明日のために?
その後、クリスが働いているところに顔を出して、一日ぶりの再会というかなんというか……ともかく、お互いの近況を軽く報告したりして。
実りある訪問を終えて、私たちは帰路に着いた。
そして、着いた。工房に。一っ飛びで。
「さ、流石に三回目となると、ちょっと、慣れた、かなぁ?」
ちょっとだけマシになった、とはいえ、やはりへろへろとなりながら。
着陸した裏庭から、よろよろと工房に向かって歩いて行く。
うん、確かに前よりは歩けてるぞぉ!
「アーシャ、無理をしなくても、私が運んであげるぞ?」
「ありがとうございます、お気持ちだけいただいておきます!
キーラに見られたりしたら大分恥ずかしいですから!」
うん、ゲルダさんが善意から申し出てくれているのはわかっている。
……若干、楽しんでいるのもわかってるんだけど。
ともあれ、さすがに我が家とも言える工房でお姫様抱っこは相当に恥ずかしい。
なので、私は頑張って工房へと自力でたどり着いた。
やれやれ、と思いながら扉に手をかけ、ようとしたところで、扉が開いた。
「お、おかえり……」
微笑みながら、キーラが出迎えてくれた。
その笑顔に、動きが止まってしまうのは仕方ないと思うな。
疲れてるとこに美少女の微笑みは、効く。なんか疲れが吹き飛ぶくらいに、効く。
やばいやばい、気持ち悪い顔になってないかな、私。
ともあれ、折角出迎えてくれたのだから。
「ただいま、キーラ!」
と、私も笑顔で返した。
やっぱり昼寝の効果は大きかったようで、キーラの疲労感はほとんど抜けていた。
きっと若さも関係しているとは思う。
若いって素晴らしい……前世の終わりごろなんて……いや、やめとこう、暗い気持ちにしかならない。
それはともかく、軽く一息つこう、ということでまたチャイを作って振舞ったりしながら。
今日の訪問による成果をキーラにも告げて共有していく。
「すごく、頑張ったんだ、ね……」
と、キーラが労わるように言ってくれた。
なんかもう、それだけで報われた気がするよ、正直。
まあでも、これで終わりでは全くないのだけど、ね。
「ありがと。でも、これだけ順調にいけたのもゲルダさんのおかげかな。
本当にありがとうございます、助かりましたゲルダさん!」
そう言いながら、ゲルダさんに頭を下げる。
苦笑のような表情を浮かべながら、ゲルダさんは軽く手を振って応えた。
「いや、私は精々お膳立てをしたくらいだからな。
その後の交渉は全てアーシャがしたのだし……その手腕はみごとだったと思う」
「まったまた~、褒めてもお茶くらいしか出ませんよ?」
そう言いながら、ゲルダさんにもう一杯チャイを注いでいく。
何だかんだ飲んでくれるあたり、好評と言ってもいだろう。
「それで、明日なんですけど……午前中は今日と同じように診察して、午後から色々と試したいことがあるんですよ」
「ほう、試したいこと、か。もちろん、アーシャの采配に従うつもりだが」
「わ、私も、がんばる」
私の言葉に、ゲルダさんもキーラも頷いてくれる。
うんうん、ほんとに人に恵まれてるなぁ、と心から思ってしまうなぁ。
「ありがとうございます。多分、何やってるのか意味わからないこともあると思いますけど……」
「それは今更かな。あなたのやることにはちゃんと意味がある、それはわかるつもりだ」
……ゲルダさんからの全幅の信頼が、面映ゆい。
いや、キーラもコクコクと頷いてくれてるあたり、同じくらい信頼してくれているのだろう。
この二人の信頼を、裏切りたくないな。
だから、明日からも頑張らねば!
そして、明日からの英気を養うためには美味しいご飯!
ということで、今日もエルマさんのお店に晩ご飯を食べに来た。
「おや、三人ともいらっしゃい! こっちの席が空いてるよ!」
すぐに気づいてくれたエルマさんが、テーブルに案内してくれる。
丁度晩御飯時とあってか中々に盛況で、あちこちで賑やかにおしゃべりする人、お酒を飲む人、それぞれに楽しんでいた。
「飲み物は昨日と同じでいいです?」
「ああ、二人もとりあえずそれでいいかな?」
ゲルダさんの声に、私とキーラは「はい」と答える。
それから、食べ物はどうしようかな、と考えていると。
「そうそう、今日はあれが入ったんですよ。
疲れによく効くし、どうです?」
「ああ、あれかい。それはいいな、私はともかく二人は疲れてるだろうから」
「……え~……疲れてはいますけど……ゲルダさん、午前中にあちこち約束取り付けてくれたり、あれだけ水運んだり飛んだりしてたのに、疲れてないんですか……?」
私の疑問の声に、ゲルダさんは不思議そうな顔を見せる。
「いや、あれくらいなら大したことはないぞ?」
「た、タフですね……」
さすが半竜人、ということなんだろうか。まあ、頼もしいのは間違いないんだけど。
「ところで、あれって?」
気になったのか、キーラが尋ねてきた。
確かに、私も気になる。
「そうだなぁ……いや、これは見てのお楽しみだ」
ちょっと考えたゲルダさんが、ぱちんと片目をつぶった。
ちくせう、こういうのが絵になる人だなぁ……。
「え~、教えてくださいよ~」
とか、わちゃわちゃやってるうちに白ワインが運ばれてきて、まずは乾杯。
軽くつまめるものを一緒に楽しんでいると、それが運ばれてきた。
漂ってくる、にんにくの匂い。あ、こっちは結構にんにくが採れるみたいで、よく使われてるんだ。
そして、テーブルの上に置かれたのは鋳鉄っぽいみための小さなフライパン。
その見た目、匂い、これは、まさか……?
「おまたせ、鶏肉と長芋のオイル煮だよ! この長芋が中々入ってこなくてねぇ」
そう、運ばれてきたのは、いわゆるアヒージョと呼ばれるそれだった。
中の具材はスペイン料理らしからぬものだけど。
いや、私が知らないだけでスペインにも長芋があったりするんだろうか。
確か、結構色んな地域で見られると聞いたことがあるけど。
「なるほど、長芋……これは確かに、元気が出そうです」
「ああ、アーシャは山の方出身だものな、知っているか」
そう、私のこっちでの生まれ故郷でも長芋は採れた。
そこでも滋養強壮効果がある、と喜ばれていたことを思いだす。
栄養としては確か、亜鉛やカリウムなどのミネラル類と、ビタミンB群、ビタミンCなどが含まれる。
確かに、疲労回復に効果があるのもうなずけるところだ。
そこに、にんにくである。元気にならないわけがない。
ついでに、鶏肉もタンパク質だけでなく各種ビタミンを含む。
欧米ではチキンのスープストックが風邪の時の定番食らしいけど、それも納得である。
「すごく、美味しそうな、匂い……」
キーラも、すっごく食べたそうな顔をしている。よきかなよきかな。
そうやって自分の気持ちを出してくれるのはお姉さん嬉しいぞぉ。
いや、こっちの肉体年齢はほぼ一緒だけどさ。
「じゃあ、いただきましょうか!」
と私が宣言すると、さっとゲルダさんが取り分けてくれた。
だからさあ……そういうとこですよ、ゲルダさん。
小皿に取り分けて、まずキーラ、次に私の目の前に皿を置いてくれる。
そつがない、本当にそつがない。
ともあれ、早速いただくことにする。
これはさすがに手づかみではなく、スプーンでいただく。
「はふっ、あつっ、でも、美味しいっ」
できたてのアヒージョは、流石に熱い。
だが、それでも食べてしまうくらいに、美味しい。
むしろ、ハフハフ言いながら食べるのが美味しいのかも知れない。
長芋はとろろで食べることが多いと思うが、実は加熱しても美味しい。
ほくほくとした食感の中に、ちょっとだけ残った粘り気がトロリと、ちょっと官能的な舌触りを生む。
そのせいか味もコクを増しているように感じるところに、鶏肉の旨味とにんにくのパンチ。
美味しくないわけがない。
「これは、白ワインか、赤ワインか……迷いますね」
「そうだな、どちらでもいいかも知れない。あるいは……ああ、エルマさん、グラッパをもらえるかな」
「ありゃ、もういくんですか? まあゲルダさんなら大丈夫でしょうけど」
ん? グラッパ? と、ふと疑問が浮かぶ。
「え、ミランダさんのとこ、グラッパも作ってるんですか?」
「ああ、確かにミランダのとこのだけど。なんでミランダのことを知ってるんだい?」
その疑問ももっともなので、午後にミランダさんのとこに行ってきたことを説明すると、エルマさんも納得したように頷いた。
「ねえエルマさん。多分ブランデーよりもグラッパの方が安いですよね?」
「ああ、そりゃまあ」
私の問いに、エルマさんはそりゃそうだ、と当然のように頷く。
そうだよねぇ。
グラッパは、前世ではイタリアで作られていた蒸留酒だ。
ブランデーはワインを蒸留して作るが、グラッパはワインの搾りかすのブドウを発酵させて作ったアルコールをさらに蒸留して作る。
どちらが安いかと言われたら、それはもちろんグラッパということになるだろう。
先刻、ミランダさんから購入することを決めたのは、ワインを蒸留したアルコールだ。
つまり。
「や、やってくれるじゃないの、ミランダさん……」
「何だかわかんないけど、あの子ああ見えて強かだよ?」
ぼやく私に、エルマさんが苦笑しながら教えてくれた。
ちくせう、この島の人はそんなんばっかかよぅ!
……あ、そういえばそれで思い出した。
「そういえばエルマさん。気になることがあったんですけど」
「ん? なんだい?」
「ミランダさんとはどういうご関係で?」
唐突な私の質問に、エルマさんは思わず咳き込んだ。
あ、やっぱり当たりか。
「あの子が何か言ってたのかい?」
「や、な~んとなく、エルマさんのこと話すときの顔とかで?
な~るほど~、そんな強かな人が、エルマさんのことになると素直になっちゃうんですね~」
ニコニコ。あるいは、ニマニマ。
私はそんな顔をしてたんだと思う。
顔を赤くしたエルマさんがこっちを睨んでくるけど、とても可愛い。
……と思ってたら、私のグラスを取り上げられた。
「そんなこと言うアーシャは、ワイン抜き!」
「あ~! ごめんなさい、ごめんなさい! 私が悪かったです、それだけは!」
慌てて縋りつく私を、ゲルダさんはくすくす笑いながら。
キーラは不思議そうに見ていた。
なんとかグラスを返してくれたところで、キーラが口を開く。
「ところで、どういう、関係なの?」
全くの下心なしに。
その言葉に、ゲルダさんもエルマさんも目を逸らした後、私を見てきた。
え、ちょっと待って、そこで私に振るの!?
どうしたものか、しばし考えて。
「あ、あ~……後で、説明するね?」
なんとかそれで、誤魔化されてくれた。
私はともかく、外の常識の中で育ったキーラには、ちょ~っと刺激が強い話かな~っと。
そういや、魔王様の惚気話聞いた時にはキーラいなかったし。
でも、エルマさんとミランダさんも、ということは、他にもそういうカップルはいるんだろう。
むしろこの環境だったら、いない方がおかしいとも言える。
結構、女性ばかりの閉鎖的環境だと、割かしあった話ではあるのだから。
だったら、キーラにもどこかで教えてあげた方がいいかも知れない。
「……? どうか、した?」
「や、ううん、なんでもないなんでもない」
この、純粋無垢っぽいキーラに。
なんか、すっごくいけないことしてるみたいに思えちゃうなぁ……。
その後、色々とご飯を食べて、グラッパを一口もらったりして。
昨日と同じく楽しく食べた後、昨日と違いゲルダさんはキーラを魔術師の住宅に送っていった。
私は一人、工房へと戻る。
魔術の明かりを点けて、一人で寝室に入った。
……う~ん。
仕方ないんだけど。
昼間あれだけばたばたとして、さっきまであんなにワイワイと楽しんで。
その後に一人だと、さすがに寂しい。
かと言って、まさか今から二人を呼び戻すわけにもいかず、今日のところは大人しく寝るしかない。
きっとこんな生活もいつか慣れてくるんだろう。
そう思いながら寝間着に着替え、ベッドに入った。
しかし。
「ね、眠れない……」
うん。エルマさんの出してくれたアヒージョは、確かに疲労回復効果が高かったみたい。
ただし、高すぎた。
体が火照り、身体の中を血液が力強く巡っている感じがする。
脳にも活力が満ち、覚醒するような感覚。
いくらなんでも、元気になりすぎじゃないかなぁ、これは!
こうして、私は一人で悶々としながら、二日目の夜を終えた。




