Scene:05 ログアウトメニュー消失(3)
「どうしたんですか、小夏さん?」
「い、いえ、……たぶん、無理です」
「どんなことでも良いから話してくれ。何かのヒントになるかもしれないから」
「……はい。プレイヤー側で、システムを、一旦、強制終了まで持っていけることが一つだけあります」
「どんなことですか?」
「月に一回開催される『日本統一合戦』イベントで、どこかの勢力が日本を統一すれば、各勢力の基本データが、合戦の戦果によって書き換えられるのですが、そのデータ書き換え作業の間、プレイヤーは強制的にログアウトされます。そのシステムが生きているのであれば、プレイヤー全員をログアウトさせることができるはずです」
「電源のシャットアウトより、システムによってログアウトされるのであれば、そっちがより安全だな。それで、その『日本統一合戦』イベントは、いつから開催されるんですか?」
「今月は、明日の正午からだったはずです」
「そのイベントは、どうやって進むのですか?」
「イベントの期間中は、すべての大名家が戦争状態になります。それまで結んでいた同盟も、一旦、イベント期間中だけ白紙に戻されます。そして、各大名勢力に所属の家老以上のプレイヤーが、御前会議で、改めて同盟を結ぶか、相手の領地に攻め込むかといった、その大名家の方針を決めるんです」
「日本統一するのに、どれくらい掛かるんでしょう?」
「イベント自体は一週間続くのですけど、今まで一番早く統一した時でも、五日は掛かったと思います」
「一週間以内に日本統一できなければどうなるのですか?」
「何も起きません。時間が過ぎると、イベント開始前の状態に戻るだけですし、当然、システムもストップしません」
「明日正午から開始されて、明日中に日本を統一すればベストですね」
紗魅琉が、真剣な眼差しで言った。
「最短でも五日掛かっていたんだぞ。無理じゃないのか?」
「でも、プレイヤー全員が協力すれば可能だと思うのですけど」
「協力?」
「はい。プレイヤー全員が協力して、どこかの大名に日本を統一してもらうのです」
「八百長合戦をするということか? ……小夏さん、合戦の勝敗はどうやって判定されるのですか?」
「敵大名家の領地にある城を全部落とすことと、家老以上のプレイヤーを全員殺すことですね」
「家老以上のプレイヤー全員を殺す?」
「はい。実際には、家老を捕らえて、切腹させることです」
「切腹? 自分で腹を切るという例の風習か?」
「ええ、そこは史実を忠実に再現していることと、家老プレイヤーも自分達が立てた方針についての責任を負うということなんです」
「切腹すると、どうなるんですか?」
「体力レベルが零になって、身分も二階級降格させられるんです」
「実際に切られる訳ですか?」
「はい」
紗魅琉の顔が曇った。
「城を攻略するだけであれば、出来レースをすれば簡単だったのですけど、家老の命を差し出すとなると、話は簡単ではありませんね」
「そうだな。家老プレイヤーの体力ゲージを零にするということは、さっきと同じように、死に匹敵する痛みを負ってもらうことになる。すべての大名家の家老プレイヤーが承知してくれるとは思えないな」
「そうですね。もう少し待てば、運営が解決してくれるかもしれないというのに、進んで自ら死ぬことはないでしょうね」
「しかも、日本を統一して、今の状態が打開できるかどうかも、あくまで可能性の話にすぎない。協力を求めることは無理かもしれないな」
「あっ、そうだ! 他にもイベントの最終目的がありました!」
小夏がまた何かを思いだしたようだ。
「それはどんな?」
「朝廷から、『征夷大将軍』の称号をもらうことですね」
「朝廷と言うと、ミカドの政権のことだな?」
伽魅琉がマサムネから仕入れたばかりの知識だった。
「そうです」
「私も事前に調べた参考書で読みました。『征夷大将軍』と言うのは、武士の最高位の称号らしいですね?」
「はい」
「つまり、ある大名家がミカドからその称号を贈ってもらえれば、日本を統一したことと同じになるということだな。でも、どうすれば、その称号をもらえるんだ?」
「ちょっと待ってください。今、思い出します。……えっと、基本的には、朝廷に献金をして、友好度を上げなければいけないみたいです。でも、それだけじゃなくて、すべての勢力を滅ぼさなくても良いですけど、圧倒的な勢力となっている必要があるみたいです」
「まあ、そうだろうな。お金だけ出して、武士の頂点になれるのなら、堺の商人でも、征夷大将軍になれるってことだもんな」
「そうですね」
「やっぱり、他の勢力をいくつか滅亡させなければいけないということだ。自分の所属する勢力が滅亡すれば、家老は責任を取って切腹しなければいけない。ゲーム上のペナルティだけじゃなく、実際に痛みを伴う切腹など誰もしたいとは思わないだろう。征夷大将軍になるという方法も無理っぽいな」
「家老さんを切腹させないで、その勢力を降伏させることってできないんでしょうか?」
「降伏させた勢力に属している家老全員を切腹させることで、その合戦の最終判定がされるんですよね」
しばらく、うつむき加減になって思案していた紗魅琉が、ふと顔を上げて小夏に訊いた。
「……家老さんって、他の勢力に転職できないんですか?」
「転職ですか? 別の勢力に寝返ることはできるみたいですけど」
「寝返り?」
「自らが自由に他の勢力に移ることはできないですけど、ある勢力からスカウトされると、そこの勢力に移ることができるみたいですね。もちろん、悪名が高くなったりするペナルティはありますけど」
「それじゃあ、家老さん全員を寝返らせることってできるのですか?」
「そんなこと、誰もやったことないですけど、できるんじゃないでしょうか」
「だったら、誰も傷付けないで、日本を統一することも可能かもしれませんね」
「誰も傷付けないで?」
「はい。誰だって、痛いのは嫌ですもんね」
「それはそうだろう。しかし、そんなことができるのか?」
「はい。でも、その前に、まずは、私達が織田家の意思形成に参与できる地位になる必要があります」
「侍だと、家老になる必要があるということだな」
「私は、残念ながら忍者になってしまったので、伽魅琉頼みです」
「今、足軽組頭で、次が足軽大将、次が侍大将、次が武将、その次が家老だ」
「先は長いですね。今の家老の人に協力を求める方が早いでしょうか?」
「説得する時間を考えると、自分達がやった方が絶対早い」
「そうですね」
「小夏さん、小梅さん。手っ取り早く身分を上げるにはどうしたら良いか知ってますか? できれば、明日の午前中までに家老にまで」
「いくらなんでも、それは不可能ですよ。評定も再々無いですし、評定を完了させても、得られる名声はそんなに多くないですし、身分が上がるに従って、上の身分に上がるまでに必要な名声も大きくなるんです」
「一番早く名声を上げるのは、ダンジョンでモンスターを倒すことですけど、上げ幅が大きいダンジョンのモンスターは、とてつもなく強いですから」
「最も困難なダンジョンの攻略でどれくらい名声が上がるのでしょう?」
「私達はやったことないですけど、聞いた話では、名声が百上がるみたいですよ」
「家老になるまで一万の名声を上げなければいけないから、そこのダンジョンであれば、百回クリアすれば良いということだな。もっと難しいダンジョンだと百以上の名声が入るかもしれないのだな?」
「でも、一度でも失敗すると、また、身分が下がってしまいますよ。それにモンスターに傷付けられると、やっぱり痛みを伴うんじゃないのですか?」
「でも、やるしかない!」
「……」
「ダンジョンの場所とか分かりますか?」
「私が知り合いからもらった情報があります。今まで攻略できた一番困難なダンジョンと、今まで誰も攻略できていないダンジョンのマップデータを送ります」
「助かります。それを確認して早速行くことにしよう」
「いえ、今日は、もう無理です」
「えっ? どうしてですか?」
「もう、そろそろ、夜になります。ゲーム内時間が夜の間は、ダンジョン攻略はできない仕様になっているんです」
「そうなのか?」
「はい。実際の時間で言えば、一時間程度ですけど」
「それじゃ、他に名声を上げることは?」
「無いですね。夜は、みんな、家でくつろいで、体力の回復を図る時間帯で、評定も開かれないし、ダンジョンにも入れないんですよ」
「それなら仕方無いな。明日の日の出を待って、ダンジョン攻略を開始するか」
「そうですね」
「伽魅琉さん、私達もご一緒させてください」
「えっ?」
「何もできないかもしれないけど、せめて応援したいんです。ひょっとしたら、私達が今までプレイしてきた知識が何かの役に立つかもしれませんから」
「それはありがたい」
伽魅琉は、小夏と小梅と握手を交わした。
「では、明日の日の出の時間に、ここで落ち合いましょう!」
「はい!」




