料理に必要なものとは
そして、そのドミナス様があっちの世界に行ったまま帰ってこなくなった。
「ふわぁ……美味しい……美味しい……」
そんなことを言いながら、ひたすらお肉を食べるマシーンと化してしまっている。
あの後、三人で連れ立ってエルマさんのお店に行き、食材をゲット。
その際、荷物の大半をドロテアさんが軽々と持ってくれたのが申し訳ない。
と同時に、やっぱり見た目より腕力あるんですね、なんて思ったりもしたけど。
それから、工房の方にキーラとゲルダさん、ノーラさんもやってきて飲み会開始、だったのだけど……。
まあ、予想通りドロテアさんの料理スキルの凄いこと。
ノーラさんも手際よく料理してたけど、ドロテアさんはそれ以上。
「あたしも料理には自信があったんだけど、ドロテアさんには負けるねぇ」
と、あのノーラさんが料理に関しては白旗を上げていた。
ちなみに、私は主賓だから座ってなさいと言われ、キーラとゲルダさんとドミナス様は何もしないよう命令されていた。
ドロテアさん曰く、ゲルダさんが入ってきたら、台所が壊れる、だそうで……。
お父様を殴り飛ばす腕力だから、それも仕方ないのかも知れない……。
そんなこんなで用意された料理は、どれも絶品だった。
予想はしてたけど、予想以上、っていうか……。
何をどうやったらこの味になるのか不思議なレベル。
「どれもなんていうか……私好みの味付けになっている気がするのは気のせいですか……?」
「あら、たまたまですよ、たまたま」
なんて、かわされてしまったけども。
この島は島国なせいか、塩味メインで割とシンプルに素材の味を活かす傾向がある。
にんにくやオリーブオイルを結構使うくらいかな。
でも、今日出されてるのはチーズを上手く使ったり、牛乳を入れてコクを出したシチューだったりと、どちらかと言えば寒い山の地方向けな味付けだ。
そして、私のこの身体は山の地方出身だ。
それをドロテアさんが失念しているとは思えない。
でも、完全に山の人向けではなく、こっちの人にもお酒のお供にはちょうどいい、くらいの味付けにしてあるあたり、恐るべし。
結果として、お酒も料理も進む味、になっていて、おかげでゲルダさんとノーラさんはもうワインを一瓶ずつ空けてしまっている。
かくいう私も、さっきから食べまくってる。
ただ、どうやったらこの味になるのか、が気になるくらいに美味しいので、食べる度に考え込んでるのでペースは若干ゆっくりだ。
「それにしても、ほんとに美味しいです。
特にこのローストビーフなんか……筋を全く感じないし、火の通し方が完璧だから柔らかくてジューシーだし、下味もしっかりついてる感じだし……。
これ、あの短時間でどうやって作ったんですか?」
そう言いながら、もう一切れローストビーフを口にした。
牛の赤身肉の塊を、表面はこんがりと、中は薄ピンク色になるよう火を通したローストビーフは、正直前世でも食べたことのないレベル。
それを、火加減なんてできないコンロしかない台所でどうやって作ったというのか……。
「……アーシャは料理をするんでしたね、そういえば。
火加減だとかそういうところに気づいてもらえると、料理の甲斐があります」
私の言葉に驚いたような顔に一瞬なったドロテアさんは、ふんわり柔らかな笑みを見せた。
視線が一瞬、黙々と食べ続けるドミナス様と、凄い勢いで食べて飲んでを繰り返すゲルダさんに向けられた。
……何か言いたいこともあるんだろう、と思わなくもないけど、そこには触れないでおく。
「そうですね……ちょうどローストビーフもなくなりそうですし、追加で作ってるところをお見せしましょうか」
そういってドロテアさんが立ち上がると、キーラが声を掛けてきた。
「あ、あの、私も見ていて、いい……?」
「ええ、もちろん構いませんよ」
最近キーラってば、料理の勉強をしてるみたいなんだよね。
よくエルマさんのお店でも質問したりしてるし。
まだ、食べさせてはくれないから、修行中なんだろうけど。
なんでいきなり料理をしようとしだしたか、の理由に心当たりがあるだけに、こう、申し訳なさと面映ゆさが同時に来たりとかするんだけども。
そんなキーラの言葉をドロテアさんは快諾した。
なんで見たがるのかわかってるだろうに。この辺りの余裕というか態度は流石だと思う。
で、飲み比べで盛り上がるゲルダさんとノーラさん、ひたすら食べてるドミナス様を置いて三人で台所へ。
まだ料理してなかった牛肉の塊をまな板の上に置いた。
確か、モモの部位だったはず。サシがほとんどない、いわゆる赤身肉というやつだ。
「それでは、実際にどうやって調理したかお見せしますね」
そう言うとドロテアさんは、お肉に手を触れた。
と……なんか、変な、音。あれ、もしかしてお肉が震えてる……?
「まずはこうやって、お肉の中に『振動』を走らせて、肉の中を精査します。
震え方が違うところが筋なので、そこに『振動』を集中させて筋をバラバラにしまして」
「まってください!? いきなりとんでもないことされてるんですけど!?」
やってることの意味と凄さがわかる私は思わず声を上げるし、少しでも何かを盗もうとしてたキーラはぽかーんである。
そりゃそうだ、いきなりドロテアさんの特殊能力全開なんだもの!
誰が予想できるんだこんなの! 真似もできるわけないし!
つまりあれだ、エコー診断で筋を発見して、超音波当てて筋を破砕したとかそんな感じのはずだ。
普通やんないよ! そんなコストかけて料理しないよ!
でも、それができちゃうんだよなぁ、ドロテアさんって……。
「でも、こうしないと塊のまま筋切りなんてできませんよ?」
「そ、それは、そうなんですけど……」
言われてみればそれはそうだ。
外側の筋ならともかく、塊肉の内側の筋なんてどうしようもない。普通は。
だからか、だから未知の食感だったのか、あのローストビーフ……。
「それが終わったら、肉にこうやって鉄串を何回も刺して」
「ああ、下味の塩が通りやすくするんですね」
「流石ですねアーシャ、その通りです」
良かった、まだそこは普通だった。
そう、思ってたんだけど。
「今回は時間短縮のために、このハーブエキスと塩を目いっぱい溶かした水の中に、この肉を入れまして」
「はい?」
「水に微細な振動をかけることで、塩を短時間で肉の中にすりこみます」
「はいいい!?」
私が驚いてる間に、ドロテアさんは作業を進めていた。
確かに、水面が微妙に波打っている……眼鏡を洗う超音波洗浄機みたいな感じで。
理屈は、わからなくもない。普通に調理する時も、肉に塩を振るだけよりも、擦り込んだり軽く叩いたりの方が塩味が中までよく通る。
それは、わかる、わかるのだけど……塩水だと振動が良く通るんだろうけど……それでも、どうしてやろうと思ったのか!?
驚く私とキーラを横目に、ドロテアさんは次の工程に移っていた。
「これで味が入ったはずですので、よく拭いて、と……。
それから、表面に焼き色が付くように、フライパンで焼きます」
「そ、そこは普通なんですね、さすがに……」
「魔術で焼いてもいいんですけど、私、あまり火系統は得意じゃなくて。
ドミナスに頼んだら、火力が強すぎますしね……」
「な、なるほど……」
ドミナス様は繊細な制御もできるんだけど、料理に必要な火加減っていうものが感覚的にわかってないみたい。
そりゃまあ、王族ともあれば料理なんて自分でしないだろうし、そのあたりの感覚はわからないかも。
なんて考えている間に、じゅうじゅうと良い音とともに、食欲をそそる匂いがしてきた。
くぅ……早く食べたい、という気持ちが湧いてくるぅ!
「焼き色を付けて、完成?」
「いいえ、それだと中が生のままでしょう?」
これだけとんでもない調理なのにも負けずメモを取ってたキーラが質問し、ドロテアさんが答える。
そう、このままだとローストビーフじゃなくて牛肉のたたきだ。
……それはそれで美味しいだろうとは思うけど……生肉とか食べ慣れてないだろうこの国の人にはちょっとどうだろう。
だから、火を通す必要がある、のだけど……ここの台所にはオーブンなんてものはない。
さっき食べたローストビーフは、ほんのりピンクになった完璧なミディアムレアだった。
それも不思議でしょうがないんだよね。
オーブンであの火の通し方をするには結構時間がかかるし、出したり入れたりの手間がかかったはず。
ラップとかその手の樹脂製品があれば、それに包んで60度くらいのお湯につけて数十分保温しておく、なんて手もあるんだけど、当然そんなことはできないし。
どうやったんだろうか、すごく疑問だったんだけど……それがついに明かされる!
「なので、焼き色を付けたら、こうやって……」
……こうやって、と言いながらドロテアさんは指先で肉に触れたけど……何も起こらないぞ??
不思議そうに見ている私とキーラに向かって、ドロテアさんはくすくすと楽し気に笑う。
「今、肉の中に極めて微細な『振動』をかけています。
そうすると、中が温まってくるんですよ。掛け過ぎると温まりすぎて、お肉が固くなっちゃうんですけどね」
「はい? 極微細な振動で、温まるって……電子レンジですか!?」
思わず私は声を上げてしまった。
電子レンジは、マイクロ波と呼ばれる極超短波を食材の中に含まれる水などの分子にあてて振動させることで加熱するものだ。
その周波数は300~3000MHz、1秒間に3億回から30億回という極めて高速に振動しているもの。
もちろん、そんなマイクロ波を生み出すには複雑な電子機器と、何より大量の電気エネルギーが必要になる。
しかし、もしマイクロ波を当てることなく、直接分子を振動させることができたなら?
科学的にはあり得ない話だが、魔術的には可能、ということだったんだろう。
それを実践してみせたのが、ドロテアさん、ということなのだろう。
「電子レンジ、ですか?」
「あ、いえ、なんでもないです、こっちの話です!
それにしても……『振動』一つでここまでできるだなんて……」
私もそれなりに発想力がある方だとは思うけど、ここまでの発想はできなかった。
さすが、一芸に秀でてそれを500年もの間使っていただけのことはある、ということだろうか。
「私も『振動』を使えるようになったら、お料理が上手になる……?」
「まってキーラ、ドロテアさん並みに使うのは多分無理だから。
簡単そうにやってるけど、多分あれ、相当制御が難しいはずだから」
電子レンジと違って、中を均一かつ一気に振動させて加熱している、わけだから、その制御とエネルギーは結構なものじゃないだろうか。
それはどうやら図星だったらしく、ドロテアさんはちょっと驚いた顔になって。
はにかんだような、優しい笑みを見せてくれた。
「ふふ、そこまでわかってくれるだなんて……もう、アーシャのため以外にはお料理したくなくなるじゃないですか」
そんなことを言われて、思わず「あ、はい」と返しそうになったけど、キーラにつま先を踏まれたので、言葉を飲みこんだ。




