緊急対策会議だったはずなのに。
それからの動きは速かった。
すぐに大陸での情報収集活動は増員され、グラスランナーの人達は元より、人に擬態する魔術が使えるフェザーフォルクの人達も大陸に渡って、活動を開始した。
フェザーフォルクは分類としては魔物になるんだけど、滅茶苦茶魔力が高いというわけでもないので、攻撃魔術を使ったりしなければ簡単にはバレないんだそうな。
もちろん、こっちの動きを警戒して魔術での監視を強めていたら話は別だったらしいんだけど……。
「警戒するどころか、もうほとんど戦勝モードみたいですわ、あちらはん」
増員から二週間、最初の報告を持ってきたナスティさんは、呆れたような顔を隠すことなくため息と共にそう告げた。
いつもの小部屋に集まったいつもの面々は、それぞれに複雑な顔。
舐められてる、と思えば武人のゲルダさんとしては面白くないだろうし、油断してる、と思えばドロテアさんなどはほくそ笑みもする。
そして、魔王様としてはあまり面白くない、という表情を隠そうともしない。
「あれだけこちらが悲壮な思いでおったというのに、随分と緩いものじゃなぁ……」
「向こうからすれば、勇者が見つかって神剣も授けられたら、それで終わりという認識なのかも知れませんね」
私の言葉に、魔王様は少々むくれてしまった。ちょっと可愛い。
でも、もう向こうとしてはゲーム終了、後は消化試合、っていう感覚なのかもね。
とか思ってたんだけど、ナスティさんがゆるりと首を振った。
「一部ではまだ終わりやない、いうか、これからが本番いうところもあるようですえ」
「はい? 一部で、なんでそんなことになってるんですか?」
勇者をこの島に到達させたら、向こうとしては終わりのはず。
ちなみに、船ごと沈める、という手段は一度試したことがあったそうなのだけど、沈んでも水の中で呼吸できたらしくて、海底を歩いて辿り着いてしまったんだとか。
実はこの手段も考えていただけに、ちょっと残念。
それはともかく。ということは、向こうとしては出航させたらほぼ終わりと言っていいはずなのだけど。
「それが、ねぇ……。
勇者の名前はユーリィ。家名がないことからわからはるやろけど、平民の子ですわ。
せやから、『平民を魔王討伐の勇者として送り出すなど国としての面目が立たない、我が一族に養子として迎えてから送り出すべき』とかわけわからんこと言い出した貴族がようさんおりまして」
「……は?」
呆れすぎて空虚になったナスティさんの言葉に、私は間抜けな返事を返した。
つまり、このチャンスに勇者を自分の一族に引き込んで、魔王討伐の名誉だけを手に入れようって腹だ。討伐は全部勇者に押しつけて。
その厚かましさに、私は言葉もない。
それは皆も一緒だったらしく、一様にポカンとした顔をしている。
いや、そりゃそうなるのも当たり前だって! なんなのその変なお貴族様的闘争!
皆からの視線を一身に受けたナスティさんは、なんとも乾いた笑い声を出すしかできない。気持ちは、わかる。
「いや、うちかてこの報告を見た時は目を疑いましたんえ?
せやけど、その後に続けてどの貴族がどうのとか詳細な報告が続いとるし、報告してきたんは変な冗談言う子やないし、ほんまなんやろな、と」
「むしろ冗談の方が、まだマシだったかも知れないっ!」
珍しく申し訳なさそうなナスティさんに、私は思わずツッコミを入れてしまった。
入れたくなる気持ちもわかって。お願いぷりーず。
それにしてもムカつくなぁ……あんまりにも舐めてるっていうか、不真面目っていうか。
なんとしてもギャフンと言わせたくなってきたぞ。方法はまだわかんないけど!
「残念ながら、本気みたいですなぁ。最初は勇者の出身地の子爵が養子にする言うてたのを、その寄親の伯爵が奪おうとして、騒いどったら派閥の主である公爵が介入。
そんで他の公爵連中も察知して、国を分断しかけてまでの大騒ぎになってるとこみたいですわ」
「うわ、醜い。醜すぎる権力闘争……。
それもう、国王が引き取った方が良いんじゃないかと思うくらいなんですけど」
その国は貴族として最高位である公爵が六家あるらしい。それぞれに力の大小関係はあるけれど、概ね近しい勢力を持っているのだとか。
普段ならある程度計算して引き際も考えるんだろうけど、魔王討伐の勇者、という名誉は無茶してでも手に入れたい、のかも知れない。
だったら、それに物申せるのはもう、国王しかないと思ったのだけど。
「それが、ねぇ……勇者の家系を従える国王、いう立場になりたかったらしゅうて……」
「うわぁ、なんですかその歪んだ名誉欲」
何度目かわからないため息を吐くナスティさんに、私はまたツッコミを入れてしまう。
つまり「勇者凄い。でもそれを従える自分はもっと凄い」って形にしたいらしい。
その結果騒動が収まらず、こちらとしてはありがたいのだけど……感情的に、納得がいかない。
そんな連中相手に必死になってるこっちまで馬鹿みたいだ。いや、その隙を突くべきなんだけどさ。
「まあそんなわけで、公爵連中の政争が終わるまでの間、勇者は行儀作法のお稽古やら、剣の稽古やら、らしいですわ」
「剣の稽古はまだしも、行儀作法って……どこまで外面重視なんですか……。
この分だと、養子の引受先が決まった後に、大々的に出発の儀式とかしそうですねぇ……」
「あら、流石せんせ、よくおわかりで」
「……うそでしょ?」
冗談のつもりで言ったことに、ナスティさんはあっさりと頷いた。
もちろん、私と同じように呆れながら。
「それが、ほんまらしいんですわ。
勇者を引き取った家が、国内外にそのことを知らしめて権勢を高められるいうことで、どの家もその気らしゅうて」
「うっわ~……ほんっとにもう勝った気でいるんですね……終わった後のことしか考えてない」
だから、負けた時のリスクを考えていない。
もしここまで大々的に送り出した勇者が負けたら、国内外から全力で非難が殺到することになるだろう。
本来であればとてもハイリスク・ハイリターンなことのはずなんだけど、向こうは全くそう思っていない。
……本気でひっくり返したくてたまらないなぁ、これは。
そしてそれは、私が思う以上に軍人であるゲルダさんは思っていたんだろう。
若干剣呑な目になりながら、ナスティさんへと問いかけた。
「その馬鹿騒ぎが一段落して、実際に勇者がこちらへと向かうには、どれくらいになりそうなんだ?」
「流石に正確なところはわからしませんけど……早くて二ヶ月、普通は三ヶ月。下手したらもっと、いうこともありえますわ」
「となると、秋の終わりか冬、になるのか。冬の海を越えさせてでも送り込むかな?」
怒り心頭なのだろうけれど、それでも冷静に、軍人らしい意見を述べるゲルダさん。
当たり前だけど、軍を遠征させるのには大量の物資を必要とする。
まして冬となれば、燃料はもちろん、衣服や毛布、風を防ぐためのテントなどなど、軍を機能させるには様々な物が必要だ。
さらに今回は、冬の荒れた海を乗り越えなくてはいけないのだ、普通は派兵など考えるわけがない。
だから、冬に行動を起こす、ということに真っ当な軍人なら疑問を持つのは当然のことだろう。けども。
「でも、今回は……多分、下手したら勇者一人だけを送り込んできますよ。
冬でも平気で生贄を送り込んできた連中が、ためらうとは思えません」
ドロテアさんの言葉に、反論できる人はいない。
事実、今までも真冬の荒れる海を渡って送られてきた人達はたくさんいた。
途中、船が嵐で沈没しかけたケースだってあったくらいだ。
その際、女の子達は巡回していたスカイドラゴンさん達が助けてくれている。
船乗りの人達? 暴風圏内からは逃がしてあげたらしいから、なんとか帰ったんじゃないかなぁ。
ちなみに、助けてくれたスカイドラゴンさんと仲良くなった女の子もいるらしい。
……その話を聞いた時に、『もしかしてお義母様とお義父様の馴れそめも……?』と思って聞いてみたんだけど、「うふふ、秘密よ♪」と可愛くかわされてしまった。
可愛かったから、よしとする。
話を戻して。そんな連中だ、海底に沈んでも島に辿り着いたという伝承が残っていたら、ためらうことなく勇者を送りこんでくるだろうし、多分残ってると思う。
となると、冬でもなんでも、送り込んではくるのだろう。
「となると、少なくとも一ヶ月、なんとなれば二ヶ月から三ヶ月は勇者のことを調べられますね」
私の言葉に、皆がこっくりと頷く。
「ほんで、公爵連中のゴタゴタが長引くよう、あれこれ工作も仕掛けさせますわ」
「うむ、この分では随分と脇も甘くなっておるようじゃし、工作は十分効果を発揮するじゃろうな。
そのための金はいくらでも工面するゆえ、好きにやるがよい」
「あら、流石魔王様、懐の広いことで……ありがたく、必要とあればお願いいたします」
魔王様のお許しに、ナスティさんも恭しく頭を下げる。
……なんだろう、ナスティさんって魔王様には特に敬意を払ってる気がするんだよね。
私の知らないところで色々あったのかな。いや、根掘り葉掘り聞くつもりはないんだけど。
と、話が一段落したところで、魔王様が仕切り直すかのように言葉を発した。
「さて、なんとも妙な情勢にはなってきたが……肝心の勇者個人の情報についても報告してもらおうか」
「はい、それでは失礼しまして……」
こほん、とナスティさんは咳払いを一つして……それから、一瞬私をちらりと見てから、また魔王様に向き直る。
……なんで? なんで私を見たの? と思ったのは一瞬のことだった。
「先程も言いましたけど、勇者の名前はユーリィ。平民出身の、女性です」
ナスティさんは、わざわざ女性を強調するかのように区切って言った。
その効果は抜群で、一瞬にして部屋がしんと静まりかえる。
皆の視線があっちこっちに動くけど、少なくとも一回は私の方を見た。
そしておもむろに魔王様がパン、と手を打って注目を集める。
「よし、では今日はこれまで、皆の者、ご苦労であった」
「待ってください、まだ何も終わってませんよ!?」
皆が納得顔で立ち上がりそうだったので、私は慌てて必死に食らいついた。
いやおかしいでしょ、なんでもう終わった顔になってるの皆! ……わからなくはないけどわかりたくない!
「いや、相手が女であれば、そなたを出せば終わることであろ?」
「終わりません! 私そこまで酷い女たらしじゃないですから!!」
私の必死の叫びに、魔王様はやれやれといった顔で座り直してはくれた。
そこに、ちょっと悪戯な笑みを浮かべたドロテアさんが余計なことを言ってくる。
「あら、でも女の子なら猫でも誑し込めるじゃないですか。シャーロットも私より懐いてるんじゃないかってくらいですし」
「そんなことないですから! 確かに懐いてくれてるのは嬉しいですけど!」
確かにめっちゃ撫でろってすりついてくる時もあるけど!
なんて私が反論している間に、さっきまでとは明らかに違ってすっかり空気は落ち着いたものになっている。
なんでだ、納得できない! と思ってるのは私だけらしい。解せぬ……。
※新しい連載も始めております。悪役令嬢ものに挑戦してみました。
下部にリンクを貼っておりますので、お読みいただけたら幸いです。




