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リンドブルム☆アイズ  作者: 粟吹一夢
Episode-08 仮想現実の国盗り物語
176/234

Scene:04 初めてのお使い(3)

 嫌味いやみな笑顔に見送られながら、相馬屋そうまやの店を出た紗魅琉シャミル達は顔を見合わせた。

「やな感じ!」

「ほーんと! 自分は悪いことしているのに開き直っちゃってさあ!」

現実通貨交換リアルマネートレーディングって悪いことなんですか?」

 紗魅琉シャミルが小夏達に訊いた。

「そもそも規約で禁止されてるし、現実リアルにお金を持っている人が、すぐ強くなれるじゃないですか!」

「でも、現金リアルマネーでアイテムを買うことは許されていることなんでしょう?」

「そうですけど、それは運営会社が、プレイヤーみんなに同じ値段で売ってるよね? でも、あいつは、自由にその値段を決めていて、レアアイテムには法外ほうがいな値段を付けたり、仲の良い人には安く売ったりして、ゲーム内での影響力を高めているんだよ。本当は買えない名声だって、お金で買ってたりするし」

「確かに、ゲーム運営会社が綿密めんみつに計算をして投入しているはずのアイテムを、一握ひとにぎりのプレイヤーが恣意的しいてきもちいて、ゲームバランスが崩れないはずがないですね」

「自分だけ良い思いをすれば良いんだって考えているのよ!」

「許せない! 前は、もっと低姿勢で、私達プレイヤーの味方だったのに!」

「人間、お金ができると、ゲームでも現実リアルでも、人が変わるのよ」

 以前と違った相馬屋そうまやの態度に、憤懣ふんまんやるかたない小夏と小梅であった。

「とりあえず、どうする、紗魅琉シャミル?」

「どうしましょう? 鍛冶屋さんに頼みましょうか?」

「でも、評定ひょうていの期限は今月末でしょ? あと十日しかないですよ。一人の鍛冶屋さんが作ることができるのは、一日に三丁が精一杯ですから、一人の鍛冶屋さんに頼んでも三十丁しかできない。少なくとも四人の鍛冶屋さんに頼まなくちゃいけないけど、鍛冶屋さん自体の数も少ないし、今まで注文を受けているのも作っているだろうから、注文しても、すぐに取り掛かってくれるとは限らないよ」

「そうすると、後は、南蛮商人ですか?」

「南蛮商人から鉄砲を買うと高いんだよね」

「でも、そんなノンプレイヤーキャラクターが配置されているということは、何らかの利用価値があるんでしょう?」

「南蛮商人は、鉄砲自体の数がまだ揃っていないサービス開始初期に、鉄砲を調達ちょうたつしなければいけない時にはありがたかったんですけど、プレイヤー商人や鍛冶屋が何人かできた今となっては、ほとんど空気と化していますよ」

「なるほど。でも、みんなが南蛮商人から買わなくなっているのなら、在庫が積み上がっているはずですから、セールしても良いと思うんですけどね」

「ノンプレイヤーキャラクターの南蛮商人に『在庫』というパラメータは設定されていないんじゃないか?」

「そうでしょうか? ちょっと話してみましょうか? 小梅さんは、どなたか、お知り合いの南蛮商人はいらっしゃいますか?」

「さあ、私達も、最近は、話し掛けてすらいないので」

「じゃあ、次に出会った南蛮商人さんに話し掛けてみましょうか?」

 紗魅琉シャミル達がぶらぶらと街を歩いていると、すぐに、前から南蛮商人が従者らしき二人の黒人を従えて歩いて来ていた。

「こんにちは」

 紗魅琉シャミルがその南蛮商人に近づいて挨拶をすると、南蛮商人は、紗魅琉シャミルの右手を取り、うやうやしくひざを折って頭をれた。

「これはこれは、我がうるわしの貴婦人よ。あなたの美しさには、太陽も嫉妬しっとして隠れてしまうでしょう」

 歯の浮くような台詞せりふに、紗魅琉シャミルも照れてしまった。

「あ、あの、あなたのお名前は?」

わたくしは、フェルナンド・メントスと申します」

 フェルナンドは、立ち上がり、右手を胸に当てながら、深々(ふかぶか)と頭を下げた。

「フェルナンドさんですね。フェルナンドさんは、鉄砲をあつかっていらっしゃいますか?」

「もちろんです」

「すぐに用意できるのは何丁ほどでしょうか?」

「すぐには、三十丁ほどですね」

「三十丁ですか。……ちなみに一丁おいくらですか?」

「あなたは、すごく魅力的だ。一丁三百(かん)でお売りしましょう」

「せめて二百(かん)になりませんか?」

「いや、それはできません。そうですね、……三十丁一括で買っていただけるのなら、二百八十(かん)までなら下げることもできます」

「やっぱり高いな」

「そうですね」

 紗魅琉シャミルの後ろで、伽魅琉キャミルと小梅達がひそひそと話した。

「フェルナンドさん。最近、フェルナンドさんから鉄砲を買ってくれた人はいますか?」

 しかし、紗魅琉シャミルは、笑顔を絶やすことなく話を続けた。

「最近、不景気なのかねえ。さっぱりだよ」

「それは、フェルナンドさんの売ってる鉄砲の値段が高いからですよ」

 後ろで紗魅琉シャミルの話を訊いていた小梅も驚いて、伽魅琉キャミルに話し掛けた。

「ノンプレイヤーキャラクター相手でも、ずばずば物を言うんですね、紗魅琉シャミルさんって」

「まあ、そうなんだけどね」

 もっとも、ノンプレイヤーキャラクターのフェルナンドは、顔色を変えなかった。

「遠く離れた母国で作られた鉄砲を船に積んで、長い航海を経て、日本まで運んでいるのです。それだけ費用コストが掛かっているのですよ」

「フェルナンドさんの母国では、鉄砲一丁が、おいくらで売られているのですか?」

「最近の相場は分からない。私も母国を出て、既に二年になる」

「そうなんですか。フェルナンドさんには、奥様やお子様はいらっしゃるのですか?」

「母国にいる」

「それは、おさびしいですね」

「すごい。ちゃんと会話が成立してる」

 南蛮商人と商売以外の話をするとは思っていなかった小梅も驚いていた。

「ノンプレイヤーキャラクター一人一人に、かなり高性能な人工知能が割り当てられているみたいだな」

 サリド事件以降、人工知能を有するロボットは製造が禁止されていたが、この仮想現実ヴァーチャルリアリティの世界では、まだ、その技術がかされているようだ。

「明日、堺の港に着く貿易船に、妻と息子が乗って来る」

「そうなのですか? でも、明日来る貿易船には、フェルナンドさんの家族以外には、どんな荷物を乗せてくるのでしょうか?」

「新しい鉄砲十万丁が来るはずだ」

「新しい鉄砲が十万丁?」

「そうだ。それを売れば大儲おおもうけだ」

「小梅さん、小夏さん! 新しい鉄砲って、知ってました?」

「いいえ! 今、初めて聞きました。何だろう、新しい鉄砲って?」

「今までの鉄砲よりも性能が良い鉄砲ってこと?」

「でも、そんなアイテムが登場するって初耳だよ」

「そうだよね。新しいアイテムが登場する時には、運営が事前に知らせてくれるはずだもんね」

「いや、『新しい』というのは、『追加の』という意味にも取れるぞ」

「あっ、そうか! それもそうですね」

 伽魅琉キャミルが冷静に言うと、小梅達も納得したようだ。

「ちゃんと訊いてみましょう」

 紗魅琉シャミルは、フェルナンドさんの方を向いた。

「フェルナンドさん。その鉄砲十万丁は、今、フェルナンドさんが売っている鉄砲と同じ性能の物ですか?」

「それは、船が着いて、実物を見てみないと分からない」

「えーっ! やっぱり新アイテムだ!」

「分からないって言ったから、新アイテムとは限らないんじゃないか?」

 あくまで冷静な伽魅琉キャミルの意見も踏まえて、紗魅琉シャミルは、うつむき加減かげんになって思案していたが、すぐに顔を上げた。

「小梅さん、小夏さん。相馬屋そうまやさんを、ちょっと困らせても良いでしょうか?」

「はい?」

「ちょっと良い考えを思いついたんですけど、そうすると、相馬屋そうまやさんをだますようなことになるので、ちょっと良心が痛むんです」

「良いですよ! 少し痛い目に遭わせないと、あいつは目が覚めないと思いますから」

「そうですか。それでは、お二人に、お願いがあるのですが」

「何ですか?」

「簡単なことです。堺の街の通りで、ちょっとだけ、大きな声で話をしてくれるだけで良いんです」


「ねえ、知ってる? 明日、新しいアイテムが登場するらしいよ」

「何なの?」

「新しい鉄砲だって。何でも、今、出回っている鉄砲の倍の性能になって、値段は半分になるんだって」

「本当に? 誰に訊いたの?」

「私は、フレンドに聞いたんだけど、南蛮商人のフェルナンドさんが売りに出すって噂なんだ」

「フェルナンドさんが言ってるの?」

「うん! 嘘だと思ったら訊いてみて」

 小梅と小夏が大きな声で話していたこの話を聞いたプレイヤー達が、一斉にフェルナンドを問いただした。その答えは、紗魅琉シャミルが訊いた内容と同じだった。

 また、フェルナンド以外の南蛮商人達も、鉄砲が入荷する日は違ったが、各々(おのおの)、同じような話をした。

「十万丁以上の新しい鉄砲が、明日、堺に到着する貿易船に積み込まれてやって来る!」

 この噂は、メールやチャット機能と言ったゲームならではの拡散方法を使って、堺の街のみならず、日本中にあっと言う間に広まった。

 当然のごとく、今までの鉄砲の価格が、あっと言う間に暴落した。

 売り時を逃さないために、隠し在庫を抱えていた商人のみならず、値上がりすることを待ってから売り抜けようと余分に所持していた武士までもが、最初は、プレイヤー商人に売っていたが、プレイヤー商人も事情が分かってからは、買い取ることはしなくなった。

 そのため、だぶついた鉄砲は南蛮商人が買い入れたが、やはり在庫量というパラメータが存在していたようで、南蛮商人が買い取る値段もどんどんと値崩れした。鉄砲の在庫を抱えていた商人達も鉄砲の値段が下がりきるまでに何とか売り抜けようとしたため、更に値崩れは大きくなった。

 紗魅琉シャミル伽魅琉キャミル相馬屋そうまやの前に行くと、鉄砲を相馬屋そうまやに買い取ってもらおうとするプレイヤー達が大勢押し掛けていた。

 そのプレイヤー達に向かって、相馬屋そうまやが「もう買取はしまへん!」と大声で叫んでいたが、どれだけ安くても良いから買い取ってくれと言って、プレイヤー達は引き下がらなかった。

「あっ! ちょっと、どいておくれやす!」

 紗魅琉シャミル伽魅琉キャミルを見つけた相馬屋そうまやは、プレイヤー達の人垣ひとがきを押し退けて、紗魅琉シャミルの前に出て来た。

「あんた! 鉄砲を売るよ! いや、売らせてもらいます!」

「一丁おいくらですか?」

「あんたの言い値の一丁二百(かん)で売りまひょ!」

「さっき、南蛮商人さんの所に行ったら、一丁二十貫って、言ってました。そっちで買いますね」

「ちょーと待った! 分かった! その値段を売りまひょ!」

「それじゃあ、二万(かん)だと一千丁ですね」

紗魅琉シャミル、指令は百丁だったぞ。買いすぎじゃないか?」

「買えるんだから買ったら良いじゃないですか。どうせ、ゲームの中のお金だし、残したって、仕方が無いんですから」

「それもそうか。それじゃあ、鉄砲一千丁買った!」

「毎度あり!」


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