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そして、できるもの

 さて、こうなってきたら、色々と前倒しせざるを得ない。

 望むところでもあったりはするのだけれど。


「じゃあ、まず、ゲルダさんにお願いしたいんですけど……あ、ノーラさんも手伝ってもらえますか?

 この樽の海水を、この漉し器(こしき)で漉しながら、こっちの桶に入れて欲しいんです」

「ああ、お安い御用だよ」

「あたしはこれを支えてりゃいいのかい?」


 ……いや、全然お安くないと思うんだけどね?

 でもゲルダさんは、30L、つまり30kg以上の重さがある樽を、軽々と持ち上げて見せた。

 やだ、かっこいい……。


 いや、キュンとしてる場合じゃないのだ。


 桶をセットして、ノーラさんが漉し器を構える。

 そこにゲルダさんがどばどばと海水を流し込んでいった。

 結構な勢いと圧力だろうに、ノーラさんは涼しい顔で支え切って見せる。

 やだ、かっこいい……。


 だから、キュンとしてる場合じゃないのだ。


「ところでアーシャ、この作業の意味は?」

「あ、ええとですね、実は海の水って目に見えないくらい細かい砂がたくさん入ってるんですよ。

 それを、こうやって分離します」

「おやまあ、確かに布に砂粒が貯まってきてるねぇ」


 漉し器に張ってた布を見たノーラさんが、感心したように頷いている。

 いかに海のある国とは言え、海の水をじっくり観察した人はそうはいないはずだ。

 強いて言えば、塩づくりの人たちは見ていたかも知れないが。


「これで多分、砂はほとんど取れたと思うので……キーラ、お願い。

 この線のところまで(かさ)が減るよう、『脱水』をかけてくれないかな」

「うん、わかった」


 頷いたキーラが、またあの物騒な呪文を唱えて……『脱水』が発動した。

 水の量が、一気に10分の1くらいになる。ほんっとすごいな、『脱水』。

 そうすると、水の中に白い粒があちこちに見えてくる。


「うん? これは、塩……ではない、のか?」

「ええ、これは塩とは別の物なんですよ」


 ゲルダさんが、見た目の違いで気付いたらしい。

 そう、これは食塩、いわゆる塩化ナトリウムではない。

 硫酸カルシウムと呼ばれる物質。石膏(せっこう)の原料だったりする。


 硫酸カルシウムも海水中に溶けているのだが、水に溶ける度合い、溶解度が低い。

 水100gに対して、大体0.2gとかその程度しか溶けなかったはずだ。

 海水に溶けてる割合も少ないが、これだけ水の量を減らしてしまえば、こうして析出してしまう。

 

「すみません、これをもう一度漉してもらえますか?」

「ああ、わかった」

「あいよ、承った!」

 

 あ、なんかノーラさんがめっちゃわくわくしてる。

 どうやら、凄くこの実験に興味を持ってくれているみたいだ。


 3L程に減った海水は、ゲルダさんとノーラさんにかかればあっという間に漉されてしまう。


「キーラ、次はこの線まで『脱水』して欲しいんだけど」

「うんっ」


 あ、キーラももしかして、わくわくしてる?

 なんだか凄く元気のいい返事に、思わず頬が綻んでしまう。

 こうやって、キーラのできることの意味を増やせていけたらいいなぁ。


 とか考えているうちに、『脱水』が完了。

 見慣れた白い粒が現れる。


「今度こそ、塩だな、これは。……これは、とんでもないな」


 ゲルダさんがしみじみと呟く。

 塩田に引き込んで濃縮してから()くにしても、最初から最後まで焚くにしても、いずれも時間と燃料がとてもかかる。

 だが、キーラは一瞬で、燃料を使わずに塩が作れてしまうのだ。これは、本当にとんでもない。

 その上、この程度の作業なら延々と続けられるのだ。一体どれくらいの塩を量産できてしまうのか……。

 多分、キーラ一人で大陸の経済を混乱に陥れられるレベルだと思う。


「しかし、どうして水を全部飛ばさないんだい?」

 

 ノーラさんが、もっともな質問をしてくる。


「えっとですね、これを更に漉すんです。この水の中に、欲しくないものがあるので」


 この状況で析出しているのは、大半が塩化ナトリウム。

 そして、水の中には塩化マグネシウムが溶けている、はずだ。

 豆腐を作る時に使うにがりの成分である、塩化マグネシウムが。

 これはこれで使い道はあるのだけど、今日やりたいことには不要なので、これを更に漉して分離する。


「よっし、これで準備完了!」


 私は高らかに宣言する。

 うん、多分これで、現時点で望みうる限りの、純粋に近い塩化ナトリウムができたはずだ。


「おっと、いよいよこいつの出番かい?」


 それはもうワクテカな顔で、ノーラさんがお願いしていた道具を運んできた。

 

「はい、いよいよです! まずは、こっちを使います」


 私は、運ばれてきた道具の片方を指し示す。

 桶のような入れ物の内側両脇に、二本の銅の棒が刺されたそれを。


 ここから先は危険かも知れないので、全員にゴーグルを着用してもらった。

 私たちはノーラさんに用意してもらった新品、ノーラさんは自前の使い込んだもの。

 その上で、作業に入る。


 まずは、取れた塩化ナトリウムの半分をその桶に入れる。

 30L、30kgちょっとの海水中、塩分は大体3.4%、1㎏前後。その中で塩化ナトリウムは約80%。

 さっきの桶から、大体800gの塩化ナトリウムが採れた計算になる。

 ……こうやって計算したら、食塩1㎏作るのってかなり大変だな……?


 ともあれ、桶にさらに水道水を1L程度入れて、飽和水溶液を作る。

 ここからが、本番だ。


 桶に刺さった銅棒の片方から伸びた銅線を、地面に差し込む。これで、アースを取れたはずだ。

 

「では、ゲルダさん。打ち合わせ通りこの取っ手を握って、雷撃を流し込んでもらえますか? 最初はゆっくりと」

「わかった、慎重にやった方がよさそうだな」

「そうですね、お願いします。

 それから、こっちの銅棒には近づかないでくださいね、危ないものが発生する可能性があるので」


 アースした方の銅の棒を示すと、キーラもノーラさんも離れてくれる。

 さて、これで準備は整った。


「じゃあゲルダさん、お願いします!」

「うん、では!」


 ぶわっ、とゲルダさんの髪が吹き上がったかのように踊る。

 いや、私達の髪も。どうやら、大量の静電気が発生したらしい。

 うわぁ、これ、ぴりぴりきそうだなぁ……。


 ゲルダさんは慣れているのか気にした様子もなく、雷撃を流し込んでくれる。


 そして。

 目論見通りゲルダさんの雷撃は溶液中を通ってアースをした地面へと消え、両方の銅棒から、ぶくぶくと泡が立ち始めた。

 片方はそのまま空中へと逃げていく。

 もう片方、若干黄緑色に見えなくもなかったものは、すぐに水の中へと溶けていった。


「なんだいこりゃ。なんで泡が立つんだい?

 おまけに、ゲルダさんの雷撃だってのに、まるで静かに、流れるみたいじゃないか」

「ああ、私もこんなのは初めてだ……これは、一体」


 ノーラさんとゲルダさんが不思議そうにしている。

 それはまあ、そうだろう。


 今起こっているのは、塩化ナトリウム水溶液の電気分解。

 塩化ナトリウム水溶液の中には、プラスに帯電した水素イオンと、マイナスに帯電した塩化物イオンが存在している。

 まあ、ナトリウムイオンと水酸化物イオンもあるのだけど。

 そこに電流を流すと、電流はマイナスの電気だから、プラスの水素イオンが近づいていき、マイナスの電気を受け取った水素イオンが水素分子となって、飛び出してくる。

 水素は水にほとんど溶けないからね。……水素水とか、ほんっとどうかと思う。


 かたや、塩化物イオン、Cl-が、アースしてる方の銅棒付近で電子を手放し、塩素分子となって出現するが……こっちは水に良く溶けるので、ほとんど外には飛び出してこない。


 その結果、残ったナトリウムイオンと水酸化物イオンに、溶けた塩素が反応して、次亜塩素酸(じあえんそさん)ナトリウム水溶液へと変化するのだ。

 そう、水道だとかそれ関係の人垂涎の、次亜塩素酸ナトリウム水溶液が!

 長いけど敢えてフルネームで言うぞ!


 次亜塩素酸ナトリウム水溶液ができた証拠に、鼻を衝くような懐かしいカルキ臭が漂い始める。


「よっし、できたぁ!」


 私は、思わずガッツポーズをした。


 まあ、状況がわからないゲルダさんやキーラ、ノーラさんはぽか~んとしているが。


「……本当に、何が起こったんだ……? 嗅ぎなれない匂いがし始めたが」

「えっとですね……これは、病気の元になるものを強力に殺せる液体なんです。

 このままだと強すぎるくらいで、かなり薄めて使うんですけど……これを上手く使えば、赤痢がほとんど起こらなくなったり」

「な、なんだって!? いや、それはほんとにすごいことじゃないかい!?」


 あ、ノーラさんが驚いてる。やっぱり、いかに魔族製の水道とはいえ、そこはクリアできてなかったか。

 そう、この次亜塩素酸ナトリウム、水道やプールの殺菌にも使われる。

 相当に薄い濃度でもかなりの殺菌力を持つため、トイレ用洗剤にも使われたり。

 赤痢菌をはじめ、様々な細菌、ウィルスに有効で、感染症予防には極めて効果的。

 後漂白作用もあるので、衣類の漂白やお風呂の黒ずみにも有効だ。

 とにかくこれがあれば、防疫、衛生という面では相当に心強い。


「ええ、多分、相当に凄いことだと思いますよ」

「待ってくれ、ちょっと頭が追い付かない。

 私の雷撃で、そんなものを作れたのか?」

「そうです。ゲルダさんの雷撃とキーラの『脱水』が、これを作ってくれたんです!」


 私の言葉に、ゲルダさんが言葉を失う。

 キーラも理解できたのか、瞳を潤ませる。


 そうだよ、二人の力は、こんなすごい物を作れるんだよ!

 でもね、まだこれで終わりじゃないんだから!


「まだですよ、こっちも使わないといけないんだから!」


 私は、勢い込んでもう一つの道具を持ち出して来た。

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