覚醒、あるいは違う何か
色々不本意な部分はあれど、なんとか打ち合わせも終わり。
その後、ドミナス様のお部屋に寄って、細々した意見交換をしたり。
「私、がんばってる。だから、ご褒美頂戴」
と、抱き着かれたり。
いやもう、「がんばってますよー!」とぎゅっとハグして目いっぱい撫でまくってきた。
そんなこんなで、もう夕暮れ時。
「アーシャ、そろそろ送っていきますよ」
と、一通りの仕事を終えたドロテアさんが迎えにくるいつもの流れ。
私の膝の上に座っていたドミナス様が、お行儀よく、すとんと降りる。
……膝の上に座っていることがお行儀的にどうか、というのは議論しない。可愛いから。
「ありがとうございます、いつもすみません」
ぺこりと頭を下げると、私も広げてた資料を片付け、帰る準備をする。
……ちょっと寂しそうなドミナス様の視線が痛い。
わかる、わかるんですけどもっ!
お互いにこう、立場というものがですね! ということを言うまでもなく理解してるからこそ、我慢してくれてるんだろうなぁ、なんて思ったりもする。
なんだろう。
こうやって一緒に色々お仕事をするようになってから、ドミナス様は奔放な時は奔放だけど、我慢というか抑えるべき時は抑えるようになってきてる気がする。
タイミングのいいドロテアさんの指摘が効果的なのだとは思うけど……私もちょっとは役に立ってたら嬉しいな。
とか思ったら、身体が勝手に動いていた。
「ドミナス様、では失礼いたしますね」
そう言うと、そっと歩み寄り、ぎゅっとドミナス様の細い体を抱きしめる。
流石に予想外だったのか、ドミナス様はびくっと身体を震わせて。
それから、身体の力を抜いて私に身を委ねてきた。
その重みをしっかりと受け止めて、数分。
「ドミナス様は、本当にがんばってますから。
私、ちゃんとわかってますから、ね」
そう耳元でささやいて。
ちゅ、と頬にキスをした。
途端、かぁっとドミナス様の頬が赤くなる。
……まずい、こういうのに、どこかゾクゾクと背筋を震わせる何かを感じてしまった。
だめだめ、ドミナス様は天使、天使なんだから!
でも、だからこそ……とか思った悪い私はあっちに追いやる! 追いやるんだ!
「ア、アーシャ、今の……」
ドミナス様の戸惑ったような、でも嬉しさを滲ませた声。
はにかむような表情を見れば、また私の中に何か燃料が投下されたような感覚。
いやだから、だめだって!
と、私が葛藤してるところに、こほんと控えめな咳払いが聞こえた。
「アーシャ、名残惜しいのはわかりますが、時間が、ね?」
「あ、す、すみません!
ドミナス様、本日は失礼させていただきます。では、また」
ドロテアさんの言葉に、窓から外を見る。
夕暮れ、というには少々暗くなってしまっている様子に、流石に私もちょっと慌ててしまう。
ドミナス様のご機嫌も損ねたくないけど、キーラのご機嫌だって気にしないといけない。
それが私の辛いところ……とか、こう、勘違いした人みたいな感じでいやなんだけどさ!
……勘違いじゃないのがまた、辛いとこなんだけどさ……。
ともあれ、私の言い訳がましい言葉に、ドミナス様は一応納得してくれたみたい。
こくん、とうなずいて。
「……うん、また、ね。
……ありがと……」
小さく手を振って、見送ってくれた、と思いきや。
『ありがと』と言いながら、ちょん、と自分の頬を突いて見せた。
ちょうど、私がキスした辺りを。
……可愛さのあまり立ち眩みを起こしそうになったのは、仕方ないことだと思う。
「まったくもう、アーシャったら……そういうところだと、何度言えば……」
工房への道すがら、ぶつぶつと文句を言うドロテアさん。
私は、その後ろを文句も言わず歩いていく。
というか、文句の言いようもない。
何しろ、私は手を掴まれて、ずかずかと容疑者の連行よろしく引っ張られているのだから。
ただ、そうやって連行されているにも関わらず、私は慌てることなく……むしろ、どこか落ち着いた気持ちですらあった。
「あ、あはは……すみません、気が付いたら、つい……」
「つい、じゃないですよ、それで、今迄どれだけ……」
と、ドロテアさんは言い返してくるんだけど、どこかいつもの調子じゃない。
ていうか、ね……。
「ね、ドロテアさん」
「……なんですか、アーシャ」
文句を遮るかのような私の呼びかけに、ドロテアさんが一瞬言葉に詰まり、それから、返してくる。
でも、やっぱり。
「どうして、こっち見てしゃべってくれないんですか?」
そう。こっちを向かず、ずかずかと歩きながら、前だったりどこかあらぬ方を見ながら、ドロテアさんはしゃべってた。
どうやらそのことは自覚してたらしく、ドロテアさんの動きが、止まる。
その隙に私は一歩二歩と進んで、ドロテアさんの半歩前。
ちょっと背の高いドロテアさんを、下から見上げるようにしつつ、その顔を覗き込む。
「もしかして……顔を見られるのが、恥ずかしいんですか?」
「っ、そ、そんな、ことは……ない、ですよ?」
そう言いながらも、ドロテアさんは顔を逸らす。
頬が、朱に染まっているのは間違いないのだけど。
だから。
掴まれていた手で、ドロテアさんの手を、掴み返す。
途端、はっとしたようにドロテアさんが振り返った。
「そんなことない……ほんとですか?
羨ましいとか、そんなこと……思いませんでした?」
……あれ? 何言ってるんだ私は。
そう思う自分と。
もっと、ドロテアさんを困らせたい、問い詰めたい、と思う自分が混在する。
そして、残念ながら、止まれない。
困惑するドロテアさん。その表情の奥に、何かが見えたから。
「そんなこと……私、は……」
「ね、ドロテアさん」
もう一度、ドロテアさんの言葉を遮る。
それから、数秒置いて。
「どうして、黙ってたんですか? この国では重婚も合法だって」
「そ、それ、は……」
私の問いかけに、口ごもるドロテアさん。
正直、この反応は予想通り。
だから私は、言葉を重ねた。
「教えてくれたら、お礼にキスくらいしちゃいますよ?」
その言葉に。
掴んでいたドロテアさんの手が、熱くなった、気がした。




