Scene:04 初めてのお使い(2)
「ここが街の外。草原だったり、山だったり、海岸だったりするよ」
「ふ~ん」
「じゃあ、行きましょう」
「どっちに?」
小梅がメニュー画面を表示させ、「情報」「地図」とボタンを押していくと、半透明な地図が表示された。
「この地図の方角が、このゾーンの方角と同じなの」
「なるほど。だとすると、……堺はあっちですね」
「そうですね。行きましょうか」
「でも、この距離を歩くとなると、五日は掛かるんじゃないのか?」
「そこはゲームですから。現実に歩いて一日掛かる距離は、約三分で着きますよ」
「すると、この距離だと十五分くらいで行けちゃうんですね。早籠券って、必要なんですか?」
実際の航海には、何日も掛かることを知っている紗魅琉と伽魅琉は、早籠券の必要性が理解できなかった。
「ええー! 十五分もあれば、スキル上げだってできるし、もったいないですよ!」
色んなアイテムを使って、行動をショートカットすることができるゲームに慣れている小夏達と、ショートカットなどという手段がない現実で仕事をしている紗魅琉達との思考の差なのであろう。
「それに、通常移動をしていると、たまに襲われることもあるんですよ」
「襲われる?」
「ええ。街の外はプレイヤーズキラーが可能なゾーンなので、他のプレイヤーから襲われることもあるんです。襲って来るノンプレイヤーキャラクターもいますし」
「だから、街の外でやらなきゃいけない評定がある時以外は、街の外をこうやって歩いて行くことはないんだけどね」
「でも、今回は、私達につき合ってくれたのですか?」
「実は、さっき、伽魅琉ちゃんのパラメータを見たら、武力が百だったので、ちょっと頼りにしているんだぁ」
「私も、補正アイテムも使わずに、武力が百の人って初めて見たんですけど、伽魅琉ちゃんは体育系なんですか?」
「えっ、ま、まあ」
「誰か襲って来たら助けてくださいね」
「それは任せてくれ」
紗魅琉一行は、堺の街の方向に歩き出した。
地図上で隣の街の位置まで来ると、大きな石碑が置かれていた。
「ここをくぐると、この街に入れるんです」
「なるほど」
「早く堺まで行きましょう」
心持ち早足になって四人は歩いて行った。
「今、どこかな?」
伽魅琉が自分のステータス画面を開き、「位置」ボタンを押すと、日本地図が表示されて、赤い点が東から西に移動しているのが見えた。
「もう半分くらい来てるな」
移動し始めて十分くらい経って、そろそろ大きな湖に差し掛かろうかという所だった。
突然、目の前に、獣の皮でできているような上着を着た、悪そうな顔つきの七人の男達が現れた。
「命が惜しければ、有り金全部、置いていきな!」
紗魅琉が七人の男達のステータスを確認すると、ノンプレイヤーキャラクターの山賊であった。
「ど、どうしよう?」
「伽魅琉ちゃん! 助けて!」
小梅と小夏は、オロオロと狼狽えているだけだった。
「心配するな。相手がノンプレイヤーキャラクターなら遠慮することも無い」
伽魅琉が刀を抜いて山賊達と対峙した。
「伽魅琉、エペ・クレールじゃないですけど大丈夫ですか?」
「問題無い。みんな下がっていろ」
「やっちまえ!」
一人で山賊達の前に出た伽魅琉に、七人の山賊が一斉に斬り掛かって来た。
しかし、実際の能力値が反映されている伽魅琉の敵ではなかった。
伽魅琉が一刀のもとに全員を切り捨てると、山賊達の体力レベルはあっと言う間に零になり、光の粒となって消えてしまった。
「す、すごい!」
「強い!」
小梅と小夏がすぐに伽魅琉の側に走り寄って来た。
「伽魅琉ちゃん、すごい! 本当にすごい! 武力百は伊達じゃなかったんだ!」
「リアルでも剣を練習しているんですか?」
「練習と言うか、まあ、そうだな」
「格好いい! 惚れた!」
まるでアイドルを見るように、伽魅琉に懐き始めた小梅と小夏に、紗魅琉が突っ込んでいった。
「伽魅琉は私のですよ!」
その後、「移動を続けますか?」のポップアップメニューに「はい」と答えた四人は再び歩き出し、「堺」と書かれた石碑の前で立ち止まった。
石碑の前の地面には、三メートル四方の正方形を形作る線が投影されているように見えていた。
「この中に入って」
四人でその正方形の中に入ると、メニュー画面が開き、その「街に入る」ボタンを押すと、次の瞬間には、四人は堺の馬屋にいた。
「なるほど。こうやって移動するんですね」
「街に出てみましょう」
四人が馬屋から出ると、外は大勢の人が行き交っており、大変な賑わいであった。
「ここが堺ですか?」
清洲よりも格段に大きな街で、入口に暖簾を掛けた大きな商店らしき建物がいくつも並んで建っていた。
通りには、商人や町人のみならず、侍も数多く歩いており、襞襟が着いた上着に、タイツの上に膨らんだ短いズボンを履いたテラ族の白人も数人が闊歩していた。
「あの服を着ている人がノンプレイヤーキャラクターの南蛮商人ですよ」
「あの人からも鉄砲は買えるのですよね?」
「うん。でも値段が高いから、手持ちの資金で指示された丁数は買えないんだよね」
「ふっかけてくるということですか?」
「そうそう。一番安く買えるのは鍛冶屋だよ。何て言ったって、自分で作って売るんだからね。でも、できあがるまで時間が掛かるのが難点。次に安く買えるのが、プレイヤーの商人。もちろん、プレイヤーだから交渉次第で安くなるし、極端な話、只でもらえることもできる。でも、そんな太っ腹なプレイヤーは見たことないけどね」
「プレイヤーの商人さんのお店ってどこにあるのですか?」
「あの、暖簾が掛かっている商店は、みんな、プレイヤーのお店だよ」
「そうなんですか。伽魅琉、どこかに入ってみましょうか?」
「そうだな。小夏さんと小梅さんの知り合いの店はないんですか?」
「じゃあ、相馬屋さんに行ってみますか?」
「はい」
少し歩くと、相馬屋の店があった。
辺りの店の中でも、群を抜いて大きな店であった。
「こんにちは」
引き戸も無く、開きっぱなしの店頭から、暖簾をくぐり、中に入ると、広い土間があり、奥の一段高くなった畳の間に置かれた座卓に、高級そうな着物を着た男性が正座していた。
「いらっしゃい。おや、こりゃあ、べっぴんさんばっかりやなあ」
恰幅が良く、丸っこい顔の男性は、嬉しそうに笑った。
「今日は鉄砲を買いたくて、お邪魔をしたのですが」
紗魅琉が、一歩進み出て言った。
「何丁をいくらほどで?」
「百丁を二万貫で買いたいのですが」
「ははははは、お客はん。今、鉄砲は一丁三百貫しまっせ。二万貫だと六十六丁しか買えまへんなあ」
「その鉄砲一丁が三百貫すると言うのは、誰が決めているんですか?」
「もちろん、わてだすが?」
「では、あなたの考え一つで、鉄砲一丁を二百貫にすることもできるんですね?」
「三割以上の値引きでは、儲けが出まへんがな」
「では、いくらまでなら値引いていただけますか?」
「そうでんなあ、せいぜい一割引ですなあ」
「一割引だと二百丁も揃えられません」
「それで精一杯ですわ。それ以上、安い値段で欲しいというのであれば、他を当たっておくんなはれ」
相馬屋は、ぷいと横を向いて知らんぷりを決め込んだ。
「どうしましょう、伽魅琉?」
「値引きできないというのであれば仕方が無いだろ。別の店を当たろう」
去ろうとした伽魅琉達を小梅が呼び止めた。
「でも、伽魅琉ちゃん。鉄砲二百丁を一括で売ることができる商人は限られてるよ」
「えっ?」
「鉄砲って、この時代はすごく貴重品で、作るのにも時間が掛かる上に、戦国だから、いつも需要があって、常に品不足なんだよね」
「そうなのか。相馬屋さん、ここでは、鉄砲二百丁を一括で納入することはできるのか?」
「うちは鉄砲の専門店でっせ。一万丁まで即納できますわ。専門でない他の商人さんとかだと、一括納入できるのは最大でも三十丁くらいまででっしゃろ。それに、鉄砲を取り扱っている商人さんは、ごく少ないでっせ」
どうやら極端な売り手市場で、相馬屋も上から目線の殿様商売をしているようだ。
「相馬屋さんは、鉄砲専門の商人なのですか?」
「そうだす。この時代の日本の歴史をちょっとでも知っていれば、鉄砲を制する者が、戦争も商売も制することは、すぐに分かりまっせ」
「商品の鉄砲は、どこで仕入れられているのですか?」
「そんなのは企業秘密に決まっとるやないか!」
「相馬屋さん!」
小梅が頬を膨らませながら言った。
「私達が買った時は、二百貫で売ってくれたじゃないですか!」
「いつ頃の話でっか?」
「半年ほど前だったかと」
「ああ、その頃は、まだ、わても鉄砲専売の商人として活動しだした頃で、とにかく、多くの鉄砲を仕入れて売る必要があったからねえ。でも、堺で一番の鉄砲商人となった今、こっちも強気で商売させてもらいますわ」
「えげつなあ」
「何とでも言いなはれ」
「ゲームの中で、そんなにお金を貯めてどうするんだ?」
伽魅琉の素朴な疑問だった。
「現実でも役立つんでっせ」
「現実通貨交換か?」
「ひっひっひ、需要があれば、そこに商売は成り立ちまっせ」
「現実通貨交換は禁止されているんじゃないのか?」
「規約上はなあ。しかし、わては、鉄砲で適法に商売をしてますんや。どの大名家やて、戦がある時、必要な数の鉄砲をすぐに調達できないことがあるでっしゃろ? そんな時であっても、相馬屋に来れば、必ず、鉄砲は手に入ると言われるためには、十分な在庫を備えておく必要がある。そのためには、傘下の鍛冶屋からの納入を持っているだけでは間に合わず、他のプレイヤーからも鉄砲を買い集める必要もあるんや。需要と供給が合致すれば、いくらで鉄砲を売り買いするかは、わての自由や! それを現実通貨交換と疑われても、証拠は出ないでっせ」
「代金の上乗せ分を、別途、現金でやり取りしているんだな?」
「何をおっしゃてるんやら、分かりまへんなあ」
相馬屋は、嫌らしく笑った。
「とにかく相馬屋さんは、我々の願いを叶えてくれそうにない。他を当たろう」
交渉の余地は無いと判断した伽魅琉が言った。
「また来ておくれやす」




