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教育と歴史と社会と

「まず、それだけの内容を学ぶには、時間がいくらあっても足りないでしょう。

 つまり、あなたのいた世界では、子供は勉学に励み、働くことはほとんどなかった。違いますか?」

「おっしゃる通りでございます。

 正確には、子供を働かせることは法で制限がかけられておりました」

「なるほど、そこまでするとは想像できませんでしたが……納得もいたします」


 私の答えに、グレース様は納得したように頷く。

 そうなんだよね、日本では、子供は働く必要がなかったのだ。


「つまり、子どもを働かせる必要もなかった。

 それだけ、生産だとかに余裕を持つことができていたわけじゃな」


 さすが、としか言いようがない。

 多分だけど、グレース様もそのことを理解している。

 そう、あの世界は、大人の労働力だけで社会を回せていたのだ。

 それは、たまたま産業革命が起こり、その後機械文明が発達した、ということもあったんだろうとは思うけど。

 子供を働かせないように、という理想が先にあった、などと思う程私はロマンティストではない。

 でも、余裕が生じた時に、子供たちを労働力としなかったことには敬意を表したい。


 ……いやまあ、産業革命の頃には、狭いところに入れる子供を炭田とか工場で酷使してた歴史もあるんだけどさ。


「後は学問としての分類と、深さですね。

 現時点で、自然現象に関する観察、考察、理論立て……そういったものは、ほとんどなされていません。

 地理に関しても、統一的な地図はありませんし、歴史は……各国が勝手に編纂しているものはありますが、その検証などはなされていないのが現状です」

「この国限定であれば、妾という生き証人もおるが……それも、あくまで妾から見た歴史じゃしのぉ」

「陛下を信じないわけではもちろんありませんが、お話を伺った上でそれを補強する資料なども欲しいところですね」


 グレース様と魔王様が二人で問題点の洗い出しを続けてる。

 のだけど……この二人、本気でチート過ぎるんですけど。

 私のたったあれだけの話で、かなり正確な全体像を掴めてる上に、現時点で足りないものもはっきりと見えてる。

 ていうか魔王様、自分のことを絶対視しない、俯瞰的な視野持ってるんだなぁ……。


「他の分野で言いますと……音楽も作曲者や奏者が個人の感覚で作っていますね」

「ふむ、それが当たり前だと思うておったが、学問として成立しうると聞いた後で考えれば……分析したうえで理論立てることは、案外一番早くできるやも知れぬな?」

「セイレーンやハルピュイア達にやらせてみるのも面白いかも知れません」

「ああ、案外あやつらも面白がってやりそうじゃし」


 ちなみにセイレーンは人魚みたいな海の魔物、ハルピュイアは前も触れたけど、翼をもつ鳥と人間の合いの子みたいな魔物ね。

 どちらも歌が好きで、特にセイレーンの歌には魔力が籠るって言われてる。

 そんな話をしながらお二人で盛り上がっていたところで、魔王様がいきなり私の方を振り返った。


「ところでアーシャや、音楽ではどのようなことを学んでいたのじゃ?」

「あ、はい、最初は音楽の歴史や、どんな作曲家がいたのか、どんな曲があるのか、という話から入りました。

 そこから、どんな旋律のパターンがあるかとか、和音の構成があるかとか、どんな旋律が心地よいか、などを高等教育までに習いましたが、それ以上の音楽理論は、申し訳ないのですが、存じておりません」


 そこはほんと申し訳ないのだけれど、いい加減なことを言うわけにもいかないので、正直に答える。

 専門外のことだし、そこは魔王様達もわかってくれているみたいで、軽く頷いてくれた。

 が、グレース様はふと思案気な顔になってしばし考えて。


「なるほど、歴史……音楽だけでなく美術も、時代と共に技法が発展し、流行りの作風も変化していきました。

 それらを学んだ方が、技術の基礎も身に着けやすいでしょうし、新しい技法を考えやすくなるかも知れません」

「確かに、それもそうじゃな。

 新しいと思って発表したものが、昔既に似たものがあった、など良くあることじゃ」

「技術的な分野だとたまにあることですね。『車輪の再発明』なんて言葉もありまして」

「ほう、中々に面白い言い回しではないかえ」


 お二人の話に、失礼ながら割って入ってみたり。

 そんな私を排除するどころかお二人はむしろ歓迎、という雰囲気だ。


 車輪の再発明。つまり、とっくに存在していたものを、それを知らなかった人が苦労してまた一から作り出しちゃうこと。

 知らない事が原因で生じてしまう無駄、とも言えるかな。

 これを減らしていくことも歴史の意義なんじゃないかと思う。


「歴史の意義、か……アーシャや、国の歴史ではどのようなことを学んだ?」

「あ~……ええと、ですね……」


 魔王様の問いに、思わず口ごもる。

 うん、もちろんこれについても考えてはきたんだよ。きたんだけど、さ。


「なんじゃ、急に歯切れの悪い」

「その、ですね。お二人にお話しするのは、結構勇気がいると言いますか、衝撃的な話になりそうでして。

 こう、不敬な内容になる可能性もございまして……」

「何を変な心配をしておるのかえ、そなたが前世でいた国の歴史であろう?

 それはそれ、これはこれ、じゃ、気にせず話すがよい」


 呆れたように魔王様が言う隣で、グレース様も微笑みながら頷いていた。

 ……言いましたね? 聞きましたからね?


「では、僭越ながら、申し上げます。

 国もなかったような原始的な時代に、人々がどのような生活をしていたか、から始まりまして」

「待て待て、いきなり凄いこと言いだしておるが、どうやってそんなことを知ったのじゃ!?」


 ですよねー。正直私も、こっちの分野の人は本気で凄いなって思うもの。


「疑問ももっともかと思います。文字の発明すらされてない時代なので、文書の資料はないのですが」

「であろう? どうやって知ったというのじゃ」

「わかりやすいのは、当時の生活で使われていた土器や石器が地面の中から発見されたものでしょうか。

 他ですと、自然にはありえない集まり方をしている大量の貝殻から、多分貝を食べてその殻をここに捨てたんじゃないか、とか……といったことを推測する研究者が多数おりまして」


 私の言葉に魔王様もグレース様も絶句する。

 しばしの沈黙の後、呆れたように魔王様が口を開いた。 


「どんな忍耐力と資金力と人的資源があればそんなことをしようと思うようになるのじゃ……」

「いや~……こればっかりは私も想像できないですね~……」


 普通見過ごすよね、そんなの。意味あるなんて思わないよね。

 でも、そこから色々読み取るんだよなぁ……。


「発見された土器の内側に農作物の種がくっついて残ってたから、このくらいの時期から農耕が始まっていたんだな、とか推測されてましたけど、凄い想像力かと思います」

「いや、それ以前に、年代をどうやって特定しておるのじゃ、それは」

「ええと、それを説明すると長くなるのですけど、別分野の学問を活用すると、地面のこの部分は何千年前のものだというのがわかったり、物を分析することで、そこに含まれるものから何千年前のかわかったりしまして」

「わかった、それも学問によるものだということだけはよくわかった」


 降参、とばかりに魔王様が首を振る。

 正直なところ、地層がどうしてできるのかとかよく発見したなと思うし、炭素で年代測定するとかまで行くと、なんでそんなこと考えつくんだとすら思うもんねぇ。


「話を戻しまして……人々が農耕を始め、集落、村を形成していき、やがて国家を作っていく過程をまず学び、社会というものが形成されていく過程と意義を学んでいきます」

「社会が形成されていく過程、が想像していなかったところから始まりましたね……」


 グレース様が立ち直ったのか、額に手を当てながら呟く。

 でも、オチで多分また絶句するんだよなぁ……。


「お察しいたします。ですが、ここから学ぶことによって、そもそも社会というものが必要である、ということが学べるのかと思います」

「それも確かにそう思います。所詮人間は、一人ですと弱い存在でしかありませんから」


 グレース様の言葉に、私も頷く。

 特にこうして、魔族や魔物と接する国に住んでいたらなおのことだ。


「話を続けますと、そうやって国家が形成された後、国家の仕組みがどのように変化し洗練されていったか、なども学んでいきました。

 法の整備過程や設計思想、役所等の組織がどう構成されていったか、などなど。

 もちろん、国家として成長していく過程で経験した戦争がどのように起こったか、についても学んでおりましたね」


 個人的には、豊臣秀吉が上手くできなかったのはここじゃないかと思っているんだけど……どうなんだろう。


「なるほど、そうやって学ぶことで、かつてあった制度を今更思いついたりすることを避けられるし、新たな制度がどうあるべきかも想像できるようになる、と」

「国家に属する者が、様々な制度や法の成立過程を学ぶことで、納得して従うこともできそうですね」


 お二人がうんうん、と納得している。

 さて、そろそろ爆弾投下のお時間ですよ~……。


「はい、おっしゃる通りの効果が見込めるかと。

 そして何よりも、国民に政治の当事者として必要な知識を持たせ、自覚を促す効果も望めます」

「……うん? 政治の当事者?

 待つがよい、そういえばそもそもこれは、庶民に施される教育の話であったな?」

「言われてみれば……確かに、庶民が学ぶには随分と政治や国家についての話をしていますね?」


 さすが、察しの良いお二人もよくわかっていない感じだ。

 むしろ察しがいいからこそ困惑しているところすらある。


「はい、実は……私が前世に居た国では、王に政治的な力はなく、貴族という存在はなくなっておりました」

「……は?」

「はい?」


 ですよね~、目が点になりますよね~。


「法の制定、予算編成、政治的な決定……それらは全て、国民が選んだ代議士と呼ばれる職業の者が実行します。

 ああ、一部例外はございますが」


 大臣は国会議員じゃないケースもあるから、それは例外か、と付け加える。

 まあ、聞こえてるかどうかはわからないけど。


「……国民が選ぶ? つまり政治的な力が国民にあるのかえ」

「左様でございます。とは言っても、選挙……代議士として立候補した者に投票して選出することが主な関わり方にはなりますが」


 古代ローマとかだと直接民主主義やってたらしいけどね。

 でもあれって、奴隷という労働力があって初めて成立してたものらしいし、色々問題もあったようだ。

 まあ、日本人が想像する奴隷よりはずっと労働環境良かったみたいだけど。


「なるほど、限定的ではあるのか……それにしても、何というか……どうしてそうなった、という感想しか出てこぬわ」

「そこを話し出しますと歴史の授業になってしまいますので、また後日お話できればと思います。

 ということで限定的ではありますが、代議士を選ぶ、という重要な判断のためにも、これだけ広範に様々な学識を身に着ける必要があり、そのために教育制度を充実させている、という側面もあったというわけでございます」

「なんと言いますか……王族としては複雑な感情を抱いてしまいますね……」

「じゃのぉ。アーシャが最初に言いにくそうにしたのも納得じゃ」


 複雑そうな顔でグレース様と魔王様が互いに顔を見合わせている。

 でも、私に対して「不敬な!」とか激高することはないみたい。

 ああ良かった、打ち首は免れたみたいだ。いや、お二人がそんなことするわけないと思ったから話したんだけどさ。


「まあ、政治的な仕組みうんぬんは置いておいて。

 教育だけに限っていえば、今後やることも見えてきたのぉ」

「そうですね、教育すべき内容を、学問として深めていくための環境の整備も必要ですが……それらを支えるだけの国力、余力を作りませんと」

「そうじゃなぁ、今この国にいるのは働き手である大人ばかり。

 勉強する時間を、となるとアーシャのおった国以上に食糧生産だとかの効率をもっと上げねばならぬ。

 もっとも、こちらは時間がかかるし、中長期的に取り組まねばならぬことじゃな」

「短期的には、文字の読み書き、計算の仕方をもっと効率よく教えることができるようにしたいのですが」


 と、グレース様が呟いたところで、いきなり魔王様がこちらを見た。

 思わずびくっと肩を振るわせちゃった私を、じぃっと見つめて。


「のぉ、アーシャ。『策があります』と言わんばかりの顔をしておるのは気のせいではあるまい?」

「ええと、そうおっしゃられますと、こう、発言しにくいところがあるのですが……」


 いや、確かにありますけどね、考えていること。

 そこまで期待されるとプレッシャーですよ? とか思っていると。


「大丈夫ですよアーシャ、陛下はあなたの発言を無下にはしません」

「いや、それは否定せぬが、そこまで断定的に言われるとこう、のぉ?」


 横で静かに聞いていたドロテアさんが、口を開いて後押ししてくれる。

 魔王様のぼやきに、思わずくすっと笑ってしまった。

 グレース様も、優しく微笑んで続きを促してくれる。

 うん、ここで提案しないのももったいないよね!


「では、恐れながら申し上げます」


 意を決して、私なりに考えていたことを提案するため、口を開いた。

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