Scene:04 皇帝謁見(2)
そこにちょうど、大勢の護衛を引き連れて、謁見の間に、一人の男性が入って来た。
玉座に至る途中に立っていたセルマは、壇上に上がり、皇帝が座っている玉座の隣に立ち、キャミルはその場で脇に寄り、軽く頭を下げた。レンドル大佐もキャミルの側に控えた。
「皇帝陛下にはご機嫌麗しゅう祝着至極でございます」
玉座の手前で立ち止まり、慇懃に一礼をした男は、皇帝と似て小柄であったが、ぶよぶよと太っていた。
「これは公爵、よくぞ来てくれた」
皇帝は嬉しそうに話し掛けた。
「私のような者でも、陛下のお心を癒すことができるのであれば、望外の喜びでございます」
キャミルの側にレンドル大佐が近づいて来て、小さな声で囁いた。
「カリアルディ公爵。皇帝の実弟だ」
皇帝派のリーダーであり、病弱な皇帝に代わり、実質的に帝国正規軍の司令官となっている人物である。
「公爵。そなたが紹介してくれたレンドル大佐の話は実に面白いのう。この者の話を聞いておると退屈せぬ」
「さようでございましょう。陛下にご紹介させていただいた甲斐があるというものでございます」
「何事もそなたが頼りじゃ。これからもよろしく頼むぞ。公爵」
「お任せくだされ」
「ところで、和平交渉の方はいかがじゃ?」
「反体制派の連中が理不尽な要求を突き付けており、とても飲めるものではありません」
「どのような要求なのじゃ?」
「陛下がご心配なされるようなことではございません。私めにどうかお任せを」
「公爵閣下。わらわは、その『理不尽な要求』とやらがどんなものか、ぜひ訊きたいものじゃが」
セルマは厳しい目つきで公爵をにらみながら言った。
「平和を願っていないのは、公爵閣下だけではありませぬのか?」
「これはこれはセルマ殿下。物騒なことをおっしゃいまするな。和平を結びたがっていないのは反体制派の連中ですぞ。奴らも所詮は烏合の衆。いずれは自分達が分けようと狙っているパイを大きくすることに腐心しているにすぎないのです」
「レンドル大佐とやら。近う!」
セルマはレンドル大佐を呼んだ。
「はっ!」
レンドル大佐は、その場で敬礼をしてから、カリアルディ公爵のすぐ後ろまで近づいた。
「そなたは銀河連邦の軍人ですね? キャミル少佐と同じ」
「さようでございます」
「連邦軍人たる者、よもや、嘘は吐かないであろうな?」
「もちろんでございます」
「ならば答えよ! このアルダウ帝国で平和を望んでいないのは、我が方か? それとも相手方か?」
「アルダウ帝国で平和を望んでいない者などいないと、連邦も考えております」
「ならば、なぜ争いが止まぬ?」
「話し合いで平和が成し遂げられるのであれば、軍隊など要りません。平和の確立と維持には、力が必要なのです。正義を背負った者がその力で悪を倒した時に平和が訪れます」
「ならば、正義はどちらにある? 我が方か? 相手方か?」
「まだ分かりません。国家における正義とは、市民達がどちらを支持するかによって決まります。現在のところ、市民達がどちらを支持しているか、どちらの支持が多いかは、まだ不透明な状況です」
「不透明なのではなく、市民達は、明確に、平和を支持しているのではないか? 今の争いは不毛で不要な争いだと思っているのではないか?」
「平和は、両陣営いずれかの勝利の先にしかないでしょう。今の対立構図を残したまま、平和が実現できたとしても、それは一時的なものに過ぎませぬ」
セルマは落胆したような表情を見せた。
「理路整然と述べているようじゃが、中身のない答えじゃ」
「はははは。これは手厳しい。しかし、利益を得る者と損害を被る者が、帝国市民の中にも大勢いる以上、話は簡単にまとまるものではございません」
「もう良い! 陛下も平和の実現を望まれておることは、皆、承知のはずじゃ。和平の実現を、何としても成し遂げよ!」
セルマの言葉に皇帝も小さくうなづいた。
「御意!」
公爵以下の臣下が全員頭を垂れたが、誰一人として、直ちに和平が実現するということを考えているようではなかった。
正殿から奥の院のセルマの部屋に戻ったセルマとキャミルは、侍女が入れてくれた紅茶が置かれたテーブルを挟んで、ふかふかのソファに向かい合って座っていた。
「キャミル少佐であれば、どう答えた?」
「何をでしょうか?」
「わらわが先ほどレンドル大佐とやらに訊いた質問に対してじゃ」
超エリート軍人ではあるが、人生経験が豊富な訳でもなく、政治的な話はどちらかというと苦手なキャミルは、うつむき加減になり思案をした後、顔を上げてセルマを見た。
「申し訳ありませんが、私には分かりません。しかし、平和を実現するために、一時的に争いごとが起きているということは、現実としてあり、私も軍人として、その争いに参加してきているのです」
「……愚かじゃのう、ヒューマノイドというものは」
「しかし、その愚かさを自覚できて、争いのない世界を築こうと努力することができるのもヒューマノイドです」
「そうじゃのう。わらわは、この国をそんな世界にしたいのじゃ。できるじゃろうか?」
「今すぐにという訳にはいかないと思いますが、殿下がお望みされている限り、必ずや実現されるでしょう」
「そうかの、……そうなれば良いのう」
「殿下は、いずれは皇帝になられるお方。その殿下が、常に帝国市民のことをお想いになれているということは、この国の幸福以外の何者でもないでしょう」
「わらわは皇帝なんぞにはなりたくはない」
「はい?」
セルマは、うつむき加減の顔を曇らせていたが、すぐに笑顔になって、キャミルの方に顔を向けた。
「冗談じゃ。冗談に決まっておろう。わらわには、それしか道が無いのであるからの」
「……殿下」
「……宮殿の外には出られそうにないから、今日は、いっぱいおしゃべりをしようではないか。キャミル少佐、つきあってもらえるか?」
「はい、もちろんでございます」
キャミルは、只の我が儘なだけの姫ではなく、帝国のことをしっかりと考えているセルマという自分と同じ年の女の子のことを、そして、皇帝になる宿命を背負って生まれてきたセルマという一人の女性のことが気になってきた。




