Scene:05 ログアウトメニュー消失(2)
「二人とも止めなさい!」
伽魅琉が、テーブルを挟んで言い争う男性と小梅の間に割って入るようにして立つと、男性に向かって言った。
「さっき、紗魅琉が言ったように、私達は長くこのゲームをするつもりはないんだ。だから、あなた達のせっかくのご好意も無駄になってしまう。申出だけありがたくちょうだいしておく」
「じゃあ、フレンド登録だけでもしようよ! 何時でも連絡できるように」
「いや、だから、このゲームは少し体験してみただけで、明日以降はしない、と言うかできないんだ」
「何だよ! フレンドになってもらうだけなのに、そんなに突き放さなくても良いじゃないかよ!」
男性達は、伽魅琉が色々と理由を付けて断っていると邪推したようだ。
「別に嘘を言っている訳ではない。私達は仕事があるんだ」
紗魅琉や伽魅琉の容姿を見て、もう仕事をしているような年齢ではないと考えるのは当然で、男達は伽魅琉の言っていることが嘘臭く感じられたようだ。
「あんたも俺達を馬鹿にしているのか? おちょくっているのか?」
「何のことだ?」
「あんたら、どうせ、彼氏がいて、やりまくりなんだろ? 俺達のこと、きもいオタクだって軽蔑してるんだろ?」
「そんなことは一言も言ってないじゃないか!」
「いいや、その態度で分かる。馬鹿にしやがって!」
可愛さ余って憎さ百倍なのか、男性達は伽魅琉に突っ掛かって来た。
一方、そもそも、チャラチャラした男が大嫌いな伽魅琉も、次第に腹が立ってきた。
「言い掛かりもいい加減にしろ!」
「うるせえ! 女の分際で生意気だぞ!」
「女の分際とは何だ!」
「伽魅琉! 止めて!」
紗魅琉も立ち上がり、伽魅琉に腕を絡ませながら、自重を促した。
「伽魅琉さん! そんなキモい童貞野郎なんか、ギャフンと言わせちゃってよ!」
伽魅琉の剣捌きを見ている小梅と小夏が囃し立てた。
「何だと!」
男性達は小梅達に怒りながらも、伽魅琉のステータス情報画面を確認したようだ。
武力パラメータの高さに、若干、怯んだようだったが、伽魅琉の体力レベルはまだ五十でしかなく、男性達の五百から言えば十分の一で、恐れる必要は無いと考えたようだ。
「やるんならやってやる! 女だからって容赦しないからな!」
「やるって何をするんだ?」
「決闘だ!」
「決闘?」
「そうだ! 表に出ろ!」
そう言うと、男性達は、ぞろそろと店を出て行った。
「決闘なんて、できるのか?」
「伽魅琉さん、『戦闘』メニューの中に『決闘』ボタンがありますよ。腕自慢のようなもので、相手も自分も傷付くことはないし、あいつはプレイヤーズキラーもしているみたいなんで、遠慮せずにやっちゃってください!」
「プレイヤーズキラー?」
「街の外で、他のプレイヤーを襲ってるんですよ。あいつのステータス画面で悪名が一万を超えていたんです。プレイヤーズキラーでもしないと、そんなに悪名は上がらないはずなんです」
「そうなのか」
店の外から「早くしろ」という声が聞こえた。
相手は、既に外で待っているようで、後に引こうにも引けない状況だった。
「まあ、相手にそれほど不利益を与えないのであれば、さっさと済ますか」
伽魅琉達も席を立ち、店の外に出た。
既に、丸く人だかりができていて、その中心にいた男性の前に、伽魅琉が立った。
「どうしてもやるのか?」
「何だ、怖じ気づいたのか? まあ、頭を下げるって言うのなら許してやるぜ」
「私が悪いことをしたということであれば、いくらでも頭を下げるが、頭を下げなければいけないようなことをした憶えはない!」
「その体力レベルだと、一回でも刀を受けると死んでしまうぜ」
もちろん、実際に死ぬことはなく、体力レベルがマイナス五十されてしまうだけである。
伽魅琉だと、ゲームスタート時の十に戻ってしまうということになる。
「何度も言うが、このゲームをずっと続けるつもりはないから、負けることなど怖くはない!」
「いくら可愛いからって手加減しねえからな!」
男性が、「戦闘」メニューから「決闘」メニューを開き、伽魅琉を指定して、決闘を申し込んできた。
伽魅琉の目の前にポップアップメニューが表示され、「決闘を受けるか否か」の選択メニューが現れると、伽魅琉は「はい」ボタンを押した。
二人の周りが薄いバリアのような光で覆われた。他のプレイヤーが勝手に助勢してこないためのステージが作られたのだ。
男性は刀を抜いて、正眼に構えた。
プレイヤーズキラーをしているというだけあって、そこそこは剣の腕前を持っていそうだったが、所詮はゲームの中でのことであり、実際の修羅場を潜り抜けてきている伽魅琉の敵ではなかった。
いきなり斬りつけてきた男性を、素早く右に移動してかわすと、左から回した伽魅琉の刀が男性の左脇腹を強打した。
真剣であれば即死する一撃で、男性の五百の体力レベルが一瞬で零になった。
「痛い! 痛い!」
倒れた男性は、脇腹を抱えて、のたうち回った。
「痛い?」
紗魅琉が、すぐに、のたうち回っている男性に近づき、跪いた。
「もしもし! しっかりしてください!」
「このゲームは、触れる程度の感触は忠実に再現してますけど、痛みは再現してないんです。嘘を吐いているんですよ」
「そうそう! 大袈裟に騒いでいるだけでしょ? ほっとけば良いんですよ」
小梅と小夏がジト目で言った。
「でも、この痛がりようは尋常じゃありません。本当に痛がっているみたいです」
伽魅琉も紗魅琉の隣に跪いて、暴れる男性の上半身を、何とか抱きかかえた。
「どこが痛いんだ?」
「お腹が! お腹が痛い!」
「お腹?」
男性は伽魅琉に斬られた左脇腹を両手で押さえていた。
紗魅琉と伽魅琉が男性の左脇腹を確認してみたが、少なくとも、アバターに傷などの変化は起きておらず、決闘前と同じ姿だった。
「何もなってないですよ」
「痛いんだよ!」
少し考えていた伽魅琉は、男性をそっと地面に降ろすと、自分の脇差しを抜いて、自分の左手の小指を軽く切ってみた。
「……紗魅琉」
「はい」
「確かに痛みを感じる。私のアバターの小指には、どこにも傷は付いてないが、私自身は小指に切り傷が付いた痛みを感じる」
「えっ?」
「彼も実際に腹を切られたような痛みを感じているのかもしれない」
「そ、そんな痛みに耐えられるはずがありません!」
「だから、こんなに痛がっているんだ」
「そんな馬鹿な! さっき、小夏さん達が言ったみたいに、このゲームでは、ごく軽度の痛みしか感知されないはずで、それは、マニュアルにもちゃんと書いていました」
「いたたたた!」
声のした方を見ると、小梅が小夏の頬をつねっていた。
「本当に痛いの?」
小梅が驚きながら小夏に訊いた。
「自分でしてみなよ!」
小梅は自分で自分の頬をつねったが、顔をしかめて、すぐに手を離した。
「本当だ! どうして?」
伽魅琉達の周りに集まっていた野次馬達も騒ぎ始めた。
「おい! 刀で斬られると、本当に痛いのか?」
「あいつの痛がり方が嘘じゃないのなら、そうなんだろうな」
「これもバグなのか?」
「運営は何やってるんだよ!」
何人かは、ゲームマネージャーに通知をしようとしたが、相変わらず通知はできなかったようだ。
「とりあえず、この方をどうしましょう? こんなに痛がってるのに、このまま置いておくことはできませんよね?」
「でも、そもそも、『痛み』なんてパラメータが無いこのゲームでは、その痛みをやわらげることなんて、できないんじゃないのか?」
「それもそうですけど」
「決闘を挑んできたのは向こうなんですから、向こうに任せていれば良いんですよ。ちょっと! あんた達! こいつの友達なんでしょ! 自分の家にでも連れて帰ってあげなさいよ!」
小梅が男性の連れに命令口調で言うと、連れの二人の男性は素直に従って、痛がる男性の両肩を持って、引きずるようにして歩いて行った。
「大丈夫かしら?」
紗魅琉が心配して呟いた。
「バグだとして、最も早く痛みから解放されるには、ログアウトするのが一番なんだが」
伽魅琉は、再び、システムメニューを確認してみたが、やはり「ログアウト」ボタンは押せない状態であった。
「もし、このまま、ずっと、ログアウトできないとどうなるんだ?」
「可能性が最も高いのは衰弱死でしょうか」
「衰弱死?」
「ええ、ゲームの中では、さっきのお団子のように食べたり飲んだりできますけど、それは、味覚や満腹感を司る神経を、ゲーム端末がそれぞれ刺激をして、そんな気にさせているだけなんです。実際、胃袋に食べ物や飲み物が入っている訳ではないのですから、私達の本当の体は、生命を維持するための栄養が摂れていないのです」
「体力の弱い人なら、一日も絶食していれば、体調に影響が出るな」
「はい。簡単なバグだと良いのですが、システム全体の問題となると、復旧には、かなりの日数を要するかもしれませんね」
「運営側のシステム改修を待っているより、自分達でできることは無いのか? 強制的にログアウトできるような手段が?」
「どうでしょう? 小梅さん、小夏さん、ゲームをやっていて、強制的にログアウトされるような場合って、何か思いつかれませんか?」
「う~ん、……分からないです」
「そうだよね。システムメンテナンスの時くらいですね」
「メンテナンスか。今回、運営がシステムを停めて、バグの改修ができるのであればやっているはずだな。でも、それがされていないということは……」
「システムが暴走している可能性がありますね」
「メインサーバの電源を強制的に切ることもできないのか?」
「このゲームは、人の神経系統に作用している訳ですから、ログイン中に、突然、ゲームが中断されると、その神経系統に予想外の衝撃を与える恐れがあるかもしれないとして、もし電源が落ちても、予備電源に切り替わり、その後、二時間はゲームが中断されないような設定になっているらしいです。その間にプレイヤーにログアウトしてもらうようにして、時間までにログアウトしていないプレイヤーに対しては、個別に警告を発するなどしているみたいです」
「すると、電源を切ることを事前にプレイヤーに告知できない今の状態で、しかも、多くのプレイヤーがログインしている状態で、強制的に電源を落とすことは、プレイヤーにとって、非常に危険なことということか?」
「そうですね。いよいよ事態が解決されずに、プレイヤーの健康状態に危険が差し迫ってきてからの最終手段ということになりそうですね」
「その他に手段はないのか? 例えば、私達の行動によって、全員を強制的にログアウトさせるようなことはできないのだろうか?」
「あっ!」
小夏が、何かを思いついたように声を上げた。




