表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TS美少女転生した俺は女の子とイチャイチャしても許されると思った  作者: カタツムリ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/3

3

 前世の親友田中はゲーム漫画小説と二次元を愛するオタクだった。その田中のお姉さんは男の筋肉と筋肉のぶつかり合いを愛する腐女子だった。

 そんなお姉さんが女性向けR18エロゲーを購入したのはただ単にキャラデザがお姉さんが長年推している同人作家さんだったからと言う理由だそう。推しへの課金は惜しまないと誇らしげな顔をしていたが、内容はお気に召さなかったようであまりやりこんでなかった。

 当時十八歳未満だった俺ちゃんは18禁ゲームなんて他にやったことなかったから比べようがないけど、お姉さん曰く平成の男性向けエロゲ主人公を女性に置き換えただけって言ってた。

 俺ちゃんは平成のエロゲも知らないけど、言いたいことはちょっと分かる。

 ストーリーとかほぼなかった気がする。いや、エロシーン見るためにめちゃ飛ばしてたのでちゃんと見てなかっただけかもしれんけど。とにかく、主人公があっちゃこっちゃで会った男とヤリまくるのだ。

 主人公のメリダは社交界デビューのために参加した王宮の舞踏会で意地悪な異母妹のリリアンヌに置いて行かれて迷子になる。

 迷い込んだ庭園で出会うのは王太子殿下。彼は迷い込んだメリダに驚きながらも優しく微笑み、舞踏会の会場である広間まで送り届けた上にファーストダンスを踊ってくれる。ダンスの最後に「どうか、花乙女となってくれ、僕の小鳥」と囁いて王太子は立ち去り、残されたのは夢のような時間に頬を赤らめたメリダとそれを忌々しげに見るリリアンヌ。

 というのがオープニングである。

 市井で育ったメリダは花乙女を知らず、父や優しい兄に花乙女とは何かを教えてもらい、え、優しい兄??? いや、それはおいといて、とにかく、花乙女を目指すのだ。

 花乙女ってあれよ、正月に神社でバイトする巫女さんみたいなもんよ。建国神話に出てくる初代王妃が若いころ神に花を捧げて加護を得たみたいな話があって、それにあやかって若い貴族の娘が祭りの時に神殿に花を捧げんのさ。貴族の女の子が一度はやってみたいなあって憧れるやつ。

 でも誰でもなれるわけじゃなくって、花乙女を選ぶ評議会があって、その参加者の投票で選ばれる。最終的に何人かに絞ったあと、神殿の神の代理人が一人を指名して決定する。

 そうした話を聞いて、メリダは花乙女を目指す。あの素敵な王太子様にもう一度会いたいと。

 花乙女は貴族の娘から選ばれるし、祭儀に出るだけで民へのお披露目とかないから平民には馴染みがない。メリダが知らなかったのもわかる。でもちょっとコレ、前提が違くないか? 

 この世界の常識に照らし合わせると、王太子が花乙女になってくれって言ったら、それはもうプロポーズなんよな。

 たぶん、あの少年漫画のラッキースケベシーンでメリダに一目惚れした王太子が、迷い込んだメリダと会ってこれ幸いと結婚申し込んでんだわ。

 きちんと王太子にこう言われたって父親に言うとけば次の日には王様とお父様が話し合って婚約決まってるやろ。

 それを花乙女って何かしら?って聞いて、私、花乙女目指します!って王太子可哀想すぎる。ホウレンソウは正確に。

 ゲームとしては必要な勘違いだったのかもしれんが、その花乙女を目指す過程で出会った男どもとヤリまくるのだから王太子は泣いていい。

 花乙女になるためにお願いした歌の先生とヤリながらレッスンしたり、休日に街に出れば暴漢に襲われ騎士に助けられたものの媚薬を使われほてる身体を宥めるために騎士と路上でヤッタり、評議会の嫌味ばかり言うイケおじに身体検査だと言われて全裸にされ言葉責めをされながら悪戯されたり、などなど。

 ストーリーにぜんぜん必要ないけどエロ大盛りにしときますね、みたいなのがたくさん詰まっていた。とりあえずエロ入れとけみたいなのが男性向けっぽいと言われると、そうかも。

 ゲームのリリアンヌちゃんは悪役令嬢なので、花乙女を目指すメリダの邪魔をする。

 暴漢を雇ったのはリリアンヌちゃんだし、屋敷で薬を盛って昏睡したメリダを奴隷オークションに出品したりする。奴隷オークション、あるんだこの国に、知らんよそんなん俺ちゃんは。

 ちなみにメリダはこの奴隷オークションで出会った獣人奴隷にヤラれそうになるが間一髪のところで町の警備隊が突入して助かる。助かるけど、自分を襲った獣人と見つめあって、あなただってやりたくてやろうとしたわけじゃない、被害者だわって言って公爵邸に連れ帰る。もちろん、その後メリダに惚れた獣人とのエロに突入。一イベント一エロ、制作者は生真面目か。

 メリダのおせっせ相手は出てくる男ほぼ全員だが、エンディングで結ばれるのは六人。

 王太子、騎士、元奴隷獣人、評議員のイケおじ、異母兄、神殿の神の代理人。

 兄! 近親相姦は俺ちゃん地雷です! 兄ルートは勘弁してください! 

 うちの国、信仰してる神様が産めよ増やせよ系主神なんで倫理観ゆるゆるなんよな。俺ちゃんがメイドちゃんたちとイチャイチャしても笑って許してもらえてたのはその辺のおおらかさのおかげだと思ってたけどエロゲに優しい世界だったのね。

 最終的にメリダが花乙女に選ばれて王太子に改めてプロポーズされて快諾するのが王太子ルート。ラストは初夜ラブラブエッチスチルが見れる。その後、エンディング。可愛い感じの曲が流れながら選ばなかった相手のその後みたいなイラストが流れる。そこで、奴隷オークションに関わっていたリリアンヌが公爵家から追われるように嫁に出され、汚ねえおっさんどもにマワされるイラストがちらりと入る。え、嫌なんですけど???

 一回エンディングまで見ると、おまけライブラリが解放されて各キャラクターの設定や後日談が見れたらしいんだけど、俺ちゃんはエッチな絵が見たかっただけなので読んでない。そもそも女の子が可哀想そうだったり痛そうだったりするの見たくない。リリアンヌちゃんが虚ろな目してるエンディングの絵キラーイ。

 本編のメリダはほとんど嫌がらずにノリノリでエッチしちゃうタイプだったから、いいぞー! もっとやれー! てスポーツ観戦的な感覚で楽しめたんだけどね。周回中はエンディングスキップよ。

 しかし、リリアンヌちゃんの立場になってみるとゲームでメリダに言っていた「お父様やお兄様だけじゃなく、殿下まで私から奪わないで!」という叫びになんとも胸が痛い。

 ゲームのリリアンヌちゃんは我儘で気位が高く後妻の娘であるメリダに辛く当たる。平民とか下賤とか言っちゃう。そういうリリアンヌちゃんを父や兄は叱るのだ。公爵家で孤立するリリアンヌちゃんはますますメリダを目の敵にして、という悪循環。まあ、親にネグレクトされて金だけあって周りは自分の言うこと聞く使用人だけならそうもなろうよ。

 俺ちゃんが愛されリリアンヌちゃんなのは中身がおっぱい大好きな男子高校生だからよ。下心いっぱいでメイドちゃんたちやお兄様に媚び媚びしてるからですわー。

 それにしても困ったぞ、たぶんリリアンヌちゃんのエンディングは全ルート共通だ。男とのおせっせは興味あるけど、それはトロトロ甘々エッチに限らせていただきたい。乱暴なのも痛いのも嫌でござる。リリアンヌちゃんは繊細なのでガラス細工のように丁寧に扱ってほしい。なんだったら寂しくないようにメイドちゃんも一緒に3Pにしてください。

 おっさんどもにマワされるのなんて言語道断です!

 やだやだやだー! リリアンヌちゃんは美少女にチヤホヤされるイチャイチャパラダイスを作りたいのにー!!!

 もう泣きたい……、どうしたらいいかマジでわからんわ……。


 左翼棟の小さな食堂で朝食に出てきた小さなクロワッサンをさらに小さく千切っていたらお兄様に聞かれた。

「リリアンヌ、最近元気がないようだけど、悩み事かい?」

 リリアンヌちゃんのお口は小さいので一生懸命千切るのに集中していた俺ちゃんは小首を傾げた。

 確かにリリアンヌちゃんは最近エロゲのエンディングをどうにかできないかと悩んで夜な夜な布団の中でバタバタしている。寝つきが悪くて睡眠時間がちょっと減った気もする。ストレスは美容の大敵。親友田中のお姉さんも言っていた。

 でも、誰かに相談できることでもない。そもそもこの悩みを説明する言葉がリリアンヌちゃんの中にない。エロゲとかこっちでどう言えばいいのか知らんわ。

「特には。ああ、そう言えば、今年の花乙女はどなたになるのかは気になっていますわ」

 花乙女の選ばれる祭りは秋に行われる。選考は初夏の今頃から始まって夏の終わり頃まで。たぶん制作者が水着イベント入れたかったんだと思うよ。

「そういえばそろそろ評議会に希望者の申請が始まるころだね。リリアンヌも社交界デビューしたら申請するかい? きっと史上最高に可愛らしい花乙女になるね」

 兄バカの言葉に苦笑する。

「いいえ、リリアンヌは公爵家の人間ですから。こういうのは他のご令嬢にお譲りすべきだと思います」

 リリアンヌちゃんは公爵家のお姫様だからね、これ以上の箔付はいらんのよ。花乙女は注目されて良いところにお嫁に行けるから、中位や下位の貴族令嬢こそやる価値がある。

 ここで出しゃばっても他のご令嬢から恨み買うだけですわー。

「うちのリリは本当に賢く優しいね。私の自慢の妹だよ」

 俺ちゃんの言いたいことをちゃんと分かってくれた兄が褒めてくれた。ニコニコである。

 そうなのだ、メリダが花乙女になれば他の令嬢たちのせっかくの機会が奪われてしまう。そういうのたぶん女性の社交では後を引く。目立ちたがり屋で考えなしって年齢が上のお姉様方から白い目で見られる。メリダの母親が貴族だったら止めただろうけど、元平民じゃわからないもんな。男の人にこの辺の機微を学べと言うのも難しいだろうし。王太子ルートで結ばれても、あんまり歓迎されなさそう。

 あれ、そもそもメリダの社交界デビューっていつよ?

 クロワッサンのかけらを口の中に放り込んで考える。めちゃ美味えなこのクロワッサン。いや、クロワッサンかどうか知らんけど、形はクロワッサンなのでクロワッサンって俺ちゃんが呼んでるだけです。

 それはともかく、メリダは今、十五だから年齢的にはいつでもおかしくない。けど、さすがに今年のデビューは無理だろ。オープニングではリリアンヌちゃんも一緒に王宮に行くわけだから、来年以降。でも一年でデビューできるかなあ? やっとメリダに基礎教養の家庭教師がついたばかりだし。俺ちゃんたちが五歳から時間かけてきたものを付け焼き刃とは言え一年じゃ無理だろ。

 そうすると、二年後、十七歳か十八歳。地方貴族ならそのくらいもあるけど、王都在住の貴族としては遅めかな。

 いや、ちょっと待てよ、親友田中が言ってたぞ、最近は性描写の規制がきつくて十八歳未満に見えるキャラクターもダメだって。とくにロリへの規制は厳しいから需要は自分で満たすと宣言してたな。それはどうでもいいや。

 つまり、エロエロ描写満載のゲームメリダは十八歳以上ってことだ! なんて名推理! 俺ちゃん天才!

 ニコニコしてたらお兄様も笑顔になった。

「ご機嫌になったねリリ。今年は神庭の神衣も新たに迎えられたらしいから華やかな祭りになるだろうね」

「まあ、何年振りの慶事でしょう」

「……十年振りだね」

 なぜか兄がものすごい微妙な顔をして教えてくれた。

 神庭の神衣とは俗世を離れ神の依代として生きることを許された人々である。一人ではなく何人もいる。今は十四人だったかな? 多い時は三十人くらいいたらしいから少ない方。

 うちの主神はなんでもありの親神様で、女であり男、生であり死、太陽であり月。女である自分と男である自分が交わり世界を生み、数多の属神と生き物を生み出したとされる。その神が人の世に降りる場所が神庭で、降臨の依代とする人間を神衣と呼ぶ。

 神殿の奥で大切に守られた神庭に住まう神衣は決して汚れることのないように十五夜の潔斎を済ませた神官としか接触しない。距離を置いて言葉を交わす程度は許されているが、それも特別な時だけだ。そう、神の代理人として花乙女を選ぶとかね。

 ゲームメリダの神の代理人ルートのお相手だ。

 このルート、一番難しいというか面倒くさい。そのくせエロシーンは少ない。けどこのエンディングが俺ちゃんは一番好き。

 ルート確定には、まず花乙女の選定まで処女でいなくちゃいけない。神の代理人たる神衣とは会話のみで好感度を上げる。エロイベントは全て避けなきゃいけないのに、メリダがすぐ男に引っかかるんだよ。社会勉強しなきゃ! とか言ってバイトしたら店長とヤるし、公園でお散歩しよ! と選ぶとなぜか妖精郷に迷い込んで妖精王とヤるし、今日はお勉強! と外に出るのをやめてもサンルームで義兄とヤる。あ、ちょっとこのスチルは記憶から消して欲しい。男子高校生はムラムラしてたけど、リリアンヌちゃんはお兄様×メリダ地雷です。つうか、公爵令嬢がバイトってなんやねん。意味がわからん。

 まあとにかく、処女を守って花乙女に選ばれ祭儀を終えた後、神の代理人の好感度が高いと「あなたに触れたい」と告白される。

 そこで「私も」と答えると神衣の選定を受けることになる。神衣の選定の条件は一に童貞処女であること、二に神のお気に召すこと、それだけ。

 まあ、二の条件が人間側には分かってないので清い心だの高い信仰心だの言われているが、ぶっちゃけ顔採用らしい。親友田中がおまけライブラリに載ってたけどって教えてくれた。自分が着る洋服みたいなもんだもんな、新品で自分好みの綺麗なのがいいんだろな。わかりみー。

 んで美少女メリダちゃんは見事に神様チェックに合格し神衣になる。神衣同士は触れ合えるので、ここでやっと神の代理人とのラブエッチだ。そして、神衣は神の依代、全員が女神であり男神であり妻であり夫である。どう言うことかって? 神の庭で青空のもと乱交パーティーですよ! 産めよ増やせよの神のご意向のもと神衣同士は気分が乗ればいつでもおせっせOK! 女性神衣の妊娠も神の子として大変めでたいと大歓迎。おめでたい日にはみんなで楽しく乱交パーティーという大変アットホームな職場です!

 男子高校生俺ちゃんはみんなが楽しそうにえちちするこのエンディングがお気に入りでした。エッチは楽しく気持ちよく。いいと思います。

 まあメリダがこのエンディングに行ってもリリアンヌちゃんは死んだ魚の目エンドですけどね。

 イラストの使い回し良くないと思います。

「新しい神衣様はおいくつですの?」

「確か二十三だったかな。神の子で生粋の神殿育ちらしいよ」

 メリダが十八の時、二十六の生粋の神殿育ち。うん、攻略対象者だわー。そっか、今年選ばれたんだ、なんかこう言うの聞くとゲーム世界を実感して焦ってしまうなあ。

「秋の祭儀が楽しみですわ」

 神衣は神に選ばれし美形だからね。祭儀で神の代理として祭壇上に並んで神歌を歌う姿は本当に神々しい。これが見られるのも貴族の特権。もちろん神殿の祭場に全ての貴族が入れるわけでもないので下位貴族は抽選になる。見れたらラッキー。公爵家は王家の隣を約束されてますので毎年見てますよ。

 毎年見てたけど気づかんかったねリリアンヌちゃん。ストーリーとか流し読みだから仕方ないね。普通の貴族は神衣が乱交上等パリピだなんて知らないからね。純粋に神の依代として信仰してるから乱交スチルには引っかかりもしない。

 もうちょい早く思い出してれば……なんもできんか。出来てもお兄様にお父様が平民と結婚しようとしてるって告げ口くらいか? 

 ま、今更ですわー。

 もうめんどいから、いっそ神衣の選定でも受けちゃえばいいかなー。リリアンヌちゃん、一応処女だし、お顔は美形よ。そんで神の庭でエロエロして暮らしてー。はい、冗談です。





 冗談じゃなくしてやろうかな、と思うリリアンヌちゃんです。

「エマ、その傷はどうしたの?」

 サンルームでお茶をしたいとリクエストしたリリアンヌちゃんのために部屋を整えに行ったエマが戻ってきたら頬を腫らしていた。唇も切れて少し血が出ている。明らかに誰かに殴られた傷。え、マジで誰にやられた??? 言ってみ? 俺が殴り返してくるから?

「ちょっとした行き違いで、」

 困ったように微笑むエマは優しい。優しいけど、今はダメです。

「その怪我をなぜ負ったのか説明しなさい、エマ」

 きちんと命じてしまえばエマは逆らえない。

 渋々とエマが口を開いた。


 くっだらねえ話だった。


 サンルームに飾る花を庭師から受け取ろうと庭に行ったところ、庭師が不在で見習いの息子しかいなかった。リリアンヌちゃんは花にはこだわりがないので見習いの息子くんでも良いだろうと花を見繕って切ってもらった。見習いながらもなかなか良い色合わせで選んでくれたので、それを褒めたところ、初めてだけど良かった、とはにかみながら微笑んでくれた。エマもニッコリである。

 さて、その微笑み合う二人を見つめる人物がいた。元キッチンメイドのメリダ付きメイドである。火サスBGM流してくれ。

 彼女は実はキッチンメイドの時から庭師の息子くんに淡い恋心を抱いていた。同じ平民で、気安く話せる良い友達であったが、いつかはこの気持ちを告げたいと大切にあたためていた。

 それなのに! 彼は「初めてだけど良かった」と言って綺麗なメイドに花束を渡しているではないか!

 初めて! ナニが!? 良かったって! ソレって!?

 え、そういうことなの!?

 庭師の息子くんが綺麗なお姉さんとエッチなことしたってことですか!?

 衝撃にその場を去ったはいいものの、とても仕事に戻れるような状態ではなく、戻ってこない彼女を心配したメリダが彼女を探しに来た、と。

 涙に暮れる自分のメイドから事情を聞き出したメリダは、そんなエッチなのはいけないと思います! と言ったかどうかは知らないが、サンルームで部屋を整えていたエマを見つけ出し、なんか言いながら平手打ちしたというわけだ。

 元キッチンメイドの心情は俺ちゃんの監修なんでほんとのところは知らん。ただエマがメリダの言葉で聞き取れたことを適当に繋ぐとこんな感じでは? ということらしい。

 興奮しすぎて何言ってるのかよくわからなかった、とエマがしゅんとしてるので、俺ちゃんはエマのお胸に顔を埋めてギュッと抱きついた。本当は頭を抱えて上げたいんだけど、リリアンヌちゃんはまだまだ成長途中なので。

「怖かったわね、エマ」

 もう大丈夫よ、と抱きしめる。

 俺ちゃんは知ってるよ、突然の暴力は怖くて息がぐっとなって苦しいよね。

 エマが小さく鼻を啜った。エマだってまだ十七歳の女の子なんだ。いきなり叩かれたら怖いに決まってる。ましてやそれが逆らえない相手なら。

「パトリシア、エマの手当てをお願い。それから家政婦長を呼んで」

 部屋に控えていた出来るお姉さんメイドのパトリシアにエマを託す。

 家政婦長が待つあいだ、ソファに座り目を閉じた。

 暴力はダメだ。女の子を傷つけるのは前世の男子高校生の心がしくしく痛む。

 ましてやエマは大切な家族だ。

「リリアンヌ様、お呼びと伺いました」

 家政婦長の声に目を開ける。

 いつも泰然とした彼女が、少し疲れたようにリリアンヌを見ていた。

「メリダ様のところへ行くわ。着いてきて」

 家政婦長は小さく畏まりました、と応えた。


 メリダは右翼棟の自室にいた。

 家政婦長はきちんと家人の居場所を把握していて迷いなくリリアンヌちゃんを案内してくれた。

 入室の許可をとり、招き入れられた部屋で俺たちを迎えたメリダはどこかバツの悪そうな顔をしていた。

「ご機嫌よう、メリダ様」

 微笑むリリアンヌちゃんにきちんとご機嫌ようと応えてくれた。ちょっと巻き舌っぽいけど聞き取れるレベルにはなってた。おう、勉強してて偉いな。偉いけど、今日のリリアンヌちゃんはオコだからな。

 礼儀としてソファを勧めるメリダに断りを入れる。

「わたくしは本日、必要なことだけをお伝えに来ました。歓待はいりません」

 微笑みの形だけした顔で言う。

 メリダもその後ろに控える元キッチンメイドも怯えたようにリリアンヌちゃんを見ていた。

 リリアンヌちゃんは整いすぎて人形のようにも見える美少女だ。感情の乗らない作り笑いはさぞかし恐ろしく見えるだろう。

「メリダ様、暴力はいけません。理由がなんであれ暴力は決して許されざることです」

 ゆっくり、ハッキリと言う。貴族特有の持って回った言い回しなんてメリダにはわからんだろう。

「使用人たちはわたくしたちに逆らうことはできません。逆らえない相手に暴力を振るって自分の意のままにしようとすることは、獣の習いでございます。どうぞ、メリダ様には人の習いを覚えていただきたく存じます」

 そう言って俺ちゃんはメリダの目を見た。恐ろしいものを前にした恐怖、平民が貴族の怒りをかった時に感じる自然な感情だ。メリダは今では自分が相手にその感情を抱かせる存在だということを自覚しなければいけない。

 張り詰めた緊張に耐え切れなくなったメリダのメイドがわあっと泣き出した。

「も、申し訳ありません、私が、私が、いけなく」

 リリアンヌちゃんの後ろに控えていた家政婦長の気配が恐ろしく冷たい。たぶん鬼のような形相でメイドを見てる。貴族同士の話に平民メイドが勝手に口出してることに気付いてメイドちゃん! めちゃ怒られるどころじゃないよ! 

 メリダも泣き出したメイドちゃんを慰めはじめて家政婦長のお顔が見えていない。ああ、もうね、仕方ないね、この子たちまだ気持ちが平民だもんね。

「わたくしは今、暴力を振るった原因の話はしておりません。どのような理由があろうと下のものに手を上げてはいけないというお話をしております」

 リリアンヌちゃんがそう諭すと、何が気にくわなかったのかメリダが甲高い声で反論してきた。してきたが、興奮しすぎて早口になってるため全然わからん。

「手を上げたのは確かにやりすぎたかもしれないけれど、昼日中にいやらしい話をしているようなメイドを叱らない方がおかしいとおっしゃっております」

 家政婦長がリリアンヌちゃんの耳元でメリダ語を翻訳して囁いてくれた。なんかこういうの前世であった気がする、ささやきなんとかって……。

「そのお話というのはそこのメイドが聞いたという話だけですよね。メリダ様は本人たちにもちゃんとお聞きになって?」

 聞き返す問いに答えはない。まあ、聞いてないんでしょね、知ってる。

「わたくしのメイドはただ部屋に飾る花を受け取っただけだと言っていました。よく出来ていたので褒めたら、初めて作ったものだけれど気に入ってもらえて良かったと言われたそうです」

 泣き崩れていた元キッチンメイドがぽかん、と口を開けてこちらを見ていた。

 こりゃダメだわ。キッチンメイドに戻されるくらいで済むといいね。

 ぐっと押し黙ったメリダが小さく何か呟いた。

「そんなの嘘かもしれないじゃない、と」

 ささやき家政婦長再び。

「メリダ様、それを言っていたらキリがないのです。それこそ、そちらのメイドが嘘をついているかもしれません」

 びくり、と肩を震わせたメイドが必死に嘘なんて、と言い募る。まあ、嘘はついてないよね。勘違いはしたかもしれないけど。

「もしメリダ様が暴力を振るわなければ、もっと話は簡単だったのです。家政婦長に伝えて風紀が乱れると注意して貰えばよかったのです。家政婦長がきちんと話を聞いてメリダ様に報告すれば、そのメイドも誤解が解けて安心したでしょう。暴力は物事を複雑にしてお互いの心に蟠りを残します。どうか、ご理解ください」

 ぐっと唇を引き結んだメリダが、肩をしょぼんと下げて俯いた。

 ごめんなさい、と吐き出すように落ちた言葉はリリアンヌちゃんにも聞き取れた。

 それから、勇気を振り絞るように顔を上げて手を上げたメイドにも謝りたい、と言う。

 いい子なんだろうなあ、メリダ自身は。

 だけど俺ちゃんはメリダの言葉に首を振った。

「メリダ様の謝罪は今、主人であるわたくしが受け取りました。これ以上の謝罪は必要ありません」

 でも、と言い募るメリダの言葉を遮る。

「上のものに謝られたら下のものは許すしかないんです。許したくなくても、許さなければいけないのです。メリダ様がただご自分が許されたいからという理由で謝罪したいのでしたら、どうぞご自由に」

 上っ面の「もういいですよ」は「もうどうでもいいですよ」の意味でしかないですけどね。詫びに菓子折りでもメイドの控え室に届けた方が反省の気持ちは伝わると思うよ。

「謝ることもできないの……」

 呆然とするメリダを眺めながら、俺ちゃんはせやで、と内心で頷いた。

 だから貴族は間違っちゃいけないし慎重にならなきゃいけないんやで。間違えても謝れないし、些細なことが取り返しのつかないことになる。

「きぞくなんて、なるんじゃなかった」

 思わず出た本音だろう。ゆっくりつぶやかれた言葉は俺ちゃんの胸にも苦い思いと共に落ちた。

 メリダはすっかり落ち込んでしまっていたが、ここで俺ちゃんが慰めるのも筋が違うだろ。

 言いたいことも言ったし帰るべ、と思ったところで乱暴に扉が開いた。

 ノックもしないで女性の部屋に入ってくんじゃねえよ、と振り向けばそこにいたのは怒りに満ちた顔をしたお父様だった。

 ま、そうでしょうね、うちにノックもしないで扉開けるのなんてお父様くらいしかいないでしょ。

「お前はまた、メリダに辛くあたっているのか!」

 怒鳴り声を上げたお父様にしょげた顔をして涙ぐんでいたメリダが驚きに目を丸くした。

 メリダの前では優しい顔しかしてなかったんだろうね。

 びっくりさせてごめんね。俺のせいじゃないけど。

 ズカズカと俺ちゃんに近寄ってくるお父様に嫌な予感がして後ずさるが、胸ぐらを強く引っ張られて息ができなくなる。

 マジかー、十四歳美少女の胸ぐら掴むとか正気かコイツ?

 後ろにいた家政婦長が慌てて止めようとするが相手は腐っても公爵様なので手が出せない。扉の外にいる使用人たちも焦っているが何もできずに混乱している。

 メリダだけがお父様を止めようと焦って手を伸ばしていた。

「二度とメリダに近づくんじゃない! この『売女』が!!!」

 はあ? 『売女』ってお母様のこと言ってなかった? 俺ちゃんはお母様ではないのですが? 耄碌された???

 ガクガクと揺すぶられて手を離される、なんて酷いことをするのだ、と見上げたお父様の目は、なるほどこれが憎しみの目というやつか納得するものだった。その存在自体が憎い、と。消えてしまえ、と目が語る。

 そんな目で見られたことが今までの人生で初めてで、俺ちゃんは呆然としてしまった。

 ろくに会ったことも話したこともない相手に、こんなに憎まれることがあるのか。

 お父様の振りかぶった大きな手がリリアンヌちゃんの顔に叩きつけられる。大人の男の容赦など感じられない平手打ちだ。リリアンヌちゃんの華奢な体は吹き飛ばされ、ローテーブルに頭からぶつかった。がん、という衝撃と共に視界が狭まる。頰が燃えるように熱かったし、頭も痛い、肩も痛い気がする。視界の端でメリダがお父様の腕にしがみついて小鳥のように鳴いていた。

 誰かの悲鳴と医者を呼ぶ声を聞きながら、俺ちゃんはわかってしまった。


 あのゲームのエンディングにメリダは関係ない。この男だ、この男がリリアンヌの心を殺したのだ、と。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
こんなんが公爵家当主とは世も末
おっ!クソオヤジ断罪されてしまえー!! 俺ちゃんがんばれ!!
 現・公爵家当主とはいえ、ここまでクズだと「家門の恥」として派閥や何やらの長老たちから叩かれて、引き摺り下ろされると思いますけれども……  お兄様とリリアンヌちゃん、がんばれー
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ