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楽しき晩餐

「さ、うちの自慢の魚介煮込みだ、たんと食べておくれ!」


 そう言って、エルマさんがほかほかと湯気のする皿を持ってきた。

 様子見の一人前、だったはずだが、結構量があるように見えるぞ?

 そんな疑問も、目の前に皿が置かれたら吹っ飛んでしまった。


「うわぁ、美味しそう!」


 思わず、声を上げてしまう。

 ふんわりと鼻をくすぐる潮の香り。

 白ワインとハーブで香りづけしているのか、臭みの無いとても美味しそうな匂いを振りまいている。


 何よりも、その具材の量と鮮度!

 さすが港町、取れたての魚介を使っているんだろう。

 ムール貝は身がパンパンに張っていて、ぶつ切りにされた魚の切り身はぷりっぷり。

 一緒に入っている野菜の類は、結構煮込まれているのかちょっとくたくた。

 だが、それは私好みの煮込み具合だったりするから、問題ない。


 これは、ブイヤベースみたいなものだろうか。

 確か、トマトが持ち込まれる前はこんな感じだったと見たことがある。

 いずれにせよ、だ。


「これは、白ワインですね……絶対、合う」

「ほう? 中々わかってるじゃないか、アーシャ」


 ごくりと喉を鳴らす私に、ゲルダさんがにやりと笑う。

 ……ごめんキーラ、引かないで。私達悪い人じゃないよ~?


「白ワインとか赤ワインとか、関係、あるの?」


 あまりお酒を飲み慣れてないらしいキーラが、不思議そうに尋ねてくる。

 ちなみに、この辺りでは大体15歳か16歳からお酒は飲める。だから、私が飲んでも問題なし!


「あくまで目安みたいなものだけど、魚には白ワイン、肉には赤ワインっていう組み合わせが定番なんだ」

「もちろん肉に白ワインも悪いわけではないが……私の個人的な意見だが、魚に赤ワインはちょっときついな」


 わかる~、と頷きそうになったのを堪える。

 生前の私はその組み合わせをやってしまい頭を抱えたことがあったが、今の私は山村出身の村娘。

 こんな海の幸を食べるのは……あ、この世界に来て初めてだわ、多分。

 いかん、魂の中の日本人が、目覚めるっ。


「さ、話を聞くだけでもなんだろうし、実際に食べてみてもらおうかな」


 そう言うと、ゲルダさんがサービングフォークとナイフを器用に使って魚を切り分けていく。

 ついでに、ムール貝も均等に取り分けてくれた。

 目の前で懐かしい魚介の匂いがしてくるのは……中々にたまらないものがある。


「ゲルダさん、取り分けてくださってありがとうございます」

「なぁに、これくらい大したことないさ。さ、召し上がれ」

「はい、ありがたく!」


 いただきます、と心の中で唱えて。私は早速魚の切り身に手を伸ばす。

 そう。手づかみである。

 こちらでは、フォークを使ってものを食べる、というのはまだ一般的ではない。


 実は、フォークが食べるのに使われるようになったのは、前世の世界でも結構最近のことだ。

 切り分け、取り分けに使う大きくて二本しか歯の無いサービングフォークは11世紀頃から使われてたらしいけど、食べる時は手づかみで食べていたらしい。

 今のような4本歯で弓なりのフォークが一般的に使われるようになったのは17世紀頃と言われている。


 ちなみにスプーンやナイフは15世紀くらいに今の形で使われるようになったとか。

 この辺りでは、スプーンは食べるために使われるようになってきた。

 それ以前は、スプーンはおたまみたいな大きさと使われ方で、スープは器から直接すすってたし、ナイフは取り分け用として一つのテーブルに一つしかなかったらしい。

 なんだかんだ、結構野蛮だよね、西洋人。

 というか、衛生的にちょっとどうかと思うんだよなぁ……。


 だがまあ、それはこれからなんとかするとして。

 今は目先の魚である。

 手で掴める程度に冷めたところで……がっと掴んで、ぐぁっと口に入れる。


「美味っしい~!!」


 魚介の旨味が良く出た出汁、それを纏ったプリプリの白身を噛み締めれば、それ自身のエキスと出汁が混然一体となって口内に広がっていく。

 もぎゅ、もぎゅ、としっかり噛み締める度、舌に旨味が襲い掛かってくる。

 ごくん、と飲み込むと、胃の中まで暖かいものが落ちてきて、おなかの底から暖かさと満足感が広がっていく。


 そこに。

 おもむろにグラスを手にして、白ワインをくっと口に含む。

 しっかりとした口当たりと爽やかな香りが、魚介の旨味をふわりと膨らませて、そっと流していきながらも余韻を残してくれた。


 ああ……美味しい。

 ほおぉ……と長い溜息をついてしまう。


「ふふ、アーシャには気に入ってもらえたみたいだな」

「はっ!? あ、いや、確かに、すっごく美味しかったです、けど……お恥ずかしい」


 久しぶりの魚介、しかも素晴らしい味とくれば、感動しちゃうのも無理はないと思う。

 けど、ごめんキーラ、そんなにまじまじと見ないで、すっごく恥ずかしいから。


 しばらく私を観察していたキーラが、おもむろに自分の魚を口にした。


「……あ、美味しい……」

「でしょでしょ? さ、そこに白ワインを、ね、くっと」

「アーシャ、一口で酔っぱらったのか?」


 からかうようなゲルダさんの言葉に、ぴしり、と動きを止める。

 うう、重ね重ね恥ずかしい。


「でも、これも美味しい、よ?」


 そう言ってはにかむように微笑みながら、キーラは自分が口をつけたグラスを示して見せた。

 うう、良い子や……天使かこの子は。

 キーラが美味しそうに食べてるだけで、こっちまでニコニコしてしまう。


「さってと、こっちもいただきましょうかね!」


 今度は、ムール貝の身を手で毟り取り、がぶり。

 

 ……んふぅ……。

 これまた、良く味の詰まった身ですこと。

 決して個性は強くないんだけど、上品で食べやすい感じ。手づかみだけど。

 これはこれで、きっと。


「……やっぱり、こっちも白ワインに合うなぁ~」

「なあ、アーシャ。さっきから一々発言が酒飲みのそれなんだが」

「え。あ、いや、普段はそんなことないんですよ? 今日はちょっとほら、浮かれちゃって?」


 いけないいけない、はしたないったら。

 とか思っていたのだが、目の前に座るゲルダさんは何とも嬉し気だった。


「ああ、浮かれてくれているなら、私も嬉しい」


 そこまで言って。もう少しだけ、何か言いたげで。

 でも、それをワインと一緒に飲み込んだ。

 何を言いたかったのか、なんとなくわかる気もしたけど、聞くのも野暮な気がする。


 だから私は。


「ふふ、ゲルダさん、いい飲みっぷり! さすがワインを水扱いする女!」

「え、そうなの……?」


 若干わざとらしいくらいに景気づけの声をだした。

 かたや、まだグラス半分くらいですでに頬が赤くなりだしているキーラが、驚いたような顔になる。


「さあ、どうかな? 本当かどうか、しっかり確かめてもらおうか」


 そう言って笑ったゲルダさんは、ワインをボトルで注文した。

 

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