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私たちの、結晶

※本日、二話連続投稿しております。

こちらは連続投稿二話目になりますので、前の話をお読みでない方は、前の話をお読みいただいてからこちらをお読みください。

 私が持ち出してきた道具は、形はほとんどさっきの桶と同じもの。

 同じようにアースを取ったりしてセッティングする。

 ただし、一つだけ違いがあって……中央で仕切れるようになっていた。

 そして、まずはその仕切り板を下ろした状態で、片方に水道水とほんの少しの塩化ナトリウム。

 片方に水道水と残った塩化ナトリウムを入れて飽和水溶液をつくる。


「そういや、気になってたんだが……なんでこっちだけ仕切りがあるんだい?」

「さすがノーラさん、そこに気づくとは! 

 実はですね、作りたいものが違って、こっちにはこれが必要なんです」


 あ、だめだ、私も高揚しちゃってる。声が勝手に大きくなっちゃう。

 でもでも、これが作れるだなんて、高揚しても仕方ないじゃないか。


「で、ゲルダさん。これに雷撃を魔力付与(エンチャント)してください!」

「あ、ああ、了解した」


 私が差し出したきめ細かい布がはめ込まれたパネルに、ゲルダさんは魔力付与をしてくれた。

 滅茶苦茶微弱で、維持時間だけに特化した形で。

 それを、桶の中央部にはめ込んでいく。……うん、多少電気は散ってるけど、エンチャントは維持できてる。

 確認した後、仕切り板を上げて、ゲルダさんに声を掛ける。


「ゲルダさん、さっきと同じ要領で雷撃をお願いします!」

「わかった!」


 あ、珍しい。ゲルダさんがちょっと興奮してる。

 ちょっと、わからなくもない。

 そして、さっきと同じように雷撃が流され、さっきと同じように泡立ち始める。


「……違いが、わからないんだけど?」


 ノーラさんの疑問も、もっともだ。

 見た目だけだと、さっきの実験と変わりはしないのだから。


 しかし、さっきゲルダさんが魔力付与してくれた布が期待通りの働きをしてくれたら、結果は変わるはず。


「ふふふ~、まあまあ、見ててくださいって」


 私は、得意げにそう言う。いや、まだできてるか確認はできてないんだ、得意げになる段階じゃないんだけど。

 でも、高揚を抑えられない。


 そうしているうちに、泡立ちがなくなった。

 これで、反応は完了したはずっ。


「ゲルダさん、雷撃はもういいです、ありがとうございます」

「ああ、これで終わり、なのか? 結果は、どうだ?」


 ああ、すっごく気にしてくれてる。うんうん、わかります、わかります。

 ともあれ、雷撃が終わった瞬間に、仕切りをもう一度落とした。

 ゲルダさんの視線に、私は小さく頷いて、仕切られた片方……ゲルダさんが握ってた銅棒側の液体を一掬い取り、水で薄めた。

 そして、指を入れて……うん、このぬるぬる具合、間違いない。

 確認できたら、即座に大量の水で指を洗い流した。

 だばだばと、凄い勢いで水洗いする私を、ゲルダさんたちは目を丸くして見ている。


「あ、アーシャ、大丈夫か?」

「大丈夫です、すみません、取り扱いを間違うと危ない液体なもので」

「き、危険だったの!?」


 私がヘラリと笑うと、キーラが悲鳴のような声をあげた。

 あ、そっか、そう聞こえちゃうよね!?


「ごめん、キーラ、ちゃんと扱えば大丈夫なの! ほっといたら危ないだけで、洗い流せば大丈夫だから!」

「ほんと? 大丈夫なの?」


 あああああ、キーラの潤んだ目の圧力が胸に刺さるっ。

 でもほんと、これだけ流せば大丈夫なはず、なんだけど。


「あなたが言うなら、そうなのだろうが……それで、何ができたんだ?」


 ゲルダさんが心配してくれながらも、好奇心が抑えられない表情で聞いてくる。

 ノーラさんも、めっちゃ気にしてる。


「えへへ~……実は、これでもまだ、完成じゃないんですけど。

 これがあれば、ほんっと色んなことができるんですよ!」


 問いに答えながら、私は胸を張る。

 そう、これがあれば、色々なものが作れるのだ。


 作れたものは、水酸化ナトリウム水溶液。

 様々な工業で重宝される液体が、作れてしまったのだから。


 イオン交換膜法、と呼ばれる方法がある。

 現代日本で水酸化ナトリウムを生産するメジャーな方法だ。


「さっき作ったのは、全部が混ざった状態だから作れたものなんですけど、今回はこのパネルの布で中のものを振り分けることができたんですよ」

「このパネルの布で? 水の中のものだったら、かまわずすり抜けそうだが……」

「ええ、普通だったらその通りです。

 でも、ゲルダさんが魔力付与してくれたおかげで、分けることができたんです」


 いくら細かな布だと言えども、当然イオン化したものは普通すり抜けていく。 

 しかし、雷撃の魔力付与によってマイナスに帯電してた布を、同じくマイナスに帯電している塩化物イオンは越えることができない。

 マイナス同士、反発してしまうからだ。

 

 そうなると、左の方では電気分解により水素が飛び出し、相方を失った水酸化物イオンと、流れる電流に引かれて右の方からやってきたプラスに帯電しているナトリウムイオンだけが残される形になる。

 交換膜のマイナスにも引かれるけど、それよりも電流の方が力が強いからね、そっちに流れるんだ。

 こうしてめでたく、水酸化ナトリウム水溶液の完成、というわけ。


 ちなみに、右側の水には塩素がたっぷりと溶けているはずだ。

 つまり、かなりデンジャラスな液体になっている。

 でも、これはこれで使い道があるはずなんだよね……ということで、一旦こっちはガラス瓶の中に入れて蓋をした。


 前世の日本ではマイナスに帯電した樹脂膜を使っていたから、多分精度という部分では負けてるとは思うけど。

 その代わり、魔力付与された布はイオン交換膜よりも強い電荷でマイナスイオンを弾けているはずだから、そんなに悪くもないはずだ。


 さて、この水酸化ナトリウムを使ってどうするか、なんだけど……やっぱり、まず最初はあれだろう。


 まずは、こちらもガラス瓶に移してしまって。


「キーラ、えっと……『脱水』をして欲しいのだけど……これ、蓋開けてないとまずい?」

「あ、うん、その方がいい、はず」


 なるほど。原理としては水を異次元とかに飛ばすのではなく、強制的に蒸発させる感じなのだろうか。

 しかも、アルコールと混ざってても、アルコールはそのままで。

 ……まって、チートにも程があるよね、それ!?

 これ、もしかして私の知らない科学的な使い方もできるんじゃないだろうか。

 まあ、それはそれとして……今は、やるべきことを。


 ということで、キーラの『脱水』により、水酸化ナトリウムの粉末が出現した。


 これを、分量を量って水に少しずつ入れていく。うん、反応熱で湯気が立つくらいに熱くなってきたぞ。


「塩、みたいなもんを溶かしただけで、なんで湯気が出てくるんだい?」


 ノーラさんが不思議そうにまじまじと見ている。

 えっと……反応熱なんて、どうやって説明したものか。


「塩と違って、そういう性質の粉なんですよ」


 結局、私は逃げた。なるほどそういうものか、と納得もしてもらえた。


 さて、次の段階。

 釜でオリーブオイルを加熱して、温まったところで水酸化ナトリウム水溶液を加えていく。


「で、これをぐりぐりかきまわしてください、お願いします」

「わかった、力仕事は任せてくれ」

「疲れたらあたしが途中で交代してやるよ」


 と、快く引き受けてくれたゲルダさんとノーラさん。

 二人はさすがの力強さでぐりぐり撹拌してくれる。


「……何だか、濁ってきた?」


 側で見学していたキーラがそう呟く。これは、反応が予定通りに進んでいる証拠。

 もうしばらく撹拌して……そろそろ、かな。


「ちょっと手を止めてくださいね。これを入れて、っと……もう少しだけ、かき回してください」


 釜の中に塩化ナトリウムを入れる。これで、もうちょっとかき回してもらって……。

 手を止めてもらった。


「はい、ありがとうございます。

 これで、しばらく放置しちゃってください。

 大分時間も経ちましたし、お茶でも飲んで休憩してましょう」


 火を止めて、撹拌も止めてもらって、私は二人にそう告げる。

 ノーラさんもダイニングに案内して、お茶や摘まめるものを振舞いながら、待つことかなり。


「そろそろいいかな? じゃあ、仕上げにかかりましょう」


 私が声を掛けると、皆がせわしなく立ち上がる。

 ……何ができるのか、かなり気にかけてくれているみたいだ。

 そして、釜の前に戻り、中を見れば……。


「よっし、良い感じに分離してるっ。

 後はこの上澄みを掬い取っていって、っと……」


 ここまでの反応でできたそれは、食塩水などには溶けにくい。

 だから食塩を加えて、欲しい成分とそれ以外に分離したのだ。これは確か、塩析と言ったはず。

 欲しい成分は比重が軽いので、上澄みになっている。

 かなり粘性のあるそれを、型枠の中に流し込んでいって……本当なら、これからさらに時間がかかるのだが。


「最後にキーラ、これに『脱水』をお願い!」

「う、うんっ」


 最後、と聞いて力の入ったキーラの『脱水』が発動する。

 そして、出来上がったものは……。

 うん、よく覚えている手触りだ。


「できた……ほんとに、できちゃった……」


 これがすべてを解決してくれるわけではないけれど、かなり力を発揮してくれるはずだ。


「アーシャ、そんなに感動するようなものができたのか?」


 ゲルダさんの声に、私はこくこくとうなずく。

 そう、私は作ったのだ。それも、大量生産の道筋を作って。


 私は、型枠の中に納まったそれを、万感の思いで見つめる。

 私達で作った、「石鹸」を。 

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