ロマンスと現実と
泣きやんだドミナス様を抱きしめたまま、頭を撫でることしばし。
「一度、陛下のところに報告に行きましょうか。
今後のことも打ち合わせないといけないでしょうし」
「ん、そう、だね……これからのこと。
……ふふ、アーシャと、皆とのこれからのこと……凄く、楽しみ……」
ドミナス様のはにかむような微笑みに、私はまた心臓が止まりそうになった。
天使かな? いや、天使だね、間違いない!
こんな天使を、私がもらっちゃっていいのかな……いや、ドミナス様が良いというからには、いいんだ! そう思おう!
そんなことを、ドミナス様を抱きしめたまま考えることしばし。
「アーシャ、その……こうしてるのは、いいのだけど……行かなくていいの?」
「はっ!? あ、そ、そうですね、このままだと、まずいですよね!」
ドミナス様の声に私は我に返り、慌てて腕を緩める。
いかんいかん、天使なドミナス様のせいでトリップしちゃってたよ……。
それに、いくらなんでも魔王様をあんまり待たせるわけにはいかない。
いや、そもそも待ってるかもわかんないんだけど。お忙しいだろうし。
でもまあ、報告に戻って、いなかったらその時だ。
じゃあ、と思って腕を離すけども。
「……ドミナス様」
「うん? 何?」
「手、つないでいきましょうか」
そう言いながら、私は承諾の声も聞かずドミナス様の手を取る。
小さくて柔らかなその手を。
完全に予想外だったらしいドミナス様は、一瞬びっくりして。
それから、ふわっと微笑みながら、きゅっと握り返してきた。
「うん、つないで、いこう」
その表情に私は、ほっとする。
だってさ、腕離した瞬間、すっごく残念そうな顔するんだもの。
そんな顔されたら、せめてこれくらいはって思っちゃうじゃないか。
実際、それでまた、安心したような表情になるし、さ。
なんて心の中で言い訳しながら、最初に通された小部屋へと戻って行った。
戻ってみると、魔王様はまだ部屋にいらした。
そして、私とドミナス様の様子を見て、にんまりとした笑みを見せる。
「なんじゃ、存外戻りが早かったのぉ。
てっきりその場であれこれ始めるものと」
「陛下。それ以上発言されますと、グレース様に報告せざるを得なくなります」
「すまぬ、それは勘弁してくれ!」
唐突にぶち込まれる下ネタに、ドロテアさんがざっくりと容赦ない一撃を浴びせ、魔王様は口をつぐむ。
いや、いきなりぶっちゃけすぎでしょ、さすがに!
大体、天使なドミナス様に、そんなことはまだ早い!
……まだ早い、よね? でも、さっきのあの表情、色々教えちゃってもいいのかな、なんて……。
いやいや、だから落ち着け私!
「まったく……それで、どうやら上手くいったようですね、その様子ですと。
まあ、アーシャが変にヘタレでもしない限り問題ないとは思っていましたが」
「や、やだなぁ、そんな、いくら私でも、ここまで来て変なヘタレ方はしませんよぉ」
今まで踏ん切りつかずにヘタレてた自覚があるだけに、にこやかなドロテアさんの笑顔が痛い。
ま、まあ、そこで浅慮に走らなかったからこその今がある、と思う。
……いやまあ、それはそれで、大変なことにはなっているのだけども。
「そうですね、ここでヘタレていたら、王城に監禁しないといけないところでした」
「あ、あはははは、良かったです、そんなことにならなくて」
ドロテアさんは笑っている。
私も笑って返した。
……でも、なんとなくわかる。多分まじだ。
そりゃまあ、ドミナス様のお姉さん的振舞いも見せるドロテアさんからしてみれば、この状況で私がドミナス様にだけヘタレるなど、許せるわけもないだろう。
そんな空気を、ぱん、と魔王様が手を打ち合わせて遮る。
「さて。それで、ドミナスもアーシャの元へ嫁ぐと決まったところで、じゃ。
住む場所はどうするのかえ」
「あ~……確かに、そう、ですよねぇ……」
今私が住んでる工房は、部屋数だけなら、合計六人住むことも一応不可能ではない。
不可能ではない、のだが。
「例えばノーラさんが来るとなれば、別途鍛冶場なり工房なりが必要になるでしょうし」
「ゲルダが住むとなれば、部屋や設備も専用の物が必要となろうな」
そう、飲み会をして皆で雑魚寝、くらいなら問題はないのだが。
今後ずっとそこに住む、となると色々と足りないのだ、今のままでは。
「それに、私達が住み込むとなれば……水道を引き込むだけでなく、内風呂も欲しいですしねぇ」
ドロテアさんが、悩まし気にそんなことを言う。
悩まし気に。かつ、どこか意味ありげに色気を滲ませて。
そして、視線は私にちらちらと向けられている。
「ちょっ、お風呂って、ドロテアさん何考えてるんですか!?」
「何って、王族であるドミナスや、要職にあるゲルダがいるのですから、変に公共温浴施設に行くよりも内風呂があったほうが安全でしょう?
いやですねアーシャ、一体何を考えたんですか?」
くっ、まさかそうやり返されるとは思わなかったな!?
ここのところ私に押されまくってたドロテアさんが、ここぞとばかりに反撃してくる。
そして、まさかここで何を考えたかを言うわけにもいかない。
「と、とにかく今のままだと改築改装が必要なのは間違いないですよね」
私は流れを断ち切るために、若干声を張ってそう言い切る。
実際、六人で住むとなれば、それが必要となるであろうことは、考えてはいた。
考えてはいた、のだけど……。
「あの、陛下。
工房の近くに新しく家を建てる、というのは可能でしょうか」
私の言葉に、魔王様はぱちくりと瞬きをした。
それから、瞬時にあの辺りのデータを検索した、のだろう。
ふむ、と一つ頷いてみせる。
「うむ、あの工房のすぐ隣は所有者のおらぬ土地ゆえ、問題はない。
大して高い土地でもないしのぉ」
「あ、そうですか、ありがとうございます。
でしたら、新しく家を建てたいな、と」
考えた時に、ナスティさんやあの工房に親しんでるおばあちゃん達の顔が浮かんだんだ。
ナスティさんは言うまでもなく、おばあちゃん達も、通い慣れたあの工房に愛着を持っている、ように思う。
私としても、ディアさんという偉大な先人の足跡を歪めてしまうのはちょっと忍びないところはあったし、ね。
「ふむ、そなたがそのつもりならば、それが一番ではある」
こくり、魔王様も頷く。
そしたら、大人しく話を聞いてたドミナス様がくいくいと腕を引いてきた。
「新しいお家、建てるの? 新婚で新居って、素敵……」
「ええ、建てましょう」
その期待したような笑顔を見た瞬間、私は即答していた。
魔王様は爆笑しそうなのを堪え、ドロテアさんは額を軽く押さえているけど、気にしない!
「ならば、新築するとして、じゃ。
アーシャや、王族であるドミナスのみならず、風竜王であるゲルダ、妾の側近であるドロテア。
ドワーフのまとめ役であるノーラとその鍛冶場、工場長のキーラが住むことになる家。
言わばこの国の主要人物ばかりが集まる家になるのじゃ、それなりの大きさと費用が必要じゃぞ?」
「……あ」
魔王様のツッコミに、私は思わず変な声が漏れた。
言われてみれば全くもってその通り。
王族を始めとする主要人物が住まう家だ、下手なものは建てられない。
「ついでに、結婚式もそれなりのものにしませんと。
私はともかくドミナスとゲルダが嫁ぐのですから、示しがつきません」
淡々とドロテアさんが追い打ちをかけてくる。
むしろ国家行事にならないかな、言われてみれば。
あれ? わかっていたつもりだけど、それ以上に大事になってきたぞ?
「……陛下。私が今お預けしているお金全部はたいたら、なんとかなりませんか?」
「いや、それは確かに、十分可能であろうがの」
私の言葉に、魔王様は苦笑する。
なんか、私がこう言い出すのをわかってたくさい感じだなぁ……。
でもさ。
「でしたら、それ、全部使うつもりでやります。
ここで惜しんでも仕方ないですしね!」
言っては何だが、魔王様の元で暮らす限り、私がまた何かやらかせばすぐにお金はいただけるだろう。
だったら、そんなものをケチって皆の、一生に一度の舞台を粗末になんてできるわけがない。
「やれやれ、そなたならばそう言いだすと思うておったわ。
よかろう、止めはせぬゆえ、存分にやるがよい」
「はい、ありがとうございます!」
こうして私は、皆との挙式と、新婚生活に向けてさらに走り出すことになった。
※下の方に、別作品へのリンクを貼っております。
シリアスでダーク目な作品ですが、もしよろしければ。




