昨夜もお楽しみでしたね
アラクネーさん達から糸をもらって、ついでに関係各所に色々とお願いをした、翌日。
いつも通りに午前中で薬師としての仕事を終えた私は、今日はスクーターで王城へとやってきていた。
やっぱり今日も正門を、顔パスである。
そしていつもの場所にスクーターを停めた後、今日は王城にあるドミナス様の研究室へと向かった。
もちろんドミナス様も自宅に研究室兼自室を持っているのだけど、そっちは比較的軽め、あるいはぱっと思いついたものを試すため、なことが多い。
だけど、島国で国防の要が魔術であるこの国では、魔術関係の責任者であるドミナス様の研究は軍事機密的なものも少なくない。
なので、そういった研究はこっちの王城にある研究室でやっているのだ。
「ドミナス様、アーシャです」
「あ、うん、入って」
研究室のドアをノックして、許可を得てから入れば、ぽふんと身体に感じる衝撃。
ドアを開けて中に入った途端、待ち構えていたドミナス様が抱きついてきたのだ。
さすがにもう慣れっこになった私は、その衝撃をしっかりと受け止め、抱きしめ返す。
「もう、駄目じゃ無いですかドミナス様。
いきなり抱きつかれて、私がこけたりしたらどうするんですか」
「大丈夫。アーシャがこけたら、そのまま優しく押し倒してあげるから」
「それ全然大丈夫じゃないですよね!? ここ王城ですから!」
平然と答えるドミナス様に、私は思わず声を上げてしまう。
流石に、結婚したことは周知のことだから、王城内でもスキンシップくらいある程度は許されよう。
とはいっても、ある程度はある程度。挨拶のハグくらいならまだしも、人目のある廊下で押し倒すだなんだは許されまい。
特に最近のドミナス様は、こう……色々覚えてしまってるから、なぁ……。
ていうか。
「ていうかそもそも、昨夜あれだけしましたよね!?」
そう。ローテーション的に、昨夜はドミナス様の日だった。
いつもならドロテアさんとかが混じることも少なくないのだけど、流石にしばらく留守にしていたせいか、昨夜は私を独り占めしたかったらしい。
……いやさ、そんな可愛いこと言われたら、こっちも盛り上がっちゃうじゃない?
我ながら、今朝はよく寝坊しなかったものだと思うよ……。
そんな私の抵抗に、なぜかドミナス様は恥じらうかのように頬を染める。
「アーシャ、こんな人に聞こえる場所で、そんなこと言うのは……」
「あ。……いや、だったら最初から押し倒そうとかしないでくださいよ!?」
ドミナス様に指摘され、私も思わず顔を真っ赤にしながら言い返した。
つまり、さっき私は『さくやはおたのしみでしたね』を自分で暴露したことになる。
さすがに、いくら色々とばれてしまっているとはいえ、赤裸々に自分から言ってしまうのはご遠慮したい。
したかった。もう、手遅れだけど。
「おーい、いつまで遊んでのさ」
などと私とドミナス様がわちゃわちゃしていたら、研究室の奥からノーラさんが呆れたように声をかけてきた。
「ふ、何、妬いてるの?」
「そこで煽ってどうするんですか!?」
むしろ得意げなくらいの顔で言い返すドミナス様に、私は思わず突っ込みを入れる。
だが、ノーラさんは動じず、むしろ笑顔を作って。
むんず、とドミナス様の首根っこを掴んで、ぐいっと引っ張った。
いくら快活になったドミナス様とは言え、さすがにノーラさんの腕力とは比べものにはならない。
あっさりと私から引き剥がされ、ぷらん、とつり上げられた。
「ちょ、まってノーラ、王族相手にこの扱いは問題」
「大丈夫、問題ないですよ。陛下から、これくらいやってもいいってお墨付きもらってますからねぇ。
それにほら、ある意味婦婦喧嘩……いや、あたしとドミナス様だと微妙に違うか?
ともかく、家庭内の問題ですからねぇ」
じたばたと暴れるドミナス様を意に介さず、ノーラさんは余裕の笑みである。
……っていうか、凄いな、ほんと。
小柄で細身とはいえ、ドミナス様の体重は多分40kgとかそれくらいはあるはず。
その上、あれだけ抵抗しているのだから、腕に掛かる負荷はそれ以上のはずだ。
だというのにノーラさんは片腕で、涼しい顔をして持ち上げている。
ドワーフの中でも飛び抜けた身体能力を持っているのは知っていたけど、改めて見せられると、ちょっと驚く。
そして、ときめく。いや、何言ってるのかな私。
「わかった、私が悪かった。謝るから、降ろして」
「……ん~……微妙に反省しきってない感じがしますねぇ」
「くっ、さすがはノーラ。って、まって、揺らさないで、振り回そうとしないで」
ドミナス様の返答を聞いてノーラさんが微妙に腕を揺らし、ドミナス様がわたわたと慌てる。
あ~……これは、単にじゃれあってるだけだな。
そう判断して、私は静観する。
やっぱり開発仲間だからだろうか、ドミナス様はドロテアさんやゲルダさん相手とはまた違う気安さを、ノーラさん相手に見せることが増えた。
結婚して家族になったから、というのもやっぱりあるのだろう。
……っていうか、王族相手に割かし無体なことしていいとか、許可出す魔王様も魔王様である。
まあ、それだけノーラさんのことを信頼してるってことでもあるんだろうけど。
とはいえ、このまま放置していても話が進まないしね。
「は~い、ノーラさんもそこまでにしましょ。
検証しないといけないことはそれなりにあるんですし」
「アーシャがそう言うなら、仕方ないねぇ」
私がパンパンと手を打ちながら介入すると、ノーラさんは仕方なく、といった風情でドミナス様を降ろした。
やっぱり、本気で悔しがってるとかもない辺り、じゃれ合って楽しんでいたのだろう。
「もう……ノーラの馬鹿力」
ぶつくさ言いながら、ドミナス様がちょっと乱れた髪を手で撫で梳いている。
まあ、ちょっと顔が緩んでるあたり、本音は違うものみたいだけど。
「お? まだ高い高いが足りなかったみたいですね?」
「いやいや、もう十分、十分だから。それにほら、時間が勿体ないし」
それをあなたが言いますか、とは思ったけど、ぐっと飲み込んだ。
私はクールな女、任務達成のためならば私情も飲み込む。
……全然飲み込めてなかったじゃないかって?
そんな昔のことは忘れたなぁ。
ともあれ、やっと今度こそ、今日実験する内容に取りかかれる態勢になった。
後は、ちゃんと実験結果が出るかどうか、だなぁ。
そう思いながら、私は用意していた材料を机の上に置いた。




