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リンドブルム☆アイズ  作者: 粟吹一夢
Episode-08 仮想現実の国盗り物語
184/234

Scene:10 寝返りの誘惑

 駿府城すんぷじょう城下の武家屋敷地区。

 今川家のプレイヤー筆頭家老、太原雨齋たいげんうさいの屋敷の奥まった部屋に、今川家の有力な家老四人がひそかに集まっていた。

 午後零時からの御前会議の前に、日本統一イベントに対する今川家の方針を固めておくための事前打ち合わせであった。

「今回は、どの勢力も合戦を仕掛けてくることはないはずだ」

「うむ。例のバグ問題だな。誰も痛い思いをしてまでいくさをしたいとは思わないはずで、実際、うちもまったく兵士が集まっていない」

「これでは、合戦自体できない。ここは全勢力に対して、同盟を申し込むとするか?」

「異議無し! 他の家老達も反対はすまい」

「そうだな」

 すぐに結論が出て、みんなが、目の前の茶托ちゃたくに乗ったお茶をすすりだした時、どこからとなく声が響いた。

「こんにちは」

 場違いな可愛い女性の声で、一同はきょとんとしてあたりを見渡した。

太原たいげん殿。女性の客人ではないのかな?」

「いや、その予定はないが?」

 音も無くふすまが開くと、黒装束の女忍者が正座をしていた。

「だ、誰だ?」

「織田家の紗魅琉シャミルと申します」

 紗魅琉シャミルは、綺麗に三つ指を着いて、深々(ふかぶか)とお辞儀をした。

「敵国の家老宅に堂々と忍び入るとは、良い度胸だ!」

 太原雨齋たいげんうさいは、メニュー画面を出し、家中のプレイヤーを招集しようとした。

「お待ちください! 私は、皆さんのお命を頂戴ちょうだいしに来たのではありません」

「何? ならば何の用じゃ?」

「皆さんをスカウトに来ました」

「スカウト?」

「はい! 今、織田家では、家老クラスの武将さんを絶賛大募集中で~す!」

「……何を言ってるんだ?」

 家老達も、目を点にして、あきれることしかできなかったようだ。

「だから、今川家を抜けて、織田家に来ませんか?」

「調略か? そうやって他家に寝返ると、身分が二階級降格、名声も一万減り、逆に悪名が一万増えるんだぞ! よほどのことがない限り、他家に寝返ることなどありえん!」

「今が、その『よほどのこと』がある時だと思いませんか?」

「バグのことか? 確かに、若干じゃっかん、正常化は遅れているが直らないはずはない」

「でも、織田家の家老達は、日本統一を目指して、近隣諸国に攻め込む方針を決めましたよ。御前会議でも承認されるはずです。今川様は、織田の軍勢が攻めて来て、迎え撃つことはできるのですか?」

「何? そんな馬鹿な?」

「ええ、誰だって、痛い思いをしてまで、戦いたくはないですよね?」

「そうだ! それは織田家でも同じであろう?」

「織田家に最近できた、竜之目党のことはご存じですか?」

「あのマサカドを一人で二十回近く連続討伐(とうばつ)したという奴が団長をつとめている武士団のことか?」

「そうです」

「その竜之目党がどうしたのだ?」

「竜之目党は、今の異常状態からの強制的なログアウトを目指して結成されたのです。そのためには、日本統一イベントを勝ち抜く必要がある訳ですが、竜之目党には、そのいくさの痛みを覚えることもいとわない猛者もさばかりが集まっているのです」

「決死覚悟の武士団ということか?」

「はい。その竜之目党が、織田軍の先鋒せんぽうつとめてくるはずです」

「そんな……」

「おそらく、今川様は、兵士が集まっていないのでしょう? このままでは、織田家に負けてしまうのは目に見えてますよ」

「……」

「負けてしまった今川家のご家老の皆さんは、切腹をしなければいけない仕様しようでしたよね?」

 家老達の顔色が一気に青くなった。

「絶対、痛いですよねえ」

「……」

「お腹を切られても、気絶することも死ぬこともできないんですもんね」

「……」

「怖いですよねえ」

「……」

「でも、今のうちに織田家に寝返って、織田家の武将になっていたら、階級は下がりますけど、少なくとも切腹はしなくて済みますよ」

「……た、確かに」

 全員が紗魅琉シャミルの話に食いついてきた。

「仮に寝返ってくれたら、皆さん方も今の異常状態から抜け出すために自らの不利益をかえりみずに協力してくれたことになりますよね。そんな素晴らしい方に一方的に不利益を科するのは、私達としても心苦しい気持ちでいっぱいですので、せめてものプレゼントを用意いたしました」

「プレゼント?」

「はい。寝返っていただいた方には、一人十万貫を贈呈いたします。正常化された後に、二階級降格された不利益を、少しでも取り戻していただくための一助いちじょにしていただければと思います」

 一方的に協力を求めるだけではなく、ちゃんとフォローまで考えてくれている紗魅琉シャミルの提案に、家老達も心を動かしたようだ。

 まわりの顔を見渡した家老達は、すぐに結論を出したようであった。


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