Scene:09 砂漠の民(3)
まったく想定していなかった答えに、シャミルと副官達は驚いた。
「どこにですか?」
アスクは、東の空を指差した。
「向こうの空に消えていった」
「何かが落ちたような轟音は聞こえませんでしたか?」
「聞こえた。あれは神の泣き声だ」
「神の泣き声?」
「天から降ってくる光は神の涙であり、それがこの世に届いた時に聞こえる音は神の泣き声だ」
シャミルは、一人納得して無言でうなづいた。
「アスクさんは、その神様の涙がどれくらい遠くに落ちたか分かりますか?」
「一日夜も掛からない。これから向かう所の途中にあるだろう」
「カーラ! サーニャ!」
シャミルは、アスクから視線を外さず、後ろに立っている二人を呼んだ。
「どちらにしても、この方々と一緒に行くことになりそうですね」
「そうだな」
シャミルはアスクに近づき、お辞儀をした。
「アスクさん、今のポーズは、私達の種族では『お願い』をする時のポーズです。お願いですから、私達三人を、神様の涙が落ちた所まで連れて行っていただけませんか?」
「それは構わない。どうせ、そこを通って行く」
「ご迷惑はお掛けしませんので、よろしくお願いします」
シャミルと副官二人は、揃って、再度、お辞儀をした。
「カーラ、サーニャ。アルヴァック号に戻って、ハイキングの準備です」
「ハイキングみたいに楽しいとは思わないが」
「船長はここにいてにゃ! ウチとカーラとで準備してくるにゃあ」
「じゃあ、お願いします」
アルヴァック号に戻るカーラとサーニャをしばらく見つめていたシャミルは、アスクの方に向き直り話し掛けた。
「アスクさん、すみません。連れが戻って来るまで、少し待っていただけますか?」
「良い。あなたは命の恩人だ。恩は必ず返すのが、我々の決まりだ」
「ありがとうございます」
カーラ達を待っている間、シャミルはノアト部族の一行をじっくりと見渡した。
全員で五十人ほどで、その内訳は老若男女の大人が四十人ほど、赤ん坊も含めて子供が十人ほどいた。
五十頭ほどのラクダに似た動物が紐に繋がれていて、その全ての背中に大きな籠や袋がぶら下げられていた。
「アスクさん、この動物は何と言う名前ですか?」
「セフリムと言う」
「セフリムには乗れないのですか?」
「我々には足がある。足を怪我した者だけが乗る」
砂漠という厳しい環境の中で暮らす以上、セフリムに乗り慣れていると、いざという時に生き延びることすらできない恐れがあることから、常に過酷な状況で生活するようにしているのであろう。
カーラとサーニャが、緊急用食料や水、小型酸素ボンベまでも格納された軽金属製のリュックを三つ持って、やって来た。
「アスクさん、お待たせしました」
アスクは、シャミルに無言でうなづくと、子供達がたむろしている方を見た。
「ノラル!」
アスクが、小さいがはっきりとした声で呼び掛けると、十代前半と思われる少女が無言で進み出てきた。
みんなと同じような衣装を着ていたが、ところどころにキラキラ輝く豆粒くらいの石が取り付けられており、心持ち、お洒落な雰囲気を漂わせていた。
ノラルと呼ばれた少女は、整った顔立ちをしており、褐色の顔に輝く紫色の瞳は、どこまでも澄みわたっていて、思わず引き込まれてしまいそうなほど神秘的で、かつ魅惑的に輝いていた。
「こんにちは」
シャミルがノラルに挨拶をしたが、ノラルはシャミルの顔を見ただけであった。
アスクがノラルにうなづくと、ノラルは、表情を変えないまま、ゆっくりと歩き出した。
そのすぐ後にアスクが続き、隊商全員がその後について行った。
リュックを背負ったシャミル達もアスクの側に行き、一緒に歩き出した。
方位磁石を確認しているようでもなく、見渡す限りの砂漠で、恒星の位置くらいしか方角を特定する情報が見当たらなかったのに、ノラルは迷うことなく歩いて行った。
「アスクさん、ノラルちゃんが先頭を行かれるのですね?」
「ノラルは、我らを導く神と話すことができる。ノラルの後についていけば、フリーズキャルヴにも迷うことなく行ける」
「フリーズキャルヴ? それは街の名前ですか?」
「違う。我らを導く神が住んでいる場所だ。今、そこに向かっている」
「神様の住んでいる場所? ……巡礼に行かれているのですか?」
「いいや、そこで緊急の部族長会議が開かれるのだ」
「部族長会議?」
「うむ。モルグズ族の部族長会議に出る資格のある十六の部族がフリーズキャルヴに集まることになっている」
「それはいつ開かれるのですか?」
「三日夜後だ」




