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リンドブルム☆アイズ  作者: 粟吹一夢
Episode-08 仮想現実の国盗り物語
173/234

Scene:03 ログイン

 ログインしたシャミルは、木造の大きな屋敷の庭に一人で立っていた。

 庭には、こけが生えた小さな岩が所々(ところどころ)に置かれ、全面に敷き詰められた白い砂に、筋のような文様もんようが描かれていた。

 ふと、自分が裸でいるような気がしたシャミルは、思わず両手で胸を隠したが、よく見ると、体に密着した肌色のボディースーツを着ているみたいになっていた。

「サムライ・オンラインにようこそ!」

 どこからとなく女性の声が聞こえてきた。

「この世界は、テラの日本地方の戦国時代を体験できるオンラインゲームです。まずは、あなたのアバターの編集をしてください」

 目の前にメニューとキーボードの画面が現れた。

 その一角には鏡のようなゾーンがあって、そこに映っている顔はまぎれもなく自分の顔であった。

「最初に、この世界における名前を入力してください」

 シャミルは、その画面のキーボードを指で操作して、キャミルとの取り決めどおり、古代日本で使用されていた漢字という文字を当てて、「紗魅琉シャミル」と入力した。

「次に、職業を決めてください」

 シャミルがメニューの一覧を見ると、「サムライ忍者ニンジャ商人ショーニン鍛冶屋カジヤ茶人チャジン絵師エシ」の六種類があった。

「忍者って、何かしら?」

 シャミルが事前に調べた参考書の中では、「忍者」という言葉は出てこなかった。

「どうせ、ゲームだから、忍者にしちゃお!」

 忍者を選択すると、次のメニューが表示された。

「最後に、パラメータ配分をしてください。なお、初期値は、みなさんの身体能力値を元にランダムに割り振られます」

 メニューに「知力」、「武力」、「統率とうそつ」、「内政」、「技能」、「魅力」の六つのパラメータが棒グラフで表示された。

 なぜか、「魅力」は既に最大値の百あって、「知力」も九十八あった。ボーナスパラメータの二十を順次その他に割り振っていくと、「武力」、「統率とうそつ」、「内政」、「技能」の各パラメータも八十を越えてしまった。

「こんなので良いのかなあ?」

 疑問に思いながらも、メニューの「はい」ボタンを押すと、「アバター作成中」のポップアップが出てきて、すぐに消えた。

「アバター編集が終了しました。すべてのプレイヤーは、チュートリアルゾーンである『足利あしかがしょう』に入ります。チュートリアルもお友達と一緒にしたいというかたは、『フレンド登録』メニューで、お友達の名前を捜して、フレンド登録申請をした上、パーティを組んでください」

 シャミルが、プレイヤー名「伽魅琉キャミル」を検索して、フレンド登録申請をすると、すぐに承認がされた。

 そして、「チュートリアルを始めますか?」メニューで「はい」ボタンを押すと、次の瞬間には、木造の低層建物がまばらに建っている村のような場所にいた。


 目の前に、伽魅琉キャミルがいた。

「ぷっ! ……ふふふふふ」

「な、何がおかしい?」

 伽魅琉キャミルは顔を真っ赤にして、紗魅琉シャミルを問いただした。

 伽魅琉キャミルは、首から上はそのままだったが、着物とはかまと呼ばれている日本の民族衣装を着ており、腰には大小二本の「日本刀」を差し、足には草履ぞうりを履いていた。

「ごめんなさい。実家の骨董店こっとうてんに、似たような人形があったのを思い出して」

「そう言う紗魅琉シャミルの格好は何だ?」

「えっ?」

 紗魅琉シャミルが目線を落として、自分の格好を見てみると、上着は黒のそで無し、下も黒いホットパンツのような服を着て、手首と足首には包帯のように白い布が巻かれ、しかも裸足だった。

「あらっ、何か足がすうすうすると思ったら」

「何、暢気のんきなこと言ってるんだ。ちょっと、肌を露出しすぎじゃないか?」

「あれぇ? 伽魅琉キャミル、私が肌を露出させていたら心配ですかあ?」

「あ、当たり前だ! それでなくとも言い寄って来る奴がいっぱいいるんだからな」

「へへへへ、伽魅琉キャミルそばを離れませんよ~」

 紗魅琉シャミルは、あたりに誰もいないことを良いことに、伽魅琉キャミルに抱きついた。

「こ、こらっ! 誰かに見られているかもしれないじゃないか!」

「誰もいませんよ~」

「駄目だ!」

 伽魅琉キャミルに押し戻されて、紗魅琉シャミルほほふくらませた。

「もう! 伽魅琉キャミルのケチ!」

「ケチでけっこうだ!」

「ふふふふ。でも、不思議ですね。今、目の前に見えている景色も、伽魅琉キャミルも全部、脳内での映像イメージなんですよね」

「そうだな。本当に、この世界に立っているみたいだ」

「ええ、それにさっき、伽魅琉キャミルに抱きついた時も、ちゃんと伽魅琉キャミルの体温まで感じることができましたよ」

「そ、そうだな。超高性能のコンピュータが、アバター同士の動きを計算して、その動きに該当する感触をつかさどる神経系統に干渉をして、実際と同じ感触を感じさせているのだろう」

「このゲームに、はまってしまうのも分かる気もします。こんなにお手軽に日常と違うリアルな体験ができるのですものね」

「そうだな。ところで、私は、侍を選択したのだけど、紗魅琉シャミルの格好は侍じゃないみたいだな?」

「ええ、これは、忍者だそうですよ」

「忍者? 忍者って何だ?」

「分からなかったから選んだんです」

「相変わらず、物怖ものおじしないと言うか何と言うか」

「へへへ」


 伽魅琉キャミルは「足利あしかがしょう」の道場で侍の、紗魅琉シャミルは忍者屋敷で忍者の、基本的なアクションと技能そしてスキルアップの方法を学んだ。

「遊び方自体は簡単だな」

「誰でもすぐに遊べるようになっているんでしょうね。それじゃあ、本編をスタートさせましょうか?」

 紗魅琉シャミル伽魅琉キャミルは、右手を体の前でスライドさせるようにして、ゲームスタートメニューを表示させた。

 二人の目の前に、古い日本地図と思われる画面が表示された。

「あなたが所属する国を選んでください」

 音声ガイドがしゃべった。

「どこにしますか?」

「う~ん。……そう言えば、マサムネが、自分の先祖は『オワリ』から『エド』に出て来たと言っていたな」

「『エド』は、ここですね。『オワリ』もここにありますよ。情報によると、……オワリの方が人口とか発展度が高いようですね」

「じゃあ、オワリにしよう」

伽魅琉キャミルもすごくいい加減じゃないですか」

「はははは、まあ、よく分からないしね」

 紗魅琉シャミルは、地図から「尾張」と書かれている国を選んで「はい」ボタンを押した。


 紗魅琉シャミル伽魅琉キャミルは、多くの人が行き交う街の中にいた。

 木造の低層住宅が続き、遠くには白い天守閣が見えていた。

「ここが尾張でしょうか?」

「そのようだな」

「どけどけ!」

 馬に乗った侍と、そのまわりを取り囲むようにやりを持って歩いている侍の一団が舗装ほそうもされていない道路いっぱいになって行進をして来ていた。

 街の人々が行進の邪魔をしないように道の脇に寄ると、紗魅琉シャミル伽魅琉キャミルもそれにならった。

「あの馬に乗って、綺麗なよろいを着ている侍は『武将』と言って、やりを持って歩いている侍は『武将』の部下で『足軽』と言うのですって」

「ふ~ん」

「あれっ、あの侍は、すごく豪華なよろいを着てますね」

「どれっ? ……本当だな」

 紗魅琉シャミルが指差した先には、スリムな体に西洋の騎士が着ているようなよろいを着て、真紅しんくのマントをなびかせて、白馬にまたがっている武将がいた。細面ほそおもての顔に薄いひげをはやし、やや神経質そうな顔をしていた。

 紗魅琉シャミルは、すぐ横にいた町娘に訊いた。

「あの武将さんは、名のある武将さんなのですか?」

「嫌だよ。自分達のお殿様を知らないのかい?」

 町娘は、あきれた顔をして、紗魅琉シャミルを見た。

「お殿様ですか?」

「そうだよ。尾張の大名の織田信長様だよ」

「織田信長様ですか。どうもありがとうございました」

 いつものくせで、町娘に深々(ふかぶか)とお辞儀じぎをした紗魅琉シャミルを見て、伽魅琉キャミルが問い掛けた。

紗魅琉シャミル。その娘さんは、プレイヤーなのか?」

「いいえ、ノンプレイヤーキャラクターですね」

「プレイヤーからの質問にも、ちゃんと答えてくれるんだな」

「ノンプレイヤーキャラクター自身にも一万通りの性格や行動パターンがそれぞれ設定されていて、見た目だけでは、プレイヤーと見分けは付きませんからね」

「それじゃあ、どうして、ノンプレイヤーキャラクターと分かった?」

「メニューを表示させてみてください」

 伽魅琉キャミルが広げた右手を体の前で横にスライドさせるように振ると、目の前に半透明なメインメニュー画面が出て来た。

 伽魅琉キャミルは、紗魅琉シャミルの指示に従って、メニュー中の「情報」ボタンを押してから、目の前の町娘を指差すと、町娘の頭の上にカーソルが表示され、再度、「情報」ボタンを押すと、町娘の情報が表示されたが、知力以下の各パラメータは空白であった。

 次に、紗魅琉シャミルを選択して、同じ操作をすると、紗魅琉シャミルのパラメータが表示された。

「なるほど。こうやれば、目の前の人物がプレイヤーか、そうでないのかが分かる訳だな」

「はい」

 紗魅琉シャミル伽魅琉キャミルが話をしている間に、行進は行ってしまった。

 街の人々は、ここが仮想現実ヴァーチャルリアリティの世界であることを感じさせることなく、日常の生活を送っていた。

 職人が忙しく行き交い、婦人達は軒先のきさきでおしゃべりに花を咲かせ、子供達は追い掛けあいこやおはじきに夢中になっていた。

 紗魅琉シャミルは、本当に未開種族の惑星にいるような錯覚におちいりそうだった。

 二人は、そんな街の雰囲気をしばらく楽しんでいたが、伽魅琉キャミルが「事実上の指令」を思い出した。

「いつまでものんびりはできないな。これから、どうすれば良いんだろう?」

「マニュアルでは、まずは所属している武将の家に行って、そこで命令を受けなければいけないようですよ」

「所属している武将って誰だ? さっきの織田信長という殿様なのか?」

「いえ、織田信長さんは、尾張という領国を支配している大名だと思います。ゲーム開始当初は、そう言う大名直参じきさんの家臣ではなく、大名の部下である武将の家臣、『陪臣ばいしん』と言うらしいのですが、その身分からスタートするみたいですね」

「部下の部下という訳か」

「はい。さっきのステータス情報画面で確認できそうですね」

 伽魅琉キャミルは自分のステータス画面を開いてみた。

「所属:織田家・木下秀吉家臣。職業:侍。ランク:足軽」となっていた。

 一方、紗魅琉シャミルは「所属:織田家・木下秀吉家臣。職業:くのいち。ランク:下忍」となっていた。

「あれっ、職業は忍者を選択したはずですけど、『くのいち』になっていますね。『くのいち』って何でしょう?」

「さすがに私も分からないよ。とりあえず、私達の直属の上司は、木下秀吉という武将のようだな。その上司のやかたに行ってみよう」

「そうですね」


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