど、とりあえずはこれで欲しい品質のものはできた。
ぐるぐると巨大なローラーで巻き取り、ちょっと寝かせた後、使うサイズに切って完成!
「うわぁ……ほんとにできてる、紙が……」
「いやぁ、我ながらよく出来たと思うよ。さすが、アーシャ先生の言うことに間違いはないねぇ」
「いやいや、ノーラさん達の作るものに間違いがないからですよぉ」
なんて、ニヤニヤニマニマした顔で私達二人はお互いを肘でつんつんと突きあう。
もちろん、現代社会の上質紙と比べたらまだまだ荒いけどさ。
それでも、羊皮紙よりもはるかにスベスベで滑らか、白くて綺麗でツヤツヤな紙ができたのだ。
この分だと、凄い勢いで量産できそうな形で。
まあ、でも一番の功労者は、ね……。
「でも、これだけ自動化した設備が……なんでサイクロプス二人で動いてるんですか……?」
「いやぁ、ほんっと力強いよねぇ、助かるよ」
「力強いとかいうレベルじゃないと思うんですけどね!?」
うん。これらの設備は、たった二人のサイクロプスが、ぐりぐりと歯車を回してくれる力によって動いていた。
確かに彼らは、ショベルカー並みのパワーを持っている。
だからって、これだけの工程を問題なく動かせるっていうのはおかしくない!?
ドワーフ製の歯車は抵抗が極端に少ないとでもいうのか!?
いや、ゴリラやオランウータンは握力が500㎏、チンパンジーでも300㎏とか言われるし、サイクロプスくらいの身体ならトン単位の力が発揮できるのかもだけどさぁ……。
でも、紙ができていく様を楽しそうに、嬉しそうに……愛しそうに見つめている彼らの姿を見たら、無粋な言葉も言えなくなってしまう。
見た目に反して、彼らはとても穏やかで、こういう作業が好きなのかもしれない。
少なくとも、今ここで働いている二人は間違いなくそうだ。
……ちょっと可愛いなとか思うくらいに、一生懸命で、楽しそうだった。
「いい奴らだろ?」
私の視線に気づいたのか、ノーラさんがそんなことを聞いてくる。
こくん、と即座に頷き返すしか、なかった。
「あの人たちが作ってくれるんだから、間違いはないですよね、きっと」
「ああ、そこはあたしも太鼓判を押すよ。
でも一応さ、ほんとに間違いがないか、確かめてもらわないとね?」
と、ウィンクしながらノーラさんがペンとインクを取り出してきた。
……うん、この顔、確かめるまでもないってくらいの自信を感じるぞ?
書くまでもなくスベスベなのはわかる。
でも、ちゃんと確かめたいな、とも思う。
なので私はペンをお借りして、さらさらと書いてみた。
うん、ほんっとに、さらさらと書けるし滲みもほとんどない。上質紙にも負けないね、これは!
ついでに、弱アルカリ性に調整できたはずだから、経年劣化も抑えられているはず!
酸性だと、30年くらいでボロボロになるらしいんだよね。
「これはもう、完璧です、欲しかったもの以上ですよ!」
私は、手放しで絶賛する。いやほんと、これは掛け値なしにそう思うよ。
ノーラさんも上機嫌で私が文字を書いていくところを見ていた、が。
急に黙り、そっぽを向いた。
「あれ、ノーラさん、どうしました?」
「いや、どう、って、さぁ……自覚ないのかい?」
ぐす、と鼻をすするような音がする。
え、あれ、私、なんかしちゃった!?
慌てて心配する私を、ノーラさんは困ったような照れたような顔でぺしぺしと叩いてくる。
なぜだ、解せぬ。
『親愛なるノーラと、ドワーフ、巨人族、全ての友人に心からの感謝と愛をこめて』と書いただけなのに……。




