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深淵へと至る道

「……ほんに、ありおったわ……」


 風の結界に包まれた魔王シュツラウムが、眉を寄せながらぼやく。

 

 ここは、王都から数km離れた海中。

 心当たりがある、と言っていたアーシャの言を確かめるべく派遣された魔族から『確かに大穴が存在した』との報告を受けて彼女達は、こうして海中までやってきていた。

 当然海中では呼吸ができないため、風で大きな結界を張りここまで来たのだが、何とも不気味な雰囲気を漂わせる大穴を目にして、しかし零れるのは呆れにも似た言葉。


「何がどうなったら、勝手にここに繋がるというのじゃ……いや、説明は聞いたのじゃが、納得がいかん」

「まあ、アーシャですから」


 そう言いながらシュツラウムは胸の前で腕を組む。

 返事をするドロテアも、流石に少々呆れ気味だったが。


 アーシャの言った心当たり。

 それは、セイレーンの描いた海中スケッチだった。

 彼女達が描いてアーシャに見せていたスケッチの中に、目の前に広がる巨大な穴が描かれているものがあったのだという。

 すぐにセイレーン達に呼びかけて、該当のスケッチを探し、その場所を聞いて調査隊を派遣。

 僅か一日で場所が特定できてしまった、というわけだ。


「しかし、彼女達がスケッチをできるようになったペンと紙の切っ掛けとなったのは、陛下へと手紙を書きたいというセイレーン達の希望だったわけですから。

 これも陛下の人望があったからこそ、とも言えますよ?」

「いや、よいゲルダ、そのような世辞を言わずとも」


 珍しいことを言ってくるゲルダに、シュツラウムはゆるりと首を振った。

 それを言い出したら、そもそもアーシャがああして様々な発明を生み出せる立場になれたのは、シュツラウムの差配によるもの。

 そこまで考えて思い出されるのは、かつて彼女が言った台詞。


『お二人が根気強く蒔かれていた種が、今芽生えたということですよ、きっと』


 これもまた、蒔いていた種が芽生えたとでも言うのか。

 全能に近くとも全知ではとてもない彼女には、計り知れぬことではある。

 もしそうであるのならば、それこそ彼女が誇るべきことなのだろうけれども。


「滅多に褒められないんだから、素直に褒められてればいいのに」

「やかましいわっ! それに滅多にということもない!」


 ちゃちゃを入れてくるドミナスへと怒鳴り返しながら、シュツラウムは大穴へと向き直る。

 大きく暗いその穴は、奈落へと続いているかのよう。

 ある意味でそれは、間違いでもないのだろう。


「……冗談はともかく、じゃ。感じるかえドミナス」

「うん、なんとも禍々しい、魔力に似ている、けれど違う何かがここから滲み出ている」


 真顔になりながら、二人は、いやこの場に居る全員が穴を見つめる。

 位置、大きさだけでなく、滲み出てくるそれもまた、この穴が秘本にあった入り口である証拠。

 であれば、いよいよと気を引き締めざるを得ない。


「……み、皆さん、よく落ち着いてられますね……」


 そう小さく零したのは、へっぴり腰でゲルダにしがみついているユーリィだ。

 何しろつかみ所のない風の結界に押し込められての強制ダイビング、さらには日の光がろくに届かぬ海中での遊泳と、まだまだ普通の人間である彼女には刺激が強すぎる。

 魔術の明かりで周囲を照らしてはいるが、それでもその光が届かぬ向こうは、押しつぶされそうな深く蒼い闇。

 空気は確保されているはずなのに、先程から息苦しさばかり感じている。


「まぁのぉ、ある程度は修羅場慣れしておるゆえ。

 ところでどうじゃユーリィ。そなたの神剣は反応しておるかえ」

「え? あ、は、はい……今までになく、バリバリに反応、してます……」


 シュツラウムに言われて初めて気がついたのか、慌てて腰に手をやれば、いつになく重い振動をしている神剣。

 それはさながら、来たるべき時を迎えて高揚しそうになっているのを抑えているようでもあり。

 ああ、本当に決戦なのだなぁ、とユーリィに覚悟を強いてきた。


「ならば、どうやらここで間違いないようじゃな。

 では……何に導かれてここまで来たのかはわからぬが……行ってやろうではないかえ」

「「ははっ!」」


 彼女がそう言えば、その場にいた全員がこくりと頷く。

 ……ユーリィがどうにも及び腰だったのは、仕方の無いことだろう。

 

 ともあれ、その声にシュツラウムも頷いて返せば、ゆっくりと空を飛ぶかのように水の中を、結界に包まれた一行が移動する。

 作られた経緯から、罠などはないだろうが、しかし何があるかもわからない。

 と、ある程度進んだところでドミナスが声を上げた。


「陛下待って。変なのがある」


 その言葉と共に止まれば、ドミナスが前に出て結界の外へと手を伸ばした。

 途端、その手の先から魔力の光が溢れ、それが何かに触れて閃光を放つ。

 一瞬でその光が収まった後、ふぅ、とドミナスが小さく吐息を零す。


「……『人返し』の結界だった。多分、偶然ここに迷い込んできた人だとか魔物だとかを追い返すためのものだと思う」


 ドミナスの言葉に、ユーリィは何が何やらという顔で首を傾げ、残る三人は怪訝な顔になる。

 『人返し』の結界は文字通り、近づいてきた人間などの存在の精神に干渉して、その場から離れさせる結界だ。

 当然、精神に干渉するような結界は高度なものであり、人間で張れる者は恐らくいない。

 魔術でできないことはあんまりないドミナスであれば、当然張ることも解除もできてしまうのだが。


「ほんに迷い込んできた者を追い返す為のものであれば、誠に至れり尽くせりなことよのぉ。

 ああ、あるいは迷い込んだものが結界に刺激を与えぬように、かも知れぬが。

 ここをスケッチしたセイレーンが中に入ろうとしなかったのもそのおかげと思えば、ありがたくはある、か」


 ある意味今回の一番手柄である彼女が、無事に、むしろにこやかに過ごせていることに、安堵の吐息を零す。

 万が一があれば。その先のことなど、想像したくもない。

 今回は、本当に色々な意味で幸運だったのだろう。


「この幸運が続いている内に。あるいはしっぺ返しが来ぬ内に。

 さっさと『原初の混沌』とやらを倒してしまおうか!」


 シュツラウムの声に、また力強い返事が返ってくる。

 そして。

 いよいよ今度こそ、大穴へと彼女らは踏み入れた。


※最近私事が色々とばたばたしており、少々執筆の時間が圧迫されております。

 そのため、勝手ながら、しばらく更新を火・木・土に固定しようかと思います。

 楽しみにしてくださっている皆様には誠に申し訳ございませんが、何卒よろしくお願いいたします。

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