ドワーフが一週間でやらかしました。
私が魔王様に提案を行ってから、一週間。
ばたばたと患者さんの治療をしながら、ナスティさんのイケズを潜り抜けながらの日々。
……なんか最近、ゲルダさんやキーラからのスキンシップが増えた気がするけど、勘違いはしないぞ、私は詳しいんだ。
とかちょっとしたことがありながら過ごした日々の後。
「うっそでしょ……」
私は、目の前に広がる光景に、茫然としていた。
そこにできていたのは、私が提案した光景。
いや、それをさらにグレードアップした光景だった。
「なんで、こんなのがたった一週間でできるの……?」
「あっはは、あたしが仲間内に宣伝しまくったら、手伝いがめちゃくちゃ増えてねぇ」
立ち尽くす私の横で、ノーラさんが楽しそうに笑っている。
うん、その髪も、今やふわっふわでこう……もふもふしたくなるくらいに軽やかだ。
当たり前だけど、キーラやゲルダさんだけでなく、ノーラさんも洗髪して差し上げた。
それがもう、いたく気に入ったらしい。
どうだいどうだい、と見せてくるノーラさんはとてもかわいかった。
その後、毎日自分で洗うようになっちゃって、それで自然に広まったところもあるみたい。
だからって、これはないと思う。
「いや、お手伝いが増えたのはわかりますし、それで完成が早くなるのはわかるんですけど……。
なんでたった一週間でできちゃうんですか!?」
声を上げながら、目の前にそびえたつ建物を示した。
さすがに魔王様の城ほどは大きくないけれど、かなり大きなその建物。
確かに、これを作って欲しいと提案はした。
だが、誰が一週間で作れと言った。
っていうか、そもそもできると思うはずがない。
「あたしらは、サイクロプスとか巨人族とも仲が良いからねぇ。
ちょいとお願いしたら、これくらいはできるもんさ」
「おかしい、その理屈はおかしいです!」
サイクロプス。一つ目の巨人。
人間の数倍もある巨体と、その体に見合う、あるいはそれ以上の怪力を誇る種族だ。
彼らを筆頭に、巨人族と呼ばれる、人間よりも遥かに大きな体と怪力を持つ種族が、この島にはいる。
そして、彼らは魔王様に従属しており、その命令にはとても従順だ。
今回の工事において、魔王様からの勅命もあって彼らも協力してくれた。
……重機並みのパワーと人間に近い器用さを持つ彼らの作業効率は、確かにすさまじいものがあったが。
だからって、なんでこんなに早くできるのさ!?
「そもそも、結構口径の大きい水道引いてこないといけないはずですよね!?」
この施設には、それが大前提だ。
なのに、なんでそれがあっという間なの!?
「ああ、アーシャは知らなかったのかい?
この辺りの水道だとかは、全部ジャイアントワームとその眷属が掘っててね」
「はい? じゃいあんとわーむ??」
いや、聞いたことはある。想像もつく。
っていうか、TRPGというゲームが好きだった従兄がやたらと色々語ってくれていた話の一つに出てきた記憶がある。
そして、ノーラさんが語ってくれた特徴も、おおむね一致する。
彼らは地中に棲む魔物であり、地中を時速4㎞程という凄まじい速さで掘ることができるらしい。
なお、どれくらい凄まじいかと言えば、人間が歩く速度が大体時速4㎞と言われている。
そんな速さでもりもりと、一時間でこの街の中心部を縦断できる勢いで掘ることができるわけだから、そりゃぁ早いなんてもんじゃない。
そこに目を付けたのが魔王様であり、今街中に張り巡らされている水道網と下水道網は、彼らジャイアントワームが掘ったものがほとんどだ。
その上、ただ掘るだけでなくセメントのような体液を出すことができ、掘った穴を硬く固定することができるという。
下水道にはその親戚であるアビスワームという魔物が住んでおり、彼らが廃液を食べて浄化してくれているらしい。
チートじゃん! これこそチートじゃん! そりゃこんだけ上下水道ばっちり整備できるよ!!
とか思うけど、そのチートで誰も不幸になってないのだから、文句などあろうわけもない。
後まあ、そういうとこに目を付けてそういう使い方できる魔王様はさすがだとも思うし。
まあともかく。
一番の難題と思われた水道の敷設という問題は、あっさりと解決されてしまった。
そうなってしまえば、後はドワーフ無双、巨人族無双である。
冗談みたいな速さで建物は組み上げられ、今日、完成を迎えた。
「おお、今日が完成予定とは聞いておったが、予定通りとは、さすがドワーフよのぉ」
「これはこれは、まさか陛下ご自身がいらっしゃるとは」
響いた声に、すっとノーラさんが臣下の礼を取った。
待って、ツッコミが追い付かない。なんで急に、そんなノーブルな仕草ができるの、ノーラさん!
とかまさか口にすることもできず、私も慌てて膝をつく。
「ああ、よいよい。この良き日にそのような堅苦しい真似は無粋であろう。
何より、この場にふさわしくあるまい」
そう言いながら、魔王様は建物を振り返った。
『公共温浴施設』と看板に書かれた建物を。
これが、私がお願いした、実現が難しいんじゃないかと思っていた提案だった。
何しろ、かなりの水が必要になるし、燃料だっている。
水道を新たに敷設する手間だとか時間だとかを考えたら、さすがに魔王様も渋るかなと思っていたのだけれど。
「なんじゃ、それならなんとでもできるわえ」
と、あっさりと承諾されてしまった。
「できるんですか!? そんなあっさり言うくらい!?
でもほら、水道の消費量が跳ね上がるわけですし」
「それならば妾がなんとかしようぞ。
元々、水源に雨を降らせるのは妾の仕事ゆえな」
「そうなんですか!?」
体裁を忘れるくらいに驚いたことは、勘弁して欲しい。
っていうか、勘弁してもらえたから今私はここに、首が無事でいられるのだけれど……。
そもそも魔王様、シュツラウム陛下は、風の魔力を持つ魔王だ。
万里を渡る風を司り、意のままに操ることができる。
だから、風を操って雲を集めて、水源地に雨を大量に降らせるのはお手の物。
というか、この街の豊かな水道は、それによって支えられていたのだから。
また、お湯を沸かすのは火炎石を上手く使えば比較的容易にできるらしい。
この辺りはドミナス様をはじめとする魔術が得意な魔族の人の協力もあってのことだが。
ともあれ、私の提案は承諾され、とんとん拍子にこの建物はできてしまった。
『公共温浴施設』
早い話が、公営の銭湯である。
こちらの世界でも、お風呂、というか湯浴みの概念はあった。
だがそれは、あくまでも貴族や金持ちの娯楽。
水も決して豊富ではなく、燃料もそれなりにひっ迫している世界では、お湯につかるなど贅沢の極み。
私ら庶民は水浴びが基本、せいぜいお湯で体を拭くくらいが精いっぱいだ。
でも、言うまでもなくそれは、身体に良くはない。
だから今回、私は提案したのだ。
入浴によって体を清潔にする、という公衆衛生のための施設を。
もちろん建前上は、身体を綺麗にできる、庶民の楽しみとしての場だけれど。
その建前であっても、まず石鹸などの使い方を理解してもらう場所として機能はさせられる。
効果がわかれば、普段から石鹸を使ってくれるようになるはずだ。
後、付随効果として、綺麗さっぱりと身を清めることによって、心も軽くなって欲しい。
ほら、スーパー銭湯とかに行くと楽しいじゃない?
そういう場所を、提供したかったのだ。
いや、提供したのは魔王様なのだけど。
「ほれ、どうしたえ責任者。完成の音頭でも取らぬか」
「私責任者だったんですか!? あ、いや、確かにそうかもしれないですけども!」
今更ながら、驚いてしまう。
でも言われてみれば、発案者であり、設計にもある程度噛んでいた。
……少なくともかなり上位の関係者ではあるよね、そりゃ。
「陛下、あまりアーシャをからかわないでください」
「なんじゃゲルダ、妾とアーシャの仲を妬いておるのかえ?」
「……お戯れを」
はふ~と、ゲルダさんがため息をついた。
気持ちはわかる。ゲルダさんにとってみれば魔王様は上司。
上司からこういうからかわれ方されたら、どう反応したらいいか困るよね。
「アーシャ、大丈夫?」
「うん、ありがとう、キーラ」
ゲルダさんと一緒にキーラも来ていたらしく、私を慰めてくれる。
ああ、ほんにええ子やのぉ……。
「まあ冗談はともかく。これでこの事業も一区切りじゃのぉ」
そう言いながら、魔王様は温浴施設を見上げた。
予定では、ドワーフの集落の近くにももう一つできているはず。
これは、話を聞いたドワーフ達が熱望したからだ。
それから、この施設で消費されることになる石鹸を製造する工場も、同じくできているはずだ。
多分、ノーラさんがここに来ているということは、どちらも順調なのだろう。
……あれ?
「ノーラさん、他の現場は大丈夫なんですか?」
「ああ、うちの連中に任せてるから大丈夫大丈夫。
それよりほれ、早速お風呂とやらの使い方を教えておくれよ、アーシャ先生」
あれ、なんでこんなに積極的なの?
とか思いながら。
私の疑問に誰も答えてくれることもなく、私たちは温浴施設に入っていった。




