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出撃準備

 落ち着け、こういう時は素数を数えて落ち着くんだ。

 2、3、5、7、11、13、17、19……

 う~ん……20人以上いるな、これ。

 総合病院の朝一受付待ちの行列かな?

 いや、15万人規模の街なら、診療所レベルでもないわけじゃないか。


 おかしい、どうしてこうなった。


「ど、どうしよう、アーシャ」

「大丈夫、落ち着いてキーラ。今考えてるから、私に任せて」


 にっこりとキーラに向けて笑顔を見せながら、頭の中はフル回転で考えていた。

 そもそも、新しい薬師である私のことを昨日はほとんど触れ回っていない。

 知ってるのはエルマさんとナスティさんくらいだろうか、市井の人だと。


 来たばかりで使い勝手のわからない工房、予想通り不十分な薬草の備蓄。

 この状況で、明日から来てください、なんて申し訳なくて言えるわけがない。

 なのに、来てしまった。これだけの数が、どどんと。


 多分、これで終わるはずがない。

 ここから先、ひっきりなしに患者さんが来る前提で動くべきだ。

 となると、まずはいかにこの最初の20人以上を素早く捌くか?


「キーラ、魔術が使えるってことは、文字の読み書きはできる?」

「え、うん、それは、もちろん」

「よっし、それなら多分なんとかできるっ」


 不安そうなキーラに、力強く断言する。

 ……もちろん、はったりだ。

 だけど、こうでもしなきゃキーラは不安なままだし、何より私自身が折れてしまいそうになる。

 

 朝一に来れるような人たちだ、そこまで重篤な人達じゃない、と思いたい。

 もちろん先入観は危険だ、それに縋らないように戒めながら。

 それでも、悲観的になってたってどうしようもない。


「とりあえず、着替えよう。ごめん、朝ごはんは焼き菓子だけになっちゃうけどっ」

「う、うんっ」


 そう言いながら、私はがばっと寝間着を脱いだ。

 ごめんキーラ、私同性相手だったらこれくらい平気なの。四の五の言ってられない状況多かったし。

 恥ずかしがってキーラがもじもじとしてる間にばばっと着替えた私は、部屋の外へと脚を向ける。


「キーラは落ち着いて着替えてて。私は下で、やることの準備してるね。

 大丈夫、私は慣れてるけど、キーラは慣れてないんだから、戸惑うのは当たり前。

 っていうかごめんね~、折角のお泊り会の翌朝がこんなことでさっ」

「え、あ、えっと、ううん、その、気にしない、で……?」


 軽く言う私に、キーラが戸惑いながらも言葉を返してくる。

 よっし、疑問に思いながらもキーラが私を許す立場にできたぞっと。

 これで、上手く対応できないキーラ自身に自己嫌悪するとかの事態は避けられた、と思いたい。

 

 ともあれ、ばたばたと階段を下りて、まずは台所兼食卓へ。ダイニングキッチンといえば聞こえがいいが。

 大きめの水差しを出して、目分量で蜂蜜を入れ、レモンを、種を落とさないように気を付けながらぎゅっと絞る。

 少量の水を入れて、が~~!っと撹拌して、程よく溶けたところでさらに水を足して濃度を調整。

 できたレモン水をコップに注いで、味見という名の一気飲み。


「うん、我ながらまあまあだね!」


 絶品ではないが、寝起きの身体でゴクゴク飲む分には十分な味である。

 戸棚にしまっておいた焼き菓子を引っ張り出して、キーラの分を三つばかりお皿に盛る。

 それから一つ二つ取り出して、がぶっと噛み砕き、飲み込んだ。

 ちくせう、喉を潤したばっかりなのに一日おきの焼き菓子は喉に引っ掛かるなぁ!

 もう一杯レモン水をコップに注いで、今度は半分ばかりをぐいっと飲み下す。


 ふぅ、と一息ついて、頭の中でやるべきことを整理していく。

 まずは、あれだろう。


 色々と荷物を詰め込んだ戸棚から、紙の束とペンとインクを取り出した。

 ……正確には、羊皮紙と呼ばれるものだ。

 結構南方であるこの島でも、どうやら羊は育っているらしい。

 パルプから作られた紙に馴染んだ身としては色々文句もあるが、言っても仕方ない。


 ついで、エルマさんの店で買ってきた蒸留酒の瓶を取り出したところで、キーラが下りてきた。


「ご、ごめん、遅くなって」

「大丈夫、むしろいいタイミング! お願いキーラ、これに『脱水』かけて!」


 そう言いながら、蓋を開けた蒸留酒を突き出して見せる。

 私の勢いに、ぱちくりと驚いたように瞬きすることしばし。

 気を取り直したのか、キーラはこくんと頷いてみせた。


「う、うん。『伏して願う。我が願うは永久なる乾き。枯れ果て尽きよ、望むままに』」


 え、け、結構物騒だな、呪文! とか私が心の中で呟いているうちに、魔術が発動したらしい。

 後には、半分ほどに量が減った液体が残った。


「えっ……し、失敗しちゃった……」


 途端、キーラが涙目になる。

 え? と私は一瞬固まって。すぐに、その涙の理由に思い至った。


「ち、違う違う! これでいいの、液体は残るの! これが、酒精ってやつなの!」

「そ、そう、なの……?」

「そう、ほら、えっと……ほ、ほら、お酒っぽい匂いするでしょ?」


 そう言いながら、キーラの顔の近くでぱたぱたと瓶の口辺りを煽ぐ。

 うん、いわゆる小学校中学校で刺激臭のする液体の匂いを確認するときのあれだ。


「わっ……あ、うん、確かにお酒の匂い……」

「うん、だからね、『脱水』の失敗とかじゃないの、大丈夫!

 後は、これを……」


 昨日沸騰させておいた水道水を、少し加える。

 これで、70%程度のエタノール濃度になったはずだ。

 いや、もしかしたらエタノール以外のアルコールもあるかも知れないけど、今はそれを問題にしている場合じゃない。

 この世界でも、やはり傷口に蒸留酒を吹き付けたり塗り付けるのは、経験則的対処法としてそれなりに広まっていた。

 だから、このやり方でもある程度以上の殺菌消毒効果は期待できる。

 実は、消毒用アルコールは70%前後程度の濃度が一番消毒効果が高いと言われている。

 50%程度の蒸留酒が精々、と思っていたところにキーラの『脱水』である。

 これが神の配剤と言わずになんと言おうか。

 現状で望める最大限の消毒用アルコールを手に入れられたのだから。


「え、なんで水で割るの……?」

「この方がちゃんと薬として使えるのよ。

 後は、っと……」


 薬草棚にある薬草と、現時点での手持ち戦力を組み合わせて考える。

 私はまあ、臨機応変になんとかするとして。


「キーラ、まずはその焼き菓子を喉に詰まらせないようにゆっくり食べて。

 ついでに、レモン水をきっちりコップで二杯以上、ゆっくりと飲んで。三杯でも四杯でもいいから」

「あ、う、うん……?」


 うん、疑問形になるよね、わかるわかる。

 でも実際のところ、キーラが途中でガス欠になったら困るのだ。

 二人で回すのと、私一人で回すのとでは、明らかに効率は四倍以上違うから。


「で、食べながら聞いて欲しいの。

 キーラにやって欲しいことは三つ。

 まず、この二つの鍋にお湯を沸かせて。沸き過ぎて減ってきたら、水を足して。

 左のは器材を洗う用、右のは薬湯に使う用。これ、絶対守ってね。

 それから、常にお鍋半分以上のお湯をキープしてて欲しいの」

「え、あ、それくらいなら、大丈夫」


 そんなことなの? ときょとんとした表情になるキーラ。可愛い。

 いや、だから邪念に飲まれてる暇はないんだっての!


「次に、これが一番大事。ここに用意した紙があるでしょ?

 そこに、一人一人、名前を聞いて書いて、後ここに書いてる質問事項を全部聞いて、書いていって欲しいの。

 あ、このボード使って」

「え、ええええ!?」


 そう言いながらクリップボード的な板を渡すと、キーラが悲鳴のような声を上げた。

 うん、驚くよね。そしてごめんね、多分そういうの苦手だよね。

 わかる、わかるんだけど、どうしようもないの!


「最後に、そうやって聞いていく間に、具合が特に悪そうな人がいたら教えて。

 順番を前後させる必要があるかも知れないから」


 今こうして見ている分には、そこまで重篤な患者さんはいないように見えるけども。

 いつ急変するかわからない、というのも事実だ。

 何しろ、今ここに来ている患者さん達は全員、私は診たことがない人達なのだから。


 私の言葉に、困惑しながらもキーラはこくこくと頷いてくれた。


 うん、良かった。

 こうして手伝ってくれるのが、キーラで本当に良かった。


 そう、思いながら。


「よっし、それじゃぁ始めましょうかぁ!」


 私は、自分に気合を入れるつもりで声を張り上げながら腕まくりをした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そもそも素数って初手からして2ですよね
[気になる点] ≫落ち着け、こういう時は素数を数えて落ち着くんだ。  1、3、5、7、9、11、13、17、19……  う~ん……20人以上いるな、これ。 ここは素数と共に患者さんの人数を数えて…
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