Scene:04 密輸船(2)
アルスヴィッドもエンジンを全開にして、遠ざかるヤルンサクサ号を追った。
無重力状態の宇宙空間であっても、加速させるためには、船体の大きさに反比例して時間が掛かることから、アルスヴィッドも最初こそ、ヤルンサクサ号から距離を離されてしまったが、徐々に距離を詰めていった。
しかし、ヤルンサクサ号も商船としては考えられないような加速性能を見せて、アルスヴィッドがそれ以上近づくことを許さなかった。
「くそっ! ギャラクシー級戦艦を振り切ろうとするなんて、どれだけ強力なエンジンを積んでいるんだ?」
ビクトーレが悔しそうに呟いたが、それでアルスヴィッドの速度が上がる訳もなかった。
「宇宙軍第一師団司令部に『不審船を発見』した旨、報告をしろ!」
「了解!」
通信士がヤルンサクサ号の逃走方向を宇宙軍第一師団に連絡をすると、すぐに艦長席の方に振り向き、キャミルを見た。
「所属商会から回答あり! ヤルンサクサ号は現在、別の空域を航行中とのこと!」
「やはり偽物か。逃がすな!」
しかし、ヤルンサクサ号は、ちょこまかと進路を変えながら、巨体ゆえに細かな方向転換が苦手なアルスヴィッドを振り切ろうとしていた。
「ビクトーレ! この距離で相手の足を止めることができるか?」
「七十パーセントの確率で可能かと!」
「試してみろ! Aブロック全砲門開け! ヤルンサクサ号に警告をしろ!」
通信士が、停船しなければ砲撃をすることを告げたが、ヤルンサクサ号から返信はなく、速度を落とす気配も見せなかった。
それどころか、ヤルンサクサ号からビームが打ち込まれてきた。
「敵船から砲撃あり! いくつかの箇所でバリアが破られ、外壁がへこんだ所があります!」
アルスヴィッドの防御バリアを破ることから、かなり強力なビーム砲と思われた。
しかし、このくらいの敵とは、これまで何度も戦ってきているキャミルも艦橋スタッフも冷静であった。
「相手艦から先に攻撃を受けた! これより当艦はヤルンサクサ号を攻撃する! 最終通牒をしろ!」
通信士が攻撃開始の最終通牒をしたが、ヤルンサクサ号は止まらなかった。
「砲撃準備は良いか?」
「いつでも!」
ビクトーレの勇ましい返事を聞くと、すぐにキャミルが指示を出した。
「ヤルンサクサ号の動力源に一斉砲撃!」
ヤルンサクサ号に面しているAブロックの全砲門が、素早くヤルンサクサ号に照準を合わせられた。
「目標捕捉!」
「撃て!」
アルスヴィッドから発せられたレーザービームは、敵から向かって来るビームとすれ違いながらヤルンサクサ号の船尾に命中すると、推進機関を破壊されたヤルンサクサ号は慣性で飛んでいく状態になった。
「捕らえろ!」
アルスヴィッドは、ヤルンサクサ号に近づいて行き、ロボットアームを伸ばして固定をすると、乗り込みチューブをヤルンサクサ号の船腹にある搭乗ゲートに付けた。
宇宙服を着込んだキャミルは、マサムネ率いる突撃部隊の先頭に立って、乗り込みチューブに入り、ヤルンサクサ号の搭乗ゲートを外から開けた。
中に入り、外壁の扉を閉めると、自動で密閉室に空気が満たされ、内壁の扉が開いた。
「気をつけろ!」
密閉室の外は廊下であり、左右を見渡しても乗員は見えなかった。
観測の結果、ヒューマノイドが活動できる空気成分であることが確認できたことから、キャミル達もヘルメット前面のガラス部分を開け、それまでの無線から声による意思疎通に切り替えた。
「マサムネは二十人を率いて、貨物室に向かえ! 残りの二十人は私と一緒に艦橋に向かう!」
マサムネが素早く二十人のグループを分けると、キャミルは、割り当てられた二十人を率いて、艦橋に向けて先頭を歩いた。
「投降を呼び掛けろ!」
「こちらは連邦宇宙軍所属第七十七師団所属戦艦アルスヴィッドの制圧部隊である! 速やかに武器を捨てて、投降しろ!」
部下の兵士が小型の拡声器を使って呼び掛けたが、誰も出て来なかった。
「よし! ならば、こちらから行く!」
全員が剣を抜き、用心しながら、それほど広くない廊下を進んだ。
しかし、誰にも会わずに、艦橋までやって来た。艦橋のドアの前に立つと、ドアが自動で開いた。
「みんな、ヘルメットを閉めろ!」
微かであるが、甘ったるい匂いに気がついたキャミルが指示をした。
ヘルメットを閉めて、キャミルが中に入ると、おそらく艦橋スタッフと思われる者達が、それぞれの席で突っ伏していた。
用心しながら近くに寄り確認すると、全員が事切れていた。
「空気を観測しろ」
兵士が空気成分を観察すると、致死量を遙かに超える毒ガス成分が検出された。
おそらく、艦橋全体に毒ガスが充満しているのであろう。
艦橋スタッフが、全員、椅子に座っている状態であるのは、全員が覚悟の上だったか、それとも、逃げる暇も無く自動的に毒ガスが噴出されたのかのいずれかであろう。
キャミルが艦橋のコンソールを見渡すと、ある部分のみが稼働しているのに気がついた。
そこには、デジタルストップウォッチの時刻らしき数字が表示されていたが、刻々と減少していた。
それが何かを察知したキャミルは、迷うことなく、エペ・クレールをコンソールに突き刺した。
数字は「3」を表示して止まった。
「艦長、それは?」
それが何か分からなかった兵士が訊いた。
「時限爆弾だ。おそらく自爆用だろう」
「さ、三秒前だったんですか?」
あの短い間で、時計部分と爆弾部分とを繋ぐ回線を切ったキャミルの冷静な判断と行動に、兵士達もただ驚くことしかできなかった。
「他に爆破物が無いか、すぐに確認しろ!」
そう指示をすると、無線を使って、マサムネに自爆の危険性を伝えた。
「了解しました。貨物室でも乗組員は自害していました。爆破物の検知は、今、行っていますが、特段、感知されていません!」
「そうか。引き続き、気をつけろ」
「分かりました。それより艦長! やはり積荷は様々な兵器や武器でした。それも相当な数です!」
「よし! 検査が終わり次第、この船をスヴァルトヘイムに曳航して行く!」




