無理難題、と思っていた時もありました
フォレストジャイアントの人たちとノーラさんからの協力を取り付けた翌日の午後。
今度はドミナス様に会って話をすることになった。
ちなみに魔王様も同席したがっていたが、さすがにお忙しかったらしく都合が合わなかったみたい。
なので、今日はゲルダさんに来てもらっている。
「あいつのことだから、恐らく時間ぎりぎりに来るはずだ。
だから、今からそんなに緊張することはない。それに、私も一緒なのだから」
「そうですね、頼りにしています」
と、ゲルダさんにこくりと頷いてみせる。
うん、正直なところ、どんな人なのか想像がつかないんだよね。
キーラにずばずばと言ってたみたいだけど、でも情がないわけでもなく。
地図は描くけど、だったら案内する、という発想にならない人。いや、魔族だけど。
まあ、ゲルダさんが幼馴染として付き合っているのだから、決して悪い人ではないのだろう。
そう考えていると、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
一瞬だけゲルダさんと視線を交わし、会話を打ち切って、待つことしばし。
コンコンとドアがノックされたかと思えば、がちゃりと開いた。
「……時間通り」
「いや、確かにそうなんだが、もう少し言い方があるだろうに」
おもむろに入ってきたのは、小柄な女性。
伸ばしっぱなしに伸びた黒髪で、右目がほとんど隠れそうになっている。
着る物にも相当無頓着っぽく、上等そうなローブもよれよれだ。
顔立ちは整っているんだけど……こう、なんだろう、凄く残念な感じがする。
ただ……漂ってくる気配、というか、魔力なのかな? これは、とんでもないものがあった。
もしかしたら、魔王様に近いものがあるんじゃないだろうか、というレベル。
さすが、魔術分野の責任者なだけはある。
「時間通りなら問題ない。違う?」
「う~ん……違わないとも言えるし、違うとも言えるな」
「何それ」
「相手に因るから、結果が一緒じゃないんだよ」
「何それ、理不尽」
「こういうのは、理屈だけじゃないこともあるからな」
淡々と話すドミナス様、苦笑しながら説明するゲルダさん。
う~ん……なんだこの不思議な空間。
作業的なのに、何故か機械的とか険悪なとか、そんな感じがない。
これも、二人の付き合いの長さゆえなのだろうか。
などと思っていると、ぐりん、と急にドミナス様がこちらを向いた。
「で、この子が例の?」
「ああ、例の。薬師のアーシャだ。……薬師、という表現が妥当かはわからないが」
「なるほど」
いやいや、私は一介の薬師ですからね!? 医者だけど、薬師という表現から離れるのもどうかと思うっ!
というツッコミは、内心だけに納めておいた。
まだ、ドミナス様のノリがどういうものかわからないしね。
「ご紹介にあずかりました、アーシャと申します。
どうぞよろしくお願いいたします」
「ん。私は、ドミナス。よろしく」
そう言いながら右手を差し出してきたので、私も握り返した。
しばらく、握手をしていて。ドミナス様は何か不思議そうな顔になり、手を離す。
「……変なの」
「だから、表現。
何がどう変なんだ?」
唐突なつぶやきに、ゲルダさんが苦笑しながら質問する。
しばらくまじまじと、握手していた手を見ていたドミナス様が顔を上げた。
「病気の素が極端に少ない」
「……何? ちょっと待てドミナス。お前、手にそういうものが付いてることを、知っていたのか?」
ドミナス様のつぶやきに、私もゲルダさんも目が丸くなってしまう。
だって、病原菌だとかそんな概念ないはずなのに!
ゲルダさんはまあ、石鹸作りの最初から付き合ってくれているから、おおよそは理解しているので例外だけども。
少ないのは多分、私が他の人よりも念入りに手を洗ってるからだとは思う、けど、それを触っただけで、だなんて。
私たちの驚きに、ドミナス様は不思議そうだ。
「え。皆知ってるものかと」
「そんなこと、知るわけが……いや、確かにそんなことを確かめられたことはないが」
言われてみれば、自分が見えるものを他人も見えるか、なんて一々確認しない。
自分から見れば、それは当たり前なのだから。
それがドミナス様のようなタイプの人だと、当たり前が他人の当たり前じゃないなんてことになるわけだ。
しかし、もし本当に接触で細菌の有無がわかるなら……色々ご協力願いたくもある。
「ドミナス様のその特技には、また後日色々確認させていただければと思うのですが」
「何。構わないけど」
……やっぱり、悪い人じゃないみたいだ。なんだかんだ、協力してくれるみたいだし。
と、しばし私の顔を見ていたドミナス様が、ふと何かを思い出したような顔になった。
「そう言えば。キーラは元気?」
「あ、はい、元気ですよ。おかげ様で、すっごく助かってます」
「そう。なら、よかった。
……ゲルダから大体聞いた。よくあんな使い方思いつく」
おお、やっぱり気にしてくれてたんだ、と思ってたところに、この発言。
え~っと、どこまでしゃべっていいのかなぁ?
「まあ、ほら、そこは……えっと、どこまで聞いてます?」
「大体は。前世がどうとか」
「あ、そこまで聞いてらっしゃるんですね……まさにその前世の知識なんですよ」
「……なるほど。なら、私もまた今度、話を聞いてみたい」
「はい、その時は喜んで!」
やっぱりドミナス様は研究者とかそういうタイプなのかな。
気配りに若干難があるけど、悪い人では決してないし。
ちょっと興味を引かれたら一気に視野狭窄になるとかそんな感じなのかも知れない。
「まあ、それはそれ。
今日の用件は何? 雑談以外」
と、ドミナス様が聞いてきた。
う~ん、この切替の速さも理系っぽい。いや、ちょっと言いすぎ?
「そうですね、本日伺ったのは、実は……」
ドミナス様に催促されて、私は今日伺った内容を説明した。
魔術的な処理を加えたインクを作れないか、という相談だったのだけれど。
私の説明に、ドミナス様はふむふむ、と興味を引かれた様子で幾度か頷き。
「なるほど、話はわかった。
できると思う」
「ほう、流石だな、ドミナス」
「当然。魔術の領域で私にできないことは、あんまりない」
ドミナス様の返答に、思わず咳き込みそうになった。
えっと、なんだか聞いたことがある言い回しなんだけど!?
「え、ええと、これは……笑っていいところなんでしょうか……?」
「……何か面白いことがあった?」
あ、しまった、今のは普通に言ってただけらしい。
なんとか誤魔化そう。
「いえ、すみません、ちょっと昔読んだ小説の一節に似ていたものですから。
では、この件、お願いしてもよろしいでしょうか」
「うん、任された。時間はちょっとかかるけど」
「ありがとうございます、それは当然かと思いますので、大丈夫です」
そう言いながら、私はぺこりと頭を下げた。
まあ。
彼女にとって『時間がかからない』というのは『その場ですぐできる』という意味であって。
『時間がちょっとかかる』は『その日のうちに数時間でできる』という意味だったことを知るのはその日の夜だった。
いきなりお供の人連れて工房に尋ねてくるから、何事かと思った、正直。
やっぱりチートしかいないのか、この島には!!
思わずそんなぼやきが零れたものだった。




