Scene:09 身分を越えて(2)
アシッドが出ていった後、キャミルはシャミルを連れて、セルマの部屋に行った。
「殿下。以前にお話しさせていただきました、私の姉妹であるシャミル・パレ・クルスです」
「初めまして。シャミル・パレ・クルスと申します。よろしくお願いいたします」
「先ほどは、見苦しい場面を見せてしもうて申し訳なかったのう。許してたもれ」
「い、いえ」
「さあさあ、座ってたもれ」
お茶とお菓子が並べられたテーブルに、キャミルとシャミルがセルマに対面して座った。
「キャミル少佐を見た時には、軍人なのにこんなに美しいのかと思うたが、シャミル殿を見て、更に驚いたぞ」
「そうでございましょう。シャミルが歩いていると、すれ違う者は男はもちろん、女も必ず振り返ります」
シャミルのことを褒められると自分も嬉しくなるキャミルであった。
「キャミル! 褒めすぎですぅ」
シャミルも恥ずかしくなって顔を赤らめながら、キャミルをにらんだ。
「二人は本当に仲良しのようじゃあ」
「はい!」
シャミルはいつもどおりに飾ることなく返事をしたが、それがセルマには新鮮だったようだ。
「シャミル殿は面白い方のようじゃな」
「はい。私も話していて飽きません」
キャミルも自分の正直な気持ちを述べた。
「ところで、殿下」
「何じゃ?」
初対面の異国の姫を前にしても、シャミルはいつものシャミルだった。
「アシッドさんとお知り合いのようでしたが、どちらでお知り合いになられたのでしょうか?」
「シャミル! いくら何でも殿下に失礼だぞ!」
「でも、気になるじゃないですか。皇女様と反体制派リーダーのご子息がどこでお知り合いになったのか」
「いや、しかし……」
「キャミル少佐。良い。わらわもキャミル少佐のことを以前に根掘り葉掘り訊いたから、今度は、わらわのことも少し話そうぞ」
「……分かりました」
「皇族の師弟、それも皇帝の嫡子は、専属の家庭教師がついて、宮中で教育するということが、これまでの慣習だったのじゃが、陛下はその慣習を破って、わらわを平民も通っておる学校に入れさせたのじゃ」
「陛下はどのようなお考えがあったのでしょうか?」
シャミルが訊いた。
「わらわが陛下から常に聞かされていることは、皇帝は常に帝国市民の声に耳を傾けなければならないということじゃ。そのためには、小さい頃から、市民達と接している方が良いに決まっておる。市民達がどんな生活をし、どんな考えを持ち、 どんなことを欲しているのかを、身をもって感じるためにはのう」
「なるほど。陛下らしいお考えですな」
キャミルは、宮殿で謁見した時の皇帝の、弱々しくはあるがしっかりとした眼差しを思い出していた。
シャミルが質問を続けた。
「でも、今は、その学校も内戦状態で閉鎖されてしまい、友人達とも会えないということなのですね?」
「そうじゃ」
「先ほどもアシッドさんも、その友人のお一人なのですね?」
「友人、……そうじゃな、友人ではあるがの」
いつものセルマらしくない歯切れの悪い反応であった。
「わらわが初めて学校に行った時、わらわももちろんであったが、学校も周りの生徒達も、わらわとどう接すれば良いのか分からずに、最初はわらわの側には誰一人として近づいては来なかった」
「……」
「そんな中で、わらわにちょっかいを出してきた馬鹿が、さっきのアシッドじゃ。それまでずっと宮殿育ちで世間の常識を知らなかったわらわが、人の迷惑になるようなことを知らずにやってしまっても、先生達もわらわに遠慮して注意することはなかったが、アシッドはわらわに面と向かって注意をしてくれたのじゃ」
「そうですか。ある意味、すごく勇気のいることかもしれませんね」
「今、考えるとそうじゃな。でも、アシッドは、鈍感の馬鹿じゃからできたのじゃ」
「鈍感で馬鹿ですか」
「そうじゃ。アシッドは、わらわより二つ年上であったが、入学前に家庭教師について勉強していたわらわは、飛び級で上級生であるアシッドと同じクラスに編入されての。それから何となくアシッドとは、ずっと同じクラスになって、会うたびに喧嘩をしていた記憶しかないわ。そして、今は本当に敵同士ということじゃ」
本当に寂しそうな顔を見せていたセルマに、シャミルはいつもどおりの微笑みを見せながら言った。
「私もアシッドさんとお話をさせていただきましたが、自分や自分達の勢力のことよりも、帝国市民のことを一番に考えていることは、殿下と同じでした。それぞれのお立場は違うかもしれませんが、お二人は敵同士ではないと思います」
「そうか。……本当に馬鹿じゃなあ、アシッドは」
セルマは寂しげな表情から笑顔になって、シャミルを見た。
「シャミル殿は、これからどうされるのじゃ?」
「特に予定はございません。せっかく許可を取って、アルダウ帝国まで来たのですから、首都惑星のアルダウも見て回れたら良いのですが」
「帝国の領土空域は、今、非常に危険だ。両陣営の船だけではなく、治安が十分守られない隙をついて、海賊達も多く出没している」
「シャミル殿、わらわもそなたともっと話をしてみたいぞよ。キャミル少佐がここにいる間、そなたもここにいれば良かろう」
「キャミルは、いつまでここにいるのですか?」
「撤収命令が出るまでだ。もっとも撤収命令がいつ出るのかは分からないが」
「いつまでも撤収命令が出なければ良いのにのう」
「殿下。キャミルに対して、撤収命令が出ないということは、帝国の紛争が収まらないということですよ」
「ああ、そうじゃの。この国の紛争が収まれば、いつでもキャミル少佐には遊びにきてもらえるのにのう」
「ええ、休暇を取ればいつでも」
「シャミル殿。キャミル少佐は、わらわの命の恩人で、一番の友人じゃ。そのキャミル少佐の姉妹であるそなたもわらわの友人じゃ。今日の晩餐には、そなたも、ぜひ一緒にいてたもれ」
「ありがたき幸せでございます」
シャミルは、キャミルの方に振り向き言った。
「豪華なご馳走が出るのでしょうね。最近、キャミルは、殿下とずっと一緒に食べているのですか?」
「うむ。ご相伴に預かっている」
「何だか、ちょっと太くなったんじゃないですか?」
「な、何! そ、そんなことはない……はずだ」
キャミルは焦った様子で自分の腹回りを探っていた。
「アルスヴィッドの艦内食よりは、カロリー高そうですものね」
「ほ、本当に太ったように見えるか?」
「豚ちゃんかと思いました。実は、さっき会った時、キャミルとは気づきませんでした」
「嘘を吐くな! さっきは、シャミルの方から話し掛けてきたではないか!」
「あれっ、そうでしたっけ?」
「ふふふふふ」
キャミルとシャミルのやり取りに、おもわずセルマが吹き出してしまった。
「シャミル殿は本当に面白いのう」
シャミルはニコニコと笑いながらセルマを見た。
「異国のお姫様とお友達になれるなんて、本当にラッキーです!」
「シャミル! 少し馴れ馴れしくしすぎだぞ!」
「良い! シャミル殿。よろしく頼む!」
「はい!」
次の日。
アシッドを長とする反体制派の代表団は、密かに治安維持派遣軍のコンラッド中将と会い、再度の講和条約締結のためのテーブルに着く用意がある旨を伝えた。
そのことは、一軍人でもあるコンラッド中将の一存で決することはできないことであったため、至急、銀河連邦政府にその意向を伝え、連邦として、再度の仲介に乗り出すか否かの結論待ちということになり、その間、アシッド達も惑星ソウラで吉報を待っていた。




