Scene:19 リンドブルムアイズ(2)
フレイアは儚げな微笑を見せた。
「余らも三億もの長い年月の間に劣化してしもうたようじゃの」
「あなた方は超能力を持ち、自らを神と思い込んでいたようですが、アース族だって結局はヒューマノイド種族という生物にすぎません。神などではありません。そして、生物は常に進化するものです。三億年もあれば進化には十分です」
「余らと同じように超能力を有し、そして余らとまったく同じ遺伝子情報を持つ肉体。これが進化というものか」
フレイアはシャミルのすぐ前まで近づいた。
「そなたは他人のような気がせぬ」
「私も鏡を見ているようです」
フレイアは嬉しそうにシャミルを見つめていた。
「フレイアさん」
フレイアはシャミルの呼び掛けに少し首を傾げた。その仕草もシャミルそっくりであった。
「時空の牢獄の開け方を教えてください」
「そなた達は開けて出て来たではないか」
「また閉じてしまいました」
「やり方は同じじゃ。ただ、そなた達はそれに慣れていないだけじゃ」
「私達にもできるのですね?」
「いつかの」
シャミルは、フレイアをきっと睨んだ。
「今すぐ、あなたがやってください! 父上とメルザ姉さんを戻してください!」
「シャミルよ。それはもう無理じゃ。そなたも何となく分かっているのであろう?」
シャミルにとっては認めたくない事実であったが、フレイアの言うとおりであった。
「余にはもうできぬ」
「……」
「どうやら、そなたらの肉体に宿ったことで力が欠落してきておるようじゃ」
「……」
「つまり、余らはそなたらに取り込まれてきておるのじゃ。そなたもそれを感じて、キャミルをロキと戦わせたのであろう?」
「……はい」
「どう言うことなんだ、シャミル?」
ロキに剣を突き付けながら、キャミルが訊いた。
「私とキャミルの体がフレイアさんとロキさんの生命体エネルギーを奪ったのだと思います」
「何?」
「生命体が抜けた私達の体がそれを補充しようと、フレイアさん達の生命体エネルギーを強制的に吸収していったのです。あくまで想像ですけど」
「いや、そのとおりじゃ。そして、再び、自分の前に現れた余らのエネルギーが前ほどではなくなっていることを察知したのであろう?」
「はい。もちろん、何となくですけど……」
「そなたは恐ろしい存在じゃな。その気になれば、余らの代わりに銀河を支配することができるぞ。それも簡単にな」
「そんなことをするつもりはありません」
フレイアは楽しそうに笑った。
「これも運命の悪戯というものかのう。余が最後の皇帝になったという運命も自分では納得できなかったし、こうやって三億年もの時間を経て、やっと自分達が宿ることができる肉体を作ることができたと思えば、それは余らの想像を超えるキャパシティを持っていた」
「……」
「余らと、そなたらは何が違うのじゃろうの?」
「よく分かりませんが、……私は愛だと思います」
「愛?」
「はい。私達の父上は、私とキャミルの母上を愛していました」
「……そう信じておるのか?」
「信じているのではありません! そうなのです!」
「……ふふふ、余らはもう忘れてしまった感情じゃの」
「ヒューマノイド種族であれば、みんなが持っている感情です。原本のあなた方が無くしたというのは皮肉以外の何者でもないですね」
「あまりにも長かった。待つことがの。その間に忘れてしまったのじゃろう」
フレイアの表情からは確かに感情を読み取ることができなかった。
「今、あなた方の子孫がこの銀河で幸せに暮らしています。もうアース族の時代は終わったのです。生命体としての存在を終えられても、まったく心配は要りません」
「そうか。待ち疲れ損ということか」
フレイアは、シャミルに儚げな微笑みを見せると、ロキに剣を突き付けているキャミルの前に立った。
「キャミルよ、その剣で余とロキを刺せ!」
「フレイア様! 何をおっしゃっているのです?」
ロキは、慌てて起き上がり、フレイアのすぐ後ろまで来た。フレイアの肩に触れてはいけないのか、微妙な距離を保って、大柄なロキがフレイアの顔を覗き込むように首を傾げた。
フレイアは、ゆっくりと振り返り、ロキの頬を優しく撫でた。
「ロキよ。もう良いであろう? これ以上、醜態を晒すのは、そちも望んでおるまい?」
「フレイア様……」
フレイアは再びキャミルの方に向いた。
「さあ、キャミルよ。やるが良い」
フレイアとロキに怒りを憶えていたキャミルであったが、さすがに無抵抗の相手を刺すことには抵抗があった。
「どうした? そうせぬとそなたらの体に戻れぬぞ」
フレイアの言葉に、キャミルは、一旦はエペ・クレールを持ち直し、フレイアを刺そうとしたが、やはりキャミルにはできなかった。
フレイアの姿が音も無くキャミルにぶつかって行った。
フレイアの胸にはエペ・クレールが串刺しになっていた。
「フレイア様あぁ!」
フレイアの背中から突き出たエペ・クレールを見て、ロキが狂気の叫びを上げた。
精神生命体であるフレイアの胸から血は流れなかったが、次第にその姿が薄くなっていた。
「シャミルよ。キャミルよ。そなたらの運命は銀河の運命じゃ。自分達が最善と考える道を進むが良い」
思わずキャミルの側に駆け寄ったシャミルの顔を見つめながら、フレイアは弱々しくもはっきりと告げた。
「フレイア様をお一人にはいたしませんぞ!」
半狂乱になったロキは、弾き飛ばされていた自分の剣を拾うと、自らの腹に突き刺した。
剣を引き抜いたロキは、よろめきながらも、エペ・クレールから崩れ落ちるようにしてひざまづいたフレイアに近づき、後ろから肩を抱いた。
シャミルとキャミルは何もできずに呆然と見つめている間に、フレイアとロキはお互いに見つめながら、その姿を消していった。
バルハラ遺跡の中には、シャミルとキャミルの二人、その精神生命体だけが残った。
「終わったのか?」
「はい。彼らは精神生命体としての存在も消滅しました」
シャミルは、キャミルに向き合い、その目をしっかりと見た。
「早く自分達の体に戻りましょう!」
シャミルとキャミルは、見えていた風景が変わったことで、自分達の肉体に戻ったことを認識した。
シャミルとキャミルの前には、おびただしい数の惑星軍兵士がひざまづいていた。
最前列には、ハウグスポリ少将、レンドル大佐、そしてアリシアが顔を伏せてひざまづいていた。
シャミルとキャミルは、すぐに自分達が置かれている状況を理解した。
「皆さん、頭を上げてください」
シャミルの声で全員が頭を上げてシャミルを見た。
「戻られたのか?」
最初に気づいたのはレンドル大佐であった。
フレイアに乗っ取られてからは一言も話さなかったシャミルが話したことで気づいたのであろう。
「はい。私はシャミル・パレ・クルスです」
「同じく、キャミル・パレ・クルスです」
キャミルもシャミルの横に並んで言った。
遺跡の広場に大きなため息のような声が木霊して、全員の顔に安堵の表情が浮かんだ。
次は、自分が理不尽に殺されるかもしれないといった恐怖心から解放された兵士の中には腰が抜けたように座り込む者もいた。
アリシアが立ち上がり、シャミルとキャミルの近くに駆け寄った。
「シャミルさん! キャミルさん! うちに泊まってくれた、あのお二人ですよね?」
「ええ、そうですよ」
にっこりと笑ったシャミルにアリシアが抱きついて泣きじゃくった。
「良かったあ! もうお二人が戻って来ないのかと思って……」
最後の方はもう言葉にならなかった。
シャミルもしっかりとアリシアを抱き締めて、キャミルがそんな二人の肩を抱いた。
「全員、元の指揮下に戻れ! 指揮官がいない部隊は直ちに私まで報告しろ」
ハウグスポリ少将が立ち上がり、兵士達を部隊ごとに集めて、被害状況を確認させようとした。
そんなハウグスポリ少将にレンドル大佐が何かを耳打ちしていた。
二人は、何かをコソコソと相談しながら、ピラミッド様建造物の前にいるシャミル達の前からゆっくりと遠ざかって行った。
そして遺跡の広場の中心部付近に立ち、シャミル達と距離を置いてから、複数の兵士から報告を受けていた。しかし、その目はじっとシャミルとキャミルを見つめていた。
もちろん、それに気づかないシャミル達ではなかった。
「アリシアさん」
「はい?」
アリシアが顔を上げてシャミルを見ると、シャミルは少し体を離し、にっこりと微笑んだ。
「私の側から離れないでください」
そう言うと、アリシアの手を引いて、ピラミッド様建造物にぴったりと背を付けて立った。
「キャミル」
「分かっている」
キャミルは、まるでフレイアを守るロキのように、シャミルとアリシアの前に立った。
果たして、潮が引くように兵士達がシャミル達の前から距離を取ると全員が剣を抜いてシャミル達を取り囲んだ。
そして、反重力グライダーの低い音がすると、その兵士達の頭上を飛んで来て、キャミルの前に五体の装甲機動歩兵が降り立った。
更に、上空には三機の攻撃艇がホバリングしながらレーザー砲を焦点をシャミル達に合わせるのが見えた。
「シャミルさん! キャミル少佐!」
ハウグスポリ少将が一歩前に出て、シャミル達と対峙するようにして立った。その隣にはレンドル大佐もいた。
「あなた方が元の人格に戻っているのかどうか、我々にはすぐに判断することができない! ここは専門医の診察を受けていただこう!」
「私達の精神状態をお疑いですか?」
「そうだ。あるいは今までの人格が芝居をしているかもしれないのでな」
「そうやって、私達を拘束するおつもりですか?」
「あなた方は危険だ! これは、テラ市民の安全のための措置だ!」
「嫌だと言えば、どうされるおつもりですか?」
シャミルの言葉に、兵士達に恐怖の表情が浮かんだ。
「キャミル」
シャミルがキャミルの背中に呼び掛けた。
「あなたは銀河で一番強い戦士です」
その言葉を聞いたキャミルは、一歩、歩を進めて、装甲機動歩兵越しに、ハウグスポリ少将に話し掛けた。
「少将殿! 今すぐ連邦軍に投降してください! このテラは銀河連邦の礎となった星です! テラ族だけの星ではありません!」
「それはできぬ! とんだ邪魔が入ったが、我らは我らが信じる道を突き進むのみ!」
「あなた方がどのような主義主張をされるのかは自由だが、それは政治の世界の話です。民主的に決めることです! 武器を持って、人に押しつけるものではない!」
キャミルはエペ・クレールを抜いた。
その剣身は青く輝き、それと対を為すように、キャミルの体が赤く輝きだした。
その姿を見て、兵士達に動揺が走った。
「進んで武器を捨てないと言うのであれば、私が相手をする!」
「キャミル少佐を捕らえろ!」
ハウグスポリ少将の命令で、五体の装甲機動歩兵が一斉にキャミルに向かって飛び掛かって来た。
しかし、キャミルは、一歩、後ろに下がると、左に向けて走り、左端の装甲機動歩兵に向かって行くと、その胸に付いている、わずか数センチのコンソールを寸分の違いなく破壊した。
宇宙軍の士官でも惑星軍の兵器の知識は最低限のことは知っている。その左胸についているコンソールが強化服の動力制御装置であることを知っていたキャミルが、今の強化された自分の力で相手を斬ると、いかに強化服であろうと容易く切断できてしまうと感じて、攻撃をそこに集中させたのだ。
キャミルは、あっという間に、五体全部の装甲機動歩兵を活動不能にした。
エペ・クレールを鞘に戻したキャミルが踵を返して、シャミルの近くに戻ろうとすると、上空にホバリングしていた攻撃艇三隻からレーザー砲が放たれた。
ビームはシャミル達に当たることはなかったが、三発ともすぐ近くに着弾して、遺跡の石畳を破壊した。
これだけ威力のあるビームの直撃を人間が受けると、いかにパーソナルフィールドを展開していても無駄で、一瞬のうちに体がバラバラになってしまうだろう。
しかし、シャミルは冷静であった。
自分の肉体の中に、フレイアの取った行動が記憶として残っていた。
それを試してみようと思ったシャミルは、その右手を高く掲げて、攻撃艇を指差した。
そして、その手を振り下ろすと、それにつられたように三隻の攻撃艇はゆっくりと下降していき、遺跡の広場の入口付近に「無理矢理」着陸させられた。
念動力と呼ばれる超能力で、シャミルも初めて自分で意識をして発動をさせてみたが、いとも容易く実行できた。
包囲していた兵士達は再び恐怖心に苛まれた。
兵士達の腰が引けているのが分かった。
ハウグスポリ少将とレンドル大佐も為す術無しという表情で立ち尽くすことしかできなかった。
シャミルとキャミルは、アリシアをピラミッド様建造物の前に残して、ハウグスポリ少将に向かい、並んで歩き出した。
兵士達の中には勇敢な者もいて、シャミルとキャミルの行く手を阻もうと剣を振り上げてくる者もいたが、シャミルが睨むだけで、その体ごと弾き飛ばされてしまい、誰一人としてシャミルとキャミルに触れることすらできなかった。
ハウグスポリ少将の前まで来たキャミルがエペ・クレールを少将に突き付けた。
「少将殿。投降してください」
「お前達は本当にアース族ではないのだな?」
ハウグスポリ少将は、キャミルの降伏勧告には答えず、興奮を押さえきれないように訊いた。
「ええ、違います。シャミル・パレ・クルスとキャミル・パレ・クルスの姉妹です」
「しかし、今の能力は?」
「父上から受け継いだ力です」
シャミルの言葉に、ハウグスポリ少将は、なぜか嬉しそうであった。
「そうか。これがリンドブルムアイズなのか」
テラ族優生種族説に取り憑かれているハウグスポリ少将が何を考えているか想像ができたが、シャミルは、あえて無視をした。
ハウグスポリ少将の隣では、レンドル大佐が肩を落としていた。そして、大きくため息を吐くと目を閉じて呟いた。
「やはり、私は、リンドブルムアイズになれなかったのか」




