Scene:04 初めてのお使い(1)
城の近くに秀吉の屋敷はあった。
街中の民家よりも格段に大きな庭付きの家であった。
「殿がお待ちだ。謁見の間に入られよ」
紗魅琉と伽魅琉が大きな門の前に立つと、槍を持って立っていた門番の方から話し掛けてきた。
「私達の殿様が待ってくれているらしい。行こう」
「はい」
小姓らしき少年に案内されて、部屋の奥が一段高くなっている板の間に通されると、薄く丸い座布団が二つ置かれていた。
「あ、あそこに直に座るのか?」
「この頃の日本には、椅子に座るという風習は無かったようですから、そうなのでしょう。でも、どうやって座るのでしょう?」
「えっと 、確か、マサムネがやっていた座り方があったぞ」
伽魅琉は、見よう見まねで憶えていた胡座をかいた。
紗魅琉も伽魅琉を見ながら胡座をかいてみた。
「紗魅琉! その服でその座り方はまずいんじゃないか?」
「えっ、そうですか?」
「そうだ! もう一つ座り方があった」
伽魅琉が正座をすると、紗魅琉もそれに倣った。
「こうですか? でも、どっちも座りづらいです」
「慣れないとそうだな。最初の座り方は、座禅をする時の座り方だそうだ」
「座禅?」
「マサムネがよくやっているんだが、精神集中をするための瞑想のようなものらしい」
「へえ~、それじゃあ、この座り方は?」
「これは、剣の練習をする前に、マサムネがよく座っている座り方だ」
「これは、ちょっと足が辛いですね」
「うん、ちょっと痺れてきたんだが」
「殿のお出まし~」
突然、小姓が大きな声を出すと、煌びやかな着物を着た、背の低い武将が部屋に入って来て、一段高くなっている所に敷かれた、綺麗でふかふかの座布団に胡座をかいて座った。
「紗魅琉と伽魅琉か! 大儀である! 木下藤吉郎秀吉じゃ!」
甲高い声を出した男は、ネズミのような顔をしていたが、それが愛嬌を感じさせた。
「二人に評定を申し渡す! 二万貫をもって、今月末までに、鉄砲を百丁入手してくるのじゃ!」
「は、はあ?」
「うむ! 良い知らせを待っておるぞ!」
それだけ言うと、秀吉はとっとと部屋から出て行ってしまった。
「これが軍資金でござる」
部屋の隅に控えていた小姓が千両箱を差し出すと、小姓もとっとと部屋から出て行ってしまい、部屋の中には、紗魅琉と伽魅琉だけが残った。
「えらくドライな主従関係だな」
「そうですね」
「それより、……痛てて」
伽魅琉が我慢できないように足を崩した。
「私は、この時代の日本に生まれなくて良かったよ」
「足が痺れちゃいました?」
「ああ、紗魅琉は平気なのか?」
紗魅琉は涼しい顔をして正座を続けていた。
「はい、意外と大丈夫ですよ。逆に、何だか姿勢が良くなる気がして、気分も引き締まります」
「そ、そうか」
「……伽魅琉」
「うん?」
「えへへへ」
紗魅琉は悪戯っ子の顔つきになって、伽魅琉の足の裏をつんつんと突いた。
「や、止めろぉ!」
紗魅琉と伽魅琉は、秀吉の屋敷から出た。
伽魅琉は、千両箱を小脇に抱えていた。
「伽魅琉、とりあえず、その箱を仕舞ったらどうですか?」
「どこへ?」
「メニューからコンテナを選んで、その中に入れると、データとして保管している状態になるそうですよ」
伽魅琉がコンテナ画面を開くと、何も入っていない四つの枠が表示され、その一つに千両箱を入れるように持って行くと、千両箱は伽魅琉の手元から消え、枠の中に入っているように表示された。
「なるほど。こう言うところはゲームだな。しかし、……鉄砲を入手して来いと言われてもなあ。どうすれば良いんだ?」
「伽魅琉。これは大勢の人が参加している仮想現実大規模多人数オンラインゲームですよ。経験者がいっぱいいるはずです」
「なるほど! プレイヤー同士が助け合いながらプレイできるのが、仮想現実大規模多人数オンラインゲームだったな」
「はい。とりあえず、さっきの街に戻って、色々と訊いてみましょう」
紗魅琉と伽魅琉は街に戻った。
地図画面を確認してみると、尾張にも複数の街があり、ここは清洲という街だった。
先ほど同様、街には大勢の人が行き来していた。
紗魅琉達が何人かの人物のステータス画面を確認してみると、町人風の人物のほとんどはノンプレイヤーキャラクターであったが、侍姿の人物はほとんどがプレイヤーだった。
「『サムライ・オンライン』と銘打っているだけあって、みんな、侍になっているんだな」
「私のような服装の人も少しはいますよ」
忍者装束の人物もぽつぽついたが、ほとんどは男性であった。
セクシーな装束ももちろんであるが、プレイヤーのアバターは、プレイヤーの実際の外見を再現しているということで、通りを歩く男性プレイヤーみんなが紗魅琉と伽魅琉に見とれていた。
「何か男性が多いですね」
「と言うか女性がいないな」
「どうしましょう? 誰に訊きますか?」
「そうだなあ」
普段の仕事では、見ず知らずの男性に声を掛けることに何ら躊躇することはない紗魅琉と伽魅琉であったが、初めての仮想現実の世界で躊躇われてしまったのだ。
「あの~」
後ろから呼び掛けられた紗魅琉と伽魅琉が振り向くと、そこには、侍姿の女性プレイヤーが二人、立っていた。
「こんにちは!」
「こんにちは」
お辞儀をしながら挨拶をした女性プレイヤーに、紗魅琉と伽魅琉も挨拶を返した。
「木下様ご家中の方ですよね? 私達もそうなんです」
二人組の女性プレイヤーは嬉しそうだった。
「私は、小夏と言います」
伽魅琉と同じくらいの身長で、細く切れ長の目と長い黒髪のテラ族の東洋系の顔立ちをした女の子が、落ち着いた感じで挨拶をした。
「私は、小梅でーす!」
紗魅琉よりもかなり背が低く、青い髪をツーサイドアップにしている、白い肌の女の子が元気いっぱいに挨拶をした。
「私は、紗魅琉と言います。こっちは、伽魅琉です」
紗魅琉と伽魅琉は、揃って頭を下げた。
「何か困ってるみたいだったので、声を掛けさせてもらったんですけど」
「ありがとうございます。二人とも、今、始めたばかりなので、何をしたら良いのかも分からなくて……」
「どんなことですか?」
「木下様から『二万貫をもって、今月末までに、鉄砲を百丁入手してくるのじゃ!』って言われたんですけど、実際、どうすれば良いのか分からなくて」
紗魅琉が秀吉の口ぶりを真似て訊くと、小梅が笑いながら答えた。
「鉄砲は、堺という街に行けば、手に入るよ!」
「堺?」
「うん! 堺にいるプレイヤーの商人から買うか、ノンプレイヤーキャラクターの南蛮商人から買うか、プレイヤーの鍛冶屋に作ってもらうかのどれかだね」
小梅は、既にタメ口になっていた。
「分かりました。じゃあ、伽魅琉、堺の街に行きましょう」
「そうだな。……って、堺の街まで、どうやって行くんだ?」
「私達もこれから行くつもりだから一緒に行く?」
小梅が首を傾げながら訊いた。
「本当ですか! ぜひ、お願いします!」
紗魅琉と伽魅琉は、また、揃って頭を下げた。
「任せなさい! 小夏ちゃんも良いよね?」
「もう! 何でも決めてから、私に訊くんだから!」
しかし、小夏も怒っているというよりは呆れているようだった。
「てへっ! それじゃあ、早速、行こう!」
紗魅琉と伽魅琉は、小夏と小梅と並んで歩き出した。
「お二人は、リアルでもお友達同士なんですか?」
ゲーム内の関係とリアルの関係が気になった紗魅琉が訊いた。
「いいえ。普段は、それぞれが遠く離れた惑星の学校に行っているんです。小梅ちゃんとは、この中で知り合いました」
小夏がおしとやかに言うと、小梅が付け足した。
「ほらっ、この中って、女の子が少ないじゃない。一人でいると、何か嫌らしい目をした野郎どもが寄って来るから、すぐに小夏ちゃんとパーティを組んだんだよねぇ」
紗魅琉と伽魅琉も、一人で悩んでいたら、即、声を掛けられていただろう。
「お二人とも学生さんなんですね?」
アバターのステータス画面でも実年齢のデータが表示されることはないので、本当かどうかを確認することができないが、実際の容姿が反映されているはずの二人のアバターを見る限り、学生と言われてもおかしくはなかった。
「紗魅琉ちゃんと伽魅琉ちゃんも学生さんなんですか?」
「そうですよー!」
調子良く紗魅琉が答えた。
実際の年齢からいうと、女子高生に違いはないのであるから、大嘘という訳ではなかった。
「私も、これからお二人を、『小夏ちゃん』と『小梅ちゃん』って呼んで良いですか?」
「もちろんだよぉ」
リアルでも、カーラやサーニャといつも馬鹿話をしている紗魅琉は、あっという間に、小夏達と本当の女子高生の友達のようになっていた。
一方、普段は、男性が圧倒的に多い軍という巨大組織で、上司や部下という人間関係の中で生きている伽魅琉は、同年代と思われる女の子から「ちゃん」付けで呼ばれたことが面映ゆい一方で嬉しくなってしまったが、紗魅琉のように、砕けた話し方は、いきなりにはできずに、キャピキャピと話す三人の後ろから微笑みながらついて行った。
四人は街のはずれにある馬屋にやって来た。
「馬に乗って行くのですか?」
「って言うか、馬屋が他の街に移動する時の出入り口なの」
「お二人は、早籠券はお持ちですか?」
小夏が、紗魅琉達に訊いた。
「何ですか、それ?」
「街から街への移動時間を一瞬に短縮することができるアイテムですよ」
「持ってないです。それは、どうすれば手に入るのですか?」
「現金で運営から買うこともができますよ。他には、殿様の命令を実行するとご褒美でくれる時もあるし、モンスターを倒した時に手に入ることもありますよ」
「それが無いと移動できないんですか?」
「移動はできるけど、早籠券が無いと、目的の街に着くまで、少し時間が掛かるんですよ」
「どうしましょう?」
「せっかくだから、おつき合いしますよ。みんな一緒に通常移動しましょう。小梅ちゃんも良い?」
「たまには良いかあ」
小夏の提案に小梅が同意した。
四人が馬屋に中に入ると、中にはノンプレイヤーキャラクターである馬屋の主人がいた。
「どこまで行くんだい?」
馬屋の主人がそう言うと、紗魅琉達の前に日本地図の画面が出て来た。
「堺はここですよ」
清洲から西の、少し離れた所に、堺はあった。
「堺の場所のボタンを押してみて」
紗魅琉がそのボタンを押した。
「早籠券を使うと早く着けるぜ。どうする?」
表示されたメニューの「いいえ」ボタンを押した。
「そうかい。それじゃあ、気をつけて行ってきな!」
次の瞬間には、四人は見渡す限りの草原に立っていた。




