復讐を成す竜の王、アルビオン
第78話〜復讐を成す竜の王、アルビオン〜
気がつくと身体中には返り血で染まっていた。
血は滲むように薄い赤色になっていき、壊れた感情はそれを吸収してより不完全なものに変えていく。
俺はもう自分が何者なのか分からなかった。
ただ怒りや殺意といった感情のみに縛られて、晴れない鬱憤をどうにかしようとするが、無駄であろう。
もう俺は壊れてしまったのだ。
人としての尊厳や道徳を捨てたことにより、俺は竜として生きるほかの選択肢がない。
目の前にある死体海に投げ捨て、沈んでいく様子を眺めていた。
すると急に身体に異変を覚えた。
それは気持ち悪さとかではなく、かと言って痛みなどがあるわけでもない。
あるのは違和感だけである。
まるで父が母を殺した時のようなあの感覚が蘇ってきて、父の不快な笑みを思い浮かべては自分と重ねてしまう。
「う、うう、うえええええええ......」
吐いても出てくるのは胃液だけであり、それも深い海に紛れてしまう。
しかし気分は晴れるどころか募っていく。
違和感は背筋を伝って尾骶骨を通り、全身に広まっていった。
「ああ、あああああああああああぁぁぁ!!!」
知らない記憶、いや忘れようとして、なかったことにしようとした記憶が蘇ってきた。
不快な笑みを浮かべる父親に落ちていた包丁を突き立てて。
「殺したのは......俺?」
次の瞬間、身体は人を辞め竜の姿へと変わっていく。
その大きさは大空を覆うほどに膨らんでいき、太陽の光さえ遮っていた。
そしてその竜は声を上げてなくのであった。
まるで涙を流すように......。
ーーー
〜過去〜
俺は竜となっても自我はあった。
それならどうせ帝国に着くまで時間があるのだ。
ここで俺の過去について話そうと思う。
俺は龍ケ崎家に産まれた長男で、当時は母と父の一人息子として一般家庭に育った。
母はよく本を読んでくれて、父もそれを嬉しそうに眺めていることが多かった。
また母の読む本は童話を中心に読んでくれていたが、俺はまだ幼く理解もできていなかったかもしれない。
そんな中でも母は優しい口調で言葉を発して、その心地良さから寝てしまうこともたたあった。
「かあさん! なんで本の人たちはよく人を助けているの?」
そう言う俺に母はよく笑顔でこう答えるのであった。
「それはね、竜騎。......優しいからよ。 だから竜騎も本当に大切な人ができたら守ってあげなさい」
「はーい!」
幼い頃の記憶だが、今思い出してみると母の言っている意味も理解できる。
しかし今のこの姿を見せたらおそらく俺は怒られてしまうだろうな。
そして人生が変わったのは中学一年の夏だった。
この頃から母と父の仲は悪くなっており、それは俺に対する教育方針から来るすれ違いであった。
母は俺に自由に育って欲しいと俺の好きなように選ばせればいいと言っていたが、父は自分のできなかった過去の後悔から俺を名門校に入れたかったらしい。
もちろん金銭面やその他の要因はまったくもって問題なかっただろう。
本当に些細なことで母と父はよく口喧嘩すらする始末であった。
俺が母に毒されていると父は俺を嫌い、母の行動すら疑うようになり、その内に会社を辞め、母の行動を縛るようになっていた。
そして事件が起きるのであった。
それは夏休みの期間中、父が母に浮気を疑ったのが原因だった。
証拠などほとんどがでっち上げで、母が見知らぬ男性にただ話しかけられているだけの写真から疑っていたのである。
おそらくこの時の父は精神的にも病んでおり、まともな思考を保っていなかったのであろう。
しかしもちろん母は否定したが、裁判を起こすと言って聞かない父にまだ中学生であった俺は母と父を止めようと仲裁に入った。
しかしこれが更なる不幸を呼んでしまうのであった。
父は俺に向かって裁判になった時どちらについてくると言ってきたのであった。
もちろん俺は母につくと答えた。
しかしこれは母につくと言っても父を切捨てたわけではない。
それだけまともな思考ではないという意味で決めたことだった。
しかし父は裏切られたと勘違いしたのだろう。
すべては母の仕組んだことと恨みを露わにして、突如母に襲いかかったのである。
首を絞められ苦しそうにもがく母であったが、数分もすれば動かなくなってしまう。
俺は何が起きたのか分からず動けずにいた。
母がピクリとも動かなくなると、父は目に涙を浮かべて笑いだしたのだった。
まるで快楽を享受するように、狂ったように笑い出す父に、俺は初めて殺意というものを覚えた。
その後のことは覚えていない。
いや、覚えていないのではなく殺意に支配された人間が起こす行動など一つしかないだろう。
俺は台所にあった包丁を手に取り、父の喉仏のあるら辺をかき切ったのだった。
血が吹き出し、俺の身体に跳ね返ってくる。
生暖かい血がシャワーのようにかけられ、その不快さは身体中にヒルがくっついているような気持ち悪さと悪寒のような寒気が全身を駆け巡るのだ。
父は倒れ、絶命する。
しかしここで母が目を覚ましたのだった。
母は死んでいたのではなく、一瞬だけ気絶していたのだ。
すると母は目の前に無惨に殺された父親を見て、母は至って冷静で、返り血の酷い俺をみて俺の名前を呼んだのだった。
「竜騎、来なさい」
そう言われた途端、母に縋るように泣いた。
すると母は俺から包丁を取り上げてこう言うのであった。
「近くの交番に行きなさい。そして母に殺されかけたと言いなさい」
「えっ、でも......」
「こんなことに巻き込んでごめんなさいね、竜騎。でもこれが私にできることなの。だからいきなさい」
そう言って母はぎゅっと抱き締めてくれて、玄関を指さす。
俺は母の言った通り、交番に向かい母の言った通りに伝えた。
もちろんすぐに警察や救急隊が来て、俺の家に入っていく。
そして先に病院に向かっていた俺は警察からこう聞かされたのだった。
両親が死んでいる。
警察は母が一家心中を試みたとして処理をした。
真相は俺だけが知っていた。
もちろんそんなことを他人に言えるはずもなく、俺はその記憶を消すように、生きるしかなかったのだった。
しかし俺にも転機はあった。
それが犬崎沙鳴との出会いだった。
彼女との出会いは俺が親戚中からたらい回しのように家々を点々としていた時だった。
たまたま親戚の友人として紹介されたのだが犬崎家でそこの次女であったのが沙鳴だ。
彼女は俺を見るや否や、元気に話しかけてくれて沢山お話をしてくれるのだ。
それは作り話であったり、彼女のオリジナルのストーリーであったりと様々だが、彼女はそれを絵にして俺にくれるのだ。
彼女が好きだったものは沢山ある。
だが俺はその一つ一つを完璧には覚えていなかった。
でもこれだけは覚えていることがある。
俺が初めて沙鳴との会話で笑った時、彼女はとても喜んでいた。
それも泣いて喜ぶほどである。
俺はそんな彼女に惹かれていったし、いつの間にか普通に生活もできるようになっていた。
いつか本当の俺を彼女に伝えられると信じて......。
しかしそれは叶わぬ夢であると思い知らされるのだ。
再び地獄の夏を思い出させるように......。
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