先の展望
強烈なキスこそあったものの、さすがに魔王様がもう少ししたら来る、という状況であまり派手なことはできない。
なので自重して、軽めのキスだけで終わった。
終わったはず。
なぜか二人とも上気した顔になってたり、瞳が潤んだりしてたけど、自重はしてた。
……あれ、これもしかして、今夜ヤバイんじゃないの?
ドロテアさん、ここまで盛り上がっておきながら、お預け状態なわけだから。
そこに、ドミナス様と二人がかり、だと……これは、心して迎撃せねば……。
などと悶々としている内に、ドロテアさんは軽く乱れていた服を直し、髪を手櫛で整えた。
そして今度は私へと手を伸ばし、私の襟元や髪の毛も整えてくれる。
「うん、これで陛下にお会いしても問題はないでしょう」
「あ、ありがとうございます、ドロテアさん。そろそろ、陛下をお迎えに?」
「ええ、休憩も終わる頃でしょうから。では、また後ほど」
頷いたドロテアさんが、顔を寄せてきた。
その意図するところをくみ取った私は、目を閉じて受け入れる。
軽い、今度こそ挨拶の軽いキス。
触れるだけのそれを交わした私達は、間近の距離で微笑み合う。
「はい、また後で。いってらっしゃい、ドロテアさん」
「ええ、いってきます、アーシャ」
言葉を交わし、ドロテアさんは身体を離して、魔王様をお迎えに、部屋を出た。
「いや、誤魔化そうとしてもバレておるからな?
むしろ誤魔化すつもりがどこまであるのかえ」
入ってくるなり、魔王様の強烈な突っ込みが入る。
そっかぁ、やっぱりバレバレでしたか……。
一応、見た目ではそこまでわからないと思うんだけどなぁ?
「服の乱れだとかは直っておるが、そなたとドロテアの醸し出す雰囲気で丸わかりじゃ。
まったく、仮にもここは王城、公共の場じゃぞ?」
「返す言葉もございません……誠に申し訳ございません」
と、私は縮こまりながら謝罪する。
おっしゃることはごもっとも、さすがにちょっとやりすぎちゃったかな、と反省。
いや、やられすぎたというのが正確ではあるのだけれど。
そんな私とは対照的に、ドロテアさんは落ち着いたものだった。
「さすが陛下、おっしゃる通りでございます」
「……なんじゃドロテア、妙に素直で気味の悪い……」
「いえいえ、そんな人聞きの悪い。
ただ、三年前のある夏の日、陛下とグレース様がこの部屋に入られた後……」
「よしわかった、この話はここまでじゃ、よいな!」
あ、打ち切られた。
ドロテアさんが暴露しかけた、っていうかもうほぼ暴露しちゃった話、もう少し詳しく聞きたかったんだけどな。
しかし、いかにこれだけ魔王様と打ち解けたとは言え、そこまで突っ込んでいいかはわからない。
……後でドロテアさんに聞いておこう。
「まあ、それはともかくじゃ。
アーシャや、今日そなたに来てもらったのは、他でもない。
これからの方針について、そなたの意見が聞きたいのじゃ」
「え、これからの方針、でございますか?」
魔王様の言葉に、私は思わずオウム返しをしてしまう。
普段は技術的なことやその応用について聞かれることが多いのに、今日はそんな概念的というか、ある意味正解がない話を聞かれるとは。
ていうか、あまり政治的な部分には関わってなかったんだけどね。
若干困惑している私に対して、魔王様は言葉を繋げる。
「うむ、今後どうすべきか、という部分に関して、じゃ。
そなたも知っての通り、この国はこの二年あまりで急激に生産力が伸びた。
あまりに伸びが良すぎて、国内の需要を満たしてあまりあるところまで生産しようとしておる勢いじゃ」
「はい、それは確かに存じております。
……ということは、それらの輸出を考えておられる、ということでしょうか」
私の言葉に、魔王様は頷いてみせる。
「うむ、腐らせるのも勿体ない、さりとて生産を抑えるのも勿体ない、と思うてな」
「そうですね、それは確かにおっしゃる通りかと思います。
また、大量生産しているからこそ、磨かれる技術もありますし……」
実際、機械的、工業的に生産することで各種効率も上がり、元々ホワイトな労働環境だったこの国は、さらに働きやすい国へとなっている。
もちろん、生産力を落とすことが、労働環境の悪化へと直結するわけではないだろうけれど、懸念する気持ちも当然だ。
となると、余剰生産物を外へ、というのはわかる、のだけど。
「ですが、その、申し上げにくいのですが……この国の品物を買ってくれそうな国が、あるのでしょうか」
そこが最大の問題だ。
踏み入れただけで呪われるとまで思われているこの国からの輸出品。
購入してもらえるのかは正直怪しいところだ。
いや、人間は呪われると思われていても、非人間の物品はまた別物、とかの扱いだったりするのかなぁ。
しかし、それくらいのことを、当然魔王様が考えていないわけがなかった。
「その点は心配要らぬ。実は以前からキルシュバウムに密使を送っておってな。
どうやらあちら側も、受け入れはしてくれるようじゃ」
「キルシュバウム……あ、グレース様の」
言われて思い出したけど、グレース様は元々人間の国の王女様。
グレース様以降キルシュバウムは生贄を送ってきてない、ということは、こちら側の言うことをある程度は聞いてくれる素地はある、ということでもある。
「でしたら、キルシュバウムでの消費、あるいは経由して他国へと動かせたら、問題はなさそうですね」
「うむ、もちろん細かな問題、課題は見つかるであろうがの。
さて、そこでそなたに聞きたいことなのじゃが。
輸出に際して、これを輸出した方がいい、というものはないかえ」
「はい? 輸出の品目、ですか?」
「そうじゃ。そなたの知る歴史の中で、交易が上手くいった例など知っておれば、と思うてな」
「な、なるほど……」
そう言われて、もちろんすぐに浮かんでくるものがあった。
いけるかな? 多分、いけるんじゃないかな?
「そういうことでしたら……現状を考えますと、木綿の布を輸出するのもありかと考えます」
「布? なるほど、それは考えなんだが……確かに、面白いやも知れぬ」
私が提案したのは、かつてイギリスが世界中に売り込んだものだった。
そのためにインドから綿花を買い占めまくった上で布を売り込むとかいう外道なことをした、というイメージがあるんだよね……。
魔力式モーターは、もちろん布を織る機械、にも組み込まれている。
かつて手作業で機織りをしていたのに比べたら、圧倒的な速さと均質さで織っていくことができるようになった。
その分、ステラさんとこの子達は、刺繍やら裁縫やらで腕を振るってるみたいだけど。
……クリスは猛威を振るってるけど。
綿花ももちろん生産が増えているから、布の生産はかなりの量になっているはずなんだよね。
「布でしたら、軽くて、多少濡れても問題無く、需要は間違いなくどこにでもあります。
こちらの布は、他国が比べものにならない速度で織れますから、安くて高品質、というのも魅力的ですし」
「海を渡って運ぶに都合良く、需要もある、というわけじゃな。
よかろう、検討することにしよう」
「ありがとうございます。
また、個人的には石鹸も輸出できれば、というところでしょうか。
後、もっとシンプルなところでは、塩の輸出もよろしいかと」
塩の需要も言うまでもないし、塩の相場を破壊しない程度の値段で売れば、利幅は相当にでかいはず。
石鹸は、薬師がどんどんいなくなっている大陸で、せめて清潔にして病気が減らせれば、という医師としての気持ちだったりする。
「ふむ、なるほどな。
ほんにそなたは、色々と気の回ることよのぉ」
「あ、あはは……恐縮でございます」
気が回るというか、それこそ前世の知識のおかげなんだけどね。
だから私は、魔王様のお褒めの言葉にちょっと困ったような笑みを返すのだった。




