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リンドブルム☆アイズ  作者: 粟吹一夢
Episode-08 仮想現実の国盗り物語
171/234

Scene:01 ゲームへの誘い

 戦艦アルスヴィッドは、海賊掃討そうとうの任務を完了させて、母港があるフェンサリルへの帰路に着いていた。

 任務を無事終えた安堵感あんどかんに包まれた雰囲気の中、休憩時間に一緒にコーヒーでもというマサムネの誘いに応じて、キャミルは士官用サロンにいた。

 キャミルに向かい合って座っていたマサムネは、提げていた袋から、二つのヘアバンドのような物を取り出し、テーブルの上に置いた。

「これが、先ほどお話させていただいた仮想現実大規模多人数ヴァーチャルリアリティマッシブリーマルチオンラインゲーム『サムライ・オンライン』の個人用端末です」

「ふ~ん。これを頭にかぶって遊ぶのか?」

「はい。ここに付いてる小さなアンテナが、家庭のワイヤレスネットワークからのシグナルを受信して、データのやり取りを、直接、脳と行うのです」

「脳と直接?」

「ええ、アンテナの横に付いている小さな部品がそれです。プレイヤーの脳波に同期する電波を出し、脳に干渉して、プレイヤーの脳内に疑似現実ヴァーチャルリアリティの世界を作り出すのです」

「へえ~、……しかし、マサムネがゲームのことに詳しいとは思わなかったな」

 キャミルには、いつも禁欲的ストイックな生活をしているマサムネとオンラインゲームとを結びつけることができなかった。

「いえいえ、今まで、私もゲームには関心はありませんでしたが、このゲームの舞台が、私の出身地でもあるテラの日本という地域なので、興味が湧いたのです」

「そう言えば、私も、たまに、マサムネが話してくれる日本の話には、興味をそそられることがある」

「艦長に興味を持っていただけるのは光栄です。その昔、テラの各地には、多くの文明や文化が誕生しましたが、我が故郷の日本は、古来から独特の風習を持ち続けた地域で、テラの歴史好きの中でもダントツの人気を誇っているのです」

 キャミルの故郷である惑星イリアスで誕生したイリアス族が、惑星イリアスの温帯地域から大きな移動をすることなく、単一的な進化を遂げ、白い肌に赤い髪、赤い目の単一容姿であるように、銀河連邦所属のヒューマノイド種族の大半は、単一文化、単一容姿の種族であった。

 しかし、テラでは、進化の過程で、民族の大移動が起こり、多くの人種が生まれ、また、複数の文明が独自に進化を遂げており、ヒューマノイド学者から、テラは「モザイク惑星」と呼ばれていた。

 銀河連邦を建国した種族の一つであり、現在も、連邦の主力種族であり続けるテラ族のバイタリティは、そんな進化の過程から生み出されたものかもしれなかった。

 そんなモザイクの中でも、自分の故郷である日本の人気が高いと話すマサムネは、いつものポーカーフェイスを忘れて、うれしそうだった。

「そうなのか。それは、さすがに私も知らなかったよ」

「このゲームは、そんな日本の歴史の中でも、特に人気が高い戦国時代の生活が疑似体験できるのです」

「戦国時代?」

「はい。古代日本で、絶対的な権力を誇っていた『幕府』の力が弱まり、『戦国大名』と呼ばれる各地の領主が、新しい支配者になろうと、日本中で争いが起こった時代のことです」

「マサムネ、申し訳ないが、言葉からして分からない。そもそも『幕府』とは何だ?」

「日本では、『武士』と呼ばれる武装した支配階級があったのですが、『幕府』とは、この日本中の武士を支配した武士の政権のことです。この幕府のトップにいたのが『征夷大将軍』略して『将軍』と呼ばれる支配者です」

「将軍? 皇帝ではないのか?」

「日本には、古来から、万世一系で、宗教的権威を持ち続けた『ミカド』と呼ばれるかたがいました。日本で一番、権威があるという意味では、ミカドが皇帝と同じと考えていただいて結構だと思います」

「ミカドが一番偉いということなのか?」

「その権威は何ものにも代えがたいほどとうといものだったのですが、ミカド自らは武装しなかったことから、圧倒的軍事力を持った幕府が台頭してくると、幕府に政治を任せていたのです」

「良く理解できないな。支配者が交代した時には、旧支配者は駆逐されるのが常だと思っていたが」

「それをしなかったということも、日本の歴史の特殊性なのです」

「なるほど。確かに、興味深いな」

「はい。艦長もぜひ、これを機会に、日本の勉強をしてみてください」

「これを機会にって、私にも、このゲームを勧めるのか?」

「はい」

「申し訳無いが、私はゲームには興味は無いし、そもそもゲームをやる時間が無い」

「いえ、そんなに時間を掛けて遊ぶ必要はありません。艦長にも、ほんの少しだけで良いのでプレイしてもらいたいのです」

「どういうことだ?」

「実はですね」

 マサムネは、椅子をテーブルに近づけて、体を前のめりにした。自然とキャミルも同じようにした。

「このゲームをプレイするように言われたのは、惑星軍情報部のレンドル大佐なのです」

「レンドル大佐が? どうして?」

 レンドル大佐の名前を聞いただけで、何か裏がありそうな気がしてしまうキャミルであった。

「レンドル大佐から調査を頼まれたのです。もちろん、ボランティアですが」

「調査?」

「はい。このゲームは、今までの仮想現実大規模多人数ヴァーチャルリアリティマッシブリーマルチオンラインゲームよりもリアルな体験ができると評判なのですが、そのことが、プレイヤーの心身に悪影響を与えているのではないかと言われているようです」

「悪影響だと?」

「はい。このゲームをプレイしていて死亡した者が何人も出ているのです。プレイ中に、この端末から脳に送られるデータ送受信システムに関係があるのではないかと言われています」

「ゲームの欠陥だと言うことか?」

「運営会社は、ネットゲーム依存症によるものだと言って、取り合っていないのですが」

「ネットゲーム依存症?」

「寝食を忘れて、ゲームに夢中になって、ゲームができないと精神的に不安定になったりするものですから、ゲームをめることができずに、心身に影響をきたしてしまうような中毒症のことを言うらしいのです」

「たかがゲームに、そんなに夢中になるのか?」

「私もプレイしてみて、そのリアルな感覚に驚きました。本当に、自分が過去の日本にタイムスリップしたかのような錯覚におちいったほどです。時間が贅沢に使える学生などは、長時間プレイしてしまうのも仕方がないだろうとも思えました」

「しかし、死んでしまうまでゲームをやり続けるなど」

「実際に亡くなったプレイヤーの何人かは、ネットゲーム依存症によるものだと言われてますが、プレイ時間がそれほど長くないプレイヤーが突然死している事案も数多くあるのです」

「運営会社は、それもネットゲーム依存症だと、ひとくくりにしているのか?」

「はい。人気があるゲームですから、運営会社としては触れられたくないのでしょう」

「その突然死したプレイヤーについての医者の所見は?」

「脳を始め、身体的な異常はどこにも見当たらなかったようです。仮に脳機能に障害が生じていたとしても、死んだ後では検査のしようもないですからな」

「警察は?」

「動いていません。そこで、情報部がひそかに調べているようなのです」

「情報部も守備範囲が広いな」

「レンドル大佐が言うのには、この技術を悪用されれば、集団催眠技術へとつながり、例えば、民衆を扇動せんどうして、簡単に暴動を起こすことも可能になるかもしれないと言っていました」

「確かに、そんな恐れはあるかもしれないが……。でも、情報部がこのゲームを調査するのに、どうしてマサムネに話が来たんだ?」

「やはり、日本のことについて詳しいと思ったようです。もちろん、私が知っていることは、全て情報部に教えましたし、実際に、プレイもしてみて、体調の変化が無かったかどうかも伝えました」

「体調はどうだった?」

「私は別に何とも。しかし、こう言ったネットゲームのプレイヤーのほとんどは、十代から二十代までの若者で、実際に亡くなったプレイヤーも、ほとんどがこれらの年代であることから、私の検査データは、あまり役に立たなかったようです」

「せっかくプレイしたのにか?」

「そうですね。でも、私自身は久しぶりに楽しめました」

 キャミルは、ゲームに夢中になっているマサムネの姿を想像して、微笑ほほえましく思った。

「それでですな」

 珍しく能弁のうべんだったマサムネが、急に話しづらそうになった。

「艦長にも、このゲームをプレイしていただきたいと、レンドル大佐の依頼なのです」

「私に?」

「はい。先ほども言ったとおり、亡くなったプレイヤーのほとんどが十代から二十代の若者なものですから、同じ年代の艦長に、ぜひプレイしてほしいとのことなのです」

「人を人体実験の被験者扱ひけんしゃあつかいすると言うことか?」

「まあ、ていに言えば、そう言うことです」

 マサムネも申し訳なさそうだった。

「レンドル大佐には、一旦いったん、断ったのですが、話だけでもしてくれと言われまして」

 惑星軍の大佐であり、直接の上司ではないが、やはり、同じ軍の上官の願いを、マサムネも断りづらかったのであろう。

「まあ、プレイしてみても良いが、そんなに時間は無いぞ」

「フェンサリルに帰還した後、三連休を取るおつもりでしたよね?」

「ああ、ここのところ、休み無しで命令を遂行していたからな」

「そのうち一日あれば大丈夫です。ゲーム内の時間は、現実リアルの時間より十倍早く進みます。まあ、六時間遊べば、ゲーム内では三日近くプレイできることになります。調査はそれだけで十分だそうです」

「やれやれ。半ば業務命令みたいだな」

「申し訳ありません」

「マサムネが謝る必要は無い。今度、情報部に時間外勤務手当の請求をしてやるか?」

 もちろん、キャミルにそんなつもりは無かったが、一言、文句くらいは言いたかった。

 レンドル大佐は、その人なつっこい笑顔で油断をさせておきながら、裏で何をし、何を考えているか分からない人物で、今まで、キャミルはもとより、軍とは無関係なシャミルにまで迷惑が掛けられていたからだ。

「レンドル大佐から端末を二つ預かっています。ぜひ、シャミルさんと一緒に遊んでほしいとのことです」

「えっ、二人で一緒に遊ぶこともできるのか?」

「はい。レンドル大佐なりの罪滅ぼしのつもりなのかもしれません」

 シャミルと一緒だと喜んでプレイすると見透みすかされているみたいで、キャミルは少し腹が立ったし、何か陰謀めいたことを感じたが、いっそ、その誘いに乗ってやるのも面白そうだと考えた。

「今度の連休には、シャミルさんがフェンサリルに来られるんですよね?」

 キャミルは、三連休が決まったら、すぐにシャミルに連絡したことを、嬉しそうに副官達に話しており、バレバレであった。

「あ、ああ。分かった。シャミルとも相談してみるよ」

「はい。よろしくお願いします」


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