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交渉あるいはプレゼンテーション

 そして、その日がやってきた。


「さあ、じゃあ行きましょうか、ゲルダさん、キーラ!」


 気合の入った私の声に、二人は。


「ああ、陛下もお待ちかねだ、早速向かおうじゃないか」


 と、落ち着いた声と。


「ほ、ほんとに行くの……? なんだか、落ち着かない……」


 どうにも煮え切らないというか、怖気づいている声。


 もちろん前者はゲルダさんで、後者はキーラだ。

 当然、行かない、なんて選択肢はないわけで。


「何言ってるの、今更。

 大体、ゲルダさんが折角約束を取り付けてくれて、魔王様が時間を割いてくださってるんだよ?

 行かない、なんて選択肢ないじゃない」

「そ、そうだけどぉ……アーシャだけで、いいんじゃ……」


 うん、まあ正直なところそれは否定しないんだけど。

 キーラがいた方が話が早いのも事実なんだよね。


「提案だけなら、私だけでもできるけどね。

 でも、説得力を持たせるにはキーラが必要なの」

「ううう……そう、言われたら……」


 ……ごめん、キーラ。

 必要って言葉にキーラが弱いと、わかっちゃってて言ってる自覚はある。

 悪用はしないから、絶対しないから!


 などと心の中で言い訳しながら、もう一押し。


「それに、キーラが一緒だと心強いな」

「……わかった、一緒に、行く、ね……」


 おずおずと、キーラが頷いてくれる。


 ごめん、ほんっとごめん。私、自分で思ってたよりも悪い奴だ。

 でも、ここは心を鬼にする。

 私のやりたいことに必要ってこともあるけれど、それ以上にしてみたいことがあったりして。


「ありがとう。

 じゃあ、改めて……行きましょう!」


 そして私達三人は、工房の外に出た。




 ざわざわと、ひそひそと、あるいは少し声高に。

 普段はそこまで賑やかじゃない通りが、さざめくように揺れていた。

 それら、ざわめく人たちが視線を向けてくる先に居るのは、私達。

 いいよいいよ~、もっと視線を向けてちょうだい。それが必要なんだから。

 

 ……うん、居心地の悪さよりも、どこか晴れ晴れとした気持ちを感じる。

 おっかしいなぁ、私、こんなに太々しくなかったはずなのに。

 この島に来てから、多分色々変わったんだろう。

 私の心もだけど。


 ちらり、隣を歩くキーラを見る。先導するように前を歩くゲルダさんを見る。

 きっと、この二人がいてくれるからだ、と心の底から思う。

 多分私一人だったらこんなに堂々とできなかっただろうし、そもそもこんな提案できなかっただろう。

 そういう意味でも、二人には感謝してもしきれない。

 だから、二人の協力に報いるためにも。このプレゼン、負けられない。

 ……あっ、また胃が……魔王様なら、ちゃんと聞いてくれるとはわかってはいるのだけど……。




 ともあれ。

 町中の視線を集めながら、私たちは魔王様のお城へとやってきた。

 謁見の間に通されて、待つことしばし。

 魔王様が、やってきた。


 そして、入ってくるなり魔王様は目を細め、私達を交互に見やる。

 しばしの観察の後、口を開かれた。


「三日会わざれば、などと言うが、本当のことだったのじゃなぁ。

 随分と垢抜けたではないかえ」


 実に楽し気に、魔王様が声を掛けてくる。

 それに対して私は微笑み返した。


「お褒めに預かり、恐縮でございます。

 実は、本日お伝えしたいことにも関係しておりまして」

「なんと、その髪や衣服が、かの?」


 言いながら、しげしげと私たちの様子を改めて見つめてくる。


 そう。私たちの髪は、明らかに違っていた。

 ゲルダさんの髪はしっとり艶やかで深みを帯び、それでいてサラサラと流れるような軽やかさがあった。

 キーラの髪は明るさを増したのもあって、ふわふわと柔らかそうで、彼女の愛らしさを存分に引き出している。

 普段は縛って纏めている髪を解放したせいか、随分と恥ずかしそうにしているけど。

 一応私も、みどりなす黒髪もどきになっている、と思う。


 そう、これは石鹸を水に溶いて作ったシャンプーでしっかりと髪を洗った成果だ。

 ついでに、レモン水ベースで蜂蜜やハーブを加えたトリートメントも使っている。

 ……我ながら驚くくらいにツヤツヤになっちゃって、びっくりしたんだけど。


 石鹸がない世界では、貴族は『浄化』で済ませられるが、当然庶民は洗髪など碌にできはしない。

 ある程度水やお湯で流すことはするが、それで脂や汚れがちゃんと落ちるわけもなく。

 ノミやシラミの温床にもなり、病気の原因の一つになったりもしている。

 それを、こっちで生まれて初めてシャンプーを使って洗ったのだ。

 もう、髪が軽いったらありゃしない。


 ゲルダさんは上級騎士、貴族階級だから『浄化』を使って綺麗にしてはいたんだけど、あくまで浄化でしかないからね。

 そこにトリートメントを使ってお手入れをしたらどうなるか、という実験も兼ねていた。


 ……ちなみに、使い方がわからない二人のために、私が二人の髪を丁寧に洗って差し上げましたよ。

 髪を洗うってことは、まあ、そういう格好をするわけで?

 すっごく眼福でしたとだけ言っておこう。


 などということは、一切顔に出さないようにしながら、魔王様の言葉に答える。


「はい、実は先日からゲルダさんとキーラに協力してもらって、実験していたことがありまして。

 あ、ノーラさんが作ってくれた道具も大活躍してくれたんですが」


 と、石鹸を作る工程をおおよそ説明していく。


「ほう。あれか、そなたがゲルダを寄越せと言うておった」

「え、いや、そんな、あっと……ご冗談を、確かに協力はお願いいたしましたが」


 からかうような魔王様の言葉に、思わずツッコミそうになって、慌てて言い直す。

 危ない危ない、ここはあの時の、非公式の部屋じゃないんだから。

 

 コホン、とドロテアさんが咳ばらいをした。

 ……多分魔王様への注意だと、思いたい。


「ふむ、とにかく、一定の成果があったということじゃな?」

「はい、おっしゃる通りでございます。

 この髪も衣服も、ゲルダさんとキーラの協力によりできた物を使って、でございまして」

「……なるほど。つまり、『浄化』の魔術を使わずに、同等の効果を上げられるようになった、と?」

「さすがのご明察に、感服いたします。

 正確には、完全に同等ではなく、浄化できないものもございますが。

 それに近いことはできるようになりました」


 この辺りを不正確に言うのは、良くないと思ったので、正直なところを言った。

 多分伝わったのだろう、魔王様はゆっくりと頷いてみせる。


「うむ、それが素晴らしい成果であることはわかる。

 だが、薬師の業務とは関係ないであろう?」

「そうですね、一見無関係に思われるかと思うのですが……」


 と、先日ゲルダさん達に説明した、石鹸による予防の話を伝える。

 さすが魔王様、すぐにその効果を理解してくれた。


「話はわかった。確かにそれは盲点じゃったし、実行すべきことであろうの。

 ……しかしその効果は、あくまでもそなたが言うておるだけのこと」


 魔王様の言葉に、謁見の間がざわつく。

 特にゲルダさんは咎めるような視線を魔王様に送っていた。

 いや大丈夫なの!? 不敬罪に問われたりしないの!?

 だが、そんな空気を魔王様は、腕を軽く一振りするだけで沈めてしまう。


「ああ、誤解するでないぞ。アーシャを信じておらぬわけではない。

 ただ、何某(なにがし)かの根拠だとか明確な数字だとか、そういったものがなければ、大規模な事業として動かすことは難しいのじゃ」


 申し訳なさそうに言う魔王様の言葉に、私はむしろ納得したように頷いた。

 こういう、理性的というか論理的というか、魔王様のそういうところは、正直好きだ。

 こちらとしても話がしやすいし。


 それに。根拠さえあれば、実行してくれるってことでもあるのだから。


「はい、おっしゃる通りだと思います」

「な、何……? いや、そなた、その石鹸とやらを生産したかったのではないのかえ?」

「ええ、それはもちろん、その通りです。

 ですがおっしゃる通り、予防効果は実際に使ってみないと数字として表れないわけですから、これから何かすることへの根拠にはできません」


 それは、私も考えていたのだ。

 かのフローレンス・ナイチンゲールは、統計学者としての側面を持っている。

 清潔な環境が病気の予防や良好な予後に重要であることを、統計を持って証明した。

 ……ただそれは、前線の病院という、怪我人が大量に送られてくる環境だったからできたこと。

 今この島で、統計として説得力を持つだけの病人が発生するのを待つわけにはいかない。

 

 だから、仕込みをしてきたのだ。


「なので、発想を変えてみました。

 本当の目的を隠して、別の、明確な目的のために生産するのはどうか、と」

「ふむ? ……ほう、まさか」


 うわ、まさかもう看破された?

 さすがとしか言いようがないなぁ……。


「はい、左様でございます。……先日この街を歩いてみてわかったことがございます。

 この街の皆さんは……疲れている。あるいは、日々に張り合いがない。

 そういう方々が、少なからずいらっしゃいます」


 そう、どうにも賑わいの無い通り、エルマさんやノーラさんはともかく、普通の人達に感じる気力の弱さ。

 平穏に暮らしてはいるものの、生贄として送られてきて先の見えない状況だ、気分がふさぎ込むのも当然だろう。

 だったら。


「そういう方々の日々の潤いに、この髪は、この服は、なり得ると思うのです。

 実際、街を歩くだけでもかなり注目を浴びてきました」


 ついでに、洗髪が広まることでシラミなんかの影響も減らせるので、予防効果もそれなりに出てくるしね。


「ほんに周到なことよのぉ、既に仕込みを始めておったのかえ」


 呆れたように感心したように。そして間違いなく愉快そうに、魔王様が笑う。

 そこに私も笑い返しながら。


「突飛なことをしようというのですから、これくらいはしませんと」

「なるほど、それも道理じゃな。

 そして、確かに意義のあることじゃろう。

 何より……そなたたちだけで独占するなど、他の者が許すまい」


 くつくつと、魔王様が喉を鳴らしながら愉快そうに笑う。

 そう、私達だけで独占するつもりはないし、それが許されるとも思わない。

 その状況を作るために、わざわざアピールしてきたのだから。


「さて、ではその石鹸を量産するために何が必要か、言うてみい」

「寛大なお言葉、感謝いたします。

 まず、これは先程申しました通り海水を使いますので、海の近くに生産のための工場を。

 できれば、運搬のための人足と、雷撃魔術の使える方を数名。

 ドワーフの方々の協力も必要ですから、その交渉もさせていただければ」


 まあ、この交渉は、ノーラさんを巻き込んでいる時点でもう、終わっているようなものだけれど。


「後、ステラさんの工場に、関連する布を依頼していますので、その量産に関しての予算をつけていただければ」

「やれやれ、そなたはこういうことになると欲張りじゃのぉ」


 そう言いながらも魔王様は楽し気だ。

 私の提案を楽しんでいるのか、これが実現した先のことを楽しんでいるのか。

 でも、まだこれで終わりじゃないんだ。


「それから、もう一つ。これは、できるかどうかわからないので、本当に、できれば、でいいんですけど……」


 多分これが一番難しいんじゃないかな、と思う提案を行った。

 

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