ある日の呼び出し
公共温浴施設の設置から、しばらく。
またばたばたと診察に、ナスティさんのイケズ回避にと忙しい日々を送っていたころに、魔王様からの使いが来た。
「私に、参上するようにと」
「ええ、グレース様がやっと時間が取れたので、是非にと」
と、使いの方が説明してくれた。
ちなみに、この人はフェザーフォルクと呼ばれる、有翼の魔族。
翼の生えた人間、という姿で、正直天使のような姿と言えなくもない。
実際はハーピー、ハルピュイアと呼ばれる魔物に近い存在なのだとか。
見た目はほっそりとしていて、腕力は見た目通りそんなに強くないらしい。魔力は個人差があるが、人間よりはずっと強いとか。
また、背中に生えた翼で実際に飛ぶことができるので、こういった使いだとかにはぴったりだろう。
さて。それはともかく、お召しの理由はついに来たかというもの。
私としても一度お会いしたかったし、色々話を聞きたいこともある。
「かしこまりました、お召しに従い、参上いたします」
と、恭しく頭を下げた。
そして、指定された通り、午後から魔王様のお城へと向かった。
……魔王城って言うとイメージ違うよね、正直なところ。
ちなみに、キーラは石鹸工場の方に午後は詰めているし、ゲルダさんはその手伝いやあちこちの調整に奔走している。
私も普段なら、石鹸工場に行ったりノーラさんのとこに顔出したり、なのだけれど、さすがに今日ばかりは仕方ない。
ということで、一人で魔王様のお城に参上することになった。
そして、謁見の間……ではなく、以前連れ込まれた小部屋に案内された。
いや、小部屋と言っても十分広いんだけど。応接室、とでも言うべきなのだろうか。
なるほど、これは公式なものでないから、堅苦しい建前はなしで忌憚なく話せということかな?
とか思っているとドアがノックされて、先にドロテアさんが入ってきた。
「アーシャ、陛下がいらっしゃいました」
「あ、はいっ」
すっと椅子から立ち上がり、頭を下げて魔王様が入ってくるのを待つ。
と、さほど間を置かずに入ってくる気配。
「うむ、ご苦労じゃな、アーシャ。
顔を上げるがよい」
「はい、失礼いたします」
魔王様の言葉にうなずくように頭を一度下げ、それから、上げた。
そして、私は言葉を失った。
魔王様の隣に立つ、美女。
年のころは三十前後、のはず。なんだけど。実際、相応の大人びた気品のある美人さんなのだけれど。
どこか清らかな乙女のように愛らしくもあり、異なる魅力が相反することないバランスで存在している。
柔らかく波打つ長い金髪で彩られ、ほっそりと、でも出るところはちゃんと出てる柔らかな身体は白と青のシンプルなドレスで包まれている。
そんな絵にかいたようなお姫様が、完璧カリスマ美女の魔王様の隣に立っているのである。
しかも、二人並ぶことが当たり前であるかのように、自然に、馴染んだ姿で。
あまりの衝撃、あまりの美しさに、真面目に呼吸することを忘れてしまった。
「これ、何を絶句しておるのかえ。しっかりせぬか」
「はっ!? も、もうしわけございません」
まさか見惚れてました、だなんて言えるわけもないから、ひたすらに頭を下げる。
だが、魔王様には見抜かれてしまったのか……あるいは、言いたかっただけなのか。
ニヤニヤしながら、またカリスマ美女がしたらいけない顔になって。
「なぁに、気にするでない。グレースを前にすればそうなってしまうのも致し方ないこと。
妾のグレースときたら、この世に二人とおらぬ絶世の美女じゃからのぉ。
しかもただ美しいだけでなく……」
あ、しまった。また、始まってしまう。
だが、それはもう楽し気に語り出す魔王様を止めることなどできはしない。
また長時間の惚気話に付き合わされるのか……いや、嫌いじゃないですが、と思っていたところだった。
「陛下」
グレース様が口を開いた。
唇からこぼれた声は、実に美しく……氷のように冷たかった。
あの魔王様が、ぴたりと止まってしまう程に。
「な、なんじゃ、グレース」
「陛下、私、申し上げましたよね?
忙しいアーシャに時間を割いて来てもらうのだから、無駄話をしないように、と。
なのになんですかいきなり、お得意の惚気話など始めようとして」
「い、いや、これはじゃな、惚気ではなくただの説明で」
「言い訳は結構です。陛下がどう思われようと、先程のそれは、惚気話としか言いようのないもの。
お控えくださいと何度申し上げればご理解いただけるのですか?」
いきなり目の前で繰り広げられた光景に、私はさっきとは別の意味で絶句してしまった。
あの魔王様が、たじたじになっている。
グレース様は、決して声を荒げたりはしていない。
穏やかな声で訥々と、理路整然と、かつ、容赦なく。
そして、その容赦のなさに、魔王様が押されまくっている。
え、まさか魔王様、尻に敷かれてたの!?
驚きのあまり、思わずドロテアさんに視線で問いかけると、苦笑が返ってきた。
そ、そっか、そうなんだ……いきなり衝撃的なものを見せられたぞ?
「い、いや、これでも控え目には……」
「そうですか。
ところでアーシャ。あなたは私のことを、どのくらい知っていますか?」
魔王様をそのまま問い詰めるのかと思っていたら、急に私に話を振ってきた。
私はびっくりして肩を竦めて。それから、質問を頭の中で反芻する。
「その、ええと……」
「構いません、正直に答えてください」
言っちゃっていいのだろうか、と魔王様を伺うも、穏やかな笑みでグレース様に促された。
なんだろう、この場ではグレース様に逆らわない方がいいと私の直感が告げている。
「は、はい、それでは……。まず、グレース様が、大陸のキルシュバウムという国の王女様だったこと」
これは、正直納得しかない。どう見ても、お姫様という言葉を具現化させたような存在なんだもの。
フルネームは、グレース・アデラ・フォン・キルシュバウムだそうな。
つまり、魔王様の奥様は、人間のお姫様だったのだ。
そんなお姫様がなんでこんなとこにいるかというと。
「国民の代わりにと、自ら生贄として志願し、この島にいらしたと」
そう、成人を迎えた日に自ら生贄を志願、代わりに今後生贄を出さないことを魔王様に了承させようとこの島に来たのだという。
残念ながらというべきか、幸いにしてというべきか、魔王様は最初から生贄を必要としていなかったので、あっさりとそれを了承。
今後は不要である旨を書簡として送り、その結果、キルシュバウムからは以降生贄は送られてきていないという。
最初はあまりにとんとん拍子に事が進むので、自身の献身が無意味だったのではと思い悩むこともあったグレース様だが、その後、要らないと通達しても送ってくる他の国の対応を見て、無駄ではなかったのだと考えを改めたみたいだ。
グレース様という犠牲を払ったからこそ、キルシュバウムは生贄が不要であることを受け入れられた、のかも知れない。
人間、特に貴族だなんだ、権謀術数はびこる世界の人間は、都合が良すぎる話は信じないものなのかもなぁ。
他の国はいまだに生贄を送ってきているのだから……。
また、当たり前かも知れないけど、貴族階級やそれ以上の女性も送られては来ていない。
キルシュバウムに倣って庶民の犠牲を減らす、と考える国は他にはないようだ。
だからこそ、グレース様の献身が輝くのだけれど。
「そうですね、それは間違っていません。
しかし、その話をする時に、陛下はどのような表現をしていましたか?」
「え、えっと、それは、ですね……」
言えない。グレース様本人を目の前にして、あの美辞麗句の数々を言うのは、こう、抵抗がある。
そのグレース様の献身的な行動や、魔王様を前にした時の毅然とした態度を、もうこれでもかとばかりにデレデレと、だったのだけれど、これは言ったらまずい気がする。
そんな私の雰囲気に何かを察したのか、グレース様は小さく頷いて。
「質問を変えましょう。私の名前から、簡単な来歴まで。どれくらい時間が経っていましたか?」
「え。え、ええと……」
質問に、言い淀む。かなり時間が経っていたのは間違いないのだけれど、正確には覚えていない。
ていうか、言っちゃって大丈夫なのかな、大体これくらいってだけでも、十分ギルティな時間経ってたと思う。
「ほ、ほれ、アーシャは話を聞いておっただけじゃから、時間は覚えておらぬのじゃよ」
「それは、その通り、です」
ここぞとばかりに魔王様が割って入ってきた。
そして、それは事実だったので、頷いておく。
だが。グレース様はにっこりと微笑みを浮かべて。
「なるほど、それもそうですね」
その言葉に、魔王様があからさまにほっとした顔になる、が。
「では、ドロテア」
「は、およそ47分32秒でございました」
グレース様の問いかけに、あっさりと、かつ全然およそじゃない正確な数字が返ってくる。
一瞬の出来事に、魔王様は愕然とした表情になった。
うん。多分これ、罠だったんだろう。
あるいは、最後の慈悲だったのかも知れない。正直に白状していれば、あるいは……。
しかし、現実は無情である。
「ドロテアァァァァ!? そなた、妾を裏切るのか!」
「申し訳ございません、陛下。この状況でグレース様に逆らうことなどできません」
「お、おぬしだけはと信じておったのにぃ!?」
なんだこれ。えっと、なんだこれ。
あの魔王様が、カリスマあふれる魔王様が、跡形もなくなっている。
むしろ、この場では。
「陛下。後でお話があります」
にっこりとたおやかな笑みを見せるグレース様こそが。
少なくとも間違いなく、この場を支配していた。
「すまぬ、妾が悪かった!」
どうしよう。グレース様に平伏する魔王様とか見ちゃったんだけど。
後で私、口封じに消されないかな。
そんなずれた心配をしながら、繰り広げられる夫婦漫才……いや、婦婦漫才を私は茫然と見ていた。




