Scene:01 女狼の狂気(2)
若干残酷なシーンが出てきますので、苦手な方はお気をつけください。
「アズミ! ファルア! 後は任せたよ」
すぐ後ろに控えていた副官に、振り返えることなく告げ、メルザはそのまま艦橋を出て行った。
後に残ったアズミとファルアは、艦橋の隅に固まって立っていた船員達にゆっくりと近づいて行った。
「た、助けてくれ! 有り金なら全部出す!」
船長の無残な姿を目の当たりにして、船員達も競って助命を嘆願しだした。
「いひひひひ。そりゃ、そうだ。どうせ、あの世に行っちまうんだから、金なんて不要だろう? オレ達がもらっておいてやるぜ」
小さな肩に横向きに背負っている棍棒に両腕を引っ掛けていたファルアが、不気味な笑い声を上げながら、跪いていた船員の一人に近づくと、右手で棍棒を掴み、そのまま棍棒を真横に一回転させ、バットでボールを打つようにその船員の頭を打ち付けた。
頭をかち割られた船員は、そのまま艦橋の壁までぶっ飛んでいき倒れると、身動きすることはなかった。
ファルアは、その瞳に病的な輝きを浮かべつつ、棍棒を引きづりながら、残りの船員の方に向かった。船員達もパニックに陥ったようで、それほど広くない艦橋内を逃げ回った。
そのうち一人が、アズミの足元にすがるように走り寄った。アズミの容姿から、ファルアよりも話を聴いてくれそうな気がしたのかも知れなかった。
「お願いだ! 助けてくれ! 何でもする! 何でもするから助けてくれ!」
アズミは、足元にすがった船員を、汚らしい物でも見るような目で見下ろした。
「あなたのようなゴミは生きている価値はありません。汚らわしい。離れなさい」
口調は優しく聞こえたが、アズミは船員がすがりついていた足を振って引き離し、思い切り船員の腹を蹴り上げると、その船員は、たまらずその場でうずくまってしまった。
そして、アズミが間髪入れずに、放り捨てるように投げた鎖鎌は、その船員の背中に突き刺さり、動かなくなった船員を血の海に沈めた。
アズミがファルアの方を見ると、ファルアの周りには、血みどろの船員達が横たわっていた。
「終わりましたか?」
「ああ、このとおりさ。不甲斐ない奴らだぜ」
二人は、艦橋から出て搭乗ゲートに向かい、小型運搬車を操作する手下達が、乗り込みチューブを通って、オレイハルコン鉱石をフェンリスヴォルフ号に積み替えているのを見ているメルザの側に立った。
「メルザ様、滞りなく」
アズミが少し頭を下げてメルザに報告をすると、メルザは横目でアズミを見て、少し微笑んだだけであった。
「メルザ様! 荷物室の中に、こんなもんがありやしたぜ!」
手下の一人がメルザの前に、特殊な軽金属でできていると思われる、一辺が三十センチほどの大きさの立方体の箱を持って来た。両手でないと持てない重さのようだ。
ファルアがその手下に近寄り、その箱を受け取ると、メルザの近くに持って来た。
アズミもメルザの側にやって来て、三人でファルアが持っている箱を見つめた。
上部が蓋のように開く構造のようだが、鍵穴もボタンも取っ手も無かった。
「どうやって開けるのでしょうか?」
アズミが顔を近づけながら言った。
「ファルア! ちょっと揺さぶってごらん」
メルザの指示に従って、ファルアが両手で軽く箱を揺さぶった。
「空ではないみたいです。中に何かがセットされている感じですね」
メルザの思案はすぐに終わった。
「どうやら機密文書格納用保護箱のようだね」
「何ですか、それは?」
「文書や映像が記録されたメモリーを厳重に格納した箱だよ。何重にもロックが掛かっているから、これほどの大きさになっているんだろう」
「開けることはできないんですか?」
「どうせ、この商会本社への重要連絡文書か何かだろうから、開けることができたら、それをネタに強請ることもできるだろうけど、これほどロックが掛かっているのなら、おそらく無理だろう」
「そうなんですか」
一旦、手に入れた物を手放すことが惜しいと感じたのか、少し残念そうに呟いたファルアを、メルザは後ろから優しく抱きしめて、ファルアの耳元で囁いた。
「この手のボックスには、大体、ヴァルプニールGPS発信器が内蔵されているはずなんだよ。お前にはもっと良い玩具をあげるよ」
「メ、メルザ様! オ、オレは、メルザ様がこうやって近くにいてくれるだけで良いんです!」
「ふふふふ。そいつは捨てていきな」
「はい!」
オレイハルコン鉱石を積めるだけ積み込み、メルザと副官達が戻ったフェンリスヴォルフ号は、乗り込みチューブを格納すると、漂う貨物船と護衛艦隊を残して飛び去った。




