よもやの来訪者
ざっくり工房内を確認したが、つい数日前に掃除されたかのような室内は、普通に使う分には問題なさそうだった。
診察室として使えるような清潔な小部屋が欲しいところだが、それはおいおい考えるとしよう。
其の後ゲルダさんには水汲みをお願いし、私はどんな道具があるか、残ってる薬草はあるか、などの確認をしていく。
幸い、道具は使ったことがある、もしくは似たようなものばかりであり、これなら問題はなさそうだ。
薬草類もいい乾燥具合であり、状態は良い。
つくづく、誰かさんはこまめに面倒を見てくれていたのだろう。
「どうかな、アーシャ」
「あ、ゲルダさん、お疲れ様です。
そうですね、これなら最低限のことは明日からでも始められそうです」
水汲みを終えて顔を出したゲルダさんに、そう答える。
もちろん、乾燥させられない薬草類の在庫はないから、来る患者さんの状態によっては即応できないけれども。
痛み止め、解熱剤など、ひとまず症状を抑えるだけだったらできる、という薬草類はしっかりとあった。
……つくづく、ディアさんはできる人だったんだろうなぁ、と思わされる。
その後を継ぎ、これらの道具や薬草を使わせてもらうのだ、恥じないようにせねば。
そう、決意を新たにする。
とはいえ、本格的な活動は、明日からにはなるだろう。
「さて、と。一段落着きましたし……ちょっとお茶にしましょうか」
「ああ、それはありがたい。さすがに少し疲れたしな」
「……少しで済むんですね、そうなんですね」
そう言いながら、ちらりと水の入った瓶や、移動してもらった荷物類を見やる。
合計で50㎏くらいはあるような気がするんだけれど、気のせいかな?
それらを運び終えたゲルダさんは、いたって涼し気な顔なのだが。
まあ、半竜人であるゲルダさんは人間よりも筋力があるから、本当に大した労働でもなかったのかも知れない。
だからといって労う必要がないわけは、もちろんない。
幸い、茶葉も少しあったので、それでお茶を入れさせてもらおう、とした時だった。
コンコン。
表で、ドアノッカーが叩かれた。
「ありゃ、お客さんみたいですね。ちょっと出てきます」
「それなら私も一緒の方がいいだろう。私が紹介した方が話が早いだろうし」
というゲルダさんの言葉に、それもそうだと一緒に来てもらう。
「は~い、どなたですか」
と言いながらドアを開けると、そこには。
「ええと。先程ぶり、というか、なんというか」
「ありゃ、キーラじゃない。どうしたの、こんなところに」
そう、そこには、ここまで一緒の船で運ばれて先程一度別れた、キーラが立っていた。
なんだか凄く困ったような顔でもじもじとしている。
「その、ここに来るように言われて」
そう言いながら、彼女は地図を示してきた。
差し出されたそれには、確かにここの位置が書いてある。
いやしかし、正確な地図だとは言え、よくこれ一枚で見知らぬ街を一人で歩いてこれたな。
「そうなの? ああ、立ち話もなんだし、入って入って。
ちょうどお茶にしようと思っていたところだし。
ゲルダさんも、それでいいですか?」
「もちろん。キーラの話も気になることだしな」
予想通り、あっさりと同意してくれるゲルダさん。
ありがとうございます、と笑い返すと、どこか遠慮がちなキーラを工房内に案内する。
テーブルに案内してゲルダさんにキーラの相手をしてもらいながら、まずはお湯の準備。
竈の口に薪を組み、火炎石と呼ばれる魔力を秘めた小石に私の魔力を通して、組んだ薪の間に置く。
しばらくすると、メラメラと火が立ち上がってきた。
魔術の使えない私でも、それだけで火を熾すことができるのが、ちょっと便利なところだ。
もちろん、かつてのガスコンロに比べれば不便なものではあるけれど。
特に、火力の調節はなんとかできないかな、と思わなくもない。
後、炭じゃなくて薪だと煤がなぁ……。
ともあれ、熾きた火の上に五徳を設置し、小鍋を乗せて、お湯が沸くのを待つ。
その間に茶葉とカップを用意し、市場で買ってきたクッキーみたいな焼き菓子を皿に並べた。
これは非常食のつもりもあって買ってきたのだけれど、まあまた買いに行けばいいことだ。
「なんだか、大分不安そうにしてたもんなぁ、キーラ」
そんな彼女の気持ちを少しでも落ち着けられるなら、これくらい安いもの。
準備が終わったところでお湯が沸いたので、小鍋に入れて少しだけ煮出す。
なお、ティーポットなぞはない。
ああ、買ってきたミルクとスパイス系の香りの薬草に砂糖も入れて、チャイ風にしてしまおう。
先に焼き菓子を持って行っておいて、
二人が待っていたテーブルにそれらを運んで、お茶を注いで回り、席について準備完了。
「さ、お待たせしました。どうぞ召し上がれ」
「ありがとう、遠慮なくいただくよ」
「えっと、ありが、とう」
慣れた手つきでカップを手にするゲルダさんと、ちょっとぎこちないキーラ。
う~ん、緊張している、という感じでもないのだけれど。
「それでキーラ、どうしてここに?」
「ええと……ドミナス様に言われて」
「ドミナス様?」
あれ、なんか聞き覚えがある名前ではあるぞ。
と思っていると、ゲルダさんが苦笑を漏らした。
「ドミナス……あいつめ、また悪い癖がでたな」
「悪い癖、ですか」
「ああ、ドミナスは魔術関係の責任者の一人で、魔術が得意な魔族や人間の魔術師を統率する立場にある」
「そういえば、キーラが行くように言われてたような」
「あ、うん」
ゲルダさんの話を聞いてキーラを見れば、小さく頷いてくる。
そうか、だから聞き覚えがあったのか。
「優秀だし、決して悪い奴ではないのだが……どうにも視野が狭いというか、なんというか。
自分の当たり前は他人の当たり前、自分にできることは他人もできるだろうと思う奴でね」
「……なるほど? もしかして、キーラに地図一枚渡してきたのは」
「恐らく、それで一人で来れると思ったんだろうな……感情を推し量るとかも苦手な奴だから。
だから、悪気があったわけじゃないんだ。その証拠に、この地図を見てくれ」
と、キーラが持ってきた地図を指さす。
言われるままに地図を見るけど……うん、正確なものだ、としかわからない。
……あれ? まてよ?
「地図? この工房に行くためなんていう限定的な目的の、こんな正確な地図?」
え、まさか。
「うん。キーラ、多分これは、ドミナスが書いたか魔術で出したか、どちらかじゃないか?」
「うん、書いてくれた。物凄い速さで」
「手書き? これ手書きなの? しかもその場で即興で??」
「うん」
キーラの返答に、私は驚きを隠せないまま、何度も地図とキーラの間で視線を往復させた。
うっそでしょ、こんな正確で細かい地図、その場でフリーハンドで書けるものなの?
魔王様といい、魔族にはチート級しかいないのか……?
「だから、無責任に放り出したわけじゃないんだ。
ただちょっと、相手がどう思うかとかに気が回らないだけなんだ……」
「な、なるほど……」
若干遠い目になるゲルダさん。多分ゲルダさん自身も似たような扱いを受けてきたんだろう。
よくそれでそんな責任ある立場を任されているなぁ。
でも、それで話が見えた。
「じゃあ、魔王様にお願いしてた補助系の魔術が使える人って、キーラなんだ」
ちょっと、ほっとしてしまう。
見知らぬ魔族の人よりも、多少は見知った人間のキーラの方がやりやすいのが正直なところ。
いや、魔力の量だとかは魔族の方が優秀なんだろうけど。
などと、思っていたんだけれど。
「う、うう……」
何気なくかけた言葉に、キーラは瞳を潤ませてしまう。
「え、ちょ、キーラ、どうしたの?」
慌てて腰を浮かす私に、なんでもないと言おうとして首を振っているが、全然なんでもなくない。
何か言おうとしては俯き、顔を上げる度に表情が歪み。
「私、ここでも役立たずだ……」
そう呟いて、ついにはボロボロと涙をこぼし始めたキーラに、私もゲルダさんも狼狽えることしかできなかった。




