波間の花
なんとか気持ちを落ち着かせてから、私とナスティさんは連れ立って海岸へと向かった。
ちなみに、手を繋いだりはしていない。
それくらいサービスした方がいいだろうか、とも思ったりはしたけど、仕事中だし、まだお付き合い始めたわけじゃないし、で自重したのだ。
いや、今更自重も何も、という気がしないでもないけども。
「ちょぉっと今日は歩きますけど、せんせ気張って歩きはってな」
「あはは、頑張ります……」
隣で歩いているナスティさんはどこか上機嫌だし、今はこうして一緒に歩いてるだけでもいいのかも知れない。
そんなナスティさんを見ていると、時折視線が合う。
実はさっきから、ちらちらと時々こっちに視線を向けて、歩くペースを合わせてくれているんだよね。
身長の関係で私の方が足が長くはあるのだけど、運動能力の差か、ナスティさんの方が歩くのは速い。
だから、ややもすれば私が置いていかれかねないのだけど、さっきからペースを合わせてくれているから、ちゃんと隣り合って歩いて行けている。
ん~……こういうところの気配りが、ちょっとイケズでもナスティさんが周りから好かれている要因なんだろうなぁ、なんて今更思う。
……まあ、ナスティさん本人が、こうして一緒に歩くことを楽しんでるのかも、なんて思わないわけでもない。
先日ああいう事があったのだ、自意識過剰ということは決して無いだろう。
それだけに、どういうスタンスでいるべきか悩ましいところなんだけどね!
ともあれ、他愛も無いおしゃべりをしながら、私達は王都中心部から少し離れた、岩場の多い海岸へとやってきた。
岩場が確かに多いのだけど、小さな港湾施設は整備されていたりする。
こっちは、セイレーンさん達を始めとする海の魔物、魔族達が海産物を水揚げしたり、逆に地上の品物を買ったりする売買でよく使うらしい。
船を使わないといけない人間と違って、泳げる種族の人達はこういうざっくりした施設で十分なんだとか。
実際、今日待ち合わせをしていたセイレーンさん達も、若干荒い波を気にした風も無く、海の中で待ってくれていた。
「あ~、ナスティ、アーシャ先生、来た来た、おっそ~い!」
「あ、あはは、すみません、お待たせして」
海の中からセイレーンさんの一人が声を上げて、私はぺこぺこと頭を下げた。
待ち合わせの刻限には間に合ってるはずなんだけど、そのさらに前から、セイレーンさん達は待ってくれていたらしい。
それだけ楽しみにしてくれてたのかな、と思うとちょっと嬉しくもあるんだけどね。
「ほんとだよ、朝から待ってたのに!」
「それは早すぎですよね!?」
ぷんすか、とふくれてるセイレーンさんに私は思わずツッコミを入れる。
約束は、午後の昼下がり、大体3時くらいの約束だったんだけどなぁ!?
と、私をじぃっと見つめていたセイレーンさんが、きゃはっと急に破顔した。
「あはは~、冗談冗談! 流石に来たのはお昼過ぎだよ~」
「あ、焦った……それでもちょっとお待たせしちゃってますけど」
そう言いながら、もう一度頭を下げて、改めてセイレーンさん達を見る。
赤、青、黄色に緑色、ピンクの人もいるなぁ。
色とりどりの髪の毛が波間に漂っている光景は、ちょっと幻想的だ。
確かにこの髪色だったら、おしゃれしたらさぞかし可愛いだろうなぁ。
「……せんせ、鼻の下が伸びてますえ?」
「えっ、いや、そんなことはないですよ!?」
唐突にナスティさんの冷たい声が聞こえて、私はびくっと背筋を伸ばした。
うん、下心とかじゃない、可愛いだろうな~って愛でる気持ちだ、そうなんだ。
「ほんまやろか。せんせの手の早さはこの島一やし」
「どちらかと言えば私、出された方じゃないかな~って思うんですけどね!?」
だって、基本的には私、迫られた方だからね?
最終的に踏み切ったのは私だけど、大体アプローチは向こうからだったもの!
……だめだ、この言い訳は最低野郎の台詞だ……。
なんて二人で言い合っていたら、焦れたのかセイレーンさんが一人、桟橋に身を乗り出してきた。
「も~! 二人でいちゃついてないで、早くあれ見せてよ~!」
途端、お見事な部分がぷるんと揺れる。
いえ、なんのことかはわかりませんが。
前も言ったけど、セイレーンさん達は海で生活する種族だ。
だから、服を着る文化がないんだよね。
つまり、常に上半身は裸。
それが今、明るい日差しの中、全く隠すこともなくさらけ出されているのだ。
流石にちょっとこう、刺激が強い。
こういうのを緩和するためにも、この水着は必要なことなんだろう、きっと。
「はいはい、わかりました。
これが、皆さんにも着られるようにと作った服なんですけど、どうでしょうか」
そう言いながら私は荷物の中から、数着の水着を取りだした。
水着、と言ってもトップスのみ。
セイレーンさん達は下半身が魚なので、水着はトップスだけでいいんだよね。
これが、いきなりセパレートタイプの水着を作った理由でもある。
色は、黒と赤、青、黄色。
原色強めだけど、何とか多分落ちにくいんじゃないかなって染料で染めることができた。
デザインは、ところどころにフリルやリボンをあしらって、多分水の中でひらひらとしてくれるんじゃないかな、というもの。
動くにくくなったら本末転倒だから、それらは割とシンプルなものになっている。
現代日本の水着からしたらシンプルなものだけど、セイレーンさん達にとっては新鮮だったらしい。
おお~と感心したような声を上げると、みんな桟橋へと身を乗り出してきた。
……とても、壮観です。いえ、何のことかはわかりませんが。
「わ~、綺麗な色~! これ、どうすればいいの!?」
「あ、えっとですね、こうやって着てもらえば……」
と、私は実演しながら教える。いや、私は服を着たまま、なんだけどね。
大体、私のサービスシーンなんて誰も喜ばないだろうし。
……いや、そうでもないか。うちの奥さん達は喜んでくれるかも知れない。
後。と、ちらり、ナスティさんを横目で見たり。
「ん? せんせどないしたん?」
「いえいえ、なんでもないですよ~」
私は慌てて首を横に振り、またセイレーンさん達の様子へと視線を戻した。
皆それぞれに水着を手に取って、早速着替えている。いや、着始めている。
中には上手く着られない人もいて、それを同じセイレーンさんが教えてあげて、なんて光景もあった。
……実に眼福です、ありがとうございます。
もうずっと私自身が百合の渦中にいたせいか、こうしてゆっくりと百合百合しい光景を堪能する機会がなかったからねぇ……。
ああ、やっぱり可愛い女の子達がきゃいきゃいと戯れている姿は、心が洗われる……。
……ナスティさんから白い目で見られている気がするけど、気にしない。
「あ~、やっぱり黒は人気ないですねぇ」
「それは仕方あらしませんやろ。一番の売りが、透けないってことですし」
残った水着を見て、私とナスティさんは納得したように頷く。
予想はしてたけど、やっぱり色鮮やかな方が好まれるみたいだ。
何とか、パステルカラーとかそういうのも作ってあげたいなぁ。
でも、その辺りはもう、ステラさんのとこの人達にお任せするか、ナスティさんにお願いするか、だろう。
いくら何でも、私だって染料を合成する知識は無い。
なんて私達が言い合っていると、ばしゃんと大きな水音がした。
見ると、早速セイレーンさん達が水着を着て海の中を泳ぎだしている。
「おお~、流石、すいすいと泳ぎますねぇ」
「せやねぇ、浅いとこはあんま泳がへんはずやから、こないはっきり見えるんは珍しいですわ」
言いながら、ナスティさんは目を細めて眺めていた。
セイレーンさん達が泳げば、色とりどりの髪がその後を追って流れていく。
真っ直ぐに、あるいは戯れるようにジグザグに、ターンを決めたりしながら。
その度に髪が踊り、そしてアクセントとして水着の色が映える。
「あはは~、先生これ、面白いね!」
どうやらセイレーンさん達にとっても、それは新鮮だったらしい。
波間から顔を出して、満面の笑顔を向けてくれる。
「よかった、それは何よりです!」
私は、桟橋の上で両手を口に添えながらセイレーンさんに笑顔で応えた。




