Scene:06 密林の軍団(1)
アスガルドの熱帯雨林地帯に広がる広大な密林。
開拓以来、誰も足を踏み入れたことがないように鬱蒼と茂る熱帯雨林が背後まで迫って来ている「モックルカールヴィ」という小さな街の中心部にあるカフェテラスにシャミル達はいた。
モックルカールヴィは、椰子に似た樹木の間に質素な低層建物が間隔を開けて建っていて、超高層ビルがそびえるミッドガルド市や首都特別区と同じ惑星にあるとは思えないほど、のどかな街であった。
シャミル達がお茶をしているオープンカフェの真ん前には、この街に来るための唯一の公共交通機関であるエアバスのバス停があり、ちょうど到着したエアバスから降り立った四人の乗客の中にキャミルを見つけたシャミルは思わず笑顔になった。
キャミルは、いつもの軍服ではなく、いかにも探検家に見えるような服を着て、腰にはエペ・クレールをぶら下げていた。
シャミル達を見つけたキャミルも笑顔を隠さずにカフェにやって来た。
「シャミル! 久しぶりだな」
「本当ですね。まさか一緒にお仕事ができるなんて思いませんでした」
「そうだな。お互い別々の仕事を受けて、たまたま出会うことは何回かあったけど、同じ仕事を請け負ったのは初めてだな。もっとも、私の場合は命令なのだが」
シャミルの正面に座ったキャミルもコーヒーを注文した。
「ひょっとして、あのフレイドマール大将とやらにシャミルを紹介したのは、キャミルなのかい?」
カーラが訝しむように訊いた。
「いや、私もフレイドマール大将から直接命令されて、その時にシャミルが参加すると聞いたんだ」
「じゃあ、やっぱり船長直々の評判なんだな」
「カーラの言うとおり、軍の中でも、シャミルのことは、けっこう知られているんだよ。困難な依頼も受けたからには必ず成功させる探検家だってね」
「キャミルの姉妹だからってのもあるんじゃないのか?」
「ああ、どうだろうな?」
「きっと、そうですよ。連邦軍の有名人であるキャミル少佐の姉妹というだけですよ」
自分が有名だと言われると照れてしまうシャミルが、キャミルを持ち上げることもいつものことで、キャミルも二人の副官もそれ以上、突っ込むことはしなかった。
「それで、キャミル。具体的に、どうやって進めましょうか? キャミルは何か特別な指示を受けているんですか?」
「いや、特段、受けていない。私が受けた命令は、シャミルの探査をサポートすることだけだ」
「私が受けた依頼は、テラ解放戦線の拠点を探し出すということです」
「とにかく、我々はその存在を直に確認すれば良いということだ。相手に知られないうちにできればベストだが、そう言う訳にはいかない場合もあるだろう」
「相手が私達のことに気づくと、襲って来るでしょうか?」
「その可能性が高いな。何と言っても、たかが女性探検家四人のパーティだ。口を封じることも容易いだろうと考えるはずだ」
「とにかく、依頼を達成したら、モタモタしてないで逃げるということですね」
「そうだな。その時は、私がシャミルを守るから心配するな」
「はい」
「しかし、見つかるまでは、密林の探検なんだから、リーダーはシャミルが務めるべきだよ。私もシャミルに従うから」
「分かりました! では、キャミル! 早速、指示をします!」
「な、何だ?」
「今日は一緒の部屋で寝ましょうね」
「……それ、探査と関係ないだろ?」
結局、ホテルの同じ部屋で泊まったシャミルとキャミルは、翌朝、軽金属リュックに食料や水、最低限の生活用品を詰め込んで、エアバイクで密林の中に入って行った。
折れて倒れた樹木や暖簾のように垂れ下がった蔓の隙間を飛び抜けながら、探査範囲の端までやって来ると、四人はエアバイクを停めた。
「ここから探査範囲です。ゆっくりと行きますよ」
先頭にいたシャミルが後ろを振り返って言うと、すぐにエアバイクを発進させた。
その後を、サーニャ、カーラと続き、殿をキャミルが早足程度の速度でついて行った。
今回の探査範囲は、アスガルド上空に蜘蛛の巣のように張り巡らされた人工衛星による監視で、樹木が生い茂りすぎてその地表が確認できなかった約百五十キロ四方であった。
ただ、走り回るだけでは怪しいので、たまにエアバイクを停めて、生物の観察をしているようなふりをしながら、エアバイクに内蔵させた様々な探査機器と、サーニャの視聴覚を頼りに、密林にあり得ないものの発見に務めていた。
初日は、これと言った成果も得られず、日暮れとともに探査を終了し、野宿の準備を始めた。
「キャミルと一緒にテントで寝られるなんて嬉しいな」
「キャンプに来てるんじゃないぞ、シャミル!」
「分かってますよぉ。でも、夜はすることが無いんですから、少しくらいなら良いじゃないですか」
「やれやれ。とりあえず、晩ご飯を作るか?」
「船長! お願いします!」
カーラとサーニャが示し合わせていたかのようにお辞儀をしながら言った。
「私の作った飯は食えないって言うのか?」
「そ、そう言う訳じゃなくて」
「二つ星より三つ星のレストランの方が良いにゃあ」
キャミルに睨まれたカーラとサーニャが汗を掻きながら言い訳をした。
「残念ながら今晩の御飯は焼くだけでした」
携帯用コンロに掛けた鉄板で冷凍牛肉を焼き、塩・胡椒、そしてサムライ・オンラインで憶えた醤油で味付けをすると、シャミル特製ステーキがあっという間に出来上がった。
「この醤油を使うと、ちょっと味に奥行きが出るんですよね」
「本当だにゃあ! 美味いにゃあ」
「ぐふふふふ、やっぱり肉だぜ」
探検に来ているとはいえ、豪華な食事にカーラも満足げであった。




