Scene:11 見つかった捜し物(1)
恒星が砂の地平線に沈む直前にオアシスに着いたノアト部族は、そこで野営をすることとなった。
男達はセフリムの世話をし、女達は夕餉の支度を始め、子供達は待ち構えていたように追い駆けっこなどの遊びに興じ始めた。
久しぶりにのんびりと進む時間を感じて、嬉しくなったシャミル達も女達に混じって夕餉の支度を手伝った。
乾燥させた肉や豆・芋といった、新鮮な食材が手に入らない砂漠ならではの食材を、少量のスープで煮込んだ料理が出来上がると、家族と思われるグループごとに環になって地面に座り、食事をしだした。
シャミル達は、アスクとその妻、そして、ノラルと一緒に食べた。
「ノラルの父親と母親は、ノラルが産まれてすぐに、タングリスニに食べられてしまったのだ」
「そうなのですか」
しかし、ノラルの表情は変わることなく、見ようによっては、呆然としているようであり、あるいは何かに集中しているようにも見えた。
「私達夫婦には子供ができなかったから、ノラルを実の娘のように思っている」
出会って以来、部族長として、ずっと厳しい顔つきだったアスクの顔が、少しだけ緩んだ。
「明日には、神の涙が落ちた場所には行けるはずだ」
「落ちた方向は分かると思うのですが、実際に落ちた場所まで分かるのでしょうか?」
「ノラルは、神の泣き声の大きさから、どれだけ離れた場所に落ちたのかが分かる」
方向と距離が分かれば地点は特定できる。しかし、いくら超能力を持つ巫女だとしても、どこまで誤差無く、落下地点を特定できるのかは、行ってみなければ分からなかった。
話が途切れた際に、シャミルがそれとなく部族の中を見渡してみると、みんなから少し離れた場所で、一人で食事をしている男を見つけた。
「アスクさん」
「何だ?」
「あそこで、一人で食事をされている方がいますが、家族はいらっしゃらないのでしょうか?」
「……そうだ。あの男は、最近、我が部族に入った者だ」
「最近、入った?」
「別の部族の者らしいが、記憶を失って、砂漠を彷徨っていたから、我が部族に入れてやったのだ」
「記憶を失って?」
「そうだ。何も憶えていない。だから、私がゼロオという名前を付けた」
「ゼロオさんですか」
「そうだ。私の父親の代に部族長だった男の名前だ」
「名誉ある名前なのですね。でも、記憶を失って、砂漠を彷徨っている方は多いのですか?」
「多くはないが無いこともない。私が知っている限りでゼロオが二人目だ」
いくらモルグズ族であっても、常に生命の危険と隣り合わせのこの砂漠で、記憶を失うほどの強いショックを受けることもあるのだろう。
そして、そんな者を保護せずに砂漠に置き去りにすることができるはずもなかった。
意外と寒い砂漠の夜が明け、雲一つ無い空に恒星が昇ると、朝から強烈な光を照らし始めた。
簡単な朝食を摂ると、ノアト部族はすぐにオアシスから旅立った。
見渡す限り砂丘が続く風景の中を歩いていると、ノラルが急に立ち止まった。
「フロスが来る」
ノラルのその呟きを聞いたアスクは、大声で後ろに続く部族民に叫んだ。
「フロス! フロス!」
その声を聞き、女達は急いで子供達を一箇所に集めると、子供達を真ん中に、その周りを女性達が取り囲むようにして座った。
アスクの妻もノラルの手を引いてその輪の中に入った。
「お前達もあの中に入るんだ!」
アスクが強い調子でシャミル達に指示した。
一体、何が起こるのだろうと興味津々だったシャミルだが、部族の統率を乱すようなことはすべきではないと判断し、アスクの指示に素直に従った。
そして、女達から渡された大きな布を、他の女達と同じように、ベールのように頭から被って全身を覆った。
その間、男達は、それぞれ、セフリムの手綱を引いて、女子供が座っている所に連れてくると、女子供の周りに男達が環になって座り、その外側にセフリムを座らせた。
セフリムを一番外側で壁にするように座らせ、その内側に男、更にその内側に女、一番中心部分に子供達が、体を寄せ合うようにしていると、間もなく突風が吹いてきた。
シャミルが風上を見てみると、風で舞い上がった砂がまるで壁のように迫って来ていた。
「何だ、ありゃ?」
「砂嵐のようですね!」
「こんなんで大丈夫なのきゃにゃあ?」
「アスクさん達を信じましょう!」
砂混じりの暴風は轟音とともにノアト部族に襲い掛かって来た。
体を寄せ合っていないと吹き飛ばされかねないほどの強い風で遙か上空まで舞い上がっている砂が恒星の光を遮り、辺りは暗くなった。
布を被っていても、叩き付けられる砂で顔や体が痛くて、シャミルも風下に向けて顔を背けていたが、薄目を開けて見てみると、男達は、風上に向かって顔を向け、しっかりと目を開けていた。風に吹かれて何が飛んで来るか分からない状況で、我が身や部族を守るために身に付いた能力であろう。
また、セフリムも砂漠に生きる動物として、しっかりと壁の役目を務めてくれていた。
砂嵐は五分ほど吹き荒れると、ぱったりと止み、吹き上げられていた砂が地面に落ちてしまうと、辺りは砂嵐前の晴天に戻った。
半ば砂に埋まったような状態になっていた部族民も立ち上がり、体に付いた砂を払い除けると、何事もなかったかのように再び行軍を始めた。
「近くにある」
突然、ノラルが近くを歩いていたシャミルの顔を見ながら呟いた。
「何が?」
「神様の涙」
「えっ!」
シャミルが慌てて周りを見渡してみたが、特に変わったところもない砂漠の景色が続いているだけだった。
「どこにあるか分かる?」
ノラルは目を閉じて集中しているようだったが、すぐに目を開けると歩き出した。
その後をシャミル達、そして部族民がぞろぞろとついて行った。
――ピッ! ピッ! ピッ!
カーラが背負っているリュックの中から目覚まし時計のような音が響きだした。
カーラが、リュックから小型の電波探知器を取り出すと、センサーのランプが点滅していた。
「間違いない! 近くにあるぜ!」
「本当だにゃあ!」
ばてていたはずのサーニャも息を吹き返したように元気になって叫んだ。
「カーラ! 発信源の特定はできますか?」
「待ってくれ。……くそっ! 電波が弱くて、よく分からねえ!」
カーラが電波探知器を持ち、あちこちに移動して受信波の強弱を判別しようとしたが、発信されている電波が弱すぎて、よく分からなかったようだ。
「あっち」
ノラルがカーラがいる方とは反対側を指差した。
「シャミルちゃん、ついて来て」
ゆっくりと歩き出したノラルの後を、シャミル達がついて行った。
「ノラルには電波を受信する能力でも付いているのかい?」
カーラとサーニャも不思議そうに後について行った。
その後をノアト部族全員がぞろぞろとついて来ていた。
「いいえ、ノラルちゃんは感じているのです。その物の存在を」
「よく分からねえ」
五分ほど歩くと、ノラルは立ち止まり、その前方にあった砂丘を指差した。
「あそこ」
ノラルが指差した先を見たシャミルの目を、眩しい光が直撃した。
思わず目を閉じたシャミルが、ゆっくりと目を開けると、軽金属らしき物質でできた立方体の一角だけが砂から出て、恒星の光を反射していた。
「あった!」
カーラとサーニャが同時に叫ぶと、その物体に走り寄り、手で砂をかき分けて、その箱を砂の中から取り出すと、シャミルの前まで持って来た。
「船長! 間違いないぜ!」
「そうですね」
「二千万ヴァラナートを手に入れたぜ!」
「やったにゃあ!」
「船長! すぐにアルヴァック号に迎えに来てもらおうぜ!」
「ヒルデタント商会にも早く報告をするにゃあ!」
小躍りしている二人の副官達に、シャミルは冷静に言った。
「報告は少し待ちましょう」
「へっ? 何で?」




