Scene:03 イリアスの孤児院(1)
ハシムと約束した時間になると、アルヴァック号を出たシャミルと二人の副官は、隣に停泊しているマーガナルム号を横目に見ながら、レンタルしたエアカーで、ファサド商会に向かった。
ハシムから依頼された惑星探査を無事に終え、ハシムに居住可能惑星を一つプレゼントできることになったシャミルが、その結果を直々に依頼主に伝えていくという、探検家になって以来続けている伝統行事をするためだ。
惑星イリアスの首都ムスペルにあるファサド商会の本店。
シャミルの報告を聞いたハシムは、儲けの種である居住可能惑星を一つ手に入れたことより、シャミルに会えたことの方が嬉しかったようで、ニコニコとしながらシャミルの顔を眺めていた。
シャミルに好意を抱いている男性であることは変わらないのに、ヒューロキンと接する時に感じていた嫌悪感を感じさせないハシムは、キャミルの幼馴染みということを割り引いても、シャミルにとっては、希有な存在であった。
「これで、また、この商会の規模も大きくなったも同然だ! シャミル! 今日はお祝いをしようぜ! もちろん、俺の奢りだ!」
横に座っていたカーラとサーニャがあからさまに嬉しそうな顔をしたのを横目で見ながら、シャミルが言った。
「いえ、私は、ただ依頼をこなしただけです。契約に無い特別ボーナスをいただく理由がありません」
「じゃあ、これは友人であるシャミルへのプレゼントだ。友達の好意は素直に受けるもんだぜ」
「……分かりました。では、私の方からお願いをさせていただいてよろしいでしょうか?」
今まで、シャミルの方からおねだりをすることは無かったから、ハシムも少し驚いていた。
「お、おう! イリアスの郷土料理か? それとも極上のステーキが良いか?」
「いえ、食べ物屋さんに行きたい訳ではありません」
「じゃあ、宝石か?」
「宝石にも興味はありません。連れて行ってほしい所があるのです」
「シャミルを連れて……。二人きりで旅行とか?」
シャミルが姿勢を正して、にやけた顔のハシムを見た。
「キャミルの家に案内していただけませんか?」
「へっ? キャミルの家に?」
「はい」
拍子抜けしたハシムだったが、すぐに普段の様子に戻った。
「キャミルの家なら、もう無いぜ。キャミルのお袋さんが死んで、キャミルも士官学校の寮に入ってからは無人になっちまって、去年、取り壊されたんだ」
「知っています。でも、私は、キャミルが育った場所を見てみたいのです」
「まあ、そんなことはお安いご用だ。でも、突然、どうしたんだ?」
「私にとっては突然ではありません。次にイリアスに行くことになったら、ぜひ、ハシム殿にお願いしようって、ずっと前から思っていましたから」
「そうなのか? シャミルもキャミルのことが大好きだもんな」
「はい! だって、たった一人の姉妹ですから!」
「分かった。案内するよ」
「お願いします。ハシム殿」
「今から向かうかい?」
「ハシム殿は、時間はあるのですか?」
「これからシャミルとデートする予定だった時間がたっぷりあるからな」
ハシムが運転するエアカーの助手席にシャミルが、大宴会の夢が破れて落胆を隠せないカーラとサーニャが後部座席に座り、キャミルの家があったという場所に向かった。
商会当主として、大金持ちのハシムであったが、見栄のためのお金はまったく使わず、運転手付きの豪華な社用エアカーは接待の相手方を乗せるためだけに使い、自らは大衆車を運転することを続けていた。
ファサド商会から十五分ほどエアカーで走った場所に、キャミルが住んでいた家はあった。
ムスペルの中心街からそんなに遠くない場所であるが、田園風景が広がり、隣の家までかなりの間隔を開けて建てられていたその家は、キャミルが住んでいた当時の家ではなく、建て替えがされて、今は、まったく関係の無い人が住んでいるようであった。
「ここで、キャミルが……」
シャミルは、キャミルと一緒に過ごせなかった、出会うまでの十七年間がすごくもったいない気がしていた。だからこそ、それまでのキャミルが見ていた風景を見ておきたかったのだ。
爽やかな風が吹いて、シャミルの長い髪をなびかせると、その風に乗って、小さな子供達の声が聞こえてきた。
シャミルが声のした方を見ると、少し離れた場所に、煉瓦造りの教会とそれに隣接する寄宿舎のような建物があり、その前庭で大勢の子供達が遊んでいるのが、格子塀越しに見えた。
「あれは幼稚園ですか? あっ、でも、大きな子もいますね」
「あれは、俺が育った孤児院だよ」
ハシムは懐かしい物を見るような目をしていた。
「……そうでしたね。ハシム殿は物心付いた時には、孤児院に入っていたとおっしゃっていましたね」
シャミルは、初めて会ったアスガルドの酒場で、ハシムが言ったことを思い出した。
「ああ、そこにキャミルの家があって、孤児院があっちって訳さ」
「なるほど」
キャミルの家と孤児院は、直線で五十メートルほどの距離にあり、間に建物も無いことから、首を振れば、二つの建物を見渡すことができた。
「キャミルの母親は、店の準備のため午後から出掛けて、夜遅くまで帰って来なかったから、キャミルは、一緒に遊びたいって目をして、よく、この孤児院の格子塀の外から中を眺めていたんだ。それに気がついた俺が声を掛けてから、一緒に遊ぶようになったんだけどな」
自分の母親は自宅と棟続きの骨董店にいて、いつでも会うことができたシャミルは、小さい頃から一人でいたキャミルのことが一層愛おしく感じられた。
「ハシムちゃん!」
ハシムを呼ぶ声がした。みんなが振り返ると、孤児院の入り口に、エシル教会のシスター姿の老婦人が立っていた。
「あちゃあ! 見つかっちまった!」
ハシムは、ばつが悪そうだった。
「ハシムちゃんって?」
カーラとサーニャは、今にも吹き出しそうだった。
「お前ら、何だよ、その顔は?」
「だってよ、ハシムちゃんって、柄じゃねえだろ」
カーラが笑いをこらえながら腹を抱えていた。
「うるせえ!」
そうしているうちに、シスターはシャミル達の側にやって来た。
「お久しぶりね、ハシムちゃん」
「院長先生、いい加減『ちゃん』付けは止めてくれよ」
「良いじゃない。私にとっては、いつまでも、鼻垂れ小僧のハシムちゃんなんだから」
「ちょっと待った! それ以上、俺の黒歴史を暴くんじゃない!」




