これは温浴による治療行為です
ということで、私たちは早速脱衣所に入った。
……魔王様も一緒に。
「っていうか、なんで魔王様も一緒なんですか!?」
「当たり前じゃろ、妾が最大の出資者でこの事業の最高責任者なのじゃから。
完成度や使用感を確かめる義務があろうというもの」
そう言いながら、胸を張って見せた。
嘘だ、絶対嘘だ。
絶対、単にこの温浴施設を堪能してみたかっただけだこれ!
ちらりと、さっきから諦めたような顔で付き従うドロテアさんに目を向け、同情の視線をむける。
……何とも言えない、哀愁漂う微笑みが返ってきた。お察しいたします……。
「いや、それはわからなくもないんですけども。
治安というか、陛下の身の安全というかですね」
「何をおかしなことを。妾に傷をつけられる慮外者なぞ、ここにはおらぬ。
ましてゲルダもドロテアもいるのじゃからなぁ」
「……そ、それは、確かに、そうなんですけど……」
そうだった。人間世界のVIPとは違うんだった。
魔王様そのものが、人間など及びもつかない存在。
そこに加えて、明らかに規格外のゲルダさん。多分ドロテアさんもそうなんだろう。
例え何も身に付けない状態であったとしても、危害が及ぶはずもないんだった。
「それはともかく、ほれ、さっさと案内せぬか。どうすればいいのじゃ?」
「あ、ええと、まずはこの脱衣所で衣服を脱いで、洗い場へと行くんですが……」
「なるほど。ドロテア」
「は、かしこまりました」
私の説明に頷いた魔王様が、ドロテアさんに声を掛けた。
ドロテアさんの承諾の声が終わった時、既に陛下は全裸だった。
……は??
「な、え、今、何が……??」
「これアーシャ、同性と言えどもそうじろじろ見るでない」
「あ、申し訳ございません!」
そこまで堂々とされると、むしろこちらが間違っているような気分になる。
……いや、脱衣所だから、魔王様が正しい、のか……?
だめだ、なんだかすっかり流されかけているっ。
「ほれ、妾だけが脱いでどうする。そなたらも脱がぬか」
「あ、は、はいっ」
うん、もう完全に魔王様の支配下にあるな、これ。
言われるがまま、私は着ていた服を脱いでいく。
……なんだか、視線を感じるなぁ。
「キーラ、どうしたの?」
「あ、ううん、その……ちょっと恥ずかしいなって」
「ああ、それはそうだよねぇ」
前にプレゼンのために洗髪した時は私とゲルダさんだけだったけど、今はたくさんの人がいる。
その前で脱ぐのは、キーラにはハードルが高いかもしれない。
ちなみに私は気にしないし、ゲルダさんは既に脱いでいた。さすが、軍人。
「ほら、私も脱ぐから、一緒なら平気でしょ?」
「う、うん……」
キーラの背中を押すために、私は服を全部脱いでしまう。
私の様子を見たキーラも、おずおずと脱ぎ始めた。
……なんだかやたらとちらちら私の方を見るのは気のせいだよね?
ちなみに、魔王様はさすが、ボリュームといい形と言い色といい、完璧だった。いや、なんのことだかわかりませんが。
ドロテアさんも有能秘書的ナイスバディだった。
ドワーフのノーラさんは丸っこい体でありながらも、マッチョな感じもそんなになく、思ったよりも女の子な体していた。
ゲルダさんはよく引き締まった体でありながらも、しっかりとしたボリューム感。
意外なのが、キーラだ。
普段からだぶだぶの服を着ていたので体型が誤魔化されていたのだろう、魔王様に次ぐボリュームと思われる。
……正直なところ、こっちの私の身体は、それなりに良いスタイルだ。
胸だって結構あると思ってる。測ったことないけど、CカップとかDカップとかそれくらいあると思う。
なのに、なんでこのグループの中だと一番小さいのかなぁ!?
あれか、チートな人達は体型までチートなのか!?
「ほれ、何を沈み込んでおるのかえ。次はどうするのじゃ?」
と、これ見よがしに魔王様が私の前にそのバディを曝け出してきた。
あなたのせいです、とは口が裂けても言えない。
「あ、すみません、次はこちらに来ていただいてですね」
と、洗い場の方に案内する。
あちこちに腰かける椅子があり、その近くにお湯が通る小さな水路がある。
ここから手桶でお湯を掬って、それぞれに体を洗っていくわけだ。
ほんとは蛇口をつけたかったんだけどね~……ゴムがないから、水漏れを防ぐパッキンが作れないんだよね。
この辺りはノーラさんと相談していくことになると思う。
一応将来的に、蛇口を付けられるような設計にはしてもらってる。
「ここが洗い場になっているので、それぞれの椅子に腰かけていただきまして。
こうやってお湯を汲んで……お手持ちの手ぬぐいや、この海綿を濡らした後に石鹸を擦りつけてもらいまして」
と、実際にやってみせながら。
……全裸なところに全員がまじまじと見てくるのが、なんとも恥ずかしい。
いや、別に私の裸を見てるわけじゃないとはわかってるんだけどさ。
ともあれ、とりあえず手ぬぐいの方で泡を立てて見せた。
これは、試作品含め何枚かが間に合った、ステラさんにお願いしてたパイル生地のタオルだ。
当然、バスタオルも作ってもらっている。
これだと、明らかに吸水力が違うんだよね。
お風呂入った後に髪や身体をちゃんと拭けないと風邪の元。それは本末転倒というものだろう。
泡を立てるところを初めて見る魔王様とドロテアさんは、とても興味深そうに見ている。
ノーラさんやゲルダさんは海綿の手触りにああだこうだと言ってたりで。
みんなそれぞれに興味深げにしているのが、ちょっと嬉しい。
垢スリも用意出来たらよかったんだけど、まあそれは今後、だ。
「こうやって十分に泡を立てたら、身体をこすっていきます。
このあたりは、身体を拭くのと変わらないですけど……ちょっとだけ強くした方が、多分いいです。
それから、多分こすってるうちに泡がなくなっていくので、そうしたらこうやって手ぬぐいを濯いでから、もう一度石鹸を付けてください」
……恥ずかしながら、腕をこすりながら説明しているうちに、泡がなくなってしまった。
まあ、今迄相当に垢が貯まっていただろうからなぁ……。
ともあれ、実際に濯いで見せ、もう一度泡立てて。
「こうやって洗っていくんですけど、背中は洗いにくいので、誰かに洗ってもらうのもいいですよ」
一応、手ぬぐいを伸ばして自分で背中を洗うやり方も紹介はしたけど、実際これだとそんなに背中がこすれない。
普段からお風呂に入ってるならともかく、今の私達だと、これでは洗いきれない。
正直なところ、相当に垢が貯まっているのだ、
「なるほど。ではアーシャよ、妾に触れることを許す。
洗い方を見せるがよい」
「は、はい!? え、ええと……よろしいのですか……?」
そう言いながら魔王様が余裕たっぷりに椅子に腰かけた。
全裸で。お風呂場の木の椅子の上に。
凄く、シュールです……この状況でも失われないカリスマが、さらにシュールです。
魔王様にお伺いを立てながら、どちらかと言えば視線はドロテアさんの方に向いてしまう。
何かを悟ったような顔で、むしろ申し訳なさそうに頷いてきた。
ああ……色々、大変なんですねぇ……。
「妾が良いと言うておるのじゃから、問題はあるまい?」
「は、はぁ、かしこまりました、では、失礼いたしまして……」
そう言いながら、魔王様の背後に回る。
正直なところ、かなり光栄だと思う。
その昔、欧州では床屋と仕立て屋は特別な仕事だったらしい。
どんな偉いさんだって髪を切らないわけにはいかないし、偉い人だからこそ服を仕立てないわけにはいかない。
となれば、ハサミや剃刀、針を持ってそんな人たちの背後に立つ職業である床屋、仕立て屋は特別な仕事だっただろう。
ついでに、床屋は瀉血という外科的な処置を行える職業でもあった。
だから床屋のサインポールが、動脈を示す赤色と静脈を示す青色、包帯を示す白色で構成されているわけだ。
正確にはこれ、まだ諸説あり状態らしいけど。
ともあれ魔王様の背中を任されてしまったのだ、謹んで、最大限の丁寧さで洗わねばならない。
「それではお背中失礼いたします」
「うむ、苦しゅうない」
なんだろう、時代劇であるようなやり取りをしながら、魔王様の背中に回る。
向けられた背中は雪のように白く、しっとりと柔らかな肌は、いつまでも触っていたくなるほど。
いや、直接触ってはいないよ? 手ぬぐい越しだよ?
「んっ……なるほど、これは……中々、癖になりそうな心地良さじゃな」
「は、はあ、ありがとうございます、恐縮です」
気持ちよさそうな声に、声が上ずりそうになる。
いやいや、煩悩退散煩悩退散。
私は三助、お背中を流すだけの女っ。
と、言い聞かせながら、無心でこすっていた。
それでも、こう、いつまでもごしごしやるわけにはいかない。
しっかりと堪能させていただいて、名残は尽きないけど仕方なく背中を流す。
「後、髪もここで洗うことになります。
……ええと」
「うむ、許す、洗うがよい」
魔王様の言葉に、またドロテアさんの方をちらり。
頭みたいな超重要器官に直接触れるのだから、慎重にもなる。
こくん、と小さく頷かれたので、頷き返して、シャンプーに手を伸ばした。
「髪は、この石鹸を水で伸ばしたもので洗います。シャンプーって呼んでるんですけども。
まずは、髪をお湯で流しますので、目を閉じていただいてよろしいですか?」
「うむ、こうじゃな?」
と、魔王様が目を閉じたのを見て、お湯を最初はそっと、段々たくさんかけて流していく。
ある程度流したところでシャンプーを手に取り、泡立てて髪へと塗り付けて。
まずは頭皮を、指の腹を使ってマッサージするように撫でていく。
頭皮から脂や汚れを揉みだすようなイメージで。
「ほぉ……なんとも、面白い感覚じゃな、これは」
「そうですね、頭の血流が良くなるような気がしますよね」
どうやら魔王様のお気に召していただけたようだ。
後は髪の毛を指で梳くようにして泡を通していき、髪全体に馴染ませていって、と。
最後にざば~ざば~とお湯を贅沢に使い、何回も何回も丁寧に流していく。
流し終わったら軽く髪の水気をタオルで吸い取り、絞った後に髪をタオルでまとめ上げた。
「はい、これが一通りになります」
「うむ、実に心地良い感覚であった。今後もそなたに頼もうかのぉ」
「いやその、光栄ですけど、それはこう、なんといいますか……」
魔王様がここに来るたびに呼び出されて、お背中を流す。
それはこう……どうなんだろう。いや、お背中を流すこと自体は本当に光栄だし、やぶさかではないのだけれど。
「ああ、ドロテア、そなたも背中を洗ってもらうがよい。
実に気持ちが良いし、力加減を覚えてもらわねばならぬ」
「はっ、かしこまりました。
ではアーシャ、お願いします」
「えっと……わかりました、じゃあ、失礼しますね」
そうして、ドロテアさんの背後に回った。
……エロい。
魔王様の背中は、完璧な芸術品だった。
ドロテアさんの背中ももちろん綺麗なんだけど……こう、生々しいというか、肉感的な柔らかさがある。
椅子に座って、むちっと質感が強調されているお尻とか特に凄い。
だから、落ち着け。煩悩退散煩悩退散。
そして、ドロテアさんの背中を流し、髪を洗ってたら。
「アーシャ、あたしもお願いできるかい?」
「私もいいだろうか」
「わ、私も……」
次々に声がかかる。
「わ、わかりました、やらせていただきます!」
なんで皆私にやってもらおうとするのかなぁ!?
さすがに髪は自分で洗えるよね、あなた達三人なら!
とか思いつつ、とにかくフル回転で、私はみんなの背中を流していった。




