Scene:05 ログアウトメニュー消失(1)
入手した千丁の鉄砲をコンテナに入れ、紗魅琉と伽魅琉は、秀吉宅まで帰って来た。
「小夏さん、小梅さん、お世話になりました。ありがとうございました」
「紗魅琉さん、伽魅琉さん、これからもパーティを組んで一緒に遊びませんか?」
小夏と小梅も、紗魅琉と伽魅琉の、とても初心者とは思えない能力値を見て、離したくなくなったのだろう。
「実は、私達は、現実では、もう仕事をしていて、このゲームをずっとやっている時間は無いんです」
「そうなんですか! すっかり、私達と同じ学生だと思っていたんですけど」
「お若く見えるんですね」
小梅もタメ口から丁寧な言葉使いに戻った。
「……ま、まあ、そうですね。評定の報告をしたら、もうログアウトします」
「そうですか。短い間だったけど、一緒にプレイできて楽しかったです」
「こちらこそです。ねっ、伽魅琉!」
「本当だ。自分達もまた学生に戻った気がして、ちょっと嬉しかったしね」
「ええ! それでは、さよなら! 小夏さん! 小梅さん!」
「さよなら」
手を振って、小夏と小梅と別れると、紗魅琉と伽魅琉は秀吉宅に入った。
謁見の間である板の間に通されると、二人は座布団の上で正座をして、秀吉のおなりを待った。
間もなく、秀吉が太刀持ちの小姓とともに現れ、紗魅琉達の正面に座った。
「紗魅琉と伽魅琉か! 大儀である! それで首尾の方はいかがじゃ?」
紗魅琉がコンテナから鉄砲千丁の目録データを出し、取り次ぎの小姓に渡した。
その小姓から目録を受け取った秀吉は目をむいた。
「な、何と! 二万貫で鉄砲千丁だと! どうすれば、これほど大量の鉄砲が手に入るのじゃ?」
「秘密です」
紗魅琉が笑いながら言うと、まるでプレイヤーかと間違えてもおかしくないように、秀吉は嫌らしく笑った。
「紗魅琉とやら、そなた、うい奴じゃのう。ふひひひひ」
「あ、ありがとうございます」
「儂の側室になるか?」
「ご遠慮いたします。それより、ご褒美をくださいませ、お殿様」
「そ、そうか。うむっ! 今回の二人の働き、天晴れであった!」
すると、紗魅琉達の目の前に、「功績値メーター」と名付けられた画面が出て来ると、その縦棒が一気に五十の目盛りを越える高さまで伸びた。
「伽魅琉! そちを足軽頭に昇進させる!」
「紗魅琉! そちを下忍頭に昇進させる!」
「次の評定は一週間後じゃ。一週間後にまた来るが良い」
秀吉は一気に告げると、小姓とともに部屋から出て行った。
後に残った紗魅琉達は、功績値メーターを眺めながら話した。
「こうやって、功績値を貯めていくと、どんどんと昇進していって、体力レベルも増えるし、使える技も増えるみたいですね」
伽魅琉が、ステータス画面を開くと、体力レベルは開始時の十から五十に増えており、技能画面を開いてみると、取得可能枠が二つから四つに増えていた。
「なるほど。こうやって、今まで、できなかったことができるようになるから、プレイヤーも次を目指して頑張ろうと思う訳だな」
「そうですね」
「ところで、紗魅琉。体調に変わったところは無いか?」
「何も感じません。ログアウトしたら、本当の体の方が何か感じているのかもしれませんね」
「そうだな。一旦、ログアウトするか?」
「はい」
二人はシステムメニューを開いた。
しかし、表示された「ログアウト」ボタンは文字が薄くなっていて、いくら押しても反応しなかった。
「あれっ、ログアウトボタンが……」
「押せないな。どうなってるんだ? マニュアルに何か書いてなかったか?」
「いいえ、戦闘中でない限り、いつでもどこでもログアウトできたはずですけど」
屋敷の中ではできないのかと思い、二人は秀吉宅から外に出た。
外には、まだ、小夏と小梅がいた。
「あれっ、紗魅琉さん! 伽魅琉さん! まだログアウトしてなかったんですね?」
「ログアウトしようとしたんですけど、できなかったんです」
「えっ? システムメニューですよ」
「ええ、お二人のシステム画面を見せていただけませんか?」
「良いですけど」
不審げな顔をして、小夏と小梅がシステムメニューを表示させたが、二人のシステムメニュー画面でも「ログアウト」ボタンの文字は薄くなっていた。
「ログアウトボタンは押せますか?」
「あれっ、押せない」
「本当だ! どうして?」
小夏と小梅もログアウトできないようだ。
「バグでしょうか?」
「でも、昨日までは、普通にログアウトできてましたよ」
「ゲームマネージャーを呼んでみましょう!」
しかし、同じシステムメニュー上の「ゲームマネージャー呼出」ボタンも押せなくなっていた。
「どうなってんの?」
「運営、いきなり逃亡かよ!」
「ひょっとしたら、私達だけかもしれません。街に行ってみましょう!」
紗魅琉の提案で、他のプレイヤーはどうなのかを確かめるべく、街に行ってみたが、どうやら、プレイヤー全員が同じ状況に陥っているようだった。
「今まで正常にログアウトができていたんだから、一時的なシステムエラーだとは思うけど」
「でも、運営からアナウンスも無いなんて」
「きっと、今頃、運営も慌てているんだろう。もう少ししたら連絡があるんじゃないかな」
「俺、ログアウトして、宿題しなきゃいけないのに」
もっとも、一時的なバグだろうという説を支持するプレイヤーが多く、それほど大きな騒ぎにはなっていなかった。
「しかし、運営から連絡が無いというのはどうなってるんだ? 今までも、こんなことってあったんですか?」
伽魅琉が小夏に訊いた。
「いいえ、このゲームの運営会社の対応は結構良いって噂で、何かトラブルがあれば、すぐに対応してくれていました」
「プレイヤーへのアナウンス機能にもトラブルが発生しているのかもしれませんね?」
「とにかく、今のままじゃ、何ともできないな」
「そうですね。このまま、ここに立っていても仕方無いですし、酒場で少し休憩でもしていませんか?」
紗魅琉は、小梅と小夏も誘った。
「そうだな。お二人にはお世話になったし、お礼がてら、休憩しましょう」
「小梅ちゃん、どうする?」
「せっかくだから、ご馳走になろう」
「ぜひ!」
四人は、清洲の街の酒場に入った。
滅多にお目に掛かれない女の子のグループ、それも紗魅琉と伽魅琉の美少女キャラに、男性プレイヤーの注目が集まったことは仕方のないことだった。
「いらっしゃいませ」
酒場の看板娘がお茶を持ってやって来た。
「小梅さん、この世界の中で食事をするのは初めてなんですけど、何かお勧めはありますか?」
「そうですねえ。……時間的には、おやつの時間ですから、お団子とかいかがですか?」
「お団子?」
「お米でできたお菓子ですよ。あんことみたらしがあるんですけど、おやつだったらあんこが良いなあ」
「私も」
「じゃあ、それにしましょうか? 伽魅琉も良いですか?」
「ああ」
「それじゃあ、あんこのお団子を四人前ください」
「毎度ありがとうございます」
看板娘は、にっこりと笑って、店の奥に引っ込んで行った。
「これは緑茶ですね?」
「そうですよ。日本茶って言うらしいです」
紗魅琉と伽魅琉は、暖かい緑茶を飲んでみた。
「緑茶って、今まで飲んだことなかったですけど、思ったより美味しいですね」
「そうでしょ。私もこのゲームで緑茶の味を知って、リアルでも買って飲むようになったんです」
「そう言う意味では、このゲームは、日本の歴史とか文化を広く知らしめている訳だな」
しばらくすると看板娘が、串に刺さったお団子を四人前持って来た。
「これがお団子ですか? この上に掛かっている黒茶色の物は、……小豆ですか?」
「これが、あんこって言う甘味ですよ」
「へえ~、フォークもお箸も出て来ませんけど、どうやって食べるのでしょう?」
「この串を持って食べるんです」
紗魅琉と伽魅琉は、小梅達の食べ方を見よう見まねでお団子を食べてみた。
「美味しい! お団子自体ももちもちしてて歯ごたえが良くって、このあんこの甘みと絡まって、口の中が幸せです」
探査先で珍しい食材があれば積極的に口にしていた紗魅琉も絶賛せざるを得ない美味しさだった。
伽魅琉は無言で食べていたが、幸せそうな顔をしていた。
そんな時、男性三人の侍のグループが、紗魅琉達のテーブルに近づいて来た。
「こんにちは」
男性達のお目当ては紗魅琉と伽魅琉だったようで、三人は、紗魅琉と伽魅琉の後ろに立った。
「ねえ、君達は織田家中なんだろ? 俺達とパーティを組まない?」
「あの、私達、そろそろ、ログアウトするので」
「でも、今、ログアウトできないでしょ。せっかくだから、ログアウトできるようになるまで、レベル上げしようよ。俺達も協力するよ」
言葉遣いは丁寧だったが、その目を見ると下心見え見えだった。
「いえ、あの、本当に時間が無いものですから」
紗魅琉が申し訳なさそうに断ると、そう言うお嬢様然とした態度に更に萌えたのか、男性達は、しつこく紗魅琉を誘ってきた。
「ちょっと、あんた達! 紗魅琉さんは断ってるじゃない! 諦めなさいよ!」
小梅が男性達に怒った。
「お前には関係無いだろ! 黙ってろよ!」
紗魅琉に対する時とは、がらりと変わって、小梅に対して乱暴な言葉遣いをする男性達だった。
「何よ! どうせ、リアルじゃ女の子にモテない童貞野郎なんでしょ!」
「何だと! お前こそ、彼氏いない歴イコール年齢のドブスなんだろ!」
「う、うるさい!」




