続・これは温浴による治療行為です
「はふ~……生き返る~……」
のびのびと手足を伸ばしながら湯舟に浸かり、私はそうこぼした。
いやほんとね、すっかり忘れてたけど、手足伸ばしてお湯に浸かるのって気持ちいいわ。
体中の血流が良くなって、色々流されていくような気がする。
あの後、請われるままに皆の背中を流して。
最後、じゃあ私の背中はどうするの、と何故か問題になってしまい、キーラとゲルダさんとノーラさんで争奪戦が行われた。
最終的に、ドロテアさんに洗ってもらったのだが……なんでそうなったのかは覚えていない。
とにかく、私は無事に、平穏に湯舟に浸かる平和を手に入れたのだ。
「うむ、こうして広々とした湯舟に浸かるのも良いものじゃなぁ」
当然、魔王様も同じ湯舟に浸かっている。
……本当にお湯に浮かぶんだなぁ。いや、何のことかはわかりませんが。
魔王様が同じ湯舟に居る以上、皆も同じ湯舟に浸かっている。
洗った髪をタオルでまとめているから、普段と違ってなんだか新鮮。
それに……壮観です。いや、何のことだかわかりませんが。
二重の意味で極楽気分を味わいながら、空を見上げた。
そう、ここの湯舟は、露天だ。室内のもあるが、今はみんなで露天風呂を堪能している。
魔物以外は基本的に女性しかいないこの街では、そこまで覗きだとかを警戒する必要はない。
もちろん、ちゃんとした塀はあるけども。
当然周囲に高層建築なんかもないから、解放感は日本のスーパー銭湯以上のものがあった。
それが、心地いい。
「ふあ~……あったまる……」
「そうだな、それがなんとも、気持ちいい」
キーラのつぶやきに、ゲルダさんが答える。
ちなみに、私の左にキーラ、右にゲルダさん。
なぜだか挟まれている。なんでだ。
「またこのレモンが良い香りしてるねぇ」
と、ノーラさんがしげしげとレモンを手に、観察、という感じの目で見ている。
このお風呂に流しているお湯には、消毒のために例の次亜塩素酸ナトリウムを入れている。
長時間温められるお湯だからちょっと強めに入れてる分、やっぱり若干匂いが気になった。
なので、それを誤魔化すため、と……何となく、美肌効果がありそうな気がして、レモンをいくつも入れている。
いずれはエッセンシャルオイルとか使って入浴剤とか作ってもいいかもなぁ。
「う~む、つくづくグレースが来られなんだのが惜しいのぉ」
「グレース様、今日もお忙しいんですか?」
「うむ、今日は学校で授業があってのぉ。そちらに行っておるのじゃ。
あやつにこそ、こうしてゆっくりとして欲しいのじゃが」
ふぅ、と魔王様がため息をつく。
字を教えられる程学識のある人は、大体それなりに重要な仕事に就いている。
人手の足りないこの国では、教育できるような人を教育に回せない、というのが目下の悩みの一つだ。
そもそも生贄として送られてくるのだ、見目麗しくも身分の低い、つまり教養学識のあまりない人達が大半。
申し訳ないが、数少ない例外である私も、薬師の仕事があるからお手伝いはできないし。
でも、確かに身も心も休まる時間があって欲しいなぁ。
「あ、だったら、お城にもお風呂作ったらどうですか?
お二人でゆっくり入れるくらいの広さの、小さめのを」
「ほほう? 二人で、か。その発想はなかったの」
「ああ、そりゃぁいいですねぇ。あたしらも喜んでやらせていただきますよ?」
私の発案に魔王様は食いつき、ノーラさんもやる気だ。
だが、不意に魔王様が思案気な顔になる。
「いや、そう言うてくれるのは嬉しいのじゃがな。
まずは全体に普及ができてからじゃ、公私混同はいかん。
何よりグレースが喜ばんじゃろうからなぁ」
ほほう。
「ですってよ、ノーラさん」
「なるほどねぇ、そうとなれば、全力全開で作らないといけないねぇ」
あ、やる気だ。めっちゃやる気だ。
まあそりゃそうだよねぇ、こんなこと言われて、やる気にならないわけがないよねぇ。
そんな私たちの反応に、魔王様は珍しく困ったような顔を見せる。
「気持ちは嬉しいが、あくまでも安全無事に、が最優先じゃぞ?
決して無理をするでない」
「ええ、それはもう、怪我一つなく終わらせますって。
アーシャ先生の手間を増やすわけにもいかないですしねぇ」
「や、私の手間よりも、ほんと、安全にやってくださいね?」
「わかってるわかってる」
うんうん、と頷いているけど、本当にわかってるんだろうか。
まあ。
翌日、現場でノーラさんがこの話をしたら全員が奮起して、ただでさえ早い予定をさらに縮めてしまいつつ、全員無事故怪我無しで予定数の銭湯を作ってしまったのだけれど。
これはまあ、仕方ないんじゃないかな、と思う。
そんなこんなで、じっくりあったまった私たちは、お風呂から上がった。
脱衣所に戻る前に、手にしたタオルで身体を大よそ拭ってしまってから脱衣所へ。
バスタオルでしっかり体を拭いてからバスローブのような簡易な服を着て、髪を拭いていく。
「こんな感じで、まずは頭全体にタオルをかぶせて、指の腹で軽く揉むような、タオルをそっと押し付けるような、そんな感じで水を吸わせていきます」
「ふむ、なるほど」
と、話を聞きながら鷹揚に頷く魔王様の背後では、すでにドロテアさんが私の言った通りの加減で髪を拭きだしている。
さすが有能秘書、この作業はぱぱっとやったらいけない、ということを既に理解しているっ。
「で、拭き終わったら今度は髪の毛本体を、こうやってタオルで軽く叩くようにして、水気を吸わせていくんです」
「これ、結構大変……」
言いながら、キーラが慣れない手つきでポンポンとしている。
そうだよね~、キーラも髪長いから大変だよね。
っていうか、皆長いもんなぁ、ここにいる人。
ナスティさんやエルマさんは肩のあたりで切りそろえてるんだけど。
「粗方水気が取れたところで、このドライヤーで乾かして、完了です。
あ、乾かしすぎに注意してくださいね」
「なるほど、これも先日ノーラさんに依頼していたものか」
「そうそう、なんで髪を乾かすのにわざわざ、って思ったもんだけど、確かにここでなら納得だよ。
さっさと乾かさないと、後がつかえちまうやね」
「そうですね~、それに湯冷めの元になるから、それで風邪を引いてもなんですし。
後は、さっさと乾かした方が髪の毛が綺麗になるんですよ」
ゲルダさんがしげしげとドライヤーを眺めてくる。
これも火炎石と、もう一つ、風鳴石という魔石を使って作った、ドライヤーのように熱風が出るものだ。
さすが信頼と実績のドワーフクオリティ、良く知るドライヤーと同じかそれ以上の取り回し。
ただし、ちょっと魔力消費が大きいみたいだけど……。その辺りもあっちのドライヤーと一緒だなぁ。
「では陛下、御髪のお手入れをしてまいりますね」
「うむ、頼む」
ふと、声が聞こえた方に目を向ける。
ドロテアさんが、魔王様の髪に櫛を通したり髪に香油を塗ったりしていた。
……まだ、ドロテアさんの髪は濡れたままで。
「ドロテアさん、濡れたままだと良くないので、拭かせてもらいますね」
「え? え、ええ、それは、構いませんけど……」
「ふむ、よいではないかえ、普段妾の世話に追われておるのだ、たまには世話をしてもらえ。
ほれ、こちらはもう十分じゃから」
魔王様の髪の手入れをしてる間に拭いてしまおうと思っていたのだけれど、魔王様が気を利かせてくれた。
なので、お言葉に甘えてドロテアさんに椅子に座ってもらって、髪を手早く、でも丁寧に拭いていく。
ちょこんと椅子に座って、なんだか居心地悪そうにしているドロテアさんはかなり可愛い。
これはあれか、ギャップ萌えっていうやつかな?
普段キリっとしたしっかりものだから、こういう反応は新鮮だ。
「いいなぁ……私も、やって欲しい」
「あ、そう? じゃあまた今度やってあげようか」
羨ましそうなキーラの声にそういうと、嬉しそうにうんうんと頷いてくれる。
最近のキーラは、たまにこうやって甘えてくるようになってきた。
それ自体は良いことだと思うし、ちょっとずつ自分を出していって欲しいな、なんて思ったり。
そうこうしているうちに、ドロテアさんの髪も乾かし終わった。後は、っと。
「で、ここから先は任意なんですけど、できればってことで……これをお肌にぽんぽん、と軽く叩くようにしながら塗っていったり、その上からこれを薄く延ばして塗って行ったりします」
そう言いながら取り出したのは、化粧水。
実は、手作り石鹸でよく使われるコールドプロセス法じゃなくて釜焚き方式で作ったのは、これのためもあるんだ。
石鹸を作った後には、3価の高級アルコール、グリセリンができている。
自作化粧水の材料でよく使われるものだ。
保湿効果があり、お肌に潤いを与えるには効果的。
このグリセリンを水で薄めて、ハーブなども加えて作った化粧水を塗り込んでいく。
それからもう一つが、保湿クリーム。
これは蜜蝋とオリーブオイルを混ぜて乳化させ、さらにグリセリンも少し加えたものを水で伸ばして作った。
化粧水で潤った肌をコーティングして、保湿効果を高めるわけだ。
「わぁ……頬がぷにぷにする」
「確かにこれは、明らかに違うな」
キーラがちょっと楽しそうに、ゲルダさんも納得したように肌の調子を確かめている。
う~ん、お肌の調子が整ったおかげか、さらに美少女っぷり、美女っぷりがあがってるね!
見てるだけでもこっちの頬が緩んじゃうよ……いかんいかん。
「なるほどのぉ……こうやって多人数で入浴することで、様々な交流も生まれるわけか」
「さすがのご賢察です。裸の付き合い、なんて言葉もあるくらいでして」
実際こうしていると、キーラやゲルダさんとはもちろん、普段あまり交流のないドロテアさんとも仲良くなれた気がする。
ちょっとした非日常感が、交流を促進しているのかな? なんて思ったり。
「後は汗が収まったら着替えて、休憩室で少し休んでから帰宅、というのが基本の流れになりますね」
「うむ、この施設が実に有意義なものであることは確認できた。
これが普及していくのが実に楽しみじゃのぉ」
そう言って魔王様は満足そうに笑った。
なお、満足しすぎたらしく、後に、時々お忍びで街のあちこちの温浴施設に顔を出すようになってしまう。
が、ドロテアさんはいるし溢れるオーラで全然忍べてないしで、バレバレ状態だったとか。




