Scene:06 密林の軍団(2)
次の日。
朝の密林は、意外と気温が低く、テントでも快適に眠ることができた。
軽く朝食をとると、昨日に引き続き、エアバイクで密林の中をゆっくり飛んで調査を進めた。
「ちょっと待ってくれだにゃあ!」
サーニャの声で、エアバイクの列が停まった。
「何か聞こえますか、サーニャ?」
「……機械の音がするにゃあ」
「どっちですか?」
「……あっちだにゃあ」
他のヒューマノイド種族では聞き取れない程度のごく小さな音を認識したサーニャが先頭になって、ゆっくりとエアバイクを進めた。
しばらく行くと、エアバイクを停め、目を閉じ集中して音を聞き分けると、またエアバイクを進めるという作業を何度か行った。
「分かったにゃあ!」
そう言うと、サーニャは、若干、速度を速めて、エアバイクを進めた。
サーニャを三人が追い掛けていくと、また、サーニャがエアバイクを停めた。
「特定できたのですか?」
シャミルの問いに、サーニャはしっかりとうなづいた。
「ここから北に三百メートルほどの所が音の発信源だにゃあ」
「分かりました。行ってみましょう」
更にサーニャが先頭になって三百メートルほど行くと、密林の中に丘のように盛り上がっている所が見えてきた。
「この地下だにゃあ」
エアバイクを停めて、その丘状の周りを見渡してみたが、何も見えなかった。
「おい! サーニャ、本当にこの地下から音がしているのか?」
「してるにゃあよ!」
「サーニャの耳を信じましょう。それより、この下に何かしらの空間があるとすれば、どこかに入口があるはずですね」
「とりあえず、この丘の周りを歩いてみよう」
キャミルの提案に従い、四人はゆっくりと丘の周りを歩いたが、入口らしき穴や扉のような構造物は見当たらなかった。
「特に怪しい所は見当たらないな」
「そうですね。……出入り口は、もっと遠くにあるのかも知れませんね」
「なるほど。地下トンネルがどこからか続いて来ているということか?」
「ええ、サーニャ、何か分かりますか?」
「う~ん。……その地下トンネルを何かが通ってくれていたら分かるんだけどにゃあ」
「そうですね。今、聞こえている機械の音はどんな音ですか?」
「……ファンが回っているような、……たぶん、空調装置の音だにゃあ」
「この地下に何らかの施設があることは確かなようだな。こんな密林のど真ん中の地下に何らかの施設があるだけでも怪しいが、それが、軍を動かして制圧すべき施設なのかどうかを調べなければいけない」
「そうすると、中に入るしかないですね」
「そうだな。少し捜索範囲を広げて、地下トンネルへの入口が無いかどうかを調べてみよう」
エアバイクに戻ろうと歩き出すと、サーニャが立ち止まった。
「どうした、サーニャ?」
「何かが近づいて来てるにゃあ」
「何だ?」
「……反重力パラグライダーの音だにゃあ!」
「何?」
サーニャが見つめている方向からガサガサと葉がこすれる音がして、覆い茂った枝をかき分けるようにしながら、剣を構えた大きな人影が二つ、低空を飛んで来ると、シャミル達の近くに立った。
その姿は、二メートル五十センチほどの高さがあり、戦闘宇宙服の全身が軽金属の鎧で覆われているかのようなデザインで、見ようによっては人型ロボットのように見えた。
手にした剣からは殺意が隠しようもなく出ており、敵であることは明らかだった。
「あれは!」
その姿を見たキャミルは言葉に詰まっていた。
「キャミル、あれはいったい?」
シャミルの問い掛けにキャミルが答える前に、二体の敵は、背中のブースターを噴射させると、目にも止まらぬ速度で四人に迫った。
しかし、すぐに前に出たキャミルが、エペ・クレールを抜き、低く飛んで来た敵二体に向かって振り回すと、キャミルと二体の敵の双方が、弾き飛ばされたように後ろに吹き飛んだ。
「キャミル!」
シャミルが叫んだが、キャミルはすぐに立ち上がった。
二体の敵もすぐに立ち上がり、剣を構え直した。
「シャミル! また、私に力をくれ!」
「えっ?」
「こいつらは人間の十倍の力を持っているんだ! 生身の人間ではとても歯が立たない!」
「分かりました!」
キャミルの求めに応えて、シャミルは、すぐに跪き、胸の前で手を組み目を閉じた。
辺りが薄暗くなるくらいのエペ・クレールの輝きを見て、敵も、飛び掛かろうとするのを少し躊躇ったのか、一瞬、動きを止めた。
その隙に、キャミルが敵の一体に突進をして、エペ・クレールを敵の胴体を打ち付けると、敵は後ろ向きに二十メートルほど吹っ飛んで行った。
そして、その近くにいたもう一体の敵に突進をして、エペ・クレールを袈裟懸けに振り下ろすと、敵は、その左肩口から右脇腹に掛けて付けられた切れ目から火花を散らしながら、立ったまま活動を停止させた。
キャミルは、間髪入れずに、先に吹っ飛ばした敵に突進をして、起き上がろうとしていた敵の胸部分を横に切り付けた。
胸部分に大きな傷が付けられ、その中の切られた配線から火花が弾け飛ぶと、その敵も活動を停止した。
「カーラ!」
「何だ?」
シャミルの側に立っていたカーラにキャミルが声を掛けた。
「中に人間が入っているはずだ。背中のロックを壊して、中の人間を引っ張り出してくれ!」
「わ、分かった!」
目を覚ましたシャミルが見つめる前で、カーラが最初に活動停止になった敵の背中についていた四つのロック部分をその太刀でかち割っていくと、ぱっくりと背中が割れるように金属製のボディが開き、中から、体に密着したボディスーツを着た、ガタイの良い男が出てきた。男は肩に火傷のような傷があり、気を失っているようだった。
キャミルも後から活動停止をした方から男を引っ張り出していた。こちらは気を失っていないようで、キャミルの突きつけたエペ・クレールから注意をそらさずに金属製ボディから出てきた。キャミルがその男の背中に剣を突きつけつつ、シャミルの近くまで連れてきた。
「キャミル! ロボットかと思ったら、人が入っていたんですね?」
「ああ、これは惑星軍の装甲機動歩兵用の強化服だよ」
「えっ! 軍の装備なんですか?」
「ああ。こいつは最新鋭の型だから海外にも輸出していないはずだ。どうやって手に入れたのだろう?」
キャミルは、自分の前に立たせていた男に、再度、剣を突きつけた。
「名前は?」
「……」
「装甲機動歩兵の強化服を使いこなすには相当な訓練が必要だぞ。どこで訓練をしたんだ?」
「……」
「まさか、惑星軍の軍人か?」
突然、男が崩れ落ちるように倒れた。
キャミルがすぐに駆け寄り、跪いて男の上半身を起こしたが、男は、口から血を流し、眠っているように目を閉じていた。
「キャミル?」
キャミルの側に跪いたシャミルが、男の上半身を抱えたままのキャミルの顔を覗き込んだ。
「舌を噛んで自害した」
キャミルがゆっくりと男の上半身を地面に寝かせると立ち上がり、気を失っている男に近寄った。
「カーラ! 手伝ってくれ」
キャミルは、カーラの手を借りながら、倒れている男の手足を縛り、猿ぐつわをして自害ができないようにした。
「キャミル、この人達はいったい?」
「こいつらは訓練を積んだ兵士だ。間違いない。おそらくだが、現役の惑星軍の兵士だろう」
「どうして惑星軍が私達を?」
「テラ解放戦線への協力者なのか? それとも他の組織か? ……この縛り上げた奴に白状してもらうしかないだろうが、そんな時間は無さそうだ」
「その人はどうします? 連れて行きますか?」
「いや、エアバイクに意識の無い人間を乗せていくことはできないし、意識が戻ったとしても、素直に私達と一緒に来るとは思えない。ここに置いて行こう」
「大丈夫でしょうか?」
「装甲機動歩兵に選抜される惑星軍の兵士は、戦いのエキスパートばかりで、超人的な体力を持っている奴らばかりなんだ。二、三日このままでも、くたばるような連中じゃないさ」
「訓練が行き届いているのなら、縄を解いて逃げちゃうかもしれませんよ」
「まあ、それでも良いさ。もう、顔写真も撮っている。軍の人間であれば、すぐに特定できるだろう」
「じゃあ、軍が関与した何らかの施設があることは確実で、それは、あの丘の周辺ということで、依頼主に報告しましょうか?」
「私は、シャミルの判断に従うよ」
「また、刺客が来るかも知れませんから、すぐにこの密林を出て、後は、軍にお任せしましょう」
「そうだな」
シャミル達一行は、エアバイクを停めている場所まで戻った。
「また音がするにゃあ!」
装甲機動歩兵が出てきた方向を見つめるサーニャが叫んだ。
「今度は何だい?」
「もっと大きな……反重力エンジンと風切り音がするにゃあ!」
「みんな! 急げ!」
それが何なのかの推測がついたキャミルの叫びを聞いて、シャミル達もすぐにエアバイクに戻った。
「シャミル! 先頭を行け! 私が最後に行く!」
「でも」
「速く!」
やると決めたら迷わないシャミルが急発進すると、カーラとサーニャが続き、殿にキャミルが追った。
密林の中を縫いながらも、最高スピードに近い速さで低空を飛んでいた一行の後から、レーザービームが飛んで来て、キャミル達の横をかすめて行った。
シャミルがエアバイクのバックモニターを見ると、生い茂った樹木をかき分けるようにしながら、エアスクーター同様、空中に浮かんで飛んで来ている戦車のようなボディが追って来ていた。
「何だい、ありゃあ?」
「惑星軍の飛行戦車だ!」




