初戦の終わりに
しばらく私が治療しているところを見ていたナスティさんだが。
「まあまあ、上手いこと薬草も使ってもらえそうですなぁ。
ほな、明日も持ってきますさかい」
と、捨て台詞? 的な事を言って帰っていった。
一応、最低限は認めてもらえたのかなぁ、と思う。
が。
それからも患者さんは絶えることはなく。
私とキーラでフル回転して捌いていた時だった。
「先生!! この子が泥のあるところで転んで酷い擦り傷が!」
慌てた様子で突然飛び込んできた女性二人組。
一人は確かに転んだらしい、どろどろの状態だ。
……そっかぁ、その怪我で、そんなに慌てて来るのかぁ。
「すみません、急ぎでこの方の処置します、しばしお待ちを!!」
私がそう声を上げると、待っている人たちがうんうんと納得した顔で大人しくしている。
……そっかぁ、納得してくれるんだぁ、そっかぁ。
な・ん・で! このヤバさが説明しなくてもわかってるのかなぁ、皆さん!
あれか、これもディアさんのおかげなのか、そうなのか!!
そう思いながらも、まずは怪我人の人の服をがばっと脱がせてしまう。
うん、現代でないからこそできること。
患者さんもされるがままだ。
「キーラごめん、上行って貫頭衣持ってきて!」
「わ、わかったっ」
そう言いながら、私は患者さんの傷の具合を見る。肘と膝に、結構大きめの傷口。化膿はしてない。
となれば。
「傷口洗いますね、ちょっと染みますよ!」
「あ、はいっ」
そう言いながら私は傍らに置いていた瓶を手に取る。
患者さんは、傷みに備えてぎゅっと目をつぶる。
そこに、私は傷口に向かってジャバジャバと、容赦なく瓶の液体をぶちまけた。
「……あ、あれ? あまり、痛く、ない……??」
「ちょ~っとね、特別な水なんです。ごめんなさい、ここから痛いですよ、しっかり洗いますから」
「は、いっ、大丈夫、ですっ」
傷口の洗浄に使ったのは、一度沸騰させた水に食塩を少し加えたもの。つまり簡易の生理食塩水だ。
これだと、傷口に触れてもまだそこまで痛くない。
傷口に水が染みるのは、浸透圧の関係と言われている。
水と細胞が触れると、濃度の濃い細胞の中へ水分が移動する。
その結果細胞が膨れ上がり、最悪破裂してしまう。
それが、染みる痛みの原因なのだ。
だから、浸透圧がほぼ等しい生理食塩水だと、痛みは少なくできる。
とはいえ、それでもしっかり洗えば当然痛い。
心得ていたのか、頑張って耐えてくれている。
ごめんね、ほんとはこんなことしたくないけど、仕方ないのっ!
土のある所で傷を作った場合、一番怖いのは破傷風だ。
一番有効なのは、予防接種を受けておくことなのだが、この世界に予防接種はない。
そうなってくると、対処法としてはこういう方法にならざるを得ないのだ。
破傷風菌は芽胞の形でありとあらゆる土壌にいる可能性がある。泥の中も当然。
泥の中で擦り傷を作ってしまえば、そこに破傷風菌が付いてしまうのはほぼほぼ確実だ。
これがまた厄介なことに、芽胞の状態だとアルコール消毒もほぼ効かないときた。
予防的に抗生物質を投与するのもありだけど、抗生物質がろくにない現状では、とにかく芽胞を洗い流すしかない。
「ごめんなさい、痛いですよね、あとちょっと我慢してっ」
「わ、わかって、ますっ」
呼びかけに、患者さんも必死に答えてくれる。
申し訳ないけど、こっちも必死だ。
もし、破傷風菌の芽胞をそのまま放置して破傷風に感染してしまえば、最悪死に至る。
ちなみに、あまり医療が発達していない時代だと、致死率8割超えるような病気だ。
それだけヤバい状況だと、ここにいるほぼ全員が認識していた。
どんだけだよ。どこまで教育されてんだよ、この街の人!!
ディアさん一人の成果なのか、それ以外なのかはわからないが。
いずれにせよ、これだけ協力してもらえるのはとてもありがたい。
「傷口を消毒……えっとお酒で洗うみたいなことしますね、すっごく染みます、ごめんなさい!」
「っ、んっ!!!!」
宣言してから、アルコールで消毒する。患者さんは口を噛んで必死にこらえてくれる。
ほんっとうに申し訳ないけど、これも必要な措置。
活動を開始している破傷風菌がいたら、これで殺せるはず。
それから、もう一度傷口を生理食塩水で洗い流した。
アルコールがついたままで表面の細胞が死んで酸素の供給がなくなるような状態で、そこに潜り込んだ破傷風菌の芽胞があったら、嫌気性で酸素を嫌う破傷風菌はそこを根城に繁殖してしまう。
なので、アルコールを洗い流してしまうのだ。
「よく我慢しましたね、えらいです! 後ちょっとだけ、我慢してくださいねっ」
「は、はいっ」
いやほんと、心の底からそう思うよ。きっと、相当に不安だったろうに。
そう思いながらも、次なる処理。
昨日街を回ってる時にもらってきた鉋屑を、煮沸消毒したものを取り出す。
さらにアルコール消毒もして、ぱたぱたと振ってアルコールを飛ばして。
それを、傷口付近に、傷口に触れないように巻いていく。
「あ、あの、これは?」
「ああ、直接包帯を巻くと、痛いでしょ?
こうすると、痛くなく巻けるんですよ」
「な、なるほど……」
そうなの? いいの? という顔だが、まあ仕方ない。
傷口を直接塞ぐほうが、痛いけどちゃんと守られてる感じするよね。
でも、そうしない方が治りが早いって最近では言われてるんだ。
ともあれ、鉋屑を巻いて作ったブリッジに包帯を乗せていくようにそっと巻いていき、最後に止める。
「このまま、しばらく傷に触れないようにしておいてください。
それから、塞がるまでは毎日来てもらっていいですか?」
「あ、大丈夫です、上の人にも話はしてますし」
……傷病休暇取れるのか。なんてホワイトな環境なんだ。
とか、思わず内心でほろりとしつつ。患者さんに向かっては、にっこりと微笑んだ。
「それは何よりです。じゃあ、後は体綺麗にしていきますね~」
そう言いながら、薬湯用のお湯を水道水で割ったぬるま湯で体を拭き、さらに消毒用アルコールで拭いていく。
これで、傷口以外から菌が流れてくることもある程度防げるはず。
この街の衛生環境だと、これでも十分とは言えないけど……。
「アーシャ、持ってきたっ」
「あ、キーラありがとうっ!」
そうして処置をしている間に、キーラがワンピースみたいに長い貫頭衣を持ってきてくれた。
泥で汚れたままの服を着せて帰すわけにはいかないからね。
それを、患者さんに着せていく。
服は後で洗うよう言い含めて、付き添いの女性に渡した。
「さ、これで処置は完了です。
後は、三食の後この薬を一つまみ飲んでくださいね。
それから、傷の様子を見たいので、毎日午前中の時間に来てください」
処方したのは、抗菌薬と鎮痛剤のミックス。
これで、予防と痛みの緩和が上手くいくといいのだけど。
「はい、ありがとうございます」
まだあちこち痛むだろうに、患者さんは健気にも微笑んでくれた。
もうね、こういうの見ると……絶対に治してみせるって思ってしまうんだよなぁ。
「はい、どうぞお大事に!」
でも、チートも何もない私では、人事を尽くして天命を待つしかない。
あ、後ゲルダさんにお願いして、治癒魔術使える人を紹介しておいてもらった方がいいかなぁ。
とか思っていた時だった。
「随分盛況だな……アーシャ、何か手伝えることはあるか?」
そう言いながら、ゲルダさんが入ってきた。
あまりのタイミングの良さに、思わずしぱしぱと瞬きしてしまう。
「ゲルダさん!? あの、お願いしてたことは……」
「ああ、約束は全て取り付けてきた。今は海水を運び込んでいるところ、と言っても人足も確保できたから、後は待っているだけで大丈夫そうなんだが」
「は、はやっ!? っていうか、手際良いですね!?」
そうか、やっぱりこの人もできる人なんだな、と改めて実感する。
しかし、今やってもらうこと、は……。
「すみません、水道水をまた汲んできてもらって、キーラのとこに持っていってもらっていいですか?
後、薬湯用のお湯を水道水で割ってぬるま湯にしてそこの瓶に入れてもらえたら」
それから。ゲルダさんだったらできそうだよなぁと思うことを聞いてみる。
「後ですね、今はまだいらしてないんですが、もし骨折の人が来たら、骨接ぎをお願いしていいですか?」
「ああ、それくらいならお安い御用だ。軍ではその訓練も受けるからな」
さも当然のようにそう言ってくれる。
正直、かなり助かる。
私は普通の人間程度の腕力しかないので、骨接ぎは状況によってはかなり骨だ。
……ごめんなさい、なんでもないです。
ともあれ、ゲルダさんほどの腕力があって、経験もあるとなれば心強い。
「じゃあ、その時はお願いしますね!」
こうして、三人体制になり、しかも街中での知名度が高いゲルダさんが加わったことで効率良く診療することができるようになり。
「どうぞ、お大事に!」
最後の患者さんを、お昼には送り出すことができた。
そして、申し訳ないけど、午後休診の看板を出す。
「はふ~~~~~。キーラ、お疲れ様!
ゲルダさんもありがとうございます!」
大きく息を吐き出すと、くるりと振り返った。
すると。
苦笑を浮かべているゲルダさんと、椅子にへたり込んでいるキーラが見えた。
「あ、あれ? キーラ、大丈夫!?」
慌てて、キーラに駆け寄ると、弱弱しくもこくん、と頷いてくれた。
「だ、大丈夫……ちょっと、疲れただけ……」
「あ、あ~……そうだよねぇ……ありがとうね、ほんっと、キーラのおかげで助かった!」
私が感謝の言葉を告げると、驚いたような顔になって。
すぐに、はにかんだような笑顔を見せてくれた。うん、可愛い。
「あれだけ働いて、最初にするのはキーラの心配なんだな、あなたは」
呆れたような感心したような声で、ゲルダさんが苦笑している。
……そう言われると、確かに、そうかも知れない、が。
「あはは~、慣れですよ、慣れ」
「それにしても、随分タフだと思うよ、私から見ても」
……まあ、ゲルダさんが加わってからも、私がフル回転していたのは事実だ。
キーラに時折休憩をさせながら、上手く回せた、とも思う。
あ~……確かに、頑張ってたかもしれない。
全身を、充実感が覆っている。……もう少ししたら、疲労感が来るのかも知れないけど。
ともあれ、ゲルダさんの言葉を、敢えて称賛と受け取って。
「お褒めに与り、恐悦至極っ」
そう言ってにっこりと笑いながら、スカートの裾を摘まんでお辞儀してみせた。




