張り巡らされる網
「さてと、一段落つきましたし、今日はここまでにしましょうか」
ドロテアさんの言葉に、私もドミナス様も頷いて返す。
あの後、もみくちゃにされまくって。でも、また持ち直して、現状の確認と今後についての打ち合わせをした。
器材の方はもう、ほぼ完成形が見えている。後はその量産体制の構築。
それから、情報網……アラクネーさんたちの糸を張り巡らせる部分に関して、配線図はもうできあがっている。
後は、実際に張り巡らせる作業。敷設作業自体はフェザーフォルクさんや飛行系の人たちが手伝うみたいなので、かなり早く終わりそう。
だけど、その張り巡らせる糸そのものはアラクネーさん達にがんばって生産してもらわないといけないので、時間はそれなりにかかるみたいだ。
10㎞四方の街全部をカバーする情報網、となると、四辺だけでも40㎞。当然中にもたくさん張り巡らせないといけない。
実際は、いきなりそこまでカバーはしないんだけどさ。王城周辺の1㎞四方くらいから始めることになった。
それでも結構な長さだし、おまけに、単純に糸を張り巡らせる長さがあればいいわけじゃない。
蜘蛛の糸は、同じ太さのピアノ線よりも強いという。
アラクネーさんの糸も、やはりそれと同じかそれ以上の強度があるみたい。
そんな強さの糸を、何も考えずに張り巡らせたらどうなるか、というと……。
ゆで卵にぴんと張った糸を押し当てたことはあるだろうか。
糸の張力によって、包丁よりも綺麗に切れたりするんだけど、それと同じことが、起こる。
「なるほど、糸にはこんな使い道も……さすがアーシャ先生」
と、族長さんは斜め上の関心の仕方をしてくれたけども。
やだなぁ、糸で切り裂くことを覚えたアラクネーさんたちとか……いや、かっこいいかも知れない。
ともあれ、糸で柱やらが切れてしまうことが問題になってしまったんだけど……そこを解決したのがあの子だ。
「え、だったらこう網目作ったら、力が分散されない?」
と、配線方式を提案してくれた。
そう、クリスだ。
やっぱりあの子は編み物に関しては天才的らしく、言われた通りに作ってみたら確かに力が分散されたみたいで、柱が切れることはなくなった。
みたい、だけじゃあれだから、私も一応計算したよ! 概算だけど! そもそも久しぶりの物理的な計算だったから大変だったけど!
正直、答え合わせをしてくれる人がいないから、はっきりとはわからないんだけど……多分、そこまで間違ってもないはずだ。
ちなみに。
「ん? なんじゃこれは?」
「力のかかり具合がどうとかこうとか言ってた」
と、計算してた紙を魔王様とドミナス様に覗き込まれたので、解説したりもした。
二人とも、とても興味深そうに聞いてたけど……やっぱり親戚だからか、二人とも理系っぽいのが好きみたい。
飲み込みもめちゃくちゃ早かったしね……そのうち、数学とかも教えてあげられたらいいんだけど……。
話を戻して。
このまま糸を張っても一応大丈夫っぽいけど、もう一工夫ってことで、糸自体を円筒形に編んだりしてた。
柱とかの構造物に当たる部分は柔らかく力が分散され、しかしそこ以外はピンと張られて、風などの影響ができるだけ少ないようにしている。
正直、意味がわからない。
いや、柱に当たる部分とそれ以外の編み方を変えているのはわかったんだけど……なんでこうも変わるのか、がわからないんだよね。
クリスに聞いても。
「いや、ほらこう、ふわっとして、ここできゅっとなってぎゅっとするでしょ?」
とか、わけのわからない答えしか返ってこなかった。
恐ろしいことに、クラウディアさんには通じたみたいで、クラウディアさんも編めるようになったけど。
あれか、これは編み物クラスタにはわかる言い方だったのか。
……多分違うと思うけども。
ともあれ、アラクネーの皆さんで糸を出して、クリスとクラウディアさんで編む、という体制で、情報通信用の糸というかワイヤーというかは急ピッチで生産中。
もうちょっとしたら、随時張り巡らせていく予定だ。
ということで、実は、私の出番はほぼほぼ終わりだったりするんだよね。
この案件に関しては。
……うん、そしたらまた次の案件が来るだけなんだけどさ……キーラに怒られないように気を付けないと……。
でもまあ、今迄よりは忙しくはなくなる、はず。
なので、今日は一段落着いた日であり。
休診日の前日でもある。
つまり。
「じゃあ、いよいよお泊り、だね」
もう、わくわくを抑えきれないって感じで、目をキラキラさせたドミナス様が言う。
そう、前に約束していた、皆でお泊り飲み会の日なのである。
今後の事を考えると、多分今夜がベストなんだよね……また色々それなりに忙しくなるのは目に見えてるしさ。
後まあ……これ以上延期してたら、不満が出そう、というのもあったりはする。
その不満を抑えられるであろう方法もわかってはいるんだけどさ……これ以上積みあがると色々とこう、困るから!
ということで、今夜決行なのである。
「ええ、ドミナスも楽しみにしてましたものね。
今夜は私が腕を振るいますから、楽しみにしていてくださいね」
なるほど。今夜は私の工房で宅飲みだ。
となると、食事をいつも通りエルマさんのお店から調達するのかと思っていたのだけど。
話によると、エルマさんのとこで材料をもらって、ドロテアさんが作ってくれるらしい。
きっとドロテアさんのことだから、料理も上手なのだろう、と期待してたら。
……ドミナス様が、沈黙して硬直していた。
「ド、ドミナス様……?」
「ドロテアが、お料理を作ってくれるの……?」
その言葉と共に、ドミナス様が頬を染め、瞳を潤ませる。
唇は緩み、よだれが出てきちゃいそうなくらいで……慌てて私がハンカチを取り出したくらいだ。
え、なにこの反応。
いや、私もきっとドロテアさんはお料理が上手なんだろうな、とは思っていたのだけど。
こんな反応されるくらいのものなの!?
「ええ、折角アーシャに、皆に食べてもらえる機会ですからね、腕を振るわせてもらいますよ」
と、にこやかに返すドロテアさん。
さらっと私にアピールしつつ、皆への気遣いも忘れない。
……こういうところも私へのアピールポイントになるとわかっててやってそうなところが……私のことをわかってる感じがして、悔しいっでもびくんびくんっ! って感じになる。
まあつまり、少なくとも不快とかは思ってなくて、むしろこう、その振舞いを尊敬したり。
経験値の差があるとはいえ、これだけの視野の広さは中々身に付かないと思うなぁ。
でもさ。いや、それだけに、かな?
「……身も心も、トロトロにしてあげますから、ね?」
タイミングを見計らって私だけを狙い撃ちにしてきた時の威力が、凄まじい。
さらりと自然に、でも、明確に意識に刻み込まれる熱っぽい流し目を受けて。
「あ、は、はい……お手柔らかに、お願いします……」
私は、どこか熱に浮かされたような声で、そう答えるしかなかった。
そして、直後にドミナス様に腕を抓られて、なんとか現実に戻ってきた。




