Scene:05 回想――永遠に無くならない負債――(2)
「ちょっと、あんた! もったいない! 報酬がパーだよ!」
「そうだにゃあ! あんなことでいちいち腹を立てていたら、全然、飯が食えないにゃあ!」
シャミルは立ち止まり、先ほどまでの雰囲気とはがらりと変わって、普段の穏やかな笑顔を見せながら、二人に向き直った。
「お二人には、約束どおりの報酬を支払いますから心配しないでください」
「えっ、でも」
「母上から借りた資金に、まだ、ちょっとだけ余裕がありますから、それで支払います。お約束ですから」
「でも、あんたは?」
「私の父上も探検家でした。カーラさんもサーニャさんも……。私は、そんな探検家の皆さんを馬鹿にするような考えを持った依頼主からの依頼も報酬も受けるつもりはありません」
「あ、あんた……」
「カーラさん。サーニャさん。こんな結末にしてしまってごめんなさい。でも、今回の航海では、お二人には本当にお世話になりました。私も探検家として、これからもやっていけるかなって、ちょっと自信めいたものも芽生えました。お二人の船の修理もそろそろ終わっている頃じゃないでしょうか。宇宙港までお送りします」
「い、いや、それは……」
「それでは参りましょう」
商会本店の出口に向かって歩き出したシャミルの背中で、カーラがサーニャの耳元で何かをささやくと、サーニャも微笑みながらカーラを見てうなづいた。
「ちょっと待ちな!」
カーラに呼ばれて、シャミルが後ろを振り向くと、カーラとサーニャが嬉しそうにシャミルを見ていた。
「アタイ達は、あんたからお金を恵んで貰おうとは思っていないよ!」
「そんなことは考えていません」
「いや、惑星探査の報酬からじゃなくて、あんたの貯金から出る以上、あんたから恵んで貰うのと一緒さ。アタイ達は報酬の分け前が欲しいんだよ」
「でも、今回の報酬はありません」
「だから……、今回の報酬は貸しにしといてやる」
「えっ?」
「あんたがアタイ達に貸しを返してくれるまで、あんたと一緒に航海に行ってやるって言ってるんだよ。近くで見張ってないと、貸しを返してもらう前に、トンズラするかも知れないからな」
「そうだにゃあ。貸しの利息は毎日のご飯で勘弁してやるにゃあ」
シャミルは、カーラとサーニャを交互に見渡しながら言った。
「カーラさん。サーニャさん。……ありがとうございます。今回の航海では、お二人に本当にお世話になって、そして、すごく心強かったです。お二人が、これからも一緒に航海をしていただけると、本当に助かります」
「まあ、あれだ。……あんたと一緒にいると退屈しないからな」
「本当だにゃあ。カーラとずっと一緒だと耳が痛いけど、あんたの声を聞くとそれが治るにゃあ」
「うるさいよ!」
シャミルは、今回の航海中から、ずっと思い描いていたことを二人に話した。
「カーラさん。サーニャさん。厚かましいお願いだとは思いますが、ぜひ、私の副官になっていただけませんか? アルヴァック号のスタッフも、あなた方のことが大好きになっているんです。あなた方なら、私の足りないところを補ってくれて、時には、アルヴァック号の指揮を任せることができると、今回の航海を終えて、私は確信しました」
「そ、そんなに買いかぶられると、照れちゃうじゃないか」
「そうだにゃあ」
カーラとサーニャは、少し顔を赤らめて、本当に恥ずかしがっているようだった。
「今回の航海で、私の勘が違っていたことはありましたか?」
「いいや、アタイ達も感心したけど、あんたの命令や行動は、本当に寸分の違いなく正確だったよ」
「本当だにゃあ」
「それならば、お二人がアルヴァック号の副官に適任だという私の確信も間違いないと思いませんか?」
「……はははは。あんたには敵わねえ。あんたは立派な船長だ。いや、もう『あんた』なんて呼んじゃ駄目だな。これからもよろしく頼むぜ、船長」
「そうだにゃあ。ウチもよろしく頼むのにゃあ、船長」
「カーラさん、サーニャさん。ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします」
シャミルは二人に丁寧にお辞儀をした。
「船長が副官を『さん』付けで呼ぶのは変だろう。呼び捨てで良いよ」
「そうだにゃあ」
「でも、お二人とも年上ですし……」
「船長。アルヴァック号の乗組員は、船長の元でまとまって行動しなけりゃいけないんだ。船乗りは船長に命を預けて、その命令に服さないといけないんだ。船長は船の中で唯一の命令権者なんだよ。そして副官は、船長が指揮を執れない時に船長に代わって指揮を執る役目であって、部下には違いないんだ。船長がアルヴァック号では一番偉いんだよ。一番偉い船長が部下のアタイ達を『さん』付けで命令したら、それはお願いみたいになっちまうぜ」
「それに、ウチらも今まで『さん』付けで呼ばれたことなかったから、実は、今まで『サーニャさん』なんて呼ばれて、ちょっとくすぐったかったにゃあ」
「はははは、確かに。ほら、船長。呼び捨てで呼んでみた」
「そ、それでは……」
シャミルは、顔を真っ赤にして、上目遣いに二人を見ながら呼び掛けた。
「カ、カーラ」
「お、おう」
「サ、サーニャ」
「はいにゃ~」
恥ずかしそうに名前を呼ぶシャミルに、カーラとサーニャもメロメロになっていた。
「……よろしくお願いします」
「副官に対して敬語も止めた方が良いんじゃないかい?」
「でも、この話し方はもう直らないと思います。それに、やっぱり、お二人は年上ですから、最低限の礼儀です。敬語でも命令はできます」
本当に困ってしまったシャミルの顔を見て、カーラもサーニャも顔を赤くしながら慌てて言った。
「いや、まあ、無理にとは言わないよ」
「そうだにゃあ。まあ、そのしゃべり方の船長は可愛いしにゃあ」
「ありがとうございます」
三人は笑いながら出口に向かって歩き出した。
「あっ、でも、お二人の船はどうするのですか?」
「えっ! ……ど、どうしようか、サーニャ? アルヴァック号に乗るんだから、もう要らないよな」
「そ、そうだにゃあ。売っちまうかにゃあ」
「おお、そうだ、そうだ。売っちまおう」
「高く売れると良いですね」
「そうだねえ。は、は、ははは」
カーラとサーニャは少し顔を引きつらせながら、シャミルの後をついて行った。
その後、シャミルはいくつか依頼をこなし、ある程度、報酬が貯まった段階で、カーラとサーニャに最初の航海の報酬を差し出したが、二人は受け取らなかった。
「これを受け取る時は、アタイ達がアルヴァック号を去る時だよ」
「その時は、まだ、しばらくは来ないにゃあ。うんにゃ! きっと永遠に来ないにゃあ」
アルヴァック号の船長室にある小さな金庫には、カーラとサーニャへの最初の報酬を入れた封筒が、ずっと保管されたままであった。




