船出狂騒曲
「はぁ……潮風が気持ちいいなぁ……」
甲板に立ち尽くしていた私は、唐突にそんなことを呟いた。
ひらり、ひらりと私の髪に付いていた花びらが揺れながら落ちていく。
シャァァ……と、よく研がれた鋏で布を切っていくような小気味良い音に身を委ねながら、船が水を切る音ってこんな音なんだ、と感心したり。
外洋航行するフェリーに乗ったことはあるけれど、あの時はこんな音をしていなかった。
というか、外に出ると意外と音するんだよね、船って。多分ボイラーの音だったんだと思うけど。
けれど、この船は電気式ならぬ魔力式のスクリューによって動いている。だから、立てる音は静かなもの。
その結果、前世では聞いたことがなかった、船が水を切る音、を聞くことができていた。
もしかしたら、原子力空母とかだったら聞こえたのかも知れないけど……一般人だった私に、そんな機会があるわけもない。
いや、そもそもそんなでかい船だったら、全く別の音がしそうだけど……。
なんてことを思いながら、前髪にくっついていた花びらをひとひら、指で摘まみ取る。
「いやぁ、凄いお見送りだったねぇ」
黄昏れていた私に、どこからともなく現れたノーラさんが背後から笑いつつ声を掛けてきた。
ゆっくり振り返った私の顔は、きっと疲れ切っていたんじゃないかな、と思う。
少なくとも、応じたときに出てきた声は、絞り出すようなものだったし。
「ほんとうに、凄かったですね……どこかの誰かさんは気がついたらいなくなってるから、私一人で受け止める羽目になったし」
恨みがましい視線を向けてしまうのは仕方ないと思う。
そして、そんな私の視線をにこやかに受け止められるノーラさんは、さすがとしか言い様がない。
まあね、薄々とは、そうじゃないかな~とは思ってたけど、お見送りは凄いことになってしまった。
家庭内の話をすれば、その前から凄いことになったのだけど。
私とノーラさんが大陸に行って交渉やら色々することになったと聞いて、皆の反応はそれぞれだった。
まあ、予想通り一番反応したのは、ドミナス様だったのだけど。
「まって、それはおかしい。
ノーラが必要ならば、私も行くべき」
と、かなり強硬に主張した。
また、その主張自体には説得力もあったのだけども……。
「気持ちはわかるがの。妾につぐ魔力を持つそなたが行けば、それは人間世界への宣戦布告と取られるじゃろ」
と、魔王様に諭されて、さすがに断念してた。
そうなんだよね、ドミナス様ってばこの二年あまりでぐんぐん成長してて、魔力ももはや魔王様に比肩するくらいになっちゃってるんだ。
そんな魔力を持つドミナス様が大陸に行っちゃえば、キルシュバウムはもちろん、隣国やその向こうの魔術師達に察知される恐れがある、らしい。
魔術の使えない私にはいまいちピンとこないけど、ドミナス様の魔力はそれくらいの存在感があるのだとか。
だから当然……。
「ということは、私も護衛として行くことは難しい、と」
「そうじゃな、相当に離れた場所に待機するくらいならば、あるいは、じゃが……一日やそこら、海の上でホバリングしておくかえ?」
そう問われて、ゲルダさんは曖昧な笑みを浮かべただけだった。
でも私にはわかる。あれは、なんとかできないかな、と思っている時のゲルダさんの顔。
離れたところの海上で待機する方法を考えている、そんな気がする。
そりゃ私だって、ゲルダさんに護衛された方が安心だけどさ。
あんまり無茶はしないで欲しい、とも思う。
……無茶して駆けつけられたら、それはそれでときめくんだろうなぁ、とも思うけども。
ちなみにドロテアさんは、めっちゃ行きたい顔してたけど、口には出さなかった。
魔王様のお側を離れるわけにはいかないし、それを最優先するって結婚前に言ってたしね。
でも、ぐらついてるのを見てちょっと嬉しかったのは内緒だ。
ともあれ、現時点では、早々無茶なことはしない予定だし、刺激しないように、という滞在計画で進めている。
ただ、刺激しなければいい、というわけでもなくて。
「なら、私が行くのは問題ないよね?」
とキーラがさらっと入ろうとしたのだけれど、それは魔王様も予想してたみたいだ。
「何を言うておる、そなたは護衛だとかには向かぬであろ。
であれば、そなたが島を離れる損失の方が大きい」
反論できなかったキーラは、すっごく恨みがましい目で魔王様を見ていたけど、流石に魔王様は動じてなかった。
そして、そのままだと闇墜ちしそうだったので、私が家に帰ってから慰めたのだけど……色んな意味で。
その結果、また色々調整の必要が出たのも致し方ないところ。
……五倍頑張るって、大変なんだなぁ……なんて思ったりもした。
そんな感じでごたごたあった上に、私もノーラさんもそれなりの役職についているので引き継ぎやら一週間留守にするための準備やらで大わらわ。
そんなことをしてる内に、私達がしばらく外に行く、ということが結構知れ渡ってしまったらしい。
「アーシャ様、どうかご無事で!」
と、三人娘を始めとする信者の皆様が総出でお見送りに来たのは……正直、数日前から予想はしてた。
結構早い段階で勘付かれたような気はしてたから。
全員総出で純白のハンカチを振ってたのは、さすがにびっくりしたけど。
純白は、アーシャ教のシンボルカラー、らしい。当の私が知らなかったんだけど。
確かに、段々人数が増えてきて薬師の組織が大きくなっていく過程で、白衣を導入したのはしたんだけどね。
だからって、それがシンボルカラー、っていうのは……少なくとも私は真っ白な人間なんかじゃないぞ?
とは思いつつ、偶像的立場としての私は、純白イメージであった方がいいのもわかってる。
なので、恥ずかしながら受け入れてはいるのだ。
でも、総出で振られるとインパクトが凄くて、やっぱり禁止しようかな~とは思っちゃったのは許して欲しい。
そして、見送りはそれだけじゃなかった。
船の上からでもわかる、巨人族の皆様。
フォレストジャイアントの族長さんまで来てたのは、さすがにどうかと思ったよ!?
クリスをはじめとするお針子の皆様にクラウディアさんとアラクネーの皆さん。
……結婚式以来の大人数に、うるっと来たのは内緒だ。
そして、私の髪にくっついてる花びらの正体なんだけど、これはすっごく意外だった。
「あっはは~、アーシャ先生、気をつけていってらっしゃい!」
とお気楽な声で空を飛び回りながらフラワーシャワーで見送ってくれたのは、ハーピーの皆様だった。
私達の結婚式以来、私に興味を持ってくれたらしくて、私の作ったお風呂や石鹸を使ってみてくれたらしい。
そしたら、それはもう気に入ったらしくって。
「あたしの羽がこんなに綺麗なのは先生のおかげ!
先生大好き!」
こんな熱烈アピールである。
いや、決して側室候補とかそんなんじゃないよ?
LOVEじゃなくてLIKEだから。
……じゃなかったら、また家族協議になっちゃうよ……。
そんなこんなで、私達の見送りは予想外に膨れ上がってしまい、その人達向けのスピーチもする羽目になり……。
気がついたら姿の見えなかったノーラさんが出てくるくらい、こうして外洋に出た今、やっと落ち着けた、というわけだ。
「まあまあ、とりあえずこうして一段落ついたんだしさ?」
「それはまあ、そうなんですけど。ちょ~っとくらいは恨み言の一つも言いたくなるじゃないですか」
「いやぁ、人徳のないあたしにはわからない悩み事だねぇ」
とか言いながら、ノーラさんだってドワーフの皆様総出で見送られたんだけどね。
何しろ船での遠出、という時点で死の可能性がちらつく世界だ。
みんながナーバスになるのも仕方ないし、あの見送りも仕方ないところ。
……正直、この船なら心配はいらないんだろうけど、とか思わなくもないけども。
「じゃあ、今度悩みを共有できるようにしてあげますね!」
潮風に煽られて暴れそうになる髪を抑えながら、私は意地の悪い顔でノーラさんに舌を出したのだった。




