マーメイドの憂鬱
「で、なんでそんな破廉恥な服を作らせたのさ」
まだ若干衝撃が抜けきっていないのか、それとも私のこんな格好をクリスやクラウディアさんに見せたのが不満なのか、ノーラさんが若干唇を尖らせながら聞いてきた。
普段と違うノーラさんのそんなとこ、可愛い。
いや、そうじゃなく。
「まあ、これには色々理由がありまして……。
まずこの服なんですけど、水の中で泳ぐための服なんですよ。
だから、こんなに露出してるんです」
「……へ? 水の中を泳ぐための服?
確かにその格好なら泳ぎやすそうだけど……なんでまたそんなものを? アーシャは別に泳がないだろ?」
と、ノーラさんが不思議そうに小首を傾げる。
なにせこっちの世界の私は山育ち、川で水遊びくらいはあるが、泳ぎだとかはとんとした覚えがない。
何より、自分で言うのもなんだけど、今の私は多忙で、水遊びなんてしてる暇も無い。
……それはそれで問題だとは思うのだけれど。
ともあれ、これを作った理由はまた別物だ。
「ええ、だからこれ、私のために作ったんじゃないんですよ。
実はですね、先日寒天で色々協力してもらったセイレーンさん達からお願いをされまして。
『私達も服を着てみたい、おしゃれしてみたい』って」
「なるほど、言われてみれば確かに、彼女達は基本的に全裸。
今まではそれを気にしていなかったけれど、ということ?」
合点のいった顔で聞いてくるドミナス様に、私はこくりと頷いて返した。
「そういうことです。
今までは大して気にしてなかったみたいなんですけど、ここのところ取引先の人達が段々おしゃれになってきてるから気になってたみたいで」
セイレーンさんは、上半身は女性、下半身は魚という、いわゆる人魚みたいな姿の魔物だ。
魅惑的な歌を歌い、そのあまりの上手さに船乗りが魅了されて船が難破する、だなんてことも言われている。
実際の彼女らは、単に歌うことが大好きなだけの朗らかで気さくな人達なんだけどね。
そんな彼女らは、基本的に肉食。
魚を獲って食べて生活してるんだけど、人間がこの島に住みだしてから、獲った魚を売りに来たりもしてるらしい。
で、それで得たお金で海にはないものを買って行ったりしてるのだけど、そんな彼女らが最近気になっているのが、おしゃれになってきた人間達の、色とりどりの服装というわけだ。
「そりゃまあ、海の中で生活してるんだから、本来服なんか邪魔だよねぇ。
むしろ着てることが命取りになりかねないし」
話を聞いてノーラさんも納得したのか、うんうんと頷いている。
着衣水泳をやったことがある人ならわかると思うけど、水を吸った衣服っていうのは、動きにくいなんてものじゃない。
身体にまとわりついて動きを阻害する上に、それ自体が凄まじい抵抗を生む。
だからまともに水をかくこともできなくなるし、むしろ海の底に引きずり込む重りにすらなってしまう。
当然、海で魚を獲って暮らすセイレーンさん達は、動きを阻害するような衣服を着る習慣はなかったわけだ。
「ですよねぇ。でも、おしゃれしたいな~って気持ちはあったんですよ、きっと」
そして、私ならなんとかできるんじゃないか、って思って言ってきたんだよね、多分。
何しろ私ときたら、もうすっかり発明家として有名になってしまってるからさ。
私のことをあまり知らないだろうに、そんな噂に縋って頼ってこられたりしたら、さぁ。
「それでアーシャのいつものお人好しが発動したと。
……流石にこれ以上たらすのはどうかと思う」
「待ってください、そんなつもりはないんですって!
純粋になんとかしてあげたいだけで!」
呆れたようなドミナス様の言葉に、私は思わず反論する。
さすがに色々と主に夜が大変な生活をしているんだ、これ以上ややこしいことにするつもりはない!
ないんだってば、ほんとほんと!
だけど、そんな私に向かって、ノーラさんがゆっくりと首を横に振って見せた。
「そうやっていっつも純粋な気持ちでしか行動しないから、こうなってるんだっての……」
ふぅ、と重々しいため息を一つ。
ドミナス様だけでなく、クリスやクラウディアさんまでうんうんと頷いてるし……なんでだ、納得いかない!
「いや、だって、下心とかないんですよ? たらしたいなぁげへへとかないんですよ?」
「むしろそれが厄介なんだとクリスちゃんは思うな~。『私のこと純粋に心配してくれてるのねっ』って感じで」
「な、なん、だと……?」
割とガチなトーンで言うクリスに、私は愕然としてしまう。
隣のクラウディアさんも、呆れてるような申し訳なさそうなような、微妙な表情で同意を示している。
「そういう下心のなさが、母や皆の心を打っているとは思うのですが……純粋なだけに、たちが悪いと言いますか」
「クラウディアさんまで!?」
「はい、申し訳ありませんが……今ここまでの会話の中で、水の中でも着られる服を開発して、今後セイレーンとの関係を優位に進めよう、といった類いのお考えはありませんでしたよね?」
「……あ。その手があったか!」
クラウディアさんの説明に、私は今更ながらに気付いて、思わず声を上げた。
今後、寒天を安定的に生産するためにセイレーンさん達の協力は必須だ。
なんなら海中テングサ農場的なものすら作りたいくらいだけど、そんなことも、セイレーンさん達が協力してくれたら十分可能なくらい。
そして、確かにそうやって恩に着せるって方法があったよ! やりたくないけど!
「今更気付いてるし……ここまで全部天然って、ほんっとたちが悪いよねぇ」
「おまけに、恩を売るとかやりたくないって顔に書いてある」
ノーラさんとドミナス様が、こそこそとなんか言い合ってる。
う、うるさいなぁ、仕方ないじゃないか、性格なんだから!
「い、いや、でもセイレーンさん達のためだけじゃないんですよ?
水夫の人達のためでもあるというか、先々のためというか」
「ふぅん、どんな理由なのか、一応聞かせてもらおうかな?」
くそうクリスめ、めっちゃ投げやりだ。
でもでも、一応もう一つもちゃんとした理由なんだぞ?
「今後さ、貿易が本格的に始まったら、どんどん水夫さんが必要になるじゃない。
でも、ほとんどの人はちゃんと泳ぎを習ったことないでしょ?
っていうか、水夫さん達の中にも泳ぎが危うい人いたし……」
これは、こないだ船でキルシュバウムに渡った時に気付いたことなんだけどね。
何しろちゃんとした水泳教育なんてあるわけもないので、大体は何となくで身につけた泳ぎ方。
中には、海辺の街で育って仕方なしに水夫としての技能を身につけたけど、泳ぐ機会はなかった、なんて人もいた。
そりゃまあ、水着なんてものが無いこの時代、泳ぐとなればほとんど全裸に近い格好だ。
そんな格好を人前でするなんてとんでもない、ってことで、泳ぎを身につけられなかった人も少なくない。
「だから、泳ぐ訓練をして、泳げる人を増やすべきだと思うんだよね。
まあ、この国の船ならそうそう難破とかしないし、むしろ難破する状況だったら、個人の泳ぐ能力なんて無意味かも知れないけど……。
少なくとも、何かの拍子に海に落ちても助かる可能性が上がるわけだから、無駄じゃないと思うんだ」
これもまあ、一種の予防と言えばそうだろう。
この国の外洋船は、本当にこの世界のものとしては破格の安定感なんだけど……それでも、さすがに外洋の波は荒く、揺れは相当だった。
当然、万が一ってことは今後増えるだろうから、その前に全員、せめて海に落ちても浮いていられる程度の状況にはしたいんだよね。
と、ここまで説明したところで、クリスが何か言いたげな顔をしていた。
「え、何その顔。一応納得いく説明したつもりなんだけど」
「うんうん、納得はしたよ。でも、やっぱりここまで、まったく下心ないんだよねぇ。
どう思います、皆さん」
呆れたような顔でクリスが振り返れば、ノーラさんとドミナス様がコクコクと頷いて返す。
「有罪」
「有罪」
「申し訳ありませんアーシャ様、有罪と言わざるを得ません」
「クラウディアさんまで!?」
なんかよくわからない罪で有罪になった私は、思わず声を上げたのだった。




